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ミステリアス・メンデルスゾーン第2夜:コンサート
2009/12/15 石川県立音楽堂コンサートホール
1)メンデルスゾーン/前奏曲とフーガop.37
2)メンデルスゾーン/恋する女の手紙op.86-3
3)メンデルスゾーン/歌の翼にop.34-2
4)メンデルスゾーン/ピアノ三重奏曲第1番ニ短調op.49
5)メンデルスゾーン/序曲「フィンガルの洞窟」ロ短調,op.26
6)メンデルスゾーン/交響曲第4番イ長調,op.90「イタリア」
7)メンデルスゾーン/交響曲第4番イ長調,op.90「イタリア」〜第4楽章
●演奏
クルト・マズア*6-7;井上道義*5指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:マイケル・ダウス)
黒瀬恵(オルガン*1),木村綾子(ソプラノ*2,3),若林顕(ピアノ*2-4)
マイケル・ダウス(ヴァイオリン*4),ルドヴィート・カンタ(チェロ*4)
プレトーク:マズア偕子(フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ基金理事)
Review by 管理人hs  

ミステリアス・メンデルスゾーンの第2夜は,前半がオルガンと声楽と室内楽,後半が管弦楽ということで,メンデルスゾーンの作ったいろいろなタイプの音楽を多面的に楽しむ演奏会となりました。

この日のお楽しみは,何と言ってもオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と初共演となるクルト・マズアさん指揮による「イタリア」交響曲でした。この日は,当初の予定から変更になり,開演前に座席引き換えを行う形で,自分の好みの場所を選べなかったのですが,結果的になかなか面白い座席が当たりました。指揮者のすぐそばで,あたかも自分がオーケストラを指揮しているような気分に浸ることができました。

マズアさんの指揮ぶりは,ベテランらしく余分な動作はありませんでした。テンポの変化も少なかったのですが指揮者としての長いキャリアがにじみ出てくるような,自然な立派さが曲に備わっていました。マズアさんは,非常に長身の堂々とした体格の方で,見るからに立派な方です。例えば,政治家になったとしても,宗教家になったとしても,成功されていたと思います。マズアさんが,どこに居てもそこが世界の中心になってしまうような,存在感があります。

そういったことが音楽に反映しており,常にピンと背筋を伸ばしたような骨のある音楽になっていました。第1楽章などは,テンポがかなり遅く,一般的な「イタリア=明るい,元気」というムードではありませんでしたが,音楽が進むにつれて,音が愚直なほどしっかりと積み重なっていき,建築物のように感じられてきます。こういう表現は,あまりよくないのですが「さすが本場ドイツの指揮者」といった統率力の強さを感じさせる演奏だったと思います。

OEKの反応も素晴らしく,楽章を負うごとに躍動感も増してくるようでした。第2楽章では,流れ過ぎないインテンポだったのですが,第3楽章になると,音楽にゆらぎが出てきて,すっと風が流れ込むような感じになりました。この楽章のトリオでは,管楽器が活躍しますが,音のバランスが素晴らしく,アンサンブルの魅力を楽しませてくれました。第4楽章のサルタレロは,手綱をぎゅっと引き締め,速いけれども余裕を感じさせてくれる力強い音楽を聞かせてくれました。

マズアさん自身は,暗譜で指揮されていましたが,演奏後,ヴァイオリン奏者の楽譜を持ち上げメンデルスゾーンを讃えていました。メンデルスゾーンの作品を楽しむイベントの最後に相応しい光景でした。

拍手に応え,アンコールで「イタリア」交響曲の最終楽章が再度ビシっと演奏されました。マズアさんは,82歳ということですが,今後も機会があれば,OEKの指揮台に登場して頂きたいと思います。

後半では,井上道義さん指揮によって「フィンガルの洞窟」も演奏されましたが,これもまた素晴らしい演奏でした。井上さんの指揮をこれだけ近くで見たのは初めてだったのですが,オーケストラの発するエネルギーと指揮者のエネルギーがぶつかり合い,結果として井上さんの方に動いている様子がよく分かりました。間近だと,各楽器の音の立ち上がりや音量の変化もはっきりと分かりました。後半の聞きもののクラリネット独奏は,木藤さんが担当されていましたが,この部分もとてもくっきりと聞こえてきました。

「音楽を作る」ことは,物理的な音の流れをコントロールすることなのだと改めて実感させてくれました。演奏全体としては,大変じっくりと丁寧に演奏されており,ロマンティックな気分に満ちていました。柔らかな表情の微妙な変化も美しく,非常にメンデルスゾーンらしい演奏だったと思います。

前半は,マズアさんの奥さんのマズア偕子さんによるプレトークの後,黒瀬恵さんのオルガン独奏が始まりました。一瞬,「トラブル発生?」という状況になったのですが,すぐに解決し,演奏が始まりました。前奏曲とフーガは,初めて聞く作品でしたが,その名のとおり,バッハの影響を感じさせる曲でした。メンデルスゾーンの1つの側面を見せてくれる曲で,こういうイベントならではの選曲でした。

その後,昨日に続いて木村綾子さんが登場し,歌曲が歌われました。「恋する女の手紙」という曲は,歌詞内容も知りたいところでしたが,ほの暗い甘さのある曲で,シューベルトの歌曲と通じる時代の空気を感じさせてくれました。その後,昨日に続いて「歌の翼に」が演奏されました。これは,プログラムにも館内の掲示にも書いてなかったので,急遽加えられたのだと思いますが,2番を日本語で歌うなど,アイデアの凝らされた演奏でした。

前半の最後は,マイケル・ダウスさん,ルドヴィート・カンタさん,若林顕さんによってピアノ三重奏曲第1番が演奏されました。この曲は,メンデルスゾーンの室内楽作品の中では特に有名な曲ですが,私自身,実演で聞くのは,今回が初めてでした。暗い表情を持った作品ですが,シリアス過ぎることはなく,メンデルスゾーンの音楽の持つ品の良いロマンが過不足表現されており,大変聞き応えがありました。

相変わらずクリーミーな美しい音を聞かせれくれたカンタさんのチェロ,品の良さを感じさせてくれるダウスさんのヴァイオリンと紳士2人による二重ソナタのような雰囲気もあり,第1楽章や最終楽章の盛り上がりも聞き応えがありました。今回のミステリアス・メンデルスゾーンの”影の主役”のようなところのあったピアノの若林さんですが,第2楽章の無言歌風の響き,第3楽章の名人芸など,要所要所で存在感を示していました。

演奏会の方は,昨日に続いて終演時刻が9:30頃になり,さすがに疲れましたが,メンデルスゾーンの音楽の魅力に触れることのできた2日間でした。メンデルスゾーンは,来年のラ・フォル・ジュルネ金沢のテーマにも関連しますので,これを縁にライプツィヒ市と金沢市の交流を深めていって欲しいものです。

PS.この日のお客さんですが,いつもの定期公演とはかなり雰囲気が違いました。私の周りにも,途中でガサガサ物音を立てる人,いびきをかいて寝る人が居ましたが,気になったのが,楽章の途中で律儀に拍手を入れる人が多かった点です。終演後の井上さんトークの中でフォローされていましたが,ちょっと気になってしまいました。
(2009/12/19)