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メサイア公演:金沢で歌い継がれて60年
2009/12/06 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ヘンデル/オラトリオ「メサイア」(全曲)
2)(アンコール)グルーバー/きよしこの夜

●演奏
佐藤正浩指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:マイケル・ダウス)*1
北陸聖歌合唱団(合唱指揮:朝倉喜裕),大野由加(オルガン*2)
朝倉あづさ(ソプラノ*1),小泉詠子(メゾ・ソプラノ*1),藤井雄介(テノール*1),ヴェセリン・ストイコフ(バリトン*1)
プレトーク:佐藤正浩,大野由加
Review by 管理人hs  

毎年12月に金沢でヘンデルの「メサイア」を歌い続けている北陸聖歌合唱団ですが,ヘンデル没後250年の今年は,全曲演奏に挑みました。公演チラシには,「金沢で歌い継がれて60年」という面白いキャッチフレーズが書かれていましたが,60年も続ければ,もう立派な伝統芸能です。今回の公演は,例年にも増して,熱気のこもった素晴らしい演奏になりました。

全曲を演奏したこと自体,まず素晴らしかったのですが,大曲にストレートに立ち向かうような佐藤正浩さん指揮OEKと北陸聖歌合唱団の音楽が何よりも感動的でした。4人のソリストの皆さんの歌も大変立派でした。「メサイア」は,「第1部:予言・降誕」「第2部:受苦」「第3部:復活・永生」という3部構成ですが,当然のことながら,今回のように全曲を演奏して初めて,その全体像を感じ取ることができます。実は,私自身,かなり昔に,この北陸聖歌合唱団の演奏で全曲を聞いたことがあるのですが(1989年以来のことです),その時は予習も何もせずに聞いたこともあり,ピンとこなかった記憶があります。実質,今回が「メサイア」全曲の初体験ということで,この曲の真の魅力に初めて触れることが出来た気がします。

第1部は,序曲の後,テノール,バリトン,メゾソプラノが顔見世のようにアリアを歌った後,間奏曲的な田園交響曲となり,その後はソプラノ中心のクリスマスの場面になります。

序曲から,確固たる歩みを感じさせる誠実さのある演奏を聞かせてくれました。この気分は全曲を一環しており,大曲全体を貫く芯を作っていました。後半はキビキビとした部分になります。OEKの弦楽器の演奏が大変清々しく響いていたのが印象的でした。例年,このメサイア公演では,OEKの正規メンバーの代わりにエキストラが入ることが多かったのですが,今回は,チェロのカンタさんとティンパニ奏者以外は,正規メンバーだったと思います(もちろん,チェンバロ,オルガン奏者はエキストラでした。ちなみにティンパニ奏者は,マーラーの交響曲第3番でも活躍されていたヴィクトル・カナトフさんでした。)。)。このことも今年の「メサイア」の特徴の一つだったと思います。

最初のテノールの一声を聞くと,「今年もメサイアが始まるなぁ」と実感します(何故か序曲ではなく,このテノールの第1声なのです)。今年のテノールの藤井雄介さんは,ノンヴィブラートの真っ直ぐで品の良い声を聞かせてくれました。宗教音楽に相応しい清潔さに加え,ヘンデルの音楽の持つ明るさに相応しい輝きもありました。ここ数年のテノール・ソロの中では,いちばんこの曲に合っていると感じました。

バリトンのストイコフさんは,「メサイア」公演の前日に行われたオペラ・ガラコンサートに続いての登場ですが,ここでも威厳のある声を聞かせてくれました。第10,11曲辺りの深く沈みこむような夜のムードを感じさせる曲に特にぴったりでした。

メゾ・ソプラノの小泉さんは,石川県出身の若手メゾ・ソプラノ歌手です。2008年の金沢歌劇座での「カルメン」公演以来,金沢では,すっかりお馴染みの歌手になりつつあります。そのメゾ・ソプラノが登場する第9曲目のアリアは,個人的にとても好きな歌です。控えめだけれども喜ばしさのある歌声が曲想にぴったりでした。瑞々しさと誠実さのある歌は,佐藤さんとOEKの作る音楽にもぴったりでした。

合唱団も例年どおり熱気のこもった歌を聞かせてくれました。「ワンダフル」という単語が印象的な第12曲では,大変晴れ晴れとして声を聞かせてくれました。北陸聖歌合唱団は総勢125名ほどですが,男声と女声の人数のバランスが,1:4〜1:3ぐらいなので,どうしても男声の声が力んだ感じで聞こえることがあります(それがエネルギッシュに聞こえる理由の一つだと思います)。今回の合唱はコントロールが効いており,盛り上げ方のバランスがとても理に適っているように思えました。さすが,声楽出身の佐藤さんの指揮だな,と感じました。

この曲では,合唱の伴奏の部分で,弦楽器がきっちりと伴奏の細かい音型を刻む部分がありますが,こういう部分でのOEKの引き締まった音も印象的でした。今回は久しぶりに,マイケル・ダウスさんがコンサートマスターを務めていましたが,こちらも「さすが」というリードぶりでした。

田園交響曲は,大変ゆったりとふんわりとした演奏で,「羊が1匹,羊が2匹...」と羊の姿が目に浮かぶようでした。それ以降の部分は,ソプラノの見せ場が続き,今年も朝倉あづささんの可憐な声を聞くことができました。北陸聖歌合唱団のサイトを過去の演奏記録を調べてみると,1988年以降朝倉さんが19回も歌われています(途中2回だけ別の方が歌っています)。北陸聖歌合唱団の「60年」というのも素晴らしいのですが,そのうちの19回にソロとして参加しているというのもすごいことだと思います。どちらもギネスブックものの記録のような気もします。いずれにしても,朝倉さんの声は,金沢のメサイアの魂と言っても良い歌だと思います。

この辺の静かな雰囲気の曲では,加藤純子さんのチェンバロ,春日朋子さんのオルガン,大澤明さんのチェロなどの通奏低音もよく聞こえました。その室内楽的な雰囲気もクリスマスの気分にぴったりでした。

第1部後半では,第17曲の合唱でトランペットが加わりますが,その一瞬のきらめきも大変効果的でした。第20曲のメゾ・ソプラノとソプラノによるアリアも大好きな曲です。「すべて重荷を負うて苦労している者は,彼のもとへ行きなさい...」といった歌詞ですが,何事につけ息苦しいことの多い時代,ひとしお身にしみる曲です。小泉さんと朝倉さんによる誠実な声のリレーに浸り,ゆったりと温泉に入るような気分を味わうことができました。

今回は第1部が終わったところで,20分の休憩が入りました。省略なしだと第1部だけで1時間近くかかるので,丁度良いと思いました。

第2部は,例年省略される曲が多い部分です。まず,全曲中いちばんの大曲である,第23曲のキリストの受難を歌ったメゾ・ソプラノのアリアがまず聞き物です。小泉さんの歌は大変落ち着きのあるもので,大変じっくりと音楽を聞かせてくれました。

その後,合唱が3つ続き,テノール独唱,合唱,テノール...という感じで切迫した感じの音楽が続きます。抜粋版では,これらの中の一部だけを演奏することが多かったのですが,今回のように畳み掛けるように音楽が続くと,バッハの受難曲のような独特のな雰囲気になります。今回,全曲演奏を聞いてみて,この部分が非常に面白いと感じました。受難の部分について「面白い」というのも変ですが,幾つかの曲が積み重なることによって大きな聞き所となる部分だと感じました。

合唱曲の中では,「Surrely...」で始まる第24曲の切実な声が特に印象的でした。前曲のメゾ・ソプラノの哀しげな歌を受けて,気分が一気に高揚したように,声のボリュームが膨れ上がり,聞き手の耳に強く突き刺さってきました。第25曲の十字架音型も,一連の流れで聞くと「受難の象徴なのだな,なるほど」と思って聞くことができました。

テノールの藤井さんの声は,ここでも素晴らしく,合唱と一体になって切迫した緊張感を常に漂わせていました。その後だけに,「もろびとこぞりて」のようなメロディで始まる第33曲の合唱での曲想の転換が非常に鮮やかでした。

その後の曲では,第40曲のスピード感たっぷりのバリトンのアリアがお馴染みでです。ストイコフさんの貫禄十分の歌も良かったのですが,通奏低音を中心としたOEKのノリの良さもとても印象的でした。

それに続く第41曲の合唱は,音があちこちに飛び交う曲で,見るからに(聞くからに?)難曲っぽい曲ですが,そのスリリングさが,また良かったと思いました。

テノールのアリアに続いて,第2部最後,お待ちかねのハレルヤ・コーラスです。今回の演奏は,ストレートに盛り上がるような,大変力強い演奏でした。何よりも画期的だったのが,立ち上がった人の多さです。今回はプレレトークの時に「ハレルヤコーラスの時,起立するのが慣習になっています。ぜひ立ち上がってみてください」という説明があったこともあり,大半の人が立ち上がっていました。昨年までは,勇気ある人だけ立ち上がっていた感じですが,今年の場合は,スタンディング・オベーション状態になっており壮観でした。こここまで長い時間座っていたこともあり,ストレッチ運動としても丁度良かったもしれません。演奏後の拍手もいつもにも増して盛大でした。恐らく,ステージ側から見たら感動的な光景が広がっていたのではないかと思います。

第2部が終わったので,ここでもう一度休憩でも良かったのですが(プレトークの時,休憩の入れ方について触れてくれると有り難かったと思います),終演時間をあまり遅くしたくなかったせいか,第3部まで一気に演奏されました。

第3部最初のソプラノのアリアは,ハレルヤの熱気を冷ますような歌でした。この歌を聞きながら,朝倉さんの声は,シューベルトの歌曲にもぴったりなのでは,と感じました。第48曲のトランペット入りのバリトンのアリアは,第3部のみならず,この曲最大の聞き所の一つです。ここでは,どうしてもトランペットの方ばかり聞いてしまいます。今回は,OEKのトランペット奏者の藤井さんが担当していました。大変明朗で滑らかな演奏で,祝祭的な気分を出していました。

第3部になると,さすがに疲れてきたのですが,この辺まで来ると,段々と長さに麻痺してくるようなところもあります。”ランナーズ・ハイ”という言葉がありますが,「ここまで来たらどれだけでも聞けそう」という”リスナーズ・ハイ”といった感じになります。

第52曲(この曲番号もすごい)のソプラノのアリアでは,朝倉さんの声がますます冴えていました。この曲についてはでヴァイオリンの合奏も印象的でしたが,以前,ヴァイオリン・ソロで聞いたような記憶もあります。いろいろな解釈があるのかもしれません。

そして,ようやく最後のアーメン・コーラスに到達しました。曲の最初の堂々たる輝きを持ったトランペットの音を聞いた瞬間,例年にも増して充実感を感じました。合唱団の皆さんの声にも開放感があり,大変伸びやかで明るいものでした。後半のアーメンの部分では,独唱者の4人も立ち上がって一緒に歌うのですが,実に優しい表情のある歌で,大きな盛り上がりと同時に暖かさを感じさせてくれるエンディングでした。

拍手が一しきり終わり,オーケストラのメンバーが立ち上がったので,今年はアンコール無しかなと思い,入口まで行ったところ,オルガン伴奏で「きよしこの夜」の歌が始まりました。この背後から,歌がすっと聞こえてくる感じも良い感じですね。私は2階席に居たので,1階席まで降りて立ったまま聞いていたのですが,合唱団の皆さんにとっても一仕事やり遂げた後のクールダウンといった感じの歌だったと思います。

ここ数年,「クリスマス名曲集+メサイア抜粋」という「クリスマス・メサイア公演」という名称で演奏会が行われてきたのですが,聞き応えの点からすると,やはり全曲は素晴らしいな,と実感しました。今回は,児童合唱団とハンドベルが出ない分,お客さんの数が減るかな,と予想していたのですが,むしろ例年よりも大勢のお客さんが入っていた気がします。これは,全曲演奏に対する期待の大きさの現れだと思います。毎年,全曲演奏というのは,なかなか難しいかもしれませんが,これからも全曲演奏に挑み続けて欲しいと思います。

PS.例年,「メサイア」の前座として歌われていたOEKエンジェルコーラスによるクリスマス曲集ですが,今回はプレコンサートとして,開演前のロビーで行われました。おなじみのクリスマスソングメドレー(榊原栄さん編曲のもの)をピアノ伴奏で演奏したものなどが歌われました。この形も一つのアイデアだと思いました。ただし,今回は指揮者・演奏者とは別にもう一方司会者が居た方が良かったかな,と思いました。

PS.今回は演奏前にプレトークもありました。指揮者の佐藤正浩さんと北陸聖歌合唱団のピアノ奏者でもある大野由加さんの対談で,とても分かりやすく,聞きやすいものでした。ハレルヤ・コーラスのところで書いたとおり,プレトークの効果は絶大でした(お客さんは結構素直なんだなぁと思ったりもしましたが)。今回のようなプレトークを数年間続ければ,「ハレルヤ・コーラスで起立するのが当たり前」という感じになるかもしれないですね。北陸聖歌合唱団以外の「メサイア」を聞いたことはないのですが(また,金沢のメサイアの60年間の歴史についても詳しくないのですが),今回の起立人数の多さは,記録的なのではないかと思いました。
(2009/12/10)

関連写真集

公演のポスターです。隣にはクリスマスツリー


プレコンサートとプレトークの案内の掲示です。


プレコンサートの様子です。はっきり見えませんが,歌だけでなくハンドベル演奏も行っていました。


カフェ・コンチェルトの机の上に1月のスケジュールのリーフレットが置いてありました。手に取りやすい大きさなので,良いアイデアだと思いました。


公演のポスターとクリスマス飾りです。


音楽堂前のクリスマス飾りです。


こちらは,お向かいの金沢フォーラス前のクリスマス飾りです。