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オーケストラ・アンサンブル金沢第264回定期公演F
2009/07/03 石川県立音楽堂コンサートホール
第1部 モーツァルトを演じる
1)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
2)モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」〜セレナード「窓辺においで」
3)モーツァルト/ピアノ協奏曲第20番ニ短調,K.466
4)(アンコール)モーツァルト/トルコ行進曲
第2部 役者と音楽
5)宮沢賢治と音楽
6)レノン(池辺晋一郎編曲)/イマジン
7)ドニーダ/アルディラ
8)ロジャース/ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」〜エーデルワイス
9)モノー/愛の賛歌
10)(アンコール)新井満/千の風になって
●演奏
池辺晋一郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-3,6-10
林隆三(歌*2,7-10,朗読*5),上杉春雄(ピアノ*2,3,6),池辺晋一郎(ピアノ*5)
Review by 管理人hs  

作曲家で石川県立音楽堂洋楽監督の池辺晋一郎さんがオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のファンタジー定期公演に登場するのは,昨年に続いて2回目のことです。池辺さんといえば,「N響アワー」の司会者としてお馴染みでしたが,そのモットーは,「クラシック音楽を誰にでも楽しんでもらいたい」ということだと思います。これまでも,そういった観点から,いろいろな公演が行われてきましたが,今回のファンタジー公演は,従来のクラシック音楽家の枠から少し外れる奏者との共演という点にポイントがありました。

今回の公演は,池辺晋一郎さんの指揮とお話に加え,ゲストに俳優の林隆三さんとピアニストの上杉春雄さんを招いて行われました。前半まず,「ラ・フォル・ジュルネ金沢」のアンコールのような感じで「フィガロの結婚」の序曲が演奏された後,林隆三さんが登場しました。

林さんは,俳優としてお馴染みの方ですが,実は大変音楽について造詣が深く,OEKとも過去数回共演しています。定期公演に登場するのは,初めてのことですが,前半では,その挨拶代わりのような形で「ドン・ジョヴァンニ」のセレナードが歌われました。マイクは使っていなかったと思いますが,朗々としたイタリア語で,渋みのある二枚目風の歌を聞かせてくれました。池辺さんとのトークで,「実は同じ年です」というやり取りがあり,「えー?」という感じの声が聞こえましたが,本当に昔から雰囲気が変わらない方ですね。

続いて,札幌で医師をしながらピアニストとしての活動もされている上杉春雄さんが登場し,モーツァルトのピアノ協奏曲第20番の全曲が演奏されました。医師と音楽家との兼業といえば,アルベルト・シュヴァイツァーが有名ですが,音楽療法という用語などもあるとおり,意外に接点の多い業種(?)のような気します。

その上杉さんのピアノですが,大変見事な演奏でした。30分ほどの大曲を常に余裕を持って演奏されていました。ちょっと押し出しが弱い面はあったかもしれませんが,擦れたところのない,清々しい音楽はモーツァルトの音楽のイメージにぴったりでした。

この曲は短調作品ということで重苦しくなりがちですが,むしろ軽くはずむような部分が多い,力んだところのない自然体の清潔な音楽が流れて行きました。カデンツァは,お馴染みのベートーヴェンのものを使っていました。この部分の演奏も大変鮮やかでした。

第2楽章もまた,さらりとした感触の演奏で,ベトつくところがありませんでした。浅薄さはなく,とてもデリケートなのだけれども,その中に小気味良さを感じさせる新鮮な演奏でした。第3楽章は,前楽章からほとんど間を置かず始まりました。ここでも深刻過ぎる雰囲気はなく,この曲についてよく言われる「デモーニッシュ」という感じではありませんでした。特に長調に転調するコーダの部分では,すっかり垢を洗い流したような爽快さがありました。

上杉さん自身,専業のピアニストに比べると,ステージ数は必ずしも多くはないと思うのですが,常に落ち着いた雰囲気がありました。これは,もしかしたら医師としてのキャリアが上杉さんのピアノ演奏に反映しているのかもしれません。医者としての活動がお忙しい中,どうやって練習されているのか,もう少しトークの中で聞いてみたい気もしましたが,時間が限られているからこそ,集中力が高まり,それが医師としての活動,ピアニストとしての活動の両者に良い効果を与えているのだと思います。

その後,お馴染みのトルコ行進曲がアンコールで演奏されました。こちらの方は,かなり大胆な強弱のコントラストが付けられていました。協奏曲の演奏の時も感じたのですが,指の動きが素晴らしく,曲全体が美しい流線型になっているように感じました。

後半は林隆三さんの朗読と歌のステージでした。まず,オーケストラの演奏なしで,宮沢賢治の作品が朗読されました。この部分については公演チラシには全く記載がなく,プログラムの解説でも全く触れられていませんでしたので,実のところ,「宮沢賢治と音楽」という「曲目」だけでは,一体何が始まるのかよく分かりませんでした。

トークの中の説明で「鹿踊のはじまり」を朗読するということは分かったのですが,あまりにも方言が多く,恥ずかしながら,ストーリーを全く掴むことができませんでした。途中から,池辺さんのピアノの伴奏が入ることで,音楽的で演劇的な雰囲気が高まり(即興演奏だと後から聞いて驚きました。さすが,池辺さんです),林さんの朗読も連動して迫力を増すのですが,そうなればなるほど,内容を理解できない点にもどかしさを感じました。林さん自身,150回以上も行っている朗読ということで,非常にこなれたものでしたが,やはり,コンサートホールでは広すぎたのかもしれません(3階席で聞いたことによるのかもしれませ)。ステージが近い,交流ホール辺りで聞いていたら,きっと印象が変わったと思います。それと,やはり,プログラムにもう少し詳細な解説が欲しいところでした。

今回,むしろ面白かったのは池辺さんのピアノ伴奏でした。単音を使うことが多かったのですが,立ち上がってピアノの弦を弾いたり,ハープのような音を出したり,ピアノ1台から多彩な音色を出していました。映画音楽や演劇のための音楽を沢山書いている,池辺さんならではの見事な即興演奏でした。

もう1回短い休憩が入った後,まず,池辺さんのアレンジによる「イマジン」がOEKのみで演奏されました。その後は,”林隆三オン・ステージ”となりました。前奏が始まると,客席の通路から白いスーツを着た,林さんが登場し,カンツォーネの名曲「アルディラ」が歌われました。林さんはトークの中で「今日は歌手の役を演じます」ということを語っていましたが,まさにドラマを感じさせるような歌でした。「エーデルワイス」「愛の賛歌」も,林さんの人生を感じさせてくれるような歌でしたが,まず何よりも声が朗々と響くのが気持ちよいところです。池辺さんが「本当に歌が好きだねぇ」と林さんに語っていましたが,その気持ちが伝わって来るような歌でした。

アンコールでは,すっかりスタンダード・ナンバーになった「千の風になって」が歌われました。考えてみると,丁度一年前,このファンタジー公演で,生の秋川さんの歌でこの曲を聞いているのですが,それとは全く違う,林さんならではの歌になっているのが素晴らしいと思いました。一人一人のお客さんに語りかけるような味のある歌でした。

今回は池辺さんのダジャレは控えめで,全体の構成についても,少々,焦点がはっきりしないところもあったのですが,ファンタジー公演ならではのリラックスした気分の中で,多彩な音楽を楽しむことができました。上杉さんについては,今度は独奏で聞いてみたいと思います。林さんについては,これからもまたOEKとの共演を期待できそうですね。 (2009/07/07)

サイン会と
関連写真集


今回の立て看板です。



池辺さんと林さんのサインです。


上杉さんのサインです。