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もっとカンタービレ・スペシャル:安永徹・市野あゆみwith OEK 室内楽の真髄
オーケストラ・アンサンブル金沢室内楽シリーズ
2009/07/28 石川県立音楽堂 交流ホール
1)ブトリー/木管三重奏のためのディヴェルティスマン
2)ハイドン,J.M./ディヴェルティメントト長調 Perger No.94
3)プッチーニ/「菊」嬰ハ短調(弦楽五重奏版)
4)ブラームス/ピアノ五重奏曲ヘ短調,op.34
●演奏
加納律子(オーボエ*1),遠藤文江(クラリネット*1),柳浦慎史(ファゴット*1)
岡本えり子(フルート*2),山田篤(ホルン*2)
安永徹(ヴァイオリン*2-4),ヴォーン・ヒュー(ヴァイオリン*3),大村俊介(ヴァイオリン*4),ベック・シンヤン(ヴィオラ*2,3),古宮山由里(ヴィオラ*4),早川寛(チェロ*3,4),今野淳(コントラバス*3)
Review by 管理人hs  

安永徹さんと市野あゆみさんは,数日前に石川県立音楽堂コンサートホールで行われたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に出演されたばかりですが,2年前の共演の時同様,交流ホールで行われた「もっとカンタービレ:OEK室内楽シリーズ」にも登場しました。このシリーズは,通常,OEKメンバーの選曲&プロデュース&トーク&解説執筆...という形で行われるのですが,今回は「スペシャル」ということで「安永徹 室内楽の真髄」と題して,安永さん選曲による曲を中心に演奏されました。

まず,その選曲・編成が多彩でした。ブトリー(木管三重奏),ミヒャエル・ハイドン(木管+弦楽の五重奏),プッチーニ(弦楽五重奏),そして,ブラームス(ピアノ五重奏曲)ということになります。演奏時間や曲の”格”からして,ブラームスがメインの公演でしたが,前半のプログラムにもそれぞれに聞き所があり,前半・後半を合わせてOEK全体を聞いたような充実感と色彩感を感じました。

まず,最初に演奏されたのは,OEKの現在のコンポーザー・イン・レジデンス,ロジェ・ブトリーさんの木管三重奏のためのディヴェルティスマンという曲でした。演奏前の柳浦さんのトークによると,当初は,ヴァイオリンの入るミヨーの室内楽曲を演奏する予定でしたが,安永さんから「OEKメンバーのみの曲も入れてほしい」という希望があり,この曲に変更したとのことです。安永さんとしては,安永さんを中心とした公演ではなく,あくまでも「OEKの室内楽シリーズ」ということを重視したかったのだと思います。

このブトリーさんの作品は,遠藤さんの解説によると,「管楽器を熟知した人の作品」ということです。遊びの気分の中に明晰さがあったり,神妙だけど暗くなり過ぎなかったり,大変フランス音楽らしい作品だと思いました。3つの楽章の中では,3楽章がいちばんの聞きものでした。ホールの響きの影響もあると思いますが,各楽器の音が溶け合うというよりは,原色的に主張しあうような面白さがありました。ファゴットの高音が出てくる部分など(ストラヴィンスキーの「春の祭典」のような感じ?),技巧的に大変難しい曲なのだろうな,と感じました。

次のミヒャエル・ハイドン(有名なハイドンの弟です)のディヴェルティメントが演奏されました。この曲は,演奏される機会が非常に少ない曲で,CDは存在しないだろう,とのことでした。楽器編成は,ヴァイオリン,ヴィオラ,フルート,ファゴット,ホルン各1名という変ったものでした。安永さんの説明によると,「管楽器3名に弦楽器2名が加わった形」ということで,奏者の配置も次のような感じでフルートの岡本さんがコンサートマスターの位置にいました。

   Fg Hrn Va
Fl           Vn

8曲からなる組曲でしたが,各曲が非常に短かかったので,編成のコンパクトさと合わせてミニチュア版オーケストラを聞くような可愛らしさを感じました。どの曲も生き生きとしており,曲想も変化に富んでいたので,全く飽きずに楽しむことができました。この演奏では,前述の説明のとおり,安永さんの演奏は控えめで,岡本さんのフルートの暖かなムードが核になっているように思えました。また,ホルンが入るので速い曲などでは,ちょっと狩のイメージもあるな,と思って聞いていました。

ミヒャエル・ハイドンの曲を聞いたことはこれまでほとんどなかったのですが,音楽史的に見ると,多くの作曲家に影響を与えた重要な作曲家だったようです(例えば,モーツァルトの交響曲第37番は,実はミヒャエル・ハイドンの曲の盗作(?)だったそうです)。良い作曲家だったけれどもあまり欲がなく,楽譜をあまり出版しなかったので後世まで残った作品が少ないというのは残念なことです。ただし,それだからこそ「発掘」しがいのある作曲家とも言えます。OEKにとっては,「狙い目」の作曲家かもしれません。

続いて,先日の定期公演でアンコール曲として弦楽合奏で演奏されたプッチーニの「菊」が,今回は弦楽五重奏で演奏されました。もともとは弦楽四重奏曲で,王が亡くなった際にその追悼のために1日で書かれた曲とのことです。「良い曲だ」ということは分かっていたのですが,編成とホールが変わることで,全く違った雰囲気に聞こえ,とても面白い聞き比べができました。

今回は,間近で聞いたことがあり,安永さんが強くリードしているのがよく分かりました。曲の冒頭部などでは,定期公演の時同様,しっかりと指示を出していました。その後もそれほど大げさな動作ではありませんでしたが,身を乗り出すような動作で,積極的に音楽を引っ張っていました。それにしても良い曲です。非常に聞きやすい曲なのですが,弦楽合奏版よりも音が薄いこともあり,甘さ控えめという感じでした。切ない気分に加えて,奏者の息遣いが伝わってくるような凄味と迫力のある演奏だったと思います。

後半に演奏されたブラームスのピアノ五重奏曲は,数多い室内楽作品の中でももっとも充実した作品の1つだと思います。もともとピアノ五重奏曲というジャンルには,充実した曲が多く,2年前には,安永さん,市野さんとOEKメンバーの共演で,シューマンのピアノ五重奏曲の素晴らしい演奏を聞いたことがありますが,それを彷彿とさせるような見事な演奏でした。

やはり安永さんの演奏には,リーダーとしての求心力が自然に備わっています。安永さんの音がアンサンブルに加わると一気に演奏の柄が大きくなり,音のスケールが豊かになります。この曲には,冒頭部分をはじめとして,ヴァイオリンと他の楽器がユニゾンで演奏する部分がありますが,そういった所で特に充実感を感じました。

受けて立つ市野さんのピアノとのバランスも絶妙でした。主張し過ぎる部分はないのに,気づいてみると,ピアノの存在感がしっかりと感じられました。安永さんとの間に阿吽の呼吸のようなものがあり,最適のバランスを熟知しているような自然さがありました。

OEKメンバーの演奏は,このお二人に引っ張られているようで(先生と生徒の関係に近い気がしました),そういう意味でやや弱さを感じました。ただし,終盤の楽章になるにつれて熱気が全メンバーに波及していくようなライブならではの高揚感は見事でした。演奏自体,大変オーソドックスで安永さん自身も常に平然としているのですが,その静かけさと自信に満ちた表情の中から強靭さを感じさせる情熱が立ち上がり,それがどんどん広がっていく様は大変聞き応えがありました。「さすが安永さん!室内楽の真髄」という演奏でした。

今回は,安永さんが登場するとあって,いつにも増して大勢のお客さんが入っていました。ステージを作らず,お客さんと同じフロアで演奏していたのが面白かったのですが,これも安永さんの方針かもしれません。座席もいつもよりゆったりと配置しており,ファゴットの柳浦さんの司会もいつも通りとても聞きやすいものでした。「スペシャル」に相応しく,ゆったりとした気分で楽しむことのできた演奏会でした。

安永さんと市野さんがOEKに客演する場合,「オーケストラ公演で共演+室内楽でも共演」というパターンが恒例になりつつありますが,これは他のオーケストラにはないような,OEKらしい贅沢なスタイルだと思います。昨年のジョアン・ファレッタさんの時も定期公演と連動していましたが,今後もこういうパターンの公演を期待したいと思います。(2009/07/31)

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今回のポスターです。