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井上道義による初の指揮者講習会リレーコンサート
2009/08/31 石川県立音楽堂交流ホール
1)ベートーヴェン/序曲「コリオラン」
2)ブラームス/交響曲第2番ニ長調〜第3,4楽章
4)ベートーヴェン/序曲「コリオラン」
5)ブラームス/交響曲第2番ニ長調〜第3,4楽章
●演奏
和田一樹*1,杉原直基*2,松浦修*3,水戸博之*4指揮金沢大学フィルハーモニー管弦楽団
講師:井上道義,アシスタント:広上淳一
Review by 管理人hs  

井上道義さんがオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の音楽監督に就任して以来,ラ・フォル・ジュルネ金沢(LFJK)をはじめとして,いろいろと新しい企画が行われるようになりました。これらに加え,今回初めて,井上音楽監督による指揮者講習会というイベントが石川県立音楽堂を中心として行われました。この講習会を聴講するには,聴講料3000円が必要だったのですが,その成果報告会を兼ねた優秀受講者によるリレーコンサートについては,無料で一般公開されましたので,「指揮者講習会とは一体どういうものだったのだろうか?」という素朴な疑問を持ちながら聞きに行くことにしました。

講習会は,8月28日から31日まで4日間に渡って行われました。講師は,井上道義さん,アシスタントが広上淳一さんで(非常に豪華な講師陣です),受講生は,30名ほどでした。指揮講習会を見るのはもちろん初めてのことでしたが,この日の講評のコメントを聞きながら,「なるほど,今回は「指揮」講習会ではなく「指揮者」講習会だったのだなぁ」とを実感しました。

一つの楽器を演奏するソリストの場合と違い,オーケストラという生身の人間集団を相手に,その上に立って,音楽を作る指揮という仕事は,一筋縄では行かないものです。井上さんは,指揮者が自身の人間性をさらけ出してはじめて,オーケストラを動かすことができる,といったことを語っていましたが,そういったトークを聞きながら,今回の講習会は,指揮の技術や動作についての講習ではなく,大げさに言うと,指揮者としての生き方の奥義(?)を伝えることに主眼のある講習会だったのではないかと感じました。もちろん,実際の講習会中では,指揮の技術面の指導もあったと思いますが,基本が出来ている人に対する,いわば,マスターコースといっても良い高度な内容だったのではないかと思います。

ただし,この「奥義」は,指揮者によって千差万別でしょう。井上さんは,この日登場した優秀受講者の選考基準として,「講習会中に伸びた人」という点を重視したとおっしゃられていました。反対に井上さんと合わずに自信を失った人もいるかもしれませんが,指揮者になるということは,それだけ厳しいことなのだと思います。

お披露目の演奏に先立って,井上さんによる講評が行われたのですが,何と全受講生についてコメントが述べられました。その熱意と誠実さに驚きました。井上さん自身,指揮講習会の講師をするのは初めてとのことでしたが,厳しさと優しさが混ざったような率直なコメントは,多くの指揮者志望者にとって,示唆に富むものだったのではないかと思います。井上さんの言葉を聞きながら,指揮者はタフでないとやっていけないと思いましたが,恐らく,その厳しい言葉に反発するように,立ち向かってくるような人だけがプロの指揮者としてやっていけるのかもしれません。

このコンサートは,当初,19:30から20:30までの1時間ということだったのですが,井上さんのトークが非常に長かったこともあり,大幅に時間が伸びました。これだけ長く,井上音楽監督が話すのを聞くのは初めてだったのですが,その「音楽観」や「指揮者観」が伝わってきて,大変興味深く聞くことができました。各受講者ごとに,別々の言葉で,アドバイスをされていたのも面白く,指揮者の生き方について,メモしたくなるような名言満載という感じでした。実際に,少しメモを取ったのですが,次のようなことをおっしゃられていました。

  • 指揮者は自分のことしか考えないもの。それで,これまで指揮を教えることには心は向かなかった。
  • 攻めないと指揮はできない。
  • 隙を全く見せないのもよくない。
  • 身体を作れ。
  • お客さんは普通よりも変ったものが好き。
  • ハンディキャップを持った人は,通常の人の2倍の力がないと人はついてこない。
  • 誰でも自信はない。ただし,上に立つ人はそれで悩んではいけない。

井上さんは,指揮者という仕事に誇りを持ち,その可能性を強く信じていることがよく分かりました。井上さん自身,大変魅力的なキャラクターの持ち主ですが,まず,指揮者には,そういう人間的な魅力が必要だということがいえます。そうでなければ,とてつもない凄さを感じさせるオーラが必要です。いずれにしても,かなり特殊なお仕事であることは確かです。

その後,優秀受講生4人が登場し,ベートーヴェンのコリオラン序曲とブラームスの交響曲第2番の3,4楽章を指揮しました。こういう形で,いろいろな人の指揮を連続して聞く機会は滅多にないことですが,ちょっとした指揮者コンクールを見るような面白さがありました。オーケストラという「楽器」は,人間の集団ですので,器楽演奏のような単純な比較ができないところはあるのですが(指揮者の力なのかオーケストラの力によるのか判然としない部分があります),確かに指揮者によって,曲の雰囲気は別のものになっていました。

今回の会場だった交流ホールは,響きがデッドなので,演奏の粗がすべて分かってしまう怖さがあったのですが,前方の大型モニターに指揮姿を正面から映す形になっていましたので(指揮者の目の前に大きなモニターがあるので,自身の指揮姿を鏡で見るような形になります),指揮者を見るには絶好の会場と言えます。指揮をするときの表情などが見えるのは,なかなか面白いと思いました。

以下,各受講生の指揮についての私の感想を,簡単にご紹介しましょう。皆さん見事な指揮ぶりでした。

  • 和田一樹さん: 非常に引き締まった,まとまりの良い演奏
  • 杉原直基さん: ちょっと神経質な感じががした(そのせいか,オーケストラのミスが多かった?)。最後の音の鳴りがとてもよく,余裕が感じられた。
  • 松浦修さん: 同じ曲を演奏した和田さんに比べるととてもしなやか。音楽が有機的に息をしているように感じた。
  • 水戸博之さん: とても楽しげに指揮しており,音楽自体に明るさがあった。年齢的に見ても,学生オーケストラといちばん息が合っているような気がした。

4人の演奏の後,「良かったと思う人に拍手してください」という形で”審査”が行われましたが,ほぼ皆さん同じぐらいの拍手だった気がします。

この指揮者講習会は,来年も行われることになりそうでですが,今後どう展開していくか大いに期待したいと思います。特に今回,連続する形で行われた「いしかわミュージックアカデミー(IMA)」とのコラボレーションも考えているようです(IMA自体も相乗効果でさらにパワーアップしそうです)。アシスタントの広上淳一さんとのコンビは,見るからに(?)相性抜群でしたが,音楽堂にまた新たな名物企画が加わったことを喜びたいと思います。優秀な受講生については,今後,音楽堂に再登場する機会(OEKを指揮?)が与えられるということですので,今後,指揮者を目指す若者にとって,いろいろな点で注目の講習会に成長していくかもしれませんね。

PS.受講生の皆さんにとってもハードな講習会でしたが,指揮者の”楽器”となった金沢大学フィルの皆さんにとっても今回の講習会は重労働でした。恐らく,オーケストラのメンバーにとっても,とても勉強になったのではないかと思います。トークの最後の方で,半分雑談のような感じで,井上音楽監督は,「(金沢大学フィルで)ショスタコーヴィチの12番をやらない?」と言っていましたが,すぐにやるのは無理としても,将来的に実現するととても面白いのではないかと思います。

PS.井上さんが受講生の1人ずつに対して講評を語る様子を聞きながら,ミュージカル「コーラス・ライン」を思い出しました。この作品は,バックダンサーとしてミュージカルに出演するメンバーを決めるオーディションを描いたもので,その過程で各登場人物の人生が少しずつ明らかになっていきます。今回の講習会についても,もしかしたらそういう場面があったのかもしれません。かなり以前に作られた小澤征爾さんについてのドキュメンタリー映画の中で,小澤さんがタングルウッド音楽祭中に若い指揮者(若き日の十束尚宏さんでした)を指導するシーンが出てきたのを印象深く覚えているのですが,今回の講習会についても,そのままドキュメンタリー番組にしたり,脚色を加えてドラマにしたりできる場面が数多くあったのではないか,と思いました。来年の講習会あたりでいかがでしょうか?
(2009/09/02)

関連写真集


講習会全体のポスター


リレーコンサートの案内


開演前,交流ホールはこのような形になっていました。


いつの間にか階段はなくなっており,平土間に椅子が並べられていました。


このモニターが今回は大活躍していました。