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春日朋子オルガン・リサイタル
2009/09/30 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ブクステフーデ/前奏曲嬰ヘ短調,BuxWV.146
2)バッハ,J.S./コラール「バビロンの流れのほとりに」BWV.653b
3)ブラームス/11のコラール前奏曲op.122〜第4番「わが心は喜びにみちて」,第8番「一輪のバラが咲いて」
4)バッハ,J.S./パッサカリアハ短調 BWV.582
5)ヘンデル/水上の音楽〜アラ・ホーンパイプ
6)バッハ,J.S./カンタータ第147番〜「主よ人の望みの喜びよ」
7)サン=サーンス/アヴェ・ヴェルム
8)フォーレ/ラシーヌの雅歌
9)フランク/コラール第2番
10)ヴィドール/オルガン交響曲第5番op.42-5〜第5楽章「トッカータ」
11)(アンコール)ボエルマン/ゴシック組曲op.25〜第3楽章「歳暮の祈り」
●演奏
春日朋子(オルガン)
ラヂッチ・エヴァ指揮La Musica*6-8
Review by 管理人hs  

石川県立音楽堂コンサートホールで行われた春日朋子オルガン・リサイタルを聞いてきました。春日さんは,金沢市出身の方で,そのお名前は,クリスマス・メサイア公演をはじめとした,音楽堂での各種公演でおなじみですが,音楽堂で単独のリサイタルを行うのは,今回が初めてのことかもしれません。

今回演奏された曲は,「珠玉の名曲:バロックからロマン派へ」という公演のサブタイトルどおり,オルガン音楽の歴史をたどるように,ブクステフーデからフォーレまで10曲ほどの曲が演奏されました。一晩で8人もの作曲家の曲が演奏されることは,他の楽器のリサイタルでも珍しいことですが,音楽堂のオルガンの持つ多彩な音色を,いろいろな様式の曲の中で楽しむことができ,ベスト・アルバムを聞くような趣きがありました。

ただし,オルガン・リサイタルと言えば,「またか..」というぐらい頻繁に演奏されるバッハのトッカータとフーガは外されていました。かえってその点に,選曲のセンスの良さを感じました。

最初にブクステフーデの曲が演奏されました。バッハのオルガン曲に影響を与えた作曲家というとで,オルガン・リサイタルの最初に聞くにはぴったりの作曲家と言えます。私自身,久しぶりに,オルガンのリサイタルを聞いたのですが,「夜のオルガン(?)」というのは,視覚的に見ても良い雰囲気があると実感できました。

この日はオーケストラの演奏会の時よりも,会場全体の照明を暗くしていましたが,その中から銀色のパイプが浮き上がり,多彩な音色がクリアに,時には淡く立ち上がってくる様は,どこか幻想的で非日常的な感じがしました。

その後,春日さんのトークが入り,オルガンという楽器の発音のしくみや音楽堂のオルガンの特徴を分かりやすく説明してくださいました。

前半は,バッハのコラール,ブラームスのコラール(2曲),そしてバッハのパッサカリアと続きました。この中では,一般的に思われているオルガンのイメージに近い(と私が思っているだけですが)ゴージャスさと重厚さ持ったパッサカリアが印象的でしたが,コラール「バビロンの流れのほとりに」などで使われていたどこか可愛らしさを持った音色も大変魅力的でした。ブラームスの曲には,温かみと厚み,そして,ちょっとくすんだような雰囲気があり,「やっぱりブラームス風だ」と思わせる魅力がありました。

後半は,ヘンデルの水上の音楽の中の,アラ・ホーンパイプで始まりました。オーケストラ曲の編曲版でしたが,オルガンで聞くと,式典に参加しているような気分になるのが面白いところです。オーケストラの各楽器の演奏を意識して,音を多彩に変化させており,「冨田勲さんが,シンセーサイザーで演奏したら,こういう雰囲気になるかも」と勝手に想像しながら聞いていました。全体的には,かなりゴツゴツとした感じの演奏でしたが,どこかモダンな遊び心のある演奏だと思いました。

続く3曲は,今回賛助出演した,合唱団La Musicaとの共演のステージでした。オルガンの音だけが続くとやはり単調に感じられる部分もありますので,プログラムに変化を付ける上でも良かったと思いました。このコーナーでは,ラヂッチ・エヴァさんが合唱指揮をされていましたので,形としては合唱が主役,オルガンが伴奏ということになります。ただし,合唱とオルガンの響きが見事に溶け合い,大変心地よい雰囲気を作っていました。

La Musicaの皆さんの歌を聞くのは久しぶりのことです。相変わらず清潔感と温かみのある音楽を楽しませてくれました。音楽堂のコンサートホールで聞くのは初めてのことでしたが,20数名の編成にも関わらず,力んだところが全くない真っ直ぐな声がホール内にしっかりと染み渡っていました。女性の皆さんの衣装も,さりげなくカラフルでとてもセンスが良いと思いました。

最初の「主よ人の望みの喜びよ」は,小編成の合唱+オルガンで聞くにはぴったりの曲です。オルガンの安定したリズムの上の節度のある声がバランス良く響き,まさに「耳にしっくり」という演奏でした。

続く2曲は,もう少し新しい時代のフランスの音楽で,ロマン派の音楽らしい親しみやすさがありました。ただし,このコンビで聞くと甘くなり過ぎることはなく,いつまでも飽きがこない上品な味という感じになっていました(何となくグルメレポーターのようになってしまいましたが)。

フォーレのラシーヌの雅歌は,有名なレクイエムの短縮版といった雰囲気のある魅力的な曲でした。優しさと同時にメリハリもあり,いろいろな声部の音が飛び交う立体感もありました。それにしても気持ちの良い曲であり演奏でした。この演奏を聞きながら,春日さんとLa Mucsicaさんのコンビで,フォーレのレクイエム全曲を聞いてみたくなりました(かなり前,オーケストラ・アンサンブル金沢の定期公演で演奏されたことはありますが,近年はずっと演奏されていないようです。)

オルガン独奏だと,重さを感じることがあるのですが,合唱団の声が加わることで,かえってホールの空気が軽やかな感じになっていたのが面白いと思いました。オルガンとLa Musicaの相性はぴったりということが言えそうです。

最後は,再度,オルガン独奏のステージとなり,フランクとヴィドールの作品が演奏されました。どちらも聞き応えのある曲で,演奏会のトリに相応しい充実感がありました。

フランクの曲は,規模の大きな作品で,音量や音色の変化を特に楽しむことができました。ちょっとくすんだような雰囲気があるのが,フランクらしいところです。これまで,オルガン音楽といえば,バッハなどのドイツ音楽のイメージが強かったのですが,今回の演奏会を通じて,フランスの作曲家の作品の方が聞きやすいと感じました。

最後に演奏された,ヴィドールのオルガン交響曲の中のトッカータは,初めて聞く曲でした。タイトルからして面白いのですが,曲自体も大変面白いものでした。速いテンポで同じ音形が生き生きと繰り返されましたが,これまでの曲にない鋭くキレの良い響きを楽しむことができました。この曲のダイナミックレンジも大変広く,最後の音は,これまで溜め込んできたエネルギーを全部放出するように長く,豪快に鳴り響いていました。

アンコールでは,子守歌風の曲が静かに演奏されました。デリケートな親しみやすさのある曲で,しみじみと聞いてしまいました。会場の入口の掲示によると,ボエルマンのゴシック組曲の中の「聖母への祈り」という曲とのことでしたが,恐らく,こういう「知られざるオルガンのための佳品」は,他にも沢山あるのではないかと思います。

演奏後,春日さんは,音楽堂のオルガンを讃えるような動作を見せていましたが,考えてみると,そのとおり楽器が主役だったのかもしれません。オルガンという楽器は,音質の選択も自由,音量も自在,息の長さも自在ということで,シンセサイザーなどの機械に近い面があると思います。その分,演奏者のセンスが問われることになるのだと思います。春日さんは,音楽堂のオルガンを知り尽くしている方ですが,この日の演奏でも,その機能の多彩さをしっかりと聞かせてくれました。

この日は,お客さんの数はそれほど多くはなかったのですが,そのこともあり,大変ゆったりと席に座ることができました。気分的にも大変リラックスして楽しむことのできた演奏会でした。私の座って居た3階席は500円という価格設定でしたが,ワンコインでこれだけ充実した時間を過ごすことができることは少ないと思います。これからも,仕事で疲れた後に聞くのにぴったりの夜のオルガン・リサイタルには期待したいと思います。

(2009/09/19)

関連写真集

この公演のポスターです。隣には,手消毒用の洗浄液


玄関付近の写真です。先日から改装工事を行っていましたが,天井の吹き抜けがなくなりました。

2階のホワイエの方も「吹き抜け」がなくなったので,広々とした感じになりました。初めからこういう形だったように違和感がありません。この場所では,ロビーコンサートを頻繁に行っていますので,この形に方が使いやすいのではないかと思います。


OEKのウィーン〜ブダペスト公演のポスターが掲示されていました。