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オーケストラ・アンサンブル金沢第265回定期公演PH
2009/07/25 石川県立音楽堂コンサートホール
1)シューベルト/交響曲第5番変ロ長調,D.485
2)ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲第1番ハ短調,op.35
3)ハイドン/協奏交響曲変ロ長調op.84,Hob.I-105
4)(アンコール)プッチーニ/菊(弦楽合奏版)
●演奏
オーケストラ・アンサンブル金沢(リーダー:安永徹)
市野あゆみ(ピアノ*2),藤井幹人(トランペット*2)
安永徹(ヴァイオリン*4),ルドヴィート・カンタ(チェロ*4),加納律子(オーボエ*4),柳浦慎史(ファゴット*4)
Review by 管理人hs  

2008〜2009年のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演シリーズの最後となる,フィルハーモニー・シリーズに出かけてきました。今回のゲストは,ヴァイオリン&リーダーの安永徹さんとピアノの市野あゆみさんでした。このお2人がこの時期に客演するのもすっかり恒例になりました。

OEKの基本編成だけで演奏できる曲が取り上げられる点も恒例ですが,今回面白かったのが,協奏曲のソリストも,OEKメンバーが担当していた点です。ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲のピアノはもちろん市野さんですが,トランペットは藤井さんが担当しました。最後のハイドンでは,安永さんのヴァイオリンに加え,オーボエの加納さん,チェロのカンタさん,ファゴットの柳浦さんがソリストとして登場しました。こういうプログラムを定期公演で組めるのも,団員と定期会員の距離が近い地域密着型の活動をOEKが続けてきた成果の1つだと思います。プロ野球で例えるならば,メジャー・リーグの有名選手を招くのではなく,自分の球団の中で育成してきた選手の中からスター選手が生まれるといった形と似ているかもしれません。

安永さんとOEKの相性はとても良く,安永さんが登場する公演では,いつもニュアンス豊かで集中力の高い演奏を聞かせてくれます。今回の3曲の演奏もそのとおりでした。最初に演奏された,シューベルトの交響曲第5番はまさにOEK向きの曲です。ただし,近年意外に定期公演では演奏されていないようで,私自身,実演で聞くのは久しぶりです。

個人的に,この曲は大好きな曲なので,第1楽章最初の木管楽器の和音が聞こえた瞬間から嬉しくなります。私がよく聞いている定番の演奏はブルーノ・ワルター指揮のCDなのですが,それと比べるとテンポが速く(ワルター盤が遅すぎるのだと思います),すべての音がくっきりしていました。続いて,弦楽器が気持ちよいメロディを歌い始めるのですが,その音も非常に美しく,自信に満ちていました。ワルター盤は,懐かしむようなのどかさが魅力なのですが,今回の演奏は,折り目正しく清冽な感じがしました。この日もライブ録音を行っていましたが,私にとって,安永OEK盤が新定盤になる予感がしています。

呈示部の繰り返しを行っていなかったのは意外だったのですが(第4楽章も同様でした),演奏会の第1曲目ということで,コンパクトにまとめたかったのだと思います。実際,コンパクトな雰囲気が似合う曲です。演奏の方は清冽さと同時にきめ細かいニュアンスが付けられており,自然に音楽が流れながら充実した内容を感じさせてくれました。展開部などでは,所々で翳りが漂うのですが,その表情の変化も魅力的でした。

第2楽章は,深くしみじみとした音楽でした。変ったことをしていないのに,安心して音楽に浸れるような「味」が染み出ている辺りに安永/OEKコンビの熟成を感じました。また,音楽が重くなり過ぎないのは,室内オーケストラならではのメリットだと思います。第3楽章は,しなやかなスケルツォ風メヌエットでした。途中のトリオの部分で,じっくりとテンポを落とし,非常にデリケートな雰囲気になっていたのが特に印象的でした。その気分の切り替えが絶妙でした。

第4楽章は,全体に抑え気味の演奏でしたが,その抑制した感じが曲想に合っていました。「小さいけれども確かな幸福感」が漂う演奏でした。何事もなかったかのように,そっと終わる感じもとてもセンスが良いと思いました。

なお,この日の楽器の配置ですが,古典的な対向配置でコントラバスが下手奥にいました。3曲ともこの形でした。

2曲目のショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番は,過去,岩城宏之さん指揮,木村かをりさんのピアノ,ジェフリー・ペインさんのトランペットという組み合わせで海外公演でも演奏したことのあるOEKお得意の曲です。演奏されるのは,2008年の北陸新人登竜門コンサート以来のことで,トランペットはその時同様,OEKのトランペット奏者の藤井幹人さんでした。

曲の最初から,トランペットとピアノが絡み合って出てくるのですが,ミュートを付けたトランペットの鋭い音がとても印象的でした。藤井さんは2本のトランペットを使い分け(ステージの中央最上段で演奏されていたので,よく見えました),曲全体を通じて多彩な響きを聞かせてくれました。市野さんの方は,第1楽章ではロマン派音楽のようなたっぷりとした音楽を聞かせてくれました。

今回の演奏のいちばんの特徴は,「指揮者なし」ということだったと思います。かなり大胆な試みですが,そのメリットとデメリットの両面があったと思います。曲の要所要所で,安永さんが指揮の動作をしていましたが,第1楽章については,全体的にちょっと慎重な感じで,様子を見合っているようなところがあった気がしました。

第2楽章は,前半は市野さんのゆったりとしたピアノの冷たく透明な音が絶品でした。途中からそれにミュートを付けたトランペットが加わります。トランペットというよりは,イングリッシュホルンのような音に聞こえ(そう考えると,ラヴェルのピアノ協奏曲と構成的に似ているところがある曲だと実感。ちょっとガーシュイン風(「ラプソディ・イン・ブルー」というよりは「パリのアメリカ人」)でもあります),不思議な音世界に入って行きました。各楽器がお互いに聞きあってじっく〜り演奏している感じが,「指揮者なし」の醍醐味ですね。

ピアノによる,かなりシリアスな感じの第3楽章に続き,第4楽章に入って行きますが,大変スリリングな演奏でした。市野さんのピアノは,とても上品で,演奏によってはびっくりするような不協和音を強打する部分もあっさりと流していました。終盤にかけて,華麗なパッセージがキレ良く続き,とても格好良く,センスの良い演奏だった思いました。この市野さんのピアノと明るく朗々と演奏する藤井さんのトランペット,そして安永さんがリードするOEKとが自在にやりあう感じで,指揮者がいる場合よりは,「出たとこ勝負」的な即興性があったのではないかと思いました。それでも,すっきりとまとまっていたのは,やはりこの曲を演奏しなれているOEKならではだと思います。

3曲目のハイドンの協奏交響曲は,ソリスト4人ということで,視覚的な面も含め,シリアスさよりも祝祭的な豪華さがありました。全曲を通じて,気心の知れた4人の奏者の音による対話とそれを盛り上げるOEKのサポートをリラックスして楽しむことができました。ただし,オーケストラの響き自体は,トム・オケーリーさんのティンパニを中心に,ビシっと引き締まっており,「親しき仲にも礼儀あり」という感じで良い緊張感を漂わせていました。

第2楽章になると,さらに室内楽的な雰囲気になり,4人のソリストがキャラクターが際立ってきました。安永さんの艶のある引き締まった音を中心に優雅な気分に浸ることが出来ました。「楽器のキャラクターと演奏者のキャラクターがよく合っているなぁ」とか「この4人でOEKファミリーによる携帯電話のCMとか作れないかなぁ」とかいろいろと音楽の以外のことを考えてしまったのですが,安心して楽しむことのできる音楽でした。

#お兄さん=安永さん,お姉さん=加納さん,お父さん=カンタさん,おじいさん=柳浦さんという感じかな?カツオ,サザエ,波平,マスオの方が良いかな?ソフトバンクのホワイト家だとどうなるか?とかいろいろ考えておりました。

第3楽章は,ティンパニに続いて,ヴァイオリンによるソリスティックが独奏が出てきます。さすが安永さんという鮮やかな演奏でした。安永さんは,ベルリン・フィルを退団し,その後任に,これまでソリストとして大活躍されていた樫本大進さんがコンサート・マスターに就任しました。そう考えると,ベルリン・フィルのコンサートマスター=名ソリストという等式が成り立ちそうです。それを立証するような見事な演奏でした。その後も堂々とした演奏が続き,演奏会をしっかりと締めてくれました。

アンコールでは,これも恒例企画になりつつありますが,弦楽合奏のみによる小品が演奏されました。今回は,プッチーニの菊という曲が演奏されました。プッチーニのオペラ以外の作品が演奏されるのは珍しいことですが,非常に良い曲でした。小品といっても5分以上かかる曲で,映画音楽を思わせる親しみやすさとほのかな甘さを漂わせていました。

この曲ですが,チラシの情報によると,7月28日に行われる「もっとカンタービレ」でも演奏されます。こちらの方は5人編成による室内楽版ということで,聞き比べができます。気に入った方はこちらの方もどうぞ。

終演後のOEKのメンバーの様子を見ていると,毎回のことながら安永さんとのコラボレーションを大歓迎していることがよく分かります。これまでは,ベルリン・フィルのシーズン・オフの時に,渡り鳥のように金沢に来られていましたが,これからはもっと頻繁に客演することや別のアーティストを加えての公演も期待できそうです。今回の定期公演のCD発売と併せて,楽しみにしたいと思います。

PS.今回も(と書くのも残念ですが)曲の途中でケイタイの着信音が鳴っていました。1階席だったようで,最初のうちは気づかなかったのですが,なかなか鳴り止まずショスタコーヴィチの第2楽章の開始が少し遅くなりました。少なくともすぐ止めて欲しいものです。ラ・フォル・ジュルネ金沢の時の”大型看板”も見慣れてくると当たり前のようになって見落としてしまうのかもしれないですね。困ったものです。
(2009/07/25)

サイン会と
関連写真集


今回の立て看板です。


安永徹さんと市野あゆみさんのサインです。


OEKの”ソリスト”の皆さんのサインです。上から藤井さん,カンタさん,加納さん,柳浦さんです。


「オーケストラの絵」を募集しているそうです。来年,3月31日のオーケストラの日には募集した絵が見られそうです。


JR金沢駅の中で行われるエキコンの案内です。


8月1〜2日は「ふれあい伝統芸能ランド」というイベントが行われます。入場無料でいろいろな伝統芸能を体験できるようです。