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いしかわミュージックアカデミーフェスティバルコンサート
with 井上道義&オーケストラ・アンサンブル金沢
2009/08/27日 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/ピアノと管弦楽のためのロンドニ長調,K.382
2)メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲ホ短調,op.64
3)(アンコール)パガニーニ/カプリース〜第24番
4)メンデルスゾーン/弦楽のための交響曲第10番ロ短調
5)チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調,op.35
6)(アンコール)パガニーニ/カプリース〜第13番
●演奏
篠永紗也子(ピアノ*1),ヒョンス・シン(ヴァイオリン*2-3),神尾真由子(ヴァイオリン*5-6)
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*1-2,4-5;IMA受講生選抜メンバー*4
Review by 管理人hs  

毎年,8月に行われているいしかわミュージックアカデミー(IMA)に関連していろいろな演奏会が行われていますが,今年はIMA出身のソリストとOEKが共演するフェスティバルコンサートが行われました。近年,IMA出身者の中から次々と国際的な音楽コンクールでの優勝者が登場していますが,今回は,その代表ともいえる神尾真由子(2007年チャイコフスキー国際コンクール優勝)さんとヒョンス・シン(2008年ロン・ティボー国際音楽コンクール優勝)さんの2人のヴァイオリニストが登場しました。演奏した曲は,前半がシンさんのメンデルスゾーン,後半が神尾さんのチャイコフスキーということで,いわゆる「メン・チャイ」共演になりました。それぞれの奏者の個性ともよく合っており,フェスティバルの名に相応しい豪華な演奏会となりました。

このお2人の演奏に先立って,地元金沢出身のピアニスト,篠永紗也子さん(昨年のIMA音楽賞受賞)が登場し,モーツァルトのロンドニ長調を演奏しました。ちょっと華やかで,ちょっと気の利いた曲ということで,お2人をお迎えするのに絶好の序曲となっていました。この曲ですが,実は,今年のラ・フォル・ジュルネ金沢のオープニングで中林理力君がモーツァルトの衣装を着て演奏した「あの曲」と同じです。篠永さんも中林君とほぼ同年代ということで,意図的な選曲だったのかもしれません(今後も「新人ピアニストが演奏する曲」というのが慣例になっても面白いかもしれません)。

篠永さんは,とても明るい青緑のドレスで登場しました。社交界(?)にデビューする令嬢といった雰囲気があり,とても初々しく感じました。演奏の方も大変立派で,非常に流れの良い,純度の高い清潔な演奏を聞かせてくれました。変奏曲形式の曲で,途中,一瞬短調に変ったりしますが,その自然な表情の変化もとても魅力的でした。

続いて,ヒョンス・シンさんが,品の良い金色のドレスで登場しました。最後に登場した神尾さんは,青と緑のドレスでしたので,この日は,3人のソリストによるファッションショーの趣きもありました。

神尾さんとシンさんについては,演奏も対照的でした。神尾さんが”太陽”だとすれば,”月”といった感じです。これは,シンさんの方が劣っているというわけではなく,音色的にどこか憂いが漂っているのです。冒頭の名旋律は,さらりと演奏していましたすが,ほのかにメランコリックな気分が漂っていました。それが次第に情熱を帯び,時にはOEKに激しく迫るような気迫を見せてくれました。一方,第2主題では,じっくりとテンポを落として,耽美的といって良いほど,しっかりメロディを聞かせてくれました。所々出てくる高音も見事で,聞き手の心に突き刺さるように響きました。カデンツァでも緊張感のある弱音をじっくりと聞かせてくれました。第1楽章を聞いただけで,大変幅広く,繊細な表現力を持った素晴らしい奏者だと実感しました。

第2楽章は,とても暖かく落ち着いた気分がありました。ここでは特に,井上/OEKとの味のある対話を楽しむことができました。井上さんは,この曲では,指揮台を使っていませんでしたが,そのことによって,ソリストと指揮者の物理的な距離が近くなり,コンタクトが非常に濃いものになっていました。シンさんの意味深げな音とOEKのしっとりとした音との絡み合いが,非常にロマンティックに感じられました。楽章の最後の部分のテンポの落とし方も絶品でした。

第3楽章は,対照的に若々しいスピード感に満ちた音楽となりました。楽章の最初の部分では,シンさんの方がもっと速く走りたそうな感じでしたが(この部分は,本当に合わせるのが難しい箇所です),すぐにピタリと合いはじめ,喜びとエネルギーに満ちた音楽となりました。ここでも高音部の叫びが印象的でした。

このようにとても個性的で聞き手の心をしっかりつかむような説得力のある演奏だったのですが,演奏全体の流れが良いので,とても品良く,輪郭がくっきりして感じられました。今回の演奏を聞いて,一気にファンになってしまいました。シンさんは,IMAに7年連続で参加されたということで,これからも金沢を第2の故郷として活躍の場を広げていって欲しいと思います。

アンコールでは,パガニーニのカプリースの24番が演奏されました。いろいろな変奏曲のテーマとしてお馴染みの曲です。ここでも耽美的,というか悪魔的な超高音をしっかり聞かせてくれました。大変センスの良い演奏だったと思います。

演奏会の後半は,神尾さんの演奏に先立って,IMAの受講生選抜オーケストラとOEKメンバーとによる合同演奏が行われました。合同演奏といっても大半はIMAの受講生で,OEKのメンバーは,コンサートマスターのサイモン・ブレンディスさんなど数名だけでしたが,この試みは双方にとって刺激になったと思います。

IMAのオーケストラについては,過去にも数回演奏を聞いたことがあり,その凄さを実感してきたのですが,今回は,OEKメンバーが加わったこともあるのか,さらに迫力を増していました。メンデルスゾーンの弦楽のための交響曲第10番という単一楽章の比較的地味目な曲が演奏されたのですが,惚れ惚れするほどゴージャスなサウンドを楽しむことができました。曲の最初のアダージョの部分の滑らかさ,後半のアレグロ部分の輝きなど,目が覚めるような新鮮さと同時に,ヴィルトーゾ・オーケストラと言っても良い風格を感じました。井上さんがIMAの受講生の演奏を聞くのは,今回が初めてだったと思いますが,恐らく,この音を聞いて,感激&大満足だったのではないかと思います。

最後に神尾真由子さんが登場し,チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏しました。神尾さんは,チャイコフスキー国際コンクールの優勝者ということで,この曲を演奏する機会は非常に多いと思うのですが,まさに王者の風格を漂わせたような堂々たる演奏を聞かせてくれました。曲の最初から,大きな弧を描くような息の長い,いかにもチャイコフスキーらしい,スケールの大きな表現を聞かせてくれました。

ヴァイオリンの音は,どちらかというと硬質で,オーケストラに挑みかかってくるような迫力を常に漂わせているのは,今年の3月のOEKの定期公演で聞いたブルッフのヴァイオリン協奏曲の時と同様です。井上/OEKも,うかうかして居られない,ということで,展開部に入る部分でのスケール感たっぷりの響きなど大変ダイナミックでした。時に激しすぎてヒステリックに感じられる部分もありましたが,小細工をせずに,曲をストレートに聞かせようとする辺り,既に「若き巨匠」の風格を漂わせています。

第2楽章では,じっくりと暖かい音楽を聞かせてくれました。ここではOEKの木管楽器との対話が聞きものでした。メンデルスゾーンの第2楽章同様,絶妙の合いの手を入れていました。特に遠藤さんのクラリネットの意味深い音が印象的でした。

第3楽章は,再度緊張感とスピード感に満ちた音楽になります。ここでもオーケストラに食って掛かるような切れ味の鋭さが印象的でした。特に楽章の最後で,重音を聞かせながらオーケストラと掛け合う箇所での「ただ者ではないような迫力」には,圧倒されました。若さの特権といっても良いような勢いを感じました。

アンコールでは,ヒョンス・シンさんと合わせるかのように,パガニーニのカプリースの中から第13番が演奏されました。これは,3月の定期公演で演奏された曲と同じものでしたので,神尾さんのお気に入りの「名刺代わり」の曲なのかもしれません。曲の最初の部分は,ちょっと怪しく,柔らかな気分を持っているのですが,途中から激しく吼えるような雰囲気になります。神尾さんは,パガニーニのカプリースの全曲のCDを最近リリースしましたが,機会があれば,実演による全曲演奏などというものも聞いてみたいものです(IMA受講生による,「分担全曲演奏会」というのも面白いかも)。

今回は,このように大変豪華な雰囲気の演奏会となりました。昨年までは,IMA関連の演奏会については,講師をソリストとする公演があったのですが,今年はIMAの受講生及び卒業生による演奏だけになりました。著名な講師による演奏も魅力的なのですが,これだけレベルの高い奏者が集まるようになりましたので,今回のように若い力をアピールするという形の方が,IMAのオリジナリティを出せるのではないかと思います。

また,これまで,井上音楽監督はIMAには直接関係して来なかったのですが,来年以降も井上監督とIMA受講生との共演に期待したいところです。この日は,演奏会の途中で,今年のIMA音楽賞の発表もあったりして,IMA全体の打ち上げ的な開放感もありましたが(井上音楽監督が発表すると,やっぱり盛り上がりますね),来年以降も,このパターンで「IMA打ち上げガラコンサート」になるとさらに盛り上がるのではないかと思います。
(2009/08/29)

関連写真集


この公演の立て看板です。数年後にこの写真を見ると,「伝説の豪華顔合わせ」といったことになっているかもしれないですね。