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オーケストラ・アンサンブル金沢第266回定期公演PH:岩城宏之メモリアルコンサート
2009/09/06 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ハイドン/交響曲第102番変ロ長調Hob.l-102
2)モーツァルト/クラリネット協奏曲イ長調K.622
3)ブトリー/サクソフォンとオーケストラのための協奏曲(世界初演)
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)
豊永美恵(クラリネット*2),須川展也(アルト&ソプラノ・サクソフォン*3)
プレトーク:ロジェ・ブトリー,江原千絵(通訳)
Review by 管理人hs  

2009〜2010年のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演シリーズの開幕公演は,今年度の岩城宏之音楽賞受賞者のクラリネットの豊永美恵さんをソリストに迎えての”岩城宏之メモリアル・コンサート”でした。演奏会全体は,昨年同様,古典派の交響曲,若手演奏家との共演,コンポーザー・イン・レジデンスによる新曲という「OEKの3つの柱」を聞かせるような構成でした。このスタイルも定着しつつあるようです。

まず最初に,このところ井上道義音楽監督が積極的に取り上げているハイドンの交響曲の中から第102番が演奏されました。ニックネームが付いていないため演奏会で取り上げられる機会は多くない曲ですが,ハイドン後期の交響曲ならではの隙のない充実感を持った作品です。実演で聞くのは,今回が初めてでしたが,ところどころ翳りが漂うとても魅力的な作品でした。

第1楽章の序奏部は,意味ありげな落ち着いたムードで始まりました。OEKの弦の音は非常に緻密で美しいのですが,その中にしっとりとした色気が漂うのが井上さんらしいところです。主部は,全く慌てることなく堂々としていました。きっちりと引き締まっているけれども,堅すぎず,リラックスした温かみが自然に出てくるあたり,いかにもハイドンらしい演奏でした。

ハイドンの交響曲については,未知の作品が多いので,毎回CDで予習をして聞いているのですが,それを実演で確認するのも楽しみの一つです。第1楽章の第2主題の独特な翳りであるとか,展開部での念の入った仕掛けなど,存分に楽しむことができました。フルートが再現部っぽく出てくるような部分は,他の曲でも聞いたことがありますが,そういう箇所についても,マンネリというよりは,「おっ,このパターンか」という感じで,口癖を発見するような面白みとして感じられるようになってきました。”似ているけれども全部違う”ハイドンの交響曲は,楽しみの宝庫と言えます。

第2楽章は,ずっと浸っていたくなるような温かみのある音楽でした。カンタさんのチェロがオブリガードを演奏し,ティンパニ(この日は菅原淳さんでした)が静かに音楽を盛り上げるなど,非常に味わい深い演奏でした。第3楽章のメヌエットでは,毎回,井上さんのダンサブルな指揮を楽しむことができます。このエネルギッシュな力強さとトリオの部分での夢を見るような木管楽器の音の対比が見事でした。

第4楽章では,OEKの名人芸を楽しむことができました。サイモン・ブレンディスさんがリードする弦楽器群の演奏には,一気呵成に聞かせるスピード感がありました。これもまた,,ハイドンらしい「お決まりのパターン」なのですが,第2主題のちょっと不思議なメロディの動きなど,何とも言えぬ魅力に溢れ,この曲ならではの面白さがありました。エンディング直前では,少しテンポを落とし,井上さんとブレンディスさんの阿吽の呼吸によるユーモアを楽しませてくれました。井上/OEKならでは表情の豊かさとスマートさが同居したハイドンでした。

後半は,木管楽器のための協奏曲が2曲続けて演奏されました。考えてみると,かなり珍しいパターンです。初めてのケースかもしれません。

まず,今年の岩城宏之音楽賞を受賞した,クラリネットの豊永美恵さんが登場しました。豊永さんは,福井県出身で,ハンガリーに留学した後,活発に演奏活動をされている方です。この賞自体,新人に対して送るのではなく,プロの演奏家として着実に実績を積んでいる方を表彰し応援するという趣旨の賞です。そのとおり,安心してモーツァルトの世界を楽しませてくれるような演奏でした。

豊永さんのクラリネットは,透明感のある明るさと軽やかな音の動きが印象的でした。この曲については,深くじっくりと沈潜していくような演奏も魅力的ですが,豊永さんは,装飾的な音を入れながら,自然な華やかさを持った演奏を聞かせてくれました。

第2楽章は,じっくりとしたテンポでしっかり聞かせてくれましたが,暗く落ち込むようなところはありませんでした。むしろ,曲が進むにつれてじわじわ輝きを増してくるような,底光りするような華麗さを感じました。対照的に第3楽章はとてもスピーディで闊達な演奏でした。OEKがぴったりと合わせていたのもさすがでした。ここでも豊永さんの演奏には余裕があり,装飾的な音を入れて,愉悦感のある音楽を聞かせてくれました。

OEKがこの曲を演奏するのは,ラ・フォル・ジュルネ金沢での,ポール・メイエさんとの共演以来のことです。演奏全体のダイナミックレンジの広さや柔軟性の点では,やはり,メイエさんが勝っていた気はしますが,今回の演奏も,豊永さんらしさがしっかりと表に出た立派な演奏だったと思います。今回の演奏を聞きながら,きっとフランス音楽などもぴったりだろうと感じました。次回は是非,近現代のフランス音楽であるとか,ハンガリーの音楽などを聞いてみたいものです。

なお,豊永さんですが,毎年春に行われている北陸新人登竜門コンサートには出演されたことはありません。過去2回の岩城宏之音楽賞受賞者は,このコンサートの出演者の中から選ばれていましたので,従来とはちょっと違うパターンということになります。石川県立音楽堂に登場するのは,恐らく今回が初めてだったと思いますが,来年以降もこの公演で新たな才能に出会えることを楽しみにしたいと思います。

演奏会の最後は,今年のコンポーザー・イン・レジデンスのロジェ・ブトリーさんによるサクソフォーン協奏曲が演奏されました。前日の富山公演が世界初演でしたが,この日の演奏も,初演とは思えぬ完成度の高い演奏であり,曲だと思いました。やや難解な雰囲気はありましたが,須川さんのサクソフォーンの音は,非常に押し出しが強く,表現力が豊かだったので,しっかり作品の世界に集中することができました。

曲は3楽章に分かれており,形式的には,古典的な協奏曲風でした。耳で聞いただけでは,分からなかったのですが,プログラムの解説によると第1楽章の主題には,OEKの事務局の山田正幸さんの名前を音名に変えて盛り込んであったとのことです。独奏サックスは,曲の最初の部分だけ打楽器の前で演奏した後,ソロソロと指揮者の前まで場所を移動していましたが,視覚的なパフォーマンスの面でもアクセントが付けられていました(ただし,その意図はよく分からなかったのですが)。

須川さんが,アルト・サクソフォンとソプラノ・サクソフォンを持ち替えて演奏していたのも特徴的でした。この日は,CD収録を行っていましたが,音だけで聞くと2人ソリストがいるように聞こえるかもしれません。1曲で2倍楽しめるようなところがあると感じました。

全体的にかなりシリアスな音楽で,ショスタコーヴィチの曲を思わせるようなほの暗い雰囲気を持った部分もありましたが,須川さんのサックスの豊かな響きは,オーケストラに全く負けることはなく,OEKの響きと一体となって音楽を盛り上げていました。サックスという楽器の演奏能力の高さを熟知したブトリーさんならではの作品と言えます。

オーケストラの方は,OEKの基本である2管編成でしたが,打楽器をかなり沢山使っていたこともあり,こちらも色彩感豊かでした。特に第1楽章や第3楽章の最後の部分で,須川さんのサックスが,ギューンという感じで音を搾り出し,ソリストとオーケストラが一体となってスリリングなほどの盛り上がりを作っていたのがとても印象的でした。

演奏後,非常に盛大な拍手が起こりました。演奏会の最後を新曲で締めるというのは,ちょっとした冒険だったと思いますが,大成功でした。客席からブトリーさんが嬉しそうに登場し,須川さん,井上さんとしっかり握手をされてる光景を見ながら,ブトリーさんにとっても大満足の演奏だったのだな,と実感しました。サクソフォーン協奏曲というのは,他の楽器のための協奏曲に比べるとまだまだ数は少ないと思います。この作品は,サクソフォーン奏者にとって,新しいレパートリーになることでしょう。初演でありながら,それだけの風格のようなものを備えた曲でした。

今回演奏された3曲を聞きながら,「型とそれから逸脱する自由さ」のようなものを感じました。クラシック音楽というジャンルについては,やはり型とかパターンといった制約条件があるからこそ,楽しみが広がるのだと思います。そういう意味で,ブトリーさんの新曲と古典派の2曲とが違和感なく繋がっていたのが,嬉しい誤算でした。「管つながり」の面白さも含め,不思議な統一感を持った演奏会でした。

この公演で,新シーズンが始まったわけですが,今回のような「つながり」を発見できるような演奏会に沢山出会えることを期待しています。

PS.演奏会に先立ち,岩城音楽賞の記念式典が行われ,例年通り,谷本石川県知事とこの演奏会のスポンサーでもある北陸銀行の幹部の方から賞状や目録の贈呈がありました。上方を見上げるような岩城さんのポートレートも上手に飾られていましたが,これも昨年までと同様だったと思います。副賞は,「この日の公演のライブ録音CD」というものでしたが,大相撲の景品に「しいたけ1年分」みたいなのがあったのを思い出しました(昔の番組の景品で「ボンカレー1年分」とかいうのもありましたね)。いずれにしても,現物支給というのは,なかなか面白いアイデアだと思いました。

PS.演奏会場に何故かNHK交響楽団のコンサートマスターの篠崎さんがいらっしゃいました。やはり,見るからに存在感のある方でした。そのうち,OEKとの共演でも期待できるでしょうか?

PS.過去のデータをもとに,OEKが演奏したハイドンの交響曲を列挙すると,1番,6番「朝」,7番「昼」,8番「晩」,30番「アレルヤ」,44番「悲しみ」,45番「告別」,53番「帝国」,60番「うつけ者」,82番「熊」,83番「めんどり」,85番「王妃」,94番「驚愕」,96番「奇跡」,99番,100番「軍隊」,101番「時計」,102番,103番「太鼓連打」,104番「ロンドン」,協奏交響曲,という感じになります。約20曲ですが,この5倍も作曲していたと思うとその多さにあきれてしまいます。いずれにしても,ハイドンの交響曲を演奏会で1曲ずつ聞いていくのは,スーパーなどのポイントをためて行くような(?)楽しみと通じるものがあるような気がします。
(2009/09/08)

関連写真集
&サイン会


この公演の立て看板です


ステンドグラスが大変きれいでした。




須川さんのサインです。サクソフォーンをイメージしたサインです。色紙になっているのは,かなり以前に購入したサクソフォーン協奏曲の名曲を集めたCDです。


豊永美恵さんのサイン会です。名前の上に書かれているのは,ハンガリー語で「ありがとう」という意味とのことです。


ロジェ・ブトリーさんのサインです。