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もっとカンタービレ第15回:ミッキーpresentsカンタービレ・ファンタジーナイト
2009/09/08 石川県立音楽堂 交流ホール
1)ウェーベルン/弦楽四重奏のための緩徐楽章「スロー・ムーヴメント」
2)シュトラウス,R./カプリッチョ〜弦楽六重奏曲
3)シェーンベルク/月に憑かれたピエロ
●演奏
井上道義指揮*3,坂本久仁雄(ヴァイオリン,ヴィオラ*3),大澤明(チェロ*3),岡本えり子(フルート,ピッコロ*3),山根孝司(クラリネット*3),松井晃子(ピアノ*3),ヨネヤマママコ(パントマイム*3),荻野佐和子(歌*3)
清水忠雄(舞台美術・映像*3),ドラたまえ(衣装・メイク*3),ワダエミ(衣装*3)
ヴォーン・ヒューズ,ミンジュン・ス(ヴァイオリン*1-2),古宮山由里(ヴィオラ*1-2),ジェームス・ハーシュタット(ヴィオラ*2),セバスティアン・ハートゥンク(チェロ*1-2),早川寛(チェロ*2)
Review by 管理人hs  

井上道義音楽監督がゲスト出演した「もっとカンタービレ」オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)室内楽公演シリーズに出かけてきました。このシリーズも,どんどん多様な展開を見せていますが,今回はシェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」をパントマイム付きで演奏するという,大変意欲的な内容でした。

語り歌うような不自然な音の動き(シュプリッヒシュティンメ)が延々と続く無調音楽。しかも,歌詞はドイツ語で,オペラやドラマのような一貫するストーリーもない ―ということで,日本人にとっては,音だけ聞いて楽しむのは,非常に難しいのですが,それに挑戦するかのように,パントマイムと映像・照明との相乗効果で演奏を補うことで,退廃的で幻想的な独自の世界を描き出そうというのが,この演奏の狙いでした。もちろん,すっきりと「楽しかった」などとは言えませんが,狙いは,達成されていたのではないかと思います。異次元と言っても良い,一つの空間を音楽堂の中に作っていました。

今回のステージは次のようなイメージでした。

井上さんとOEKは,実は,17年前の定期公演でこの作品を演奏していたことがあり,私自身も聞きに行った記憶があります。今回の演奏は,基本的にその時と同じスタイルを取っていました。ステージ奥に投影された映像やピエロに扮した役者が,あれこれ小道具を使ってパントマイムを演じたりするのを見ながら,「この月の絵や字体には見覚えがある」と懐かしくなりました。

音楽的には,やはり,かなり歯ごたえがありましたが,ヨネヤマママコさんのパントマイムや井上さん自身のパフォーマンスが加わることで,非常に変化に富んだ内容となっていました。各楽器にも見せ場があり,「ドイツ語が分かれば,それほど難解な作品ではないのかも」という気さえしました。

演奏者の中では,荻野砂和子さんの歌が特に印象的でした。上述のとおり,ほとんど全編が,「語り歌い」なのですが,この日は,いろいろなオペラの中に出てくる”狂乱の場(戯曲で言うと「ハムレット」のオフィーリアのイメージですね)”風の白い衣装を着ていらっしゃったこともあり,全曲を通じて,鬼気迫る雰囲気を伝えてくれました。「蒼白い洗濯女」では,この衣装をジュディ・オングのような感じ(?)ヒラヒラとさせたりしていましたが,舞台全体が黒っぽかったこともあり,そのコントラストが強烈で,不気味なぐらいの冷たさを漂わせていました。間近で聞く,くっきりとした声も生々しく,コンサートホールでは味わえないような,迫力を感じました。

パントマイムで登場したヨネヤマママコさんは,(お年のことを言うのは失礼ですが)かなりの高齢のはずです。非常に印象的なお名前ということもあり,子供の頃からお名前には,聞き覚えがあったのですが,今回初めてそのステージに接することができ,”伝説のアーティスト”にやっと出会えた感慨がありました。まず,その身のこなしの軽さに感嘆しました。最初の方の曲で,最前列の座席から,いきなり飛び出してきたのにも驚きました。動作には全く老いた感じはなく,常に柔らかなユーモアを湛えていました。ママコさんの表情には愛嬌と哀愁が共存したような味わい深さがあり,ピエロの雰囲気にもぴったりでした。

各曲については,細かく感想を書くことはできないのですが,演奏前に井上さんの曲目解説&演奏の意図についての説明がありましたので,それを参考にしながら,いくつかポイントを紹介しましょう。
  • 今宵は”ミッキー・ホラー・ショー”。気持ち悪く思ってもらえば,演奏は成功。
  • 字幕を付けると,皆,ママコさんの方を見なくなるので,今回は敢えて字幕を付けなかった。
  • 数曲カットした。繰り返しが多く,冗長に感じられる部分も一部カットしてある。この日は,字幕を付けない代わりに歌詞カード(歌詞の翻訳は,恐らく,井上さん自身によるもの)が配布されたが,それによると,今回は,次の16曲が演奏されたことになる。1曲 月光浴 / 2曲 コロンビーネ / 3曲 伊達男 / 4曲 蒼白い選択女 / 7曲 病んだ月 / 8曲 夜 / 9曲 ピエロの祈り / 10曲 盗み / 11曲 赤ミサ / 12曲 絞首台の歌 / 13曲 打ち首 / 16曲 下品さ / 18曲 シミつき / 19曲 セレナーデ / 20曲 帰郷(舟歌) / 21曲 なつかしい香り
  • 第8曲「夜」: 黒い巨大な蝶がどんどん増えて,夜になるというイメージの曲。17年前の演奏の時は,ちょうど湾岸戦争の頃だった。それを意識して,戦争のリアルな写真(油田が破壊されているような写真?)を1枚映像として挿入した。
  • 第11曲「赤ミサ」:全曲の中心になる曲(歌詞カードもこの曲だ不気味で読みにくい赤字で印刷されていました)。ピエロが司祭になり,この曲までずっと井上さんの前に点灯されていたロウソクの火が曲が終わると吹き消されました。途中で「ホスティア」という歌詞が出てくるが,通常キリスト教で「身体」の代わりとして象徴的に出てくるパンではなく,「本物のホスティア=自分の心臓」を取り出すという内容。この不気味さを表現するかのように,ステージ上はおどろおどろしい赤い色の照明に染められました。
  • 第16曲「下品」:下品といってもそのまま下品にするのはダメ。さて,どういう下品さか?お楽しみに。
  • 第17曲「シミつき」:曲の途中まで行った後,楽譜が逆になる「鏡のフーガ」になっている。歌詞もこれを意識して,「明るい月を背にすると・・・とるすに背を月いる明」となっている。

演奏前に井上さんが,こういった事項を,とてもくだけた調子で解説してくださいましたので,確かに難曲ではありましたが,各曲ごとに「なるほど,なるほど」という感じで鑑賞することができました。

ちなみに,最初は指揮に専念していた井上さん自身の役回りですが,第16曲「下品」あたりから,「禿げのカサンドラ」役を演じていました。井上さんそっくりの生首を撫でたりしていましたが,この辺が「下品」なところです。もしかしたら,この小道具一式は,井上さん自身の持ち物なのかもしれません。17年前もこの生首を撫でていたのを見た覚えがあります。心なしか,現在よりも若々しい生首でした。

その他,チェロの大澤さんが何かのマスク(よく分からなかったのですが)をかぶったり,ヴァイオリンの坂本さんが,途中で立ち上がって演奏したり,それぞれ,歌詞の内容に応じたパフォーマンスを行っていたようです。

このように,この演奏は,「もっとカンタービレ」シリーズならではの,チャレンジングな内容でしたが,今回,何よりも驚いたのが,実は,お客さんの多さでした。交流ホールには,「満席」の概念はありませんが,ほぼ限界に近い位入っていました。シェーンベルクの曲でこれだけ大勢の人が集まるとは予想もしませんでした。

やはり「井上さんならば,何かやってくれそう」という期待が大きかったのだと思います。私自身,半分怖いもの見たさのようなところもありましたが,交流ホールの空間の持つ濃密さを生かした,迫力のあるパフォーマンスだったと思います。観客と演奏者との距離が非常に近く,お互いの反応が伝わりやすい空間ということで,井上さんも17年前の公演より手ごたえを感じたのではないかと思います。

前半は,シェーンベルクに合わせるかのように,同じ新ウィーン楽派のウェーベルンの初期の弦楽四重奏曲の中の緩徐楽章が演奏されました。ただし,シェーンベルクとは違い,大変ロマンティクな曲でした。この曲は,ヴィオラの古宮山さんの選曲でしたが,後半の「ピエロ」とのバランスがとても良かったと思います。シェーンベルクで言うと「浄められた夜」のような感じの曲で,特に第1ヴァイオリンのヴォーン・ヒューズさんの熱い演奏が印象的でした。

次にR.シュトラウスの弦楽六重奏曲(歌劇「カプリッチョ」の間奏曲)が演奏されました。この曲は,年季の入った(?)OEKファンにとっては,井上さんとOEKの出会いのアルバム「SWEET」に収録されている隠れた名曲という印象があると思います。この曲を選んだヴォーン・ヒューズさんと井上さんのトークでもそのことが触れられていましたが,意外に実演で聞く機会が少ない曲なので,長年の念願がかなった感じです。

この曲も「浄められた夜」に近い雰囲気があるのですが,今回,お客さんが多過ぎたせいもあるのか,残響が通常よりもさらに少なく,ロマンティックな曲にはちょっと不利なところもありました。ただし,この曲ムードもまた「月に憑かれたピエロ」の前座にはぴったりだったと思います。

今回のようなドラマ風,モノ・オペラ風の曲をこのシリーズで取り上げるのは初めてだと思いますが,演奏後は,自然とオペラのカーテンコール風の雰囲気になっていたのが面白いと思いました。最後の方で,美術を担当した清水さんという方も登場しましたが,小規模とはいえ,やはり,総合芸術だったのだなと実感しました。今後も是非こういった企画に挑戦して欲しいものです。このシリーズとは別でも良いのですが,例えば,クルト・ワイルの「三文オペラ」といった作品も交流ホールには合いそうな気がします。いずれにしても,このシリーズを通じて,どんどん実験的な試みをやって欲しいと思います。

PS.それにしても今回は大勢のお客さんが入っていました。年齢層が幅広いのも特徴で,小さいお子さん,高校生などもかなり見に来ていました。演奏会後,雑踏の中から「何か知らんけど,すごかった」と,小さな子どもがお母さんに感想を言っているのが聞こえてきたのですが,井上さんが聞いたら,「してやったり」と思ったのではないでしょうか。

PS. 今回のトークは,井上さんと団員の対話形式でしたが,大変面白い内容でした。古宮山さんとの「美人談義」,ヒューズさんとの「出身地談義」など,聞いていたお客さんは一気に親近感が沸いたのではないでしょうか?ヒューズさんの日本語がお上手なのにも,感心しました。

PS.17年前の定期公演は次のとおりでした

第24回定期公演 92/05/22 金沢市観光会館
指揮=井上道義
ハイドン/交響曲第6番ニ長調Hob.Iー6
ベートーヴェン/交響曲第1番ハ長調op.21
シェーンベルク/月に憑かれたピエロop.21(抜粋) (三縄みどり(ソプラノ),西川明(パントマイム))


今回同様,抜粋版で,パントマイム付きで演奏されました右の写真は当時のパンフレットです。井上さんによる歌詞の訳が掲載されていました。

 
(2009/09/11)

関連写真集


この公演のポスター


玄関に入ってすぐの部分は工事中になっていました。どのように改装されるのでしょうか?