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オーケストラ・アンサンブル金沢第270回定期公演F
2009/10/26 石川県立音楽堂コンサートホール
青島広志の名曲世界旅行
第1幕
ヴェルディ/歌劇「椿姫」〜乾杯の歌
ヴェルディ/歌劇「運命の力」序曲
ロンバーグ/ミュージカル「学生王子」〜セレナーデ(岩谷時子訳詞)
グリーグ/劇音楽「ペール・ギュント」〜山の魔王の宮殿にて
グリーグ/劇音楽「ペール・ギュント」〜オーゼの死
中田喜直/おかあさん
久石譲/映画「となりのトトロ」〜さんぽ
青島広志/「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」によるコンサート・ロンド
レノン&マッカートニー/オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ(漣健二訳詞)
グリーグ/劇音楽「ペール・ギュント」〜アニトラの踊り(青島広志詞)
プッチーニ/歌劇「トゥーランドット」〜氷のような姫君の心も
ハチャトゥリアン/バレエ「ガヤネー(ガイーヌ)」〜剣の舞
ヴェルディ/歌劇「リゴレット」〜女心の歌(堀内敬三訳詞)

第2幕
ビゼー/歌劇「カルメン」〜ジプシーの歌(林田健司訳詞)
レハール/喜歌劇「メリー・ウィドウ」〜二重唱「私は礼儀正しい女」
ビゼー/歌劇「カルメン」〜ハバネラ(中山悌一訳詞)
プッチーニ/歌劇「蝶々夫人」〜ある晴れた日に(堀内敬三訳詞)
グリーグ/劇音楽「ペール・ギュント」〜朝
フォスター/おお,スザンナ(津川主一訳詞)
ガーシュイン/スワニー(Irving Caesar訳詞)
フォスター/故郷の人々(スワニー川)(津川主一訳詞)
フォスター/草競馬(津川主一訳詞)
ドニゼッティ/歌劇「連隊の娘」〜友よ,なんと楽しい日
グリーグ/劇音楽「ペール・ギュント」〜ペール・ギュントの帰郷−夕方の嵐の海
グリーグ/劇音楽「ペール・ギュント」〜ソルヴェーグ(ソルヴェイ)の歌(堀内敬三訳詞)
(アンコール)久石譲/映画「となりのトトロ」〜さんぽ

●演奏
青島広志指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス),青島広志(ピアノ,お話,演出)
赤星啓子(ソプラノ),江口ニ美(ソプラノ),小野勉(テノール)
Review by 管理人hs  

今年の10月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,フィルハーモニー,マイスター,ファンタジーの3種類が勢揃いしました。その分,11月はフィルハーモニーだけと少ないのですが(11月上旬はヨーロッパ演奏旅行です),相変わらずバラエティに富んだプログラムが続いています。

今回のファンタジー定期公演には,おなじみの青島広志さんが登場しました。指揮,編曲,ピアノ,演出,トークのすべてを青島さんが担当したのですが,ただ曲を並べるのではなく,グリーグの「ペールギュント」の音楽の間に世界各地の声楽曲・オペラアリアを散りばめた,2幕から成る「オペラ的音楽冒険劇」の形に再構成していました。ちなみに冒険のコースは,

 金沢(本来はノルウェイ。これは上演場所ごとに変わるのだと思います)
  ↓
 アラビア
  ↓
 スペイン
  ↓
 アメリカ
  ↓
 金沢 
といった感じでした。

青島さんのトークはいつもどおりスピード感とウィットに満ちたもので,冴えまくっていました。全くお客さんを飽きさせない話のテンポの良さには,毎回のことながら感心するばかりです。「演奏者のみなさんには大きな拍手を送りましょう」といったマナー教育(?)もしっかりと行い,青島節全開の2時間でした。

今回の青島版「ペール・ギュント」ですが,青島さんのトークに加え,赤星啓子(ソプラノ)さん,江口二美(ソプラノ)さん,小野勉(テノール)さんの3人が,「ペール・ギュント」に出て来る人物たちを演じ分けていました。明るく軽い声の小野さんは,ペール・ギュント役専門,江口さんは「美しい女性」役(青島さんによると二期会で2番目に美人ということになっているそうです。ちなみに1番は...OEKとの共演でお馴染みの森麻季さんとのこと),赤星さんは「かわいらしい女性」役ということで,それぞれがはっきりとしたキャラクターを見せてくれました。特に女性二人の方は,同じソプラノですが,声質の方も対照的で,ストーリーを楽しいものにしていました。それぞれ,次のような曲を担当していました。

■小野さん
  • ロンバーグ/ミュージカル「学生王子」〜セレナーデ(岩谷時子訳詞)
  • ヴェルディ/歌劇「リゴレット」〜女心の歌(堀内敬三訳詞)
  • ドニゼッティ/歌劇「連隊の娘」〜友よ,なんと楽しい日
  • フォスター/おお,スザンナ(津川主一訳詞)

この中では,超高音が何回も出て来る,ドニゼッティの「連隊の娘」のアリアが聞きものでした。さすがに苦しげでしたが,小野さんの声質にぴったりでした。今回,大半の曲は日本語で歌われていましたが,岩谷時子,堀内敬三,津川主一など「定番」の訳詞を使っていたのも嬉しかったですね。「女心の歌」の「風の中の羽根のように」という歌詞など,これしかないという訳詞で,古き良き時代の懐かしさのようなものを感じました。

■赤星さん
  • プッチーニ/歌劇「トゥーランドット」〜氷のような姫君の心も
  • プッチーニ/歌劇「蝶々夫人」〜ある晴れた日に(堀内敬三訳詞)
  • グリーグ/劇音楽「ペール・ギュント」〜ソルヴェーグ(ソルヴェイ)の歌(堀内敬三訳詞)

赤星さんは,歌以外のセリフの部分でも非常に可愛らしい声を聞かせてくれました。アニメの声優とか洋画の吹き替えとかもできそうなぐらいでしたが,上記のようなアリアになると,一気にシリアスなムードに切り替わり,本格的な歌を聞かせてくれました。特に「ソルヴェーグの歌」は全曲の締めに相応しい充実感がありました。

■江口さん
  • ビゼー/歌劇「カルメン」〜ハバネラ(中山悌一訳詞)
  • ガーシュイン/スワニー(Irving Caesar訳詞)

江口さんは,声質も含め「大人の女性」といった感じの雰囲気を持っており,「カルメン」役にぴったりでした。「スワニー」の方もとてもノリの良い歌でした。

その他,次のような曲では,重唱を聞かせてくれました。
  • ビゼー/歌劇「カルメン」〜ジプシーの歌(林田健司訳詞)
  • グリーグ/劇音楽「ペール・ギュント」〜アニトラの踊り(青島広志詞)
  • レハール/喜歌劇「メリー・ウィドウ」〜二重唱「私は礼儀正しい女」

「ジプシーの歌」では,最初の部分の「鈴の音が響き...」という訳詞に聞き覚えがあり,これもまた聞いていて懐かしくなりました。アニトラの踊りを重唱にしていたのも面白いと思いました。オリジナル曲のように違和感なく楽しめました。「メリー・ウィドウ」の中の二重唱は,小野さんと赤星さんの重唱でしたが,声が甘く軽やかに絡み合い,オペレッタの気分満点でした。青島さん+今回の3人の芸達者なチームに”ブルー・アイランド歌劇団”とか名前をつけて,オペレッタ全曲(ハイライト版でも良いので)を上演するとぴったりなのではないかと思いました。今後のファンタジー公演で期待したいと思います。

オーケストラだけで演奏された曲も工夫が凝らされていました。「剣の舞」(この曲がOEKの定期公演で演奏されたのは初めて?)でのストレッチ体操を思わせるような振り付け,「山の魔王の宮殿にて」での奇妙なかぶりもの(青島さんは,このかぶりものをして,ピアノの下に隠れたりしていましたが,井上道義さんによるドビュッシーの「おもちゃ箱」の定期公演でのパフォーマンスを思い出しました),舞台監督を交えての追っかけシーン(「運命の力」序曲の一部を使っていました)など,青島さんのイマジネーションが炸裂している感じでした。

所々で出て来る青島さんのピアノもお見事でした。特に面白かったのが,青島さん自身が,モーツァルトのコンサート・ロンド風に編曲した「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」でした。かなり以前,ビートルズの作品を次々と「大作曲家の作風」にアレンジして演奏するフランソワ・グロリューというピアニストが話題になったことがありますが,その人も「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」については,モーツァルト風で演奏していました。「いかにも,モーツァルト」という演奏で,今でもよく覚えているのですが,今回の青島さんの演奏もまたウィットに満ちた楽しい演奏でした。

その後,漣健二訳詞版で「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」が歌われたのですが,これもまた,懐かしかったですねぇ。確かNHKの「みんなの歌」で使っていたものと同じ歌詞(「子供が1ダース...」とかいうもの。フォーリーブスが歌っていた?)だったと思います。その他,「オーゼの死」の後,いきなり,「おか〜さん,っていい匂い」と中田喜直の「おかあさん」につながるようなユーモラスな部分も随所に出てきましたが,このセンスも,青島さんならではです。

今回のステージは,本格的なオペラのアリアを含む声楽曲が次から次へと飛び出し,衣装を替えながら,各種ダンスも次から次へとこなすというもので,こちらが気楽に楽しんでいる以上に大変ハードな内容だったと思います。青島さんのトークもエネルギッシュでしたが,3人の歌手の皆さんもまた,それに劣らないサービス精神いっぱいのステージを見せてくれました。

今回の公演で唯一違和感を感じたのは,「客層のターゲットが絞れていないのでは?」と感じさせる部分があった点です。今回の「ペール・ギュント」は,親子が一緒に見て楽しむことを想定していたと思います。世界各地への冒険旅行に出かける直前には,「みなさん一緒に「となりのトトロ」の中の「さんぽ」を歌いましょう!」という,どう見ても子ども向けコーナーが出てきましたが,残念ながら,この日の会場には子供連れのお客さんは(私が見た感じでは)ほとんどいませんでした。その他の曲についても,子供向けの”お遊戯”のような振りをつけて歌う曲が多く,「世界でいちばん受けたい授業」などに出てきそうな明るく楽しい雰囲気でしたが,平日の夜に大人が聞く公演として聞くには,少々気恥ずかしい感じがしました

それと,青島さんの「ペールギュント」は,実は2回目です。前回は,純粋な「ペールギュント」で全然別物だったのですが,それほど前のことでもないので(2007年6月のファンタジー定期),公演のタイトルだけを見ると「またか?」と思った人もいたかもしれません。というわけで,非常に楽しい公演ではあったのですが,もう一工夫欲しかったというのが正直なところでした。
(2009/10/30)

関連写真集

入口の立看

今回もサイン会は行われていたのですが,少々疲れ気味だったこともあり,参加しませんでした。