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PFUクリスマス・チャリティーコンサート:名オペラアリアの饗宴
2009/12/05 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/歌劇「イドメネオ」K.366序曲
2)モーツァルト/歌劇「イドメネオ」K.366〜胸の内にある海は
3)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」K.492〜恋とはどんなものでしょう
4)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」K.492〜すべて準備は整った〜少しばかりその目を開け
5)モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.527〜お手をどうぞ
6)ロッシーニ/歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲
7)ロッシーニ/歌劇「チェネレントラ」〜哀しみと涙に生まれ育ち
8)ビゼー/歌劇「カルメン」〜第1幕への前奏曲
9)ビゼー/歌劇「カルメン」〜恋は野の鳥(ハバネラ)
10)ビゼー/歌劇「カルメン」〜諸君の乾杯を喜んで受けよう(闘牛士の歌)
11)プーランク/歌劇「ティレジアスの乳房」〜いいえ旦那様
12)ドニゼッティ/歌劇「愛の妙薬」〜人知れぬ涙
13)ヴェルディ/歌劇「ナブッコ」序曲
14)ヴェルディ/歌劇「ナブッコ」〜あなたは預言者たちの口を
15)ヴェルディ/歌劇「リゴレット」〜慕わしき御名は
16)ヴェルディ/歌劇「リゴレット」〜女心の歌
17)ヴェルディ/歌劇「リゴレット」〜もし私を覚えていてくれたなら
18)(アンコール)ヴェルディ/歌劇「椿姫」〜乾杯の歌
●演奏
佐藤正浩指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:マイケル・ダウス)
半田美和子(ソプラノ*5,11,15,17-18), 森山京子(アルト*4,7,9,17-18),小餅谷哲男(テノール*2,12,16-18),ヴェセリン・ストイコフ(バリトン*4-5,10,14,17-18)

Review by 管理人hs  

12月恒例のPFUクリスマス・チャリティーコンサートに出かけてきました。デフレ不況と事業仕分けに揺れる現在,継続的に地域の芸術文化を支援してくれる企業があることは心強い限りです。

PFUのチャリティコンサートは,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の創設間もない頃から行われていますが,今回は,OEKが主役ではなく,4人の歌手によるオペラ・ガラコンサートとなりました。こういう形は初めてかもしれません。出演したのは,半田美和子(ソプラノ),森山京子(アルト),小餅谷哲男(テノール),ヴェセリン・ストイコフ(バリトン)の4人の方々で,指揮は,明日の「メサイア」公演の指揮もされる佐藤正浩さんでした。

今回出演された歌手・指揮者の皆さんについては,ストイコフさん以外は,お名前を聞いたことのない方ばかりだったのですが,とても充実した内容の公演でした。入場無料(「1000円程度の寄付金をお願いします」とのことでした)ということを考えると,「掘り出し物」と言っても良い内容だったと思います。

何よりも,歌われた曲が多彩で,魅力的でした。こういうガラ・コンサートの場合,有名アリアに集中しがちなのですが,プーランクの「ティレジアスの乳房」とかロッシーニの「チェネレントラ」,ヴェルディの「ナブッコ」など,ちょっとひねりのある選曲がされていました。

今回は,指揮者の佐藤正浩さんの簡単な解説付きで進行しました。この佐藤さんですが,今回,一気に金沢でブレイク(?)されたのではないかと思います。ご自身でおっしゃられていたとおり,ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜選手に雰囲気が大変似ているのです。歌手を思わせるとても良い声の方ですが,この声も似ていました。松井選手のご当地石川県では,これは大変なアドバンテージだと思います。

前半は,モーツァルトの「イドメネオ」で始まりました。今回は,入場整理券を受付で手渡すと,指定席をもらえるというシステムで,座席選択の余地がありませんでした。その結果,3階サイドのバルコニー席という滅多に座ることのない席となりました。ステージの1/4ほどは見えない席だったのですが,音響的には悪くありませんでした。

比較的ステージに近かったこともあり,各パートの音がしっかりと分かれて聞こえるようなところがありました。音楽堂ならではの響きの豊かさも感じることができ,最初の序曲から,マイルドで無理のない音楽を楽しむことができました。ステージに向かって体が斜めになるのがちょっと不自然なのですが,バルコニー席だと気分的にも落ち着くので,この席は「掘り出し物」だったかもしれません。

序曲に続き,テノールの小餅谷さんが登場し,アリアを1曲歌いました。小餅谷さんは,非常にリリックで軽い声の方で,品の良い王子様的なキャラクターにぴったりの声でした。他の曲でもとても誠実な歌を聞かせてくれました。

続く「フィガロの結婚」のステージでは,ケルビーノのアリア「恋とはどんなものかしら」とフィガロのアリア「すべて準備は整った〜少しばかりその目を開け」が歌われました。ケルビーノのアリアでは,メゾ・ソプラノの森山さんが少年のような明るい声を聞かせてくれました。OEKの弦楽器メンバーが,楽器をギターのように構え,ピツィカートで演奏していたのも良い雰囲気でした。こういうのは実演で観て初めて楽しめる部分です。

(余談)指揮者の佐藤さんは,この曲については,「キューピー3分クッキング」の曲と仰られていましたが,実は,テレビ曲の系列により使っている曲が違うようです。石川県では,かなり前から,イエッセルの「おもちゃの兵隊の行進」に変わっています。ただし,私も印象としては,「フィガロ」のアリアの方の印象があります。

(参考サイト) http://www.ntv.co.jp/3min/faq/index.html#faq003

もう一つのアリアの方は,名アリアの多い「フィガロ」の中では,比較的知名度が低いアリアかもしれません。その曲を選んだあたりにバリトンのストイコフさんのこだわりがあったのかもしれません。ちょっとクールな感じの落ち着きのある声を聞かせてくれました。伴奏にホルンの信号音風の音が出てきますが,この部分が印象的な曲です。

「ドン・ジョヴァンニ」の二重唱「お手をどうぞ」は,ガラ・コンサートの定番曲ですね。ソプラノの半田さんは,ツェルリーナにぴったりの楚々とした透き通るような声を聞かせてくれました。ストイコフさんは,ここでもクールで紳士的で,「ドン・ジョヴァンニ=好色」というイメージとはちょっと違いました。ただし,現代的な観点から「誘いに乗るかどうか?」を考えてみると,結構,リアリティがあるのではないかと感じました。いかがでしょうか?

前半最後は,ロッシーニの曲でした。まず,おなじみの「セヴィリアの理髪師」の序曲が颯爽と明快に演奏されました。その後,別のオペラ「チェネレントラ」のアリアが始まったわけですが,面白かったのは,全く違和感なくつながてしまった点です。「チェネレントラ」のアリアの最初の和音は,「セヴィリアの理髪師」に出て来る和音と全く同じなのではないかと思います(多分,別のロッシーニの曲にも出て来る,トレードマークのような和音です。)。そもそも,「セヴィリアの理髪師」の序曲自体,別のオペラの序曲を転用したもの,ということなので,いかにもロッシーニらしい,”適当さ””大らかさ”が感じられる部分です。

この「チェネレントラ」のアリアですが,以前から一度生で聞いてみたかった曲でした。ロッシーニのアリアには,「セヴィリアの理髪師」の「今の歌声は」をはじめ,メゾ・ソプラノの曲が多いのですが,この「哀しみと涙に生まれ育ち」は,さらに規模の大きな難曲なのではないかと思います。森山さんは,コロラトゥーラ満載の名アリアを脂の乗り切った声で歌い上げ,前半をしっかりと締めてくれました。

後半は,おなじみの「カルメン」で始まりました。佐藤さんの指揮は,ここでも颯爽としていましたが,前奏曲では,「闘牛士の入場」に続いて深刻な「運命のテーマ」の方も演奏していました。やはり,この部分がある方がオペラ的な気分になります。

森山さんのハバネラは,歌だけでなく,ステージ全体から漂う雰囲気が「どう見てもカルメン」でした。さすが!という貫禄を感じさせてくれる歌でした。ストイコフさんの「闘牛士の歌」の方は,前半同様ダンディでスケールの大きさがありましたが,声が暗い感じなので,ラテン的な感じは薄い気がしました。

次に演奏されたプーランクの「ティレジアスの乳房」の中のアリアは,今回演奏された曲の中ではもっともマニアックな曲だったと思います。何年か前の,サイトウ・キネン・フェスティバルで小澤征爾さんが取り上げていた記憶がありますが,私自身初めて聞く曲でした。ただし,同じプーランクの「ぞうのババール」の音楽を彷彿とさせる部分があり,大変分かりやすく(歌詞が分かるわけではありませんが...)気持ちの良い流れを持ったコメディタッチの曲でした。

このオペラは,20世紀の作品らしく男女同権,育児奨励などフランスの政策を揶揄したもので,途中「乳房を破裂させる(?)」という変わったシーンがあります。今回は指揮台の下に隠していたオレンジ色の風船2つで表現し,アリアを歌いながら「パーン,パン」と割っていました。その後,音楽がさらにくだけたワルツになる辺りもプーランクらしいと思いました。恐らく,今回登場した,半田美和子さんがレパートリーとされている曲だと思いますので,機会があれば,全曲を見てみたい作品だと思います。

「愛の妙薬」の「人知れぬ涙」は,非常に有名なアリアですが,私自身,生で聞くのは今回が初めてのような気がします。小餅谷さんの軽やかな声質はこの歌にぴったりでした。曲の最後の方で,オーケストラの伴奏がなくなり,声だけによるカデンツァのような部分が出て来るのですが,そこでの間の取り方も聞き応えたっぷりでした。

演奏会の最後のコーナーでは,「リゴレット」の中から3曲歌われました。半田さんによってた〜っぷりと歌われた「慕わしき御名」,小餅谷さんによって弾むように軽やかに歌われた「女心の歌」の後,4重唱「もし私を覚えていてくれたなら」で締められました。2組のペアによる4重唱ということで,明るさの中に人間ドラマが滲んでいるようでした。歌詞の意味は分からなかったのですが,さすがヴェルディという感じの曲でした。OEKは,ここ数年,毎年オペラを上演していますが,この「リゴレット」も是非取り上げて欲しい演目です。このまま。この4人で全曲をやって欲しいと思わせるステージでした。

アンコールでは,ヴェルディの「椿姫」から「乾杯の歌」が歌われました。歌うとすれば,この曲しかないだろう,と待ち構えていたので,この曲のダイナミックな序奏が始まると,「やっぱり」と嬉しくなりました。この歌で面白かったのは,通常テノールとソプラノで歌うパートをバリトンとメゾ・ソプラノのお二方もそれぞれソロで歌っていた点です。途中でお客さんに向かって手拍子を求めたり,演奏会の最後に相応しい楽しいステージでした。

今回のPFUクリスマス・チャリティ・コンサートは,例年とは違い,歌中心だったのですが,オーケストラだけを聞くのとは違った華やかさがありました。選曲もとても良く,絶好のオペラ入門になっていました。今回の4人のソリストと佐藤正浩さんには,是非また,金沢で公演(今度はオペラの全曲)を行って欲しいものです。

PS.今回は,一人1,000円程度のチャリティーにご協力くださいとの案内がありました(「金沢の技と芸の人づくり基金」に寄附されるとのことです)。その募金箱を持って「お願いします」と連呼していたのが,PFU女子バレー部ブルーキャッツの皆さんでした。石川県立音楽堂にジャージ姿の人が沢山いるというのは,なかなか新鮮な光景でした。長身の方が多く,かなり圧迫感があったので,「募金しないわけにはいかない」という雰囲気もありました。恐らく,例年以上に多くの金額が集まったのではないかと思います。

PS.佐藤さんの顔写真がないか探してみました。いかがでしょうか?
(1枚目)これは,リーフレットに掲載されていたものと同じ写真です。
http://www.biwako-hall.or.jp/event/artist.php?id=166

(2枚目)ソプラノの半田美和子さんのサイトにも佐藤さんの写真が掲載されていました。次のページのいちばん下の左側に佐藤さんが写っています。
http://miwako-handa.jp/content/report_200711.html
(2009/12/10)

関連写真集

公演の立看です。


公演のリーフレットとチケットです。このチケットは何のために必要なのだろう?と思ったのですが...


この日は,邦楽ホールでも別の公演を行っていました。「ヴェルサイユの祝祭」ということで,バロックダンスを中心としたとても面白そうな公演だったのですが,翌日の「メサイア」にも行くことにしていたので,こちらの方は止めにしておきました。


邦楽ホールに向かう廊下にいつの間にか,こういう縦書きの看板のコーナーができていました。それにしても12月は公演が目白押しです。



帰り道,ホテル日航金沢の前を通りかかりました。ライトアップをしていました。


建物の中にも奇麗なツリーがあったので,記念撮影してきました。


今回,募金係,花束係と活躍されていたPDF女子バレー部ブルーキャッツの試合のチラシです。今までよく知らなかったのですが,かなり強いチームのようです。


PFUブルーキャッツ