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金沢大学フィルハーモニー管弦楽団第70回定期演奏会
2009/12/26 石川県立音楽堂コンサートホール
ベートーヴェン/歌劇「フィデリオ」序曲
ドリーブ/バレエ音楽「シルヴィア」組曲
マーラー/交響曲第1番ニ長調「巨人」
●演奏
金洪才指揮金沢大学フィルハーモニー管弦楽団

Review by 管理人hs  

2009年も沢山の演奏会に行きましたが,その”締め”に出かけたのが金沢大学フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会でした。金大フィルは,毎年,1月中旬にの定期公演を行っていたのですが,今年は12月末に行われました。私の記憶の限りでは初めてのケースです。今後もこの時期に行うことになるのかどうかは分かりませんが,例年以上に大勢のお客さんが入っていました。

今回の定期公演ですが,記念すべき70回目でした(1950年が第1回なので,年2回以上行っていた年があることになります)。その記念の意味もあるのか,今回は,マーラーの交響曲第1番「巨人」という大曲が演奏されました。実は,私自身,金大フィルの「巨人」を聞くのは2回目のことです(調べてみると,前回は1983年1月の第43回定期演奏会で,堤俊作さん指揮でした)。この演奏会は,私自身のコンサート通いの原点となったもので,今でもエンディングの大太鼓の低音の迫力に圧倒された印象が残っています。

この「巨人」に先立ち,前半に2曲演奏されました。まず,ベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」序曲が演奏されました。曲の冒頭から弦楽器を中心に響きに密度の高さがあり,ベートーヴェンらしい雄渾さがありました。続いて出て来るホルンが演奏する「聞き所」については,もう少し力強さがあっても良いかなと思いましたが,きっちりと聞かせてくれました。曲の最後の追い込みの部分には,畳み掛けるようなビート感があり,がっちりとまとまった,質実剛健さを感じさせてくれました。

2曲目のドリーブのバレエ組曲「シルヴィア」は,聞いてみると,「この曲か」と思い出させてくれるような作品です。過去,金大フィルでもサマー・コンサートで何回か取り上げていた記憶があります。今回は,4曲が演奏されましたが(プログラムの解説では6曲となっていましたが,実質的には4曲だったと思います),どれも大変親しみやすい曲でした。

第1曲では,前奏曲に続いて,ホルンが演奏するメロディがワーグナーの楽劇に出て来そうなライトモチーフ風で,笑ってしまうぐらいでしたが,この部分を中心に大変気持ちの良い演奏でした。2曲目はいかにもバレエ音楽的な軽やかな上品さのある曲でした。この日の弦楽セクションは,大変素晴らしかったと思いますが,この楽章でも冴えていました。3曲目の「ピツィカート」もどこかで聞いたことのある曲です。ユーモラスな味を感じさせてくれるような演奏でした。第4曲は,冒頭で聞こえてくるファンファーレに,ビゼーの歌劇「カルメン」の「衛兵の交代」の部分と似た感じがあり,フランス音楽らしい明るさがありました。大変,鮮やかな演奏でした。

今回選ばれた4曲ですが,第4曲の最後で第1曲冒頭のメロディが再現していましたので,こうやって並べてみると,ちょっとした交響曲のようなまとまりの良さがありました。選曲がとても良かったと思います。

後半の「巨人」は,若い人たちが演奏するのにぴったりの曲です。金大フィルが演奏するのは,第60回定期公演以来10年ぶりのことですが(この時は今は亡き佐藤功太郎さんの指揮でした),今回もまた金洪才さん指揮の下で,清々しい演奏を聞かせてくれました。

この曲の第1楽章の出だしは,非常にデリケートな弦楽器の音で始まりますが,前半同様,ここでも弦楽セクションが見事でした。管楽器が絡んでくると,さすが粗が目立つ部分はありましたが,それでも生々しい音の交錯は実演ならではです。ちなみにこの部分では,本来は,トランペットの別働舞台が舞台裏で演奏することになっていると思うのですが,今回はすべて舞台上で演奏していたようでした。

主部は軽快で,大変若々しい感じでした。指揮の金洪才さんは,過去金大フィルに何回も客演されていますが,学生オーケストラから無理なく音を引き出すツボを心得ているような気がします。奇をてらったところのない,誠実さのある音楽が続きました。呈示部の繰り返しを行った後,展開部に入りますが,ここではハープの音(地元の稗島律子さんが客演されていました)に「嵐の前の静けさ」を感じさせるような神秘的な気分がありました。

この「巨人」に関しては,「ホルンが肝」という部分があるので,楽章終盤部では,もう一がんばりして欲しい部分もありましたが,それでも,楽章の最後の方で一気に目覚めたようにユニゾンで演奏する見せ場はバッチリ決まっていました。この部分を中心に,コーダの部分の響きは大変充実していました。

第2楽章も大変率直で,軽快な演奏でした。途中に出て来るミュートを掛けたホルンのベルアップの部分もしっかり決まっていました。第3楽章は,コントラバス独奏で始まります。今回のソロは大変美しい音でしかも味わい深さもありました。演奏後,金さんが真っ先に首席コントラバス奏者を讃えていましたが,そのとおりの演奏だったと思います。

ちなみに第3楽章の主題の元になっている民謡「フレールジャック」について,プログラムの中では,「グーチョキパーで何作ろう〜」のメロディを短調にしたものと書かれていましたが,この辺はやはり若い世代だな,と思いました。私が子供の頃には,「グーチョキパーで」の曲は無かったのですが,私の子供が保育園に行っていた時代になると,確かにこの曲に合わせて手遊びをしていました。恐らく「フレールジャック」と書くよりもピンと来るのだと思います。

この第3楽章ですが,続くオーボエのソロや,中間部での弦楽合奏もしっかりと決まっていました。特に中間部で,静かにたっぷりとテンポを落として気分の変化を明確に付けていたのが印象的で,大変聞き応えがありました。

第4楽章の冒頭は,何回聞いても鮮烈です。吊るしシンバルをバチ2本で気合の一撃という感じで思い切り叩いていたのが大変気持ち良さそうでした。生でオーケストラを聞く楽しみを味わえる部分です。これまでの楽章同様,全体に颯爽とした気分があり,ティンパニ2台を含む打楽器パート,伸びやかな音を聞かせてくれた金管パートなど,大変充実した響きを楽しませてくれました。

この楽章の途中で,「マーラー節」といっても良いような息の長い甘いメロディが弦楽器に出てきます。この部分も清々しく聞かせてくれました。プログラム中に「ヴィオラの見せ場(結構珍しい?)」として書かれていた,警告するように演奏される「ファソラ」の音もピタリと揃っており,大変鮮やかでした。

コーダでは,ホルン・パートが全員起立で力強く演奏し,曲のイメージに相応しい「青春だ!」という雰囲気を視覚面でもしっかり伝えてくれました。エンディングの部分は,あまりもったいぶるような感じはなく,比較的あっさりしていましたが,大太鼓の連打をはじめとした打楽器の活躍が目覚しく,充実した響きの中で全曲が締められました。

今年の11月末には,オーケストラ・アンサンブル金沢と新日本フィルの合同演奏でマーラーの交響曲第3番を聞いたばかりだったのですが,その1ヶ月後にまた別のマーラーの曲を聞けるというのも金沢では珍しいことです。今年の演奏会通いは,これでおしまいにする予定ですが,来年は,マーラーの交響曲(できれば後期の交響曲あたり)を聞けないかな,と期待しているところです。今年の8月末の指揮者講習会で,金大フィルと井上道義さんとのつながりも大きくなったと思いますので,将来的には合同公演で取り上げるということも考えられるかもしれませんね。いずれにしても,定期公演70回の節目に相応しい演奏会だったと思います。

PS.今回は,子供と一緒に聞きに行ったのですが,長い「巨人」もまったく退屈せずに聞いていました。実は,子供の方は,吹奏楽で打楽器を担当しているのですが,そういう目で見ると「巨人」も「シルヴィア」も打楽器が大活躍する曲だと分かりました。特に「シルヴィア」の終曲などは,演奏時間的にも吹奏楽の演奏会でやっても面白い気がしました。というわけで,今回は,ついつい子供の気持ちになって,打楽器ばかり見てしまいました。オーケストラの曲というのは,編成が大きい分,いろいろな視点から鑑賞できるのだなぁということを再認識した次第です。
(2009/12/29)

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演奏会のパンフレットとチケットの半券です。雷がデザインされていましたが,「冬の金沢」の名物でもあるので,そういう点でもぴったりでした。