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オーケストラ・アンサンブル金沢第272回定期公演PH
2009/12/12 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/序曲「レオノーレ」第3番,op.72b
2)ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調,op.125「合唱付」
●演奏
金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:マイケル・ダウス)
森麻季(ソプラノ*2),押見朋子(アルト*2),吉田浩之(テノール*2),黒田博(バリトン*2)
合唱=大阪フィルハーモニー合唱団(合唱指揮:三浦宣明)
プレトーク:岩崎巌(OEKジェネラル・マネージャー)
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,初代音楽監督の岩城宏之さん時代以来の伝統で,「滅多なことではベートーヴェンの第9を演奏しないオーケストラ」ですが,今年は金聖響さんが大阪で行っているベートーヴェン・チクルスと併せて,12月の定期公演で第9を演奏することになりました。全国的には,「12月の第9」は普通なのですが,OEKが12月に金沢で第9を演奏するのは,2001年以来のことです。それ以外では,2001年9月の石川県立音楽堂の柿落公演,昨年9月のOEK設立20周年記念公演(この時は,クレメラータ・バルティカ(KB)との合同公演でした)と本当におめでたい時に限定して演奏してきました。定期公演で第9を演奏するのは今回が初めてです(他のオーケストラの場合も定期公演ではあまり第9は演奏しないかもしれないですね)。

OEKが金沢で第9を演奏するというだけで,希少価値があるのですが,今回はそれに加え,先日,OEKのアーティスティック・パートナーに就任したばかりの金聖響さんが登場ということで,一体どういうアプローチでこの名曲を聞かせてくれるのだろう,という期待感もありました。こういったことを反映して,会場は超満員でした。

金聖響さんは,CD録音及び実演を通じて,OEKとのベートーヴェン・チクルスでは,「現代楽器を使った古楽奏法」というアプローチを取ってきました。今回も同様の解釈でしたが,1時間を超える大曲ということもあり,テンポ設定や間の取り方といった部分にも金聖響さんらしさが鮮明に出ていました。ただし,これは聖響さんらしさ,というよりは「ベートーヴェンの楽譜をそのまま演奏したらこうなりました」ということだと思います。真っ正直に演奏することで,「従来の演奏は,各時代の指揮者の解釈が勝手に付加されていたものです」ということを大胆に示してやろうという意図があったように感じました。

今回の定期公演ですが,ステージには,レコーディング用のマイクがセットされていました。金聖響さん指揮によるベートーヴェンの交響曲全集の録音もこれで完結ということで(CD未発売の1,4,8番は既に録音済みのはずです。),その進捗状況を見てきたOEKファンとしては,感慨深いものがあります。

さて,演奏会ですが,第9に先立って,前半に序曲「レオノーレ」第3番が演奏されました。恐らく,この曲も全集の中に含まれるのだと思います(1,4,8番のどれかとのカップリング?)。演奏の方もレコーディングを意識したように,きっちりとまとまった演奏になっていました。最初の音から,力んだところはなく,透明な弦楽器の音を中心に滑らかな響きが中心でした。岡本さんのフルートの爽やかな音もその雰囲気にぴったりでした。その中で,違和感を感じさせるような独特のホルンの音(ゲシュトプフト奏法?)を使っていたのが,面白いアクセントになっていました。

中盤,舞台裏からトランペットの信号音が聞こえてくる聞き所がありますが(前回の定期で聞いた,マーラーの3番などをちょっと思い出してしまいましたが),1回目と2回目の間での遠近感がはっきり出ていました(2回目の時は下手袖の扉を開けて演奏していました)。コーダに入る所で,ヴァイオリンから順に各弦楽器が速い音の動きの聞かせて,音が積み重なってくる部分も大好きなのですが,クールなノンヴィブラートの音が,しっかりと絡まり合い,積み重なり合い,大変鮮やかでした。

ただし,今回は「前半にレオノーレ1曲」だったこともあり,響きへのこだわりは面白かったものの,ちょっと軽いかなという印象を受けました。2008年9月の井上道義さん指揮OEK+KBによる第9のときも組み合わせがこのレオノーレ第3番でしたが,その時のようなドラマティックな演奏の方が,実演としては面白い気がしました(また,この時は,前半さらにもう1曲演奏されました。)。

休憩の後,第9となりました。この日のオーケストラの楽器の配置ですが,いつもどおりの古典的な対向配置で,コントラバスが下手奥,その線対称の位置にトランペットやトロンボーンが並んでしました。

      合唱女 合唱男 合唱女
         S  A  T  Br
           Cl  Fg
       Hrn  Fl  Ob  Timp  Tb
      Cb   Vc    Va   Tp
        Vn1   指揮者 Vn2   Perc

演奏の方ですが,ここでも,弦楽器はノンヴィブラートで演奏し,透明で室内楽的な響きを作っていました。ところどころ,おやっと思わせる管楽器の音や内声部が浮き出てくる部分があるのも特徴的でした。第9では,このことが特に徹底していたと思います。

第1楽章は,細部に至るまで磨かれた演奏でした。停滞するところのない速目のテンポと,すっきりと垢を落としたような透明感のある響きが印象的でした。曲の素材となっているようなモチーフを,各楽器が積み重ねていくような部分で,木管楽器などの音が鮮やかに浮き上がってくるのも見事でした。弦楽器が単純な音型を刻むような部分も多いのですが,その刻み方も大変精緻でした。

この日は,弦楽器の人数は各パート2名ずつぐらい増強していましたが,重苦しさはなく,要所で要所で出て来るティンパニの弾むようなリズムと共に,躍動感のある演奏となっていました。この日のティンパニは,すっかりお馴染みとなった菅原淳さんが担当していましたが,クライマックス部分での迫力のある強打は相変わらずで,「待ってました」と歌舞伎のように声を掛けたくなるような演奏でした。

第2楽章もまた,菅原さんのティンパニが大活躍でした。非常に躍動感のある演奏で,スポーティな軽快さに満ちた演奏でした。金聖響さんは,今年,ブラームスの交響曲全集も完成させたばかりですが,その締めくくりに発売された第4番のスケルツォ楽章の一気呵成の雰囲気を彷彿とさせてくれるような鮮やかな演奏でした。トリオの部分では,オーボエ,フルート,ホルンといった楽器のソロが出てきますが,いずれも大変スマートでした。

第3楽章は,通常よく聞かれる演奏よりもかなり速目のテンポ設定でした。透明な弦楽器の響きは同様でしたが,天国的な気分の中で目を閉じて陶酔するというよりは,清冽な光が降り注ぐ中を静かに歩んで行くような雰囲気があると思いました。

この楽章では,途中,ホルンがソロで音階のようなメロディを演奏する箇所が印象的です。惜しいところで,ミスをしていた部分があったのですが,楽章の流れを変える,鮮やかさがあり,その後の音楽の流れをさらに清々しいものにしていました。今回のホルンの演奏ですが,この楽章以外でも,日頃聞きなれないような変わった音を多用しており,不思議な存在感をアピールしていました。

この第3楽章までは,速いテンポを基調として,すっきりとした古典派交響曲としての形と躍動感を聞かせてくれたと思います。その分,「威厳のある大交響曲」という演奏とはちょっと違うものになっていたと思います。

第3楽章の後のインターバルで,ソリスト4人と打楽器奏者3名が袖から入ってきました。第3楽章と第4楽章をアタッカで続けて演奏する場合は,第2楽章の後に入れることもありますが,第3楽章までと第4楽章とを別の次元の音楽と考えて,ここで大きな間を取ったのかもしれません。

第4楽章の嵐のような冒頭部ですが,弦楽器がノンヴィブラートだったせいか,いつも聞きなれた演奏とはかなり違った風に響いていました。チェロとコントラバスが合奏でレチタティーヴォ風に演奏する部分も,力こぶを作るような力みはなく,妙にすっきりとした感じでした。その後に続く演奏も,「おや」っという瞬間の連続でした。

これは,推測なのですが,金聖響さんとしては,フルトヴェングラーとかバーンスタインのような,「感動した!」というタイプの演奏と敢えて正反対の方向を目指していたのだとと思います(この辺については,金聖響,玉木正之著『ベートーヴェンの交響曲』(講談社現代新書)の第九の章が参考になります)。例えば,フルトヴェングラーの有名な録音では,「...vor Gott!」という合唱の後,ものすごく長い間を入れているのですが,この日の演奏では,この間が全くありませんでした。間髪入れずという感じでした。その他の”間”(慣例的な”間”で,実は譜面にはないのかもしれませんが)も全部短めで,さすがに慌しいかな,という気はしたのですが,第9が作曲された頃の「フランス革命〜ナポレオン〜ナポレオン後の激動の時代」といったムードには相応しい気もしました。楽章の最後もフルトヴェングラー盤は,もの凄いアッチェレランドをかけますが,この日の演奏では,それほど熱狂的にはならず,余裕たっぷりにバチっと締めてきました。この辺の解釈については,好みが分かれたと思います。

4人のソリストの中では,森麻季さんと押見朋子さんの女声2人の声がとてもしっとりとしており,特に気に入りました。森さんの声は,それほど大きいはないのですが,すっと浮き上がってくる透明な浮遊感があり,押見さんの声には大らかな包容力のようなものを感じました。バリトンの黒田博さんの声は,明るく朗々としたもので,かっぷくの良さがありました。テノールの吉田浩之さんの声は,軍楽隊風になるソロの部分では,やんちゃな少年を思わせるような独特のインパクトの強さを感じましたが,その分,重唱の部分になると,ちょっとバランスが悪いような気がしました。

合唱団は,大阪フィルハーモニー合唱団の皆さんでした。70名ほどの編成でしたが,こちらも熱狂的に盛り上がるというよりは,美しい響きをしっかり聞かせてくれるような歌唱でした。ただし,この公演の1週間ほど前,北陸聖歌合唱団120名による「メサイア」の大合唱を聞いたばかりなので,ちょっと抑え気味かなという気はしました。

このように,全曲を通してみると,金聖響さんらしさ満載の演奏だったと思います。恐らく,CD録音としてはうまく収録されていると思います。ただし,ライブとして聞いた場合,少々違和感を感じたり,ちょっと物足りなさの残る部分があった気がします(個人的には,もう少しフルトヴェングラー的な要素がある方が自然かなという気がします。)。金聖響さんとOEKは,この公演の翌日,同じメンバーで大阪公演も行いますが,来年2月に石川県の白山市で,OEK及び地元の合唱団とでこの第9を歌う予定もあります。この際,今回の演奏との聞き比べを行ってみたくなりました。都合がつけば,聞きに行ってみようと思います。

これで金聖響さんは,ベートーヴェンの交響曲全集を完成させたことになります。この協力関係を今後も続けましょう!ということで,今回,アーティスティック・パートナーに就任されましたが,今度は,どういうレパートリーに挑んでいくのでしょうか?今後の聖響×OEKに大いに注目したいと思います。
(2009/12/13)

関連写真集

公演の立看です。


OEKアーティスティック・パートナーへの就任を知らせるポスターも掲示させていました。


文化予算削減に反対するための署名をホール内で行っていました。全国分をOEK事務局が取りまとめ,文部科学省に提出するとのことです。


金聖響さんのサイン会を行っていました。今回は,「ベートーヴェンの交響曲」の標題紙に書いていただきました。漢字のサインを頂いたのは初めてかもしれません。

隣に写っているのは,続編の「ロマン派の交響曲」です。今後は,この中から新しいレパートリーが生まれるのでしょうか?


来年2月14日に白山市誕生5周年を祝っての第9公演が行われます。そのチラシです。