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マルク・ミンコフスキ指揮ルーヴル宮音楽隊来日公演2009
2009/11/03 石川県立音楽堂コンサートホール
ハイドン/交響曲第104番ニ長調Hob.I-104「ロンドン」
モーツァルト/行進曲ニ長調K.335 第1番
モーツァルト/セレナード第9番ニ長調K.320「ポスト・ホルン」
(アンコール)ラモー/歌劇「優雅なインドの国々」〜太陽崇拝のための前奏曲
(アンコール)モーツァルト/セレナード第7番ニ長調,K.250「ハフナー」〜ロンド
(アンコール)グルック/バレエ音楽「ドン・ファン」〜フィナーレ
(アンコール)ハイドン/交響曲第94番ト長調Hob.I-94「驚愕」〜第2楽章
●演奏
マルク・ミンコフスキ指揮ルーヴル宮音楽隊
Review by 管理人hs  

現在,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)はドナウ川周辺各国での演奏旅行のためヨーロッパに出かけていますが,その留守を埋めるかのように,金沢ではマルク・ミンコフスキ指揮ルーブル宮音楽隊の来日公演(今回が初来日)が行われたので聞いてきました。このコンビの名前は,これまで音楽雑誌等で見かけることはあったのですが,私にとって,実際に音を聞くのは,CDも含め今回が初めてでした。

今回は,ハイドンの「ロンドン」交響曲とモーツァルトの「ポストホルン・セレナード」という古典派の大曲2曲によるプログラムでしたが,特に,後半に演奏されたセレナードと4曲ものアンコールには,予想を超えるような様々な仕掛けがされており,本格的な古楽演奏という言葉から想起されるような堅苦しさはありませんでした。誰でも楽しめる音による上質のエンターテインメントになっていました。

このルーブル宮音楽隊という団体ですが,フランス語では,Les Musiciens du Louvre - Grenoble(レ・ミュジシアン・ドゥ・ルーブル,グルノーブル)となります。ルーブルという名前からすると,パリにあるように思えるのですが,フランス名にあるとおりフランス南東部の都市グルノーブルが本拠地です。これまで,OEKの公演でも現代楽器による古楽奏法は何回か聞いてきましたが,この団体は,弦・管・打楽器のすべてについて古楽器(のコピー?)を使っているようで(見るからに違う形の楽器がいくつかありました。この辺の情報が欲しいところです),明らかに音色が違っていました。基本ピッチも少し低めで,オーケストラ全体としてくすんだような響きを持っていました。

演奏自体は,どの曲もすっきりと引き締まり,気を衒ったようなおどろおどろしさはなく,速い楽章を中心に躍動感に満ちたものでした。楽器の中ではバロック・ティンパニの堅く締まった音が特に印象的でした。

最初に,プログラムに書いてあった順序とは違い,ハイドンの「ロンドン」が演奏されました。アナウンスが全くなかったので(演奏前,ミンコフスキさんが一言フランス語で何かおっしゃっていたのですが),いきなり「ロンドン」交響曲の冒頭の和音が聞こえてきてびっくりしました。交響曲を聞くとなると,聞く方も「心の準備」(大げさですが,そうなのです)が必要なので,急な変更だったのかもしれませんが,ここは一言日本語によるアナウンスが欲しかったところです。

ただし,今回の「ロンドン」ですが,充実感はあるものの,非常にコンパクトにまとまっており,「前半の曲」としての位置づけの演奏だったと思います。ベートーヴェンの交響曲第8番なども同様なのですが,古典派時代の”よく出来た”交響曲の場合,演奏会の最初に演奏しても,トリで演奏してもしっくり来るところがあります。ハイドンの交響曲の名作についてもそのことが当てはまるな,と実感しました。

そういった「ロンドン」交響曲ですが,冒頭から,充実感と同時に,優雅さと暖かみを兼ね備えた見事なサウンドを聞かせてくれました。弦楽器は,ほぼノンヴィブラートだったと思いますが,さらさらと流れる感じではなく,コンパクトに凝縮した密度の高さやバランスの良さもありました。演奏前のチューニングの時は,コンサートマスターと第2ヴァイオリンの首席奏者が,団員の間をうろうろと動き回り,先生が生徒に指導するような雰囲気で非常に念入りに音合わせを行っていました。これがしっかり反映していたのだと思います。

今回の楽器編成は,次のとおりでした。
         Cb
       Cl  Fg  Tp
    Hrn Fl   Ob     Timp
     Va     Vc Cem
Vn1    指揮者    Vn2


オーケストラのサイズとしては,OEKよりは2,3人多いぐらいの編成で,コントラバスが正面奥の高い場所に居たのがいちばんの特徴でした。威圧的な音ではないのですが,このコントラバスの音とティンパニの音がオーケストラの響き全体の骨格を支え,その上にまろやかによくまとまった音が乗っている感じでした。通奏低音としてチェンバロ(クラブサンと呼んだ方が正しい?)が参加していたのも目につきました。

トランペットやホルンにはヴァルヴはなく,オーボエも独特のちょっと不器用さを感じさせる音でしたが(形も違っていた?),違和感を売り物にするというよりは,「これが当たり前」といったさりげない自信を強く感じました。考えてみると,本格的な外来の古楽オーケストラを生で聞くのは今回が初めてのことだったのですが(福井で聞いたイル・ジャルディーノ・アルモニコ以来),古楽演奏も成熟の時代を迎えていると感じました。

第1楽章では,曲の要所で出て来る,ハッとさせるような間の良さも印象的でした。続く第2楽章も速目のテンポで,楽章全体にすっきりとした形の良さがありました。その一方,音自体には落ち着きがあるので,全く慌てた感じはしませんでした。この楽章では,弱音の表現力の豊かさも印象的でした。

第3楽章もスピーディでした。ハイドンの曲の中間楽章では,木管楽器のソロが活躍することが多いのですが,この楽章でもオーボエが独特のひなびた音色を楽しませてくれました。楽章全体のスマートさと不思議とマッチしているのも面白いと思いました。

第4楽章は,キビキビとした音楽の盛り上げ方が見事でした。金管楽器や打楽器が突出することないのですが,音自体に切れ味の良さがあり,終結部に向けてストレートに力感が増して行きました。オーケストラ全体としての名人芸のようなものを感じることができました。

後半に演奏された,ポストホルン・セレナードは,この演奏会のハイライトでした。生で聞くのは初めてのことでしたが,40分ほどもある大曲がこんなに楽しい曲だということを初めて実感できました。セレナードとかディヴェルティメントといった曲には,もともとの用途としてBGM的な要素があるのですが,今回の演奏には,「オーケストラ音楽のデパート」といった感じの独特の豪華さがありました。

シンフォニックに始まった後,中間楽章で協奏交響曲風になり,その後,一旦暗い雰囲気になったあと,ポストホルンの登場する「色物」コーナーになり,最後はわーっと盛り上がっておしまい,という感じで,「オーケストラによる寄席」という雰囲気でもありました。楽章ごとに次々に主役や見所が変わる,誰が聞いても楽しめる演奏になっていました。

1曲目の「ロンドン」の演奏前,フランス語で「ハイドンに変更」といったことを言っていたようですが,「ポストホルン」の演奏前にもミンコフスキさんによる説明が入りました。フランス語だったので,詳細までは理解できなかったのですが,「マルシェ」という言葉は聞き取れたので,「まず行進曲を演奏するのだな」と推測が付きました。

我が家にある,アーノンクール指揮のポストホルン・セレナードのCDでもこの曲の前に同じ調性の行進曲を演奏しているのですが,多分,その曲と同じものだったと思います。曲の初演時等にも同じ形で演奏されたのだと思います。途中で,弦楽器のコルレーニョ(カタカタさせるような音)が入ったり,オーボエの味わい深い音が入ったり,絶好のイントロダクションになっていました。

続く第1楽章は,「ロンドン」の第4楽章の延長のような生き生きとした演奏でした。音がギュッとしまっているのは同様だったのですが,途中何度か出て来るシャンパンのように沸き立つクレッシェンドに酔わされました(宇野功芳さんならこういう感じで書きそう?)。このクレシェンドですが,アッチェレランドもかかっているような感じで職人芸的な面白さがありました。第2楽章のメヌエットは,あっという間に終わった感じでしたが,フレージング自体も短く引き締まっており,すっきりとした後味が残りました。

第3楽章と第4楽章は,コンチェルタンテということで,完全に”管楽器のための協奏曲コーナー”となりました。今回面白かったのが,第3楽章が始まる前に,フルート,オーボエ,ファゴット奏者合計6名が下手奥に移動し,立って演奏していた点です。演奏前から譜面台が沢山並んでいたので気になっていたのですが(この辺にポストホルン奏者が登場するのかも?と一瞬思ったのですが,ハズレでした),「こういうことだったのか」と合点がいきました。

演奏は,すっきりとした速目のテンポで,どこか涼しげで爽快でした。視覚的な変化を付けることで,1,2楽章と気分が変わり,一気に室内楽風な気分に切り替わるのも面白いと思いました。3楽章の最後には,カデンツァまで付いており,この部分では,じっくりとしたソリスティックな味わいを聞かせてくれました(ちなみに第3楽章ですが,NHK衛星第2放送で放送されているクラシック音楽番組の場つなぎ(「3分後に後半が始まります」といった休憩時間)の時に流れている音楽ですね。第4楽章ではフルートが活躍しますが,いかにも木の響きという感じの柔らかい音が大変魅力的でした。

第4楽章の後,ミンコフスキさんは,ソリストたちに向かって拍手をするような仕草を見せていましたが,お客さんの方もここで拍手を入れて,一息入れても「ノー・プロブレム」だったのかもしれません。ミンコフスキさん自信,そういう聞き方を望んでいたような気もしました。

第5楽章は,前楽章の管楽器主体の爽やかな世界から弦楽器主体のほの暗い世界へと気分が一転しました。ピッチが低めだったことに加え,弦楽器の音自体に渋さがあり,曲想にぴったりでした。

第6楽章は,メヌエット楽章ですが,2回入るトリオが聞きものでした。1回目のトリオでは,ピッコロが活躍していました。この部分は,モーツァルトの譜面自体には何も音が書いてないので,ピッコロを入れずに演奏することもあるらしいのですが,今回は,アドリブを沢山入れた楽しい演奏になっていました。恐らく,この形の方が「モーツァルトに忠実」なのではないかと思いました。

2番目のトリオで,お待ちかねのポストホルンが登場します。この部分での独奏ですが,期待を遥かに上回る「おおっ」というパフォーマンスが飛び出しました。楽章が始まる前に,トランペット奏者のうちの1名が上手から外に出て行ったので何かあるな?と期待していたのですが,何と何と,ポストホルンを片手で持って,「♪ドーソードーソーソー...」と伸びやかに演奏しながら自転車に乗って登場しました(つまり片手運転です)。

モーツァルトは,郵便馬車のイメージで作曲したと思いますが,それを自転車に置き換えた楽しいパフォーマンスということで,会場の空気は一気に和やかな雰囲気になりました。ポストホルン奏者(ホルン奏者ではなくトランペット奏者だったのも面白かったですね)の方は,しっかりと郵便屋さんの帽子を被り,オーケストラの回りを2,3周した後,ミンコフスキさんに小包を手渡し,ソロがパートが終わった後,退出していきましたが,なかなか芸達者な方でした。今回,ステージ前方のスペースはかなり狭かったので,最前列の方などは,客席に落ちてこないか,結構冷や冷やしたのではないかと思います。

音楽堂のステージ上を自転車で走るというだけでもとんでもなく異例なことですが(懐かしの「8時だヨ!全員集合」のカトちゃんなどを思い出してしまいましたが...),これが「普通の」演奏会の中に突如出てきたというのが凄いことです。この予想を超えた,ほとんどギャグのような演奏は,金沢の音楽史上に残る名演・迷演だったかもしれません。

第7楽章は,第6楽章での盛り上がりをしっかりとキープするようなスピード感溢れる演奏でした。第1楽章同様の弾けるような盛り上がりを持った演奏でした。

この演奏を聞いて,「ミンコフスキさんは,意外に(?)ユーモアのセンスとサービス精神が豊かなんだなぁ」とお客さんの方も実感したと思うのですが,それにしっかり応えるように,アンコール曲が次から次へと4曲も演奏されました。今回演奏されたアンコール曲は,いずれも東京公演で演奏される曲と関係があったのだと思います。どれも個性的な曲であり演奏でした。

最初のラモーの曲は,あれこれ調べてみると「優雅なインドの国々」というオペラの中の1曲だったようです。弦楽器の弱音にフルートが入る曲で,幽玄の世界に誘うような不思議な美しさのある曲でした。

2曲目の「ハフナー」セレナードのロンドでは,コンサートマスターの方の名人芸を堪能できました。この曲については,クライスラー編曲のものが有名ですが,「古き良き時代」といった優雅さはなく,もの凄い勢いで弾きまくってくれました。バロック・ヴァイオリン(ガット弦?)を使っていたようで,ちょっとくすんだ独特の素朴さのある音が印象的でした。この演奏を聞いて,このオーケストラがソリスト集団だということがよく分かりました。また,弦楽セクション全体の音の秘密の一端が分かった気もしました。

3曲目のグルックの曲は,非常に格好良い曲でした,ホルンや木管楽器は,要所要所でベルアップして強奏しており,ヴィヴァルディの協奏曲に出て来る「嵐の場面」を思わせるようなスピード感がありました。最後の方でステージ裏からドラのような音も聞こえてきました。

そして,最後のハイドンの「驚愕」の2楽章ですが,「ホフナング音楽祭(冗談音楽の音楽祭)もびっくり」という演奏を聞かせてくれました。あの「ポストホルン」を受けるには,こういうアンコールしかないだろう,という演奏でした。

この曲は,普通に演奏しても,和やかな雰囲気になりますが,さすがミンコフスキさんです。三段構えで驚かせてくれました。消え入るような弱音になった後,フォルテシモになる例の箇所ですが,1回目は「振れども音は出ず!」ということで不発に終わりました(文字通り空振りです)。

気を取り直して,同じ箇所をもう一度演奏すると....何と今度は,オーケストラ団員が声を揃えて「ワッ!」と鋭い大音量で叫びました(恐ろしくぴたりと揃っていました)。個人的には,こういうのは大好きです。そして,3回目に,やっと正しくティンパニの強打が決まり,めでたく「びっくり」になりました。3度目の正直という諺が西洋にもあるのか知りませんが,大変よく出来たギャグとなっていました(一体こういうネタは誰が考えるのでしょうかねぇ?)。

今回,ミンコフスキさんとルーブル宮音楽隊の演奏に初めて触れたのですが,すべての点でセンスの良い,実力派エンターテインメント集団だと感じました(”レ・ミュジシアン”を”音楽隊”と訳しているのが独特ですが,意外にこのオーケストラの個性を上手く表現している気がしました)。今回の来日公演では,このコンビは金沢と東京でしか演奏会を行わないのですが,そういう意味では,金沢のお客さんは,「伝説の初来日」に接することができたのかもしれません。今回の音楽堂での公演を機会に,クレメラータ・バルティカのように,金沢を日本公演の本拠地にしてくれると嬉しいですね。是非再来日に期待したいと思います。

PS. 例の郵便局の自転車ですが,プログラムの下の方に小さい字で「自転車提供:日本郵便金沢支店」とクレジットされていました。「何かあるな...もしかしたら...」と思っていたのですが,ここまでうまく行くとは思いませんでした。
(2009/11/06)

関連写真集


公演のポスター


公演のリーフレット
。来日オーケストラの公演にしては珍しく有料のプログラムはなかったようです。