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オーケストラ・アンサンブル金沢第267回定期公演M
2009/09/18 石川県立音楽堂コンサートホール
1)グノー/小交響曲変ロ長調
2)モーツァルト/ピアノ協奏曲第23番イ長調,K.488
3)モーツァルト/交響曲第36番ハ長調,K.425「リンツ」
4)(アンコール)メンデルスゾーン(井上道義編曲)/弦楽八重奏曲〜スケルツォ
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),コルネリア・ヘルマン(ピアノ*2)
プレトーク:井上道義
Review by 管理人hs  

今年の9月には,”シルバーウィーク”と呼ばれるほど長い5連休があります。たまたま,祝日と土日の組み合わせが良かったことによるのですが,その前夜,井上道義音楽監督指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演マイスター・シリーズが行われました。先日のフィルハーモニー・シリーズに続いて,こちらも新シーズンが開幕したことになります。

今回の公演ですが,最近の井上道義さんの嗜好を反映して,モーツァルトの曲を軸としたプログラムとなりました。この日のプレトークの時,井上さんが,「今シーズンの抱負=マニフェスト」を述べられたのですが(民主党の鳩山さんと井上さんは同じ年というのも何かの因縁ですね),「古典に力を入れたい」といったことをおっしゃられていました。井上/OEKのモーツァルトといえば,何と言っても今年のラ・フォル・ジュルネ金沢(LFJK)を思い出しますが,今回は,そのアンコール的な公演とも言えます。

演奏内容は,”マニフェストどおり”の自信に満ちたものでした。やはり,OEKの聴衆にとっては,後半に古典派の交響曲が来るプログラムが,「主食」ということが言えそうです。

最初に演奏された曲だけは,モーツァルトではなかったのですが,グノー作曲による古典的な構成の曲ということで,相性はぴったりでした。この曲の後に演奏されたモーツァルトの「リンツ」交響曲は,クラリネット,フルート抜き,ピアノ協奏曲第23番の方は,トランペット,オーボエ抜きでしたので,バランスを取るために,管楽器中心の曲を最初に1曲入れることになったのでしょう。管楽器奏者9人による演奏ということで,ほとんど室内楽だったのですが,こういう「ちょっと舌触りの違う前菜」を入れるようなプログラミングは,今後も増えてくるような気がします。

この曲の編成・配置は,次のとおりでした。
        Hrn山田  Hrnティモキン
      Cl遠藤  Fg柳浦 Fg渡邉
    Cl木藤           Ob加納
   Fl上石      指揮     Ob水谷


9人編成なので,指揮者がなくても十分演奏できる曲ですが,井上さんとしては,指揮者がいることで演奏が変わることをアピールしたかったのだと思います。モーツァルトの管楽器のためのセレナードを彷彿とさせるような曲で,ただただリラックスして気持ちよい響きに浸っていれば良かったのですが,第3楽章の最初に出てくるホルンのドキッとさせるようなキレの良い響きやその後の行進曲的な部分のユーモアのセンスなど,井上さんらしい味がありました。

曲全体として,非常に丁寧に演奏されており,まるで1つの楽器で演奏しているかのようなブレンドされた響きを楽しむことができました。この”まろやかな統一感”がこの演奏の最大の聞きものでした。そのことによって「小交響曲」という名前に相応しい聞き応えを作っていました。室内楽的な編成には,コンサート・ホールは広いかな,聞く前は思ったのですが,全く問題はありませんでした。響きが飽和する感じが全く無く,会場全体に奇麗な音が滑らかに大きく広がっていくような感覚は,音楽堂ならではの贅沢さと言えます。会場の空気そのものに,暖かな色合いが加わっていました。

続いて,モーツァルトのピアノ協奏曲第23番が演奏されました。この曲は,今年のLFJKでは演奏されなかった曲ですので,文字通り,LFJKのアンコールと言えます。今回のソリストは,OEKとは初共演のコルネリア・ヘルマンさんでした。ヘルマンさんは,ザルツブルク出身の若手ピアニストということで,それだけでモーツァルト演奏に相応しい方と言えそうです。

第1楽章冒頭から,OEKの演奏はストレートで,すっきりとした曲の流れを作っていました。ヘルマンさんの演奏も恣意的なところは皆無でした。タッチには,全く力みはなく,どちらかというと地味目と言っても良い演奏でしたが,ピアノの音はしっかりと響いており,自然とコクが浸み出てくるようでした。ロマン派の曲に出てくるような強烈なタッチはありませんでしたが,抑制が効いているからこそ醸し出されるような翳りがあり,円熟期のモーツァルトの作品の魅力をしっかり伝えていました。

ヘルマンさんの音の魅力は,ピアノのモノローグで始まる,第2楽章でさらに強く感じられました。何ともいえぬ落ち着きと品がありました。この曲では,編成にクラリネットが入っているのが魅力なのですが,この楽章での明るさと翳りが交錯したような響きもへルマンさんの演奏にぴったりでした。

最終楽章は一転して,急速なテンポになります。井上さんのテンポ設定はかなり速いもので,ヤングさんを中心とした弦楽器の演奏には,軽快さと同時に力感が漲っていました。ヘルマンさんの方も,パリッとした切れ味の良い演奏を聞かせてくれましたが,ここでも安定感が抜群で,全く慌てた感じはしませんでした。途中に出てくる木管楽器とピアノの掛け合い部分が個人的には大好きなのですが,バリバリと弾きまくるという雰囲気がないので,闘争的な感じにならず,大変優雅でした。

ヘルマンさんの演奏には,このように押し付けがましいところが全く無いので,ちょっと印象が薄いかな,という部分もあったのですが,その分,安心して音楽に浸ることができました。大人の演奏だったと思います。

後半は,モーツァルトの交響曲第36番「リンツ」が演奏されました。数多くモーツァルトを演奏しているOEKとしては,比較的演奏する機会の少ない曲で,LFJKの時もポール・メイエさん指揮のシンフォニア・ヴァルソヴィアが演奏しました。

演奏は,プレトークでの井上さんの言葉を裏付けるような見事なものでした。第1楽章の序奏部には威厳と同時にすっきりとした透明感がありました。弦楽器の音がギュッと締まっており,古楽器奏法を思わせるところがありました。ティンパニの硬質な音と併せ,一本筋の通ったモーツァルトへの期待が広がる序奏部でした。主部に入ると,一気に勢いが増し,非常に流れの良い音楽を聞かせてくれました。ここでも弦楽器の音はすっきり・くっきり引き締まっていました。要所要所でのキレの良い強靭なアクセントも効果的で,生命力に満ちていました。

第1楽章呈示部の繰り返しは行っていましたが,その他の楽章については,行っていなかったようです。LFJKでのメイエさん指揮の演奏では,もう少し繰り返しを行っていた気がしますが,この曲については,今回のように繰り返しが少ない方が,曲のまとまりが良くなるように思いました。

第2楽章でも弦楽器の美しさが際立っていました。落ち着いたテンポによる,非常に澄んだ,透明感のある演奏からは,明るさと同時に悲しさが伝わってきました。第3楽章のメヌエットは,いかにも井上さんらしい,パリッとしたダンディな雰囲気で始まりました。トリオの部分では,オーボエとファゴットが活躍しますが,かなり大げさに溜めを作っており,一瞬別世界に入った感じになります。この動から静への鮮やかな変化が井上さんの指揮の魅力です。身体の動きとピタリと合っており,まったく不自然でないのがいつもながらお見事です(演奏後,井上さんは,オーボエの加納さんのところまで行って握手をしていましたが,会心の出来だったのでしょう)。

最終楽章は,第1楽章の主部と共通する気分のあるスピーディな演奏でした。楽章が進むにつれて,引き締まった音の中から壮麗な気分も出てきていました。コーダの部分では,ヤングさんを中心とする弦楽器を中心に力感が「グッ,グッ,グッ」という感じで増していました。「リンツ」で締めるのは,ちょっと地味かなと聞く前は思っていたのですが,ノリノリといった感じの盛り上がりを作っており,「さすがミッキー」と言ったエンディングになっていました。

アンコールでは(井上さんによると,「定期公演でアンコールを行うのはOEKぐらい」とのことでしたが),今年が生誕200年のメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲の中のスケルツォが演奏されました。この演奏ですが,弦楽合奏版ではなく,何とオーケストラ編曲版で演奏されました。弦楽八重奏版で聞いても,とても良い曲ですが,オーケストラ版で聞くと,音の色彩感がさらに増し,「真夏の夜の夢」の中のスケルツォとそっくり!という雰囲気になります(最後がフルートで終わるあたりとか「いかにも」という感じでした)。

こんな面白い編曲は,誰によるものだろうと思い,サイン会の時に井上音楽監督に尋ねてみたところ「自分です。ぶっとんでるねー」とおっしゃられていました。井上さん自身,OEK向きのアンコール曲をあれこれ探していたということですが,今回の国内演奏ツァーから海外演奏旅行にかけて,アンコール・ピースとして使われるのではないかと思います。OEKの雰囲気にぴったりの曲です。

このところ,井上さん指揮の演奏会では,ハイドン,モーツァルト,ベートーヴェンの交響曲が必ず入っている気がするのですが,すっきりと一本筋のとおった形式感とニュアンスの豊かさとが共存しているのが,いつもながら素晴らしいと思いました。こういう交響曲を聞くと,演奏会全体にも芯が出来るので,「定期公演を聞いたなぁ」という実感が沸きます。

井上さんの指揮のモーツァルトについては,これまで25番,35番,39番,40番,41番などを実演で聞いてきましたが,是非,残りの38番も演奏し,とりあえずは後期6大交響曲集を完成させてもらいたいと思います(その次は,ハイドンの「ザロモン・セット」でしょうか?)。

PS.今回も恒例のCD収録を行っていましたが,残念だったのは,ピアノ協奏曲の演奏中に携帯電話が鳴ったことでした。後半の始まる前には,「再度お確かめください」という異例のアナウンスを流していましたが,何か良い対策はないですかねぇ。
(2009/09/19)

関連写真集
&サイン会

この公演の立て看です。奥に写っている青い部分はホワイエの改修工事現場です。


こんな感じになっていましたが,一体どういう雰囲気になるのでしょうか?

サイン会が行われました。



こういう雰囲気でした。ホワイエの改修工事は,2階まで続いています。


コルネリア・ヘルマンさんのサイ。CDも発売していました。


いつもながら豪華な井上音楽監督のサイン。今回は,金色でさらに豪華です。


OEKメンバーのサインです。(左上から時計回りにミンジュン・スさん,セバスティアン・ハートゥンクさん,アビゲイル・ヤングさん,セリドヴェン・デイヴィスさん,ヴォーン・ヒューズさんのサインです。


翌日はエキコン金沢です。こちらには,OEKの弦楽メンバーが出演するとのことです。