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オーケストラ・アンサンブル金沢第268回定期公演PH
2009/10/8 石川県立音楽堂コンサートホール
1)シューベルト/交響曲第7番ロ短調,D.759「未完成」
2)モーツァルト/レクイエム ニ短調,K.626
3)(アンコール)モーツァルト/アヴェ・ヴェルム・コルプス ニ長調,K.618
●演奏
ロルフ・ベック指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭合唱団*2-3
ステファニー・ダッシュ(ソプラノ*2),ヴァレンティナ・フェティソヴァ(アルト*2),ユライ・ホリイ(テノール*2),トーマス・セルク(バス*2)
プレトーク:響敏也
Review by 管理人hs  

10月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演フィルハーモニーシリーズには,すっかりお馴染みとなった指揮者のロルフ・ベックさんとシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭(SHMS)合唱団が登場しました。この日は台風18号が日本を縦断し,石川県にも暴風雨波浪警報が出されていたのですが,幸い夕方までに,すっかり風雨は弱まり,全く問題なく公演は行われました。

演奏されたのは,シューベルトの「未完成」交響曲とモーツァルトのレクイエムでした。それぞれ,作曲家の晩年の作品で,「未完成」で終わったところが共通します(モーツァルトの方はジュスマイヤーによって補作されて,「完成」されていますが)。

前半に演奏された「未完成」は,トロンボーンが入ることもあり,OEKの定期公演で演奏される機会は意外に少ない曲です。この日の演奏を聞きながら,つくづく良い曲だなぁと実感したのですが,やはり,こういう名曲については,”聞き過ぎない”のがいちばん良いようです。

ベックさんのスラリとした指揮姿もすっかりお馴染みになりましたが,演奏の方にも背筋がピンと伸びたような立派さと落ち着きがありました。第1楽章は基本的に遅めのテンポを取り,序奏部から静謐な空気が漂っていました。それでいて,重苦しさはなく,クールな透明感があるのは,室内オーケストラならではです。第2主題も甘さを排するようにさりげなく演奏していました。展開部では十分充実した響きを聞かせてくれましたが,第1楽章のエンディング部分なども,長くデクレッシェンドして終わるのではなく,比較的さっぱりと締めくくっていました。呈示部の繰り返しは行っていました。

第2楽章は,やや早めのテンポで比較的淡々と始まり,しっかりとした歩みを思わせる運動性がありました。楽章途中に出てくる,遠藤さんのクラリネットから加納さんのオーボエへ,そして岡本さんのフルートへと続く,うっとりとするようなメロディの受け渡しは,いつもながら聞き応えたっぷりでした。OEKのメンバーの顔を覚えているようなファンにとっては,特に楽しめる部分でしょう。背後に流れる,弦楽器のデリケートな美しさも見事でした。楽章の最後の部分で,静かに更なる高みへと上っていくような高貴さも大変印象的でした。

ベックさんの指揮は,合唱曲を指揮する時よりは,淡々とした感じで,さりげなくシューベルトらしい歌を漂わせるような演奏でした。古楽器奏法は特に取り入れていませんでしたが,全体的に”大人の演奏”といってよい落ち着きのある演奏だったと思います。

後半に演奏されたレクイエムといえば,今年のラ・フォル・ジュルネ金沢の”トリ”で演奏された市民合唱団による感動的な演奏の印象が強いのですが,この日の演奏もまた素晴らしいものでした。

ベックさんとSHMF合唱団のコンビは,昨年のラ・フォル・ジュルネ金沢でベートーヴェンやシューベルトの曲を演奏してくれましたが,今回もまた,一本筋の通ったような安定感のある歌を聞かせてくれました。「未完成」の時とは違い,どちらかといえば,早目のテンポによる引き締まった演奏で,大変生き生きとした演奏でした。ベックさんが,ぐいぐいと曲を進め,合唱とOEKがそれにピタリと応える,チームワークの良さを感じました。

SHMF合唱団は,「才能あふれる世界の若者たちから選びぬかれたメンバーによって構成」されたエリート集団と言って良い合唱団です(プログラムのプロフィールによる)。第1曲の「イントロイトゥス」から,全く力むことなく,滑らかで引き締まった声を聞かせてくれました。無駄のないスマートな雰囲気があると同時に声自体に自然な輝きがあるので,第1声を聞いた途端にステージに引き付けられてしまいました。演奏前にステージに入る時の歩き方や立ち姿も大変美しく,「見た目どおり」の歌声でした。合唱団の人数は,40人ほどでしたが,声には常に余裕があり,表現も非常にしなやかで洗練されていました。OEKの編成もほぼ40人ですので,音のバランス的にもピッタリでした。

ベックさんのテンポ設定は,「怒りの日」では,さらに速くなりました。泥臭い怨念のような雰囲気は皆無で,リズミカルな躍動感のあるダイナミックさを感じさせてくれました。「トゥーバ・ミルム」では,4人のソリストによるアンサンブルが出てきます。ソリストは,他の曲では,合唱団の一員として歌っていましたが,4人のハモリのある曲の時だけ位置を移動していました。4人になっても,合唱団全体の特徴がそのまま維持されているのが面白い点です。同じ合唱団によるアンサンブルということで,瑞々しさと軽やかさのある非常に美しいハーモニーでしたが,それぞれのソロの声も美しく,この合唱団が「ソリスト集団」であることを再認識しました。4人の中では,特にソプラノのステファニー・ダッシュさんの声の清澄さが印象的でした。

モーツァルトのレクイエムの時のトロンボーンのエキストラは,今回の荻野さん,西岡さん,石原さんという3人チームでいらっしゃることが多いようです。すっかりお馴染みになりました。この部分は3人組ではなく,ソロで演奏されますが,音の動きが大きく,大変目立つ部分です。ソロの部分は,多分西岡さんが演奏されていたと思いますが,大変柔らかな品のある音で堂々と聞かせてくれました。ただし,ソリストとの音のバランス的には,もう少し弱くても良いかなという気がしました。この日の楽器の配置は,次のとおりで,トロンボーンがかなり前の方にいましたが,そのことも関連していたかもしれません。

      合唱団
      Cl  Fg    Timp
      Va   Vc  Cb Tp
Tb  Vn   指揮者  Vn  Org


モーツァルトの絶筆となった「ラクリモーサ」は,大変表情豊かでした。感傷的な部分はなく,すっきりとした美しさがあるのですが,一音ごとにニュアンスの違いがあり,意味深さを感じさせてくれました。気分の盛り上がりとしっかり一致したようなクレッシェンドも大変ダイナミックでした。

後半の曲も,暗さよりも輝きや軽さを感じさせてくれました。「サンクトゥス」などでは,ティンパニのカラッとした響きを中心に晴れやかさを感じさせてくれました。この日も菅原淳さんが担当で,バロック・ティンパニを使用していましたが,交響曲第39番の出だしのような感じに響いていました。

最後は,前半の部分がしっかりと再帰し,落ち着きと確信に満ちた雰囲気で締められました。LFJKの時のゴルカ・シエラさん指揮による重い熱さのある演奏と比べると,冗長さのない理知的といっても良い演奏で,すべてが理にかなったような気持ちの良さがありました。アンコールでは,「レクイエムの後は,これ」というアヴェ・ヴェルム・コルプスが演奏されました。レクイエム同様,さらりとしていながら深みを感じさせる演奏でした。

この日演奏された両曲とも”未完成”の作品だったのですが,どちらも大変完成度の高い演奏でした。特にレクイエムの充実感は,さすがベックさんと手塩にかけた合唱団による演奏だと実感させてくれる素晴らしさでした。今回,SHMF合唱団は,ビエンナーレいしかわに併せて,単独公演も行い,県内の合唱団とジョイント公演を行ったようですが,これからもさらに交流を深めていって欲しいと思います。

PS. 今回のプレコンサートは,SHMF合唱団の4人のメンバーによる合唱でした。本番の時同様,4人とは思えない,豊かな声を聞かせてくれました。9月の工事で,ホワイエの吹抜けがなくなりましたが,プレ・コンサート用のスペースが大変広くなった印象です。音楽堂には,既に3つのホールがありますが,4つめの演奏スペースが完備したという感じです。
(2009/10/10)
















関連写真集
&サイン会


この公演の立て看です


ロルフ・ベックさんのサインです。


SHMF合唱団のソリストのサインです。上からステファニー・ダッシュさん,ヴァレンティナ・フェティソヴァさん,ユライ・ホリイさん,トーマス・セルクさんのサインです。


ホワイエの工事が終わったので,サイン会の列もゆったりと並ぶことができるようになりました。




10月11〜12日に行われる金沢アジア音楽祭のPRも熱心に行っていました。入口前の立看です。


ホワイエにあったポスターとチラシのコーナー


この音楽祭では,「台湾オペラ」が特に見所だと思います。


JR金沢駅に貼ってあった,大きなポスターです。


入口付近にあった次回定期公演の大きなポスターです。これも以前にはなかったものだと思います。