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2009ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭 石川フィルハーモニー交響楽団特別演奏会
2009/10/18 石川県立音楽堂 コンサートホール
スメタナ/連作交響詩「わが祖国」
●演奏
花本康二指揮石川フィルハーモニー交響楽団
Review by 管理人hs  

現在,2009ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭として,石川県内の芸術・文化関係の団体によるイベントが毎週のように行われています。この日は,石川フィルハーモニー交響楽団によるスメタナの「わが祖国」全曲の演奏会が行われました。石川フィルは,春に定期公演を行う以外に,12月に第9と荘厳ミサの公演に参加するなど,石川県内で活発な演奏活動を行っています。特に,数年前からは,マーラーの「巨人」「復活」など積極的に大曲に取り組んでいるようです。このチャレンジングな姿勢は,県内のアマチュアオーケストラの中でも特筆すべきものだと思います。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)単独では演奏できないような曲を生で聞くことができるという点でも,県内のオーケストラ音楽ファンにとっては,ありがたい存在と言えます。

今回取り上げられた「わが祖国」も,そういった大曲の一つです。第2曲の「モルダウ」は,頻繁に演奏されますが,チェコのオーケストラ以外の国内のオーケストラ(それもアマチュア・オーケストラが)が連作交響詩全6曲を演奏するというのは,全国的に見ても非常に珍しいことだと思います。

この曲は,次の6曲から成っています。今回は,3曲目を演奏した後,一旦10分の休憩となり,その後,後半で残りの3曲が演奏されました。
  1. ヴィシェフラト(高い城)
  2. ヴルタヴァ(モルダウ)
  3. シャールカ
  4. ボヘミアの森と草原より
  5. ターボル
  6. ブラニーク
全曲で75分ほどかかる大曲ですが,エネルギー切れになることはなく,終盤に行くほど充実感と高揚感を増していく,ライブならではの演奏でした。「わが祖国」の全曲を生で聞くのは,初めてのことでしたが,こうやって聞くと(「モルダウ」に絡めて言うと),文字通り壮大な大河ドラマといった雰囲気がありました。この日は,ステージ両サイドの電光掲示板の字幕スーパーを使って曲の簡単なストーリーと主要なモチーフを説明していましたが,これも効果的でした。「モルダウ」以外の比較的なじみの薄い作品についても飽きずに楽しむことができました。

前半3曲は,今年4月に金沢市文化ホールで行われた石川フィルの定期演奏会で既に演奏されていたのですが,今回の演奏は,その時よりもさらにこなれた演奏になっていたと思います。管楽器は,ほぼ4管編成で(トロンボーンは6本もいました),そのこともあり,各曲のクライマックス部分での力強く,輝かしい響きが圧巻でした。それでいて,うるさくなることはなく,芳醇さが感じられました。この点については,やはり,金沢市文化ホールよりも石川県立音楽堂の響きの方がクラシック音楽向きだということが言えそうです。

第1曲の「高い城」は,ハープの独奏で始まります。ここで出てくるモチーフは,全曲の核となる重要なものです。これをお馴染みの上田智子さんが美しい音でたっぷりと聞かせてくれました。長編ドラマのはじまりはじまり...といった感じのロマンティックな幻想味もありました。その後の部分については,春の定期演奏会でも感じたのですが,ちょっと管楽器の音のバランスが悪い気がしました。弦楽器群の音には清冽さがあり,全体的にもたれるところのない演奏でした。前述のとおり字幕が出ていたこともあり,音楽の起伏が非常に鮮やかに感じられ,映画音楽を聞くような分かりやすさがありました。終結部の余韻も味わい深いものでした。

2曲目の「モルダウ」も,清々しい流れのある演奏でしたが,時々思い切ってテンポを落としており,花本さんと石川フィルならではの個性的な「モルダウ」となっていました。ポルカ風になったり,月明かりのシーンになったり,ここでも場面場面の変化が鮮やかでしたが,特に終盤,川が急流になる部分での豪快さのある響きが印象的でした。基本的に4月に聞いた時と同様の解釈だったと思いますが,音の動きがさらに自然で,こなれたものになっていました。最後の最後に出て来る「チャン,チャン」の2音も大変爽快でした。音楽堂ならではのホールトーンが気持ちよく鳴り響いていました(その直後,どこからか赤ちゃんの泣き声が聞こえてきましたが,びっくりしたのでしょうか?)。

3曲目の「シャールカ」は,これまで比較的馴染みの少ない曲だったのですが,字幕と一緒に聞いたせいか,6曲の中でも最も楽しめた気がしました。冒頭の緊迫感溢れる響きに続いて,この曲の主人公のシャールカの「偽りの嘆き」を示すクラリネットのソロが入ったり,酒宴のシーンになったり,ここでも映画音楽のように変化に富んだ音楽を楽しむことができました。特に面白かったのは,酔っ払った男たちのいびきを表すファゴットの低い音でした。「なるほど」と実感できるリアルな音楽でした。

その後,シャールカが男たちに復讐するために仲間を呼び集めて復讐する,という男性にとっては,大変恐ろしげな部分になるのですが,冒険活劇ドラマ風のスピード感があり,非常に格好良く決まっていました。最後の方にトロンボーンにくっきりと出て来るメロディは,「後悔する男の叫び」ということでしたが,これもまた「なるほど」という音楽でした。

その後,10分の休憩が入りました。OEKの定期公演の時は,休憩時間後のベルは1回だけなのですが,今回は2回ベルが入っていました。短い休憩だったので,少々せわしない気がしました。

後半は,「ボヘミアの森と草原より」から始まりました。この曲も比較的速目のテンポで爽快に聞かせてくれました。暗めの響きが波打つように迫ってくる曲で,心地よさと同時に懐かしさを感じさせてくれます。この曲も途中でポルカになりましたが,これはどうもスメタナの常套手段のようですね。終盤では,弦楽器群が激しく上下に動く音型を演奏する部分の迫力が印象的でした。

第5曲の「ターボル」は,連作の6曲の中ではいちばん重苦しい曲だったと思います。フス宗教戦争(世界史で習ったことがある?)を描いた曲で,「タ・タ・ター」という素朴な聖歌風のモチーフが力強く何回も何回も執拗に出てきます。ここでは,最後の審判といった感じの凄味のあるティンパニの強打が印象的でした。ただし,このモチーフはあまりにもしつこいので,聞いていてだんだんと疲れてきました。

やっと第5曲が終わったなぁ思ったら...第6曲もまた「タ・タ・ター」のモチーフで始まりました。テレビCMの後にCMに入る直前の部分が再度繰り返されるような感じとちょっと似ていましたが,スメタナさんも相当しつこい性格のようです。ただし,この曲では次第に穏やかな雰囲気になります。木管楽器のアンサンブルが出てきたり,ポルカが出てきたり,次第に明るさを増してきます。最後は,ティンパニを核とした熱気に満ちたエンディングになり,冒頭の「高い城」のモチーフと「タ・タ・ター」のモチーフとが合体して再現します。途中のしつこさがあったからこそ,さらに強く実感できる堂々たる勝利の音楽となっていました。

この「わが祖国」は,CDなどでも,なかなか全曲を通して聞きにくい曲なのですが,今回初めて実演で聞いてみて,チェコという国の歴史の奥深くに根ざした叙事詩なのだな,ということを実感できた気がしました。石川フィルの熱演に拍手を送ると同時に,これからもこういった大曲に挑戦していくことを期待したいと思います。
(2009/10/20)

関連写真集

ポスターその1


ポスターその2