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もっとカンタービレ第15回
ドラマティック・バロック:チェンバリスト曽根麻矢子を迎えて
2009/07/11 石川県立音楽堂 交流ホール
1)ヴィヴァルディ/調和の霊感第6番イ短調 op.3-6
2)スカルラッティ/ソナタニ短調K.213,L.108
3)スカルラッティ(曽根麻矢子編曲)/ファンダンゴニ短調
4)コレルリ/合奏協奏曲ヘ長調op.6-2
5)ラモー/優しい嘆き
6)ラモー/3つの手
7)ラモー/凱旋
8)テレマン/新パリ四重奏曲第4番ロ短調 TWV43:h2
9)バッハ,J.S./ブランデンブルク協奏曲第6番変ロ長調BWV.1051

●演奏
曽根麻矢子(チェンバロ)
江原千絵(ヴァイオリン*1),原田智子(ヴァイオリン*1,4),ヴォーン・ヒューズ(ヴァイオリン*1,4),山野祐子(ヴァイオリン*1),ミンジュン・ス(ヴァイオリン*4),藤原朋代(ヴァイオリン*4),大村俊介(ヴァイオリン*8)
石黒靖典(ヴィオラ*1,4,9),古宮山由里(ヴィオラ*9)
大澤明(チェロ*1,4,8,9),スンジュン・キム(チェロ*4,9),福野桂子(チェロ*9)
今野淳(コントラバス*1,4,9)
岡本えり子(フルート*8)
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)室内楽シリーズ「もっとカンタービレ」第15回は,「ドラマティック・バロック」と題し,チェンバロ奏者の曽根麻矢子さんをゲストに迎えて行われました。曽根さんとOEKは,過去,数回共演していますが,チェンバロという楽器の性格上,OEK全体との共演よりは,今回のような室内楽公演の方がぴったり来ます。

今回は,室内楽編成で,ヴィヴァルディ,コレルリ,テレマン,バッハの作品が,曽根さんの独奏でスカルラッティとラモーの作品が演奏されました。選曲を担当したOEK団員のトークを交えながら,お客さんの目前で演奏する「王侯貴族スタイル」もすっかり恒例になりましたが,今回は大澤さん,大村さんというトークの得意な方が担当されたことに加え,曽根さんも積極的にトークに加わっていましたので(セッティングの時間調整の意味もあったと思います),いつもにも増して華やかでリラックスした気分で楽しむことができました。

このシリーズの特徴である,「団員プロデュース」についてですが,今回は,各曲の核となる奏者によって,演奏のスタイルや雰囲気が,特に大きく変わっていました。もちろん作曲者や演奏者自体違うこともありますが,弦楽器主体の編成という点で共通していたので,違いが分かりやすかったと言えそうです。

最初に演奏された,ヴィヴァルディは,「ヴァイオリンの発表会」の定番曲ですが,江原さんを中心とした今回の演奏は,それとは一線を画したような,大人の演奏でした。子供たちが演奏すると,「ター ラーラーラーラー ラーラララ...」と間延びした感じになることがありますが,今回の演奏は,ノンヴィブラートですっきり軽やかに演奏されており,「タ,ラッラッラッラッ,ラッラララ...」と躍動感を感じさせてくれました。江原さんの独奏も同様で,透明でキレの良い演奏を聞かせてくれました。

バロック音楽を実演で聞く楽しみとしては,誰が演奏しているのかがよく分かる,という点があります。第2楽章などは,CDで聞いていても(私などには)よく分からないのですが,通奏低音の皆さんがお休みになっていました。第3楽章は,第1楽章同様にシャープでしたが,その上にさらに力強さも加わっていました。

なお,この演奏の前にチェロの大澤さんと曽根さんのトークが入ったのですが,その時に大澤さんが「小さいときにヴァイオリンを習っていたんですよ」とこの曲の冒頭部分をちょっと弾いてみせてくれました。大澤さんがヴァイオリンを持つと,非常に小さく見えたのですが,一気に会場の気分をリラックスさせてくれました。

演奏後は,曽根さんのトークが入りましたが,チラシに載っている曽根さんの写真とは違ってショートヘアにされていましたので「別人ではありません」と注釈をされていました(夏向きのヘアスタイルでした)。曽根さんは,とても明快にトークをされるので,声を聞くだけで会場が明るくなりました。スター性のある方だと改めて感じました。

その後,曽根さんの独奏でスカルラッティの曲が2曲続けて演奏されました。スカルラッティのソナタは555曲もありますので,どういう曲を選ぶかがまず楽しみなのですが,今回はニ短調の作品が演奏されました。恐らくこれは2曲目に演奏した曽根さん自身の編曲によるファンダンゴの調性に合わせてのものだと思います。

曽根さんの演奏が始まると,繊細で透明な悲しみが会場に静かに広がりました。その気分が微妙にうつろう様が絶品でした。このソナタが前奏曲のような感じとなり,引き続いて,ファンダンゴが演奏されました。こちらの方は,スペイン風の雰囲気があり,この曲に併せてフラメンコか何かを踊っても良さそうな感じでした。ただし,チェンバロ自体の音量は大きくなく,速い音の動きが延々と続くだけなので,燃えるような情熱というよりは,狂気に近いような冷たい熱狂のようなものを感じさせてくれました。この曲は,きっと曽根さんの十八番なのだと思います。

前半最後は,コレルリの合奏協奏曲が演奏されました。2台のヴァイオリンとチェロがソロの曲で,ヴォーン・ヒューズさん,ミンジュン・スさん,大澤明さんがそれぞれを担当されていました。演奏の中心は,ヴォーン・ヒューズさんだったようですが,1曲目のヴィヴァルディとは対照的にヴィブラートを掛けた重みのあるたっぷりした音楽を聞かせてくれました。大らかでリラックスした気分があり,エネルギーに満ちた演奏だったと思います。

大澤さんのトークの中で,「OEK団員の中にもヴィブラートを付ける方が好きな人とそうではない人がいる」といったことが出てきたのですが,前半の2曲では,その好みがはっきりと出てきたと思いました。同じ演奏会の中で,その両方を楽しめるのがこのシリーズならではです。大澤さんも,料理の例で説明されていましたが,こってりした味付けが好きな人もいれば,すっきりした味付けが好きな人もいるわけで,同じ演奏の中で一貫性が取れていれば,「どっちでも可」と感じました。

後半は,曽根さんのチェンバロ独奏で始まりました。ここではラモーの小品が3曲続けて演奏されました。スカルラッティのソナタには標題がないのに対し,ラモーの方はそれぞれに標題が付いていました。その辺にどこかロマン派時代のピアノ小品に繋がるような聞きやすさを感じました。最初の「優しい嘆き」という曲も,短調なのですが,そのタイトルのイメージどおりちょっと甘い雰囲気がありました。ただし,甘くなり過ぎず,上品な香りが残るのがチェンバロの特徴だと思います。

続く2曲は,段々とテンポが速くなる感じで,3曲目の「凱旋」はタイトルどおり,音に輝きが感じられました。微妙な変化なのですが,その微妙さがチェンバロの特色と言えます。この交流ホールは,チェンバロ演奏に丁度良いスペースなので,チェンバロを中心とした古楽器シリーズというのがあっても面白いかなと感じました。

続くテレマンの四重奏曲には,フルートが加わりました。この同じ日の曲の中では,唯一,管楽器が参加する曲でした。演奏前に大村さんのトークが入りましたが,金沢蓄音器館でのマニアックな(?)解説を思わせる面白い内容でした。この曲はロ短調で書かれたフルート入りの曲なのですが,これは,バッハの有名な管弦楽組曲第2番と同じ調性・似た編成です。その中のメヌエットの冒頭部などは,バッハの曲の中のサラバンドとつなげると違和感なくつながってしまいます。と,いった話でした。その後,「ちょっとやってみましょう」とサワリを聞かせてくれるのもこのシリーズならではだと思います。どちらかがどちらかの真似をした可能性があるのですが,こういう「似たもの探し」というのも,面白いですね。一度,特集してもらえると面白いと思いました。

演奏の方は,最初の方は各楽器の音がしっくりまとまっていない気がしたのですが,次第にしっくりとまとまってきました。特に5曲目の「Triste」などは,大変聞き応えがありました。岡本さんのフルートの音を含め,各楽器の音がしっとりとまとまり,統一感がありました。

最後はやはりバッハ,ということでブランデンブルク協奏曲第6番が演奏されました。この曲は,ヴァイオリンが入らないという変わった曲で,石黒さん,古宮山さんのお二人のヴィオラ奏者とチェロの大澤さんがソロでした。特にヴィオラ2人がソロになる曲というのは珍しいと思うのですが,プログラムの曲目解説中の「何かにつけてヴァイオリンと低音に挟まれる板ばさみ的な立場が多い楽器,当楽団のヴィオラ2人による,伸びやかな,虐げられない世界をお楽しみください」という文章に,何故か非常にリアリティを感じてしまいました。

この曲の演奏ですが,冒頭部から大変律儀でがっちりとした雰囲気がありました。どっしりとした低音の上に,同じ音型が続くのですが,「まじめに働いています」という感じの勤勉さがあり,バッハのイメージにぴったりでした。ブルックナーの交響曲の原型もこういうところにあるのかな,と思いながら聞いていました。

とてもゆるやか〜な時間が流れる第2楽章に続いて,第1楽章同様,勤勉な感じの第3楽章になるのですが,ここではもっと伸びやかな雰囲気になります。また,2本のヴィオラの間のメロディの絡み方とか分担の仕方などを視覚的にも楽しむことができました。ヴィオラといえば,地道に働いているイメージがあるのですが,この演奏からは,バッハの音楽の持つ「プロテスタンティズムの倫理と精神」(マックス・ウェーバーの本は読んだことはないので,ただのイメージで書いているのですが)といった,勤勉さがしっかりと伝わってきました。また,そういう雰囲気がとても似合う曲だと思います。

今月は安永徹さんをゲストに迎えて,もう1回,もっとカンタービレ・シリーズが行われますが,ますます多彩に充実してきており,毎回聞き逃せません。年7回中,1,2回はバロック音楽特集としても良いかもしれませんね。まだまだ,眠っている作品は多いと思います。

PS.今回は曽根麻矢子さんのサイン会も行っていました。このシリーズでは初めてのケースかもしれません。 (2009/07/12)

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公演のポスターです。