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オーケストラ・アンサンブル金沢第274回定期公演PH
2010/01/07 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ショスタコーヴィチ/ステージ・オーケストラのための組曲(旧称:ジャズ組曲第2番)〜第1ダンス
2)シュトルツ/プラター公園は花ざかり,op.247
3)ショスタコーヴィチ/ステージ・オーケストラのための組曲〜リリック・ワルツ
4)シュトラウス,J.II/喜歌劇「ヴェネチアの一夜」〜心から挨拶を贈ろう
5)オッフェンバック/歌劇「ホフマン物語」〜ホフマンの舟歌
6)ジーツィンスキー/ウィーン,わが夢の街
7)バッハ,J.S./2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調,BWV1043〜第2楽章
8)シュトラウス,J.II/アンネン・ポルカ
9)シュトラウス,J.II/喜歌劇「ヴェネチアの一夜」〜アンネンポルカ
10)シュトラウス,J.II/喜歌劇「こうもり」〜ブドウの炎の流れの中に(シャンパンの歌)
11)シュトラウス,J.II/無窮動(常動曲)
12)レハール/喜歌劇「ほほえみの国」〜 私たちの心にだれかが恋を沈めたのか
13)スッペ/喜歌劇「美しいガラテア」序曲
14)レハール/喜歌劇「ほほえみの国」〜君はわが心のすべて
15)レハール/喜歌劇「ジュディッタ」〜私の唇にあなたは熱いキスをした
16)チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調「悲愴」〜第2楽章
17)カールマン/喜歌劇「チャールダーシュの女王」〜 踊りたい!
18)(アンコール)シュトラウス,J.II/美しく青きドナウ
19)(アンコール)レハール/喜歌劇「メリー・ウィドウ」〜唇は語らずとも(メリー・ウィドウ・ワルツ)
●演奏
井上道義指揮*1-6,8-19オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:マイケル・ダウス),マイケル・ダウス,江原千絵(ヴァイオリン*7)
メラニー・ホリデイ(ソプラノ*2,6,9,10,12,15,17,19),ズリンコ・ソチョ(テノール*4,6,10,1214,19)

Review by 管理人hs  

2010年のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の公演は,井上道義音楽監督の指揮のニューイヤー・コンサートで開幕しました。昨年は,ベートーヴェンの大曲2曲でしたが,今回は従来の路線に戻り,ソプラノのメラニー・ホリデイさんと,テノールのズリンコ・ソチョさんをゲストに迎え,ウィーンの音楽を主体とした親しみやすい曲の楽しいパフォーマンスを楽しませてくれました。

この日のステージの前方には,ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを思わせるような上品な花が飾られ,音楽堂のレシェプショニストの皆さんも着物で着飾っていました。音楽だけではなく,会場全体の雰囲気にも,新年らしい華やかさが漂っていました。

ただし,ショスタコーヴィチやチャイコフスキーの音楽がさり気なく紛れ込んでいるあたりが,井上道義さんらしいところで,ミッキー&OEKならではの,一ひねりある選曲となっていました。

最初に演奏されたショスタコーヴィチのステージ・オーケストラの組曲(一般的には,「ジャズ組曲第2番」と呼ばれている曲です)の中の第1ダンスは,開幕に相応しい華やかな曲です。以前,小曽根真さんが登場したファンタジー定期公演でこの曲が演奏されたことがありますが,井上さんのお気に入りの作品なのでしょう。

行進曲風に一気に駆け抜けるような曲で,袖からスポットライトを浴びて登場した井上さんの気合と鼻息(?)が聞こえてくるような熱演でした。少々テンポが速すぎて,打楽器の演奏が大変そうでしたが,その分,スリリングで非常に生々しい演奏になっていました。ピアノやサクソフォンが加わっている辺りも”ちょっとジャズ・バンド”的で(田島睦子さん,作田聖美さんなど金沢出身の奏者がエキストラで参加していました),独特のサウンドを作っていました。

演奏が終わった後,団員が声を揃えて「おめでとう!」と新年のご挨拶。こういう趣向も気分が盛り上がるので良いですね。その後は,井上さんのトークを交えて進みました。今回の井上さんは,いつもにも増して”舌好調”でサービス精神に溢れていました。OEKファンとしては頼もしい限りです。

続いて,OEKのニューイヤーコンサートに登場するのが3回目となるお馴染みのメラニー・ホリディさんが登場しました。鮮やかなピンクのドレスを着たホリデーさんが登場すると,会場がさらに明るくなりました。井上さんといい,ホリディさんといい,こういう華やかなステージがぴったり来ます。お得意のウィーンの小唄をゆったりと聞かせてくれましたが(途中,日本語で一部歌っていました。),「様になる」という表現がぴったりのステージでした。

次に,再度,ショスタコーヴィチのステージ・オーケストラの組曲の中からリリック・ワルツが演奏されました。後からプログラムを振り返って気づいたのですが,今回「ワルツ」と名前の入った曲は実はこの曲だけでした。ニューイヤー・コンサートと言えば,ワルツという印象があるので少々意外でしたが(その分,アンコールがワルツ2曲でしたが),これもまた井上さんらしさだと思います。

この曲は,「ベタな演歌風ワルツ」で,素直に聞くよりは,その芝居がかった臭さを楽しむ方が洒落ているといった曲です。OEKの演奏もその辺を承知しており,ソロを担当したサクソフォン奏者2名立ち上がり,スポットライトが当たる中,メランコリックなメロディに合わせて揺れる,という「いかにも」というパフォーマンスを見せてくれました(立って演奏するのは,吹奏楽の演奏会などでもありそう)。

ちなみに,井上さんは,ラ・フォル・ジュルネの発祥地のナントで,”路上生活者”がサクソフォンでこのワルツのメロディを演奏するのを聞いたことがあるそうです。「思わず,チャリンと小銭をあげたくなる演奏だった」とのことでした。

続いて,もう1人のゲストのズリンコ・ソチョさんが登場しました。リリックで軽やかだけれども,押し出しの強さもある声を聞かせてくれる方で,オペレッタのアリアにぴったりの雰囲気を持った方でした。おなじみの「ホフマンの舟歌」がOEKのみで揺れるように演奏された後(前の曲とヴェネツィアつながりですね),ソチョさんとホリデイさんが登場し,ウィーンの小唄の定番の「ウィーン,わが夢の街」が歌われました。

このお2人ですが,寄り添う姿が実に様になります。その後の曲でも,社交ダンス(?)をするように,何回もくっついたり離れたりしていましたが,この辺の「レディ・ファーストです」「あらどうも」といった感じの堂々としたパフォーマンスは,やはりなかなか日本人には真似のできない部分だと感じました。

ホリディさんの方は,さすがに高音部になると苦しそうなでしたが(大きな声,ならぬ大きな文字では書けませんが,井上さんと「ほぼ同世代」とのことです),その歌の中には貫禄と同時に愛嬌と可愛らしさもあります。その辺が人気の秘密だと思います。

その後,小休止のような感じで,OEKのみでバッハの2つのヴァイオリンのための協奏曲の第2楽章が演奏されました。最初,プログラムの並びを見たとき,この曲だけ異質かな,と思ったのですが,素晴らしい選曲でした。指揮の井上さんも引っ込み,ステージの照明も少し暗くなり,OEKの弦楽メンバーだけで演奏されたのですが,井上さんのトークにあったとおり,「過ぎ去った昨年1年間の思い出などを繰りかえってみてください」という気分にぴったりのコーナーになっていました。華やかな曲が続く中で,かえって強い印象を残してくれました。

今回のソリストは,コンサートマスターのマイケル・ダウスさんと第2ヴァイオリンの首席奏者の江原千絵さんでした。このお2人の音が美しく絡み合っていました。この楽章は,まず,第2ヴァイオリンから演奏を始め,その後,第1ヴァイオリンが後を追いかけるのですが,今回,江原さんが第1ヴァイオリン側に立ち,ダウスさんが,第2ヴァイオリン側に立っていたのが面白いと思いました。男女が演奏すると,ちょっとストーリーをつけて聞いてみたくなるような曲です。

ちなみに,井上さんのトークの中で,「私が金沢に来たのは,金沢21世紀美術館の存在が大きいのですが...江原さんがいたからという理由もあります」と語っていました。もしかしたら,井上さんの頭の中には,「OEK=江原さん」という図式があり,頭が上がらないのでは?と勝手に邪推してしまうような楽しいトークでした。

再度,シュトラウスの曲に戻り,アンネン・ポルカが演奏されたのですが,プログラムとの記述とは違い,2回演奏されました。最初に通常のオーケストラのみバージョンで「とりすまして」演奏した後,続いて,「笑い上戸に絡まれた」ようなソプラノ付きバージョンが演奏されました。この酔っ払いバージョンは,喜歌劇「ヴェネツィアの一夜」の中で歌われるものですが,以前にも一度聞いたことがあるので,ホリデイさんの十八番なのでしょう。「笑いながら歌う」と言えば,植木等さんを思い出してしまうのですが(私だけ?),ホリデイさんの「笑い歌い」もそれに匹敵するものだと思います。

前半最後は,「酔っ払い」つながりで,喜歌劇「こうもり」の中のシャンパンの歌がお2人の歌を交えて演奏されました。今回は,ラデツキー行進曲が演奏されなかったのですが,その代わりにこの曲の最後の方で手拍子が加わり,華やかに締められました。

後半の最初は,軽快・明快に演奏されたシュトラウスの常動曲で始まりました(私にとっては,かつての音楽番組「オーケストラがやってきた」のテーマ曲としての方がお馴染みです。いまだに,途中,ホルンに出て来るメロディの部分になると「オーケストラがやってきた」と歌いたくなってしまいます。)。

この曲の締め方は,指揮者によって様々ですが,井上さんの場合は,演奏が最初に戻った後,袖にこっそりとひっこんで終わりとなりました。そのまま,メラニー・ホリディさんの手を取って,次の曲が始まりました。ホリデイさんの衣装ですが,前半のピンクから今度は金色のドレスに変わっていました。

後半のプログラムは,歌モノについては,レハールの作品が中心でした。レハールと言えば,何と言っても「メリー・ウィドウ」ですが,その響きの中にどこか世紀末的というか甘さの中にちょっと不健康な響きがあるのが魅力的です。ここで歌われた「ほほえみの国」の中の二重唱にもそういう味がありました。

スッペの「美しいガラテア」序曲は,ビシっと引き締まったギャロップ風の響きに続いて,いろいろと変化に富んだ曲想が次々出て来る曲でした。今回の演奏会では,もっともOEKらしさの出ていた演奏だったと思います。昨年4月の定期公演では,下野竜也さんの指揮でスッペの序曲集が演奏されましたが,OEK得意のレパートリーにしっかりと加わってきている感じです(トロンボーンなどを増強する必要はあるのですが)。

レハールの「ほほえみの国」の中の「君はわが心のすべて」では,ソチョさんの素晴らしいソロを楽しむことができました。歌詞の内容までは分からないのですが,二枚目風の甘くりりしい声をしっかり堪能しました。ホリディさんの方は,再度お色直しをし,今度は水色のドレスで登場しました。レハールの「ジュディッタ」は,カルメン風のオペレッタということで,ここでは,カスタネット,タンブリンといったラテン系の打楽器が刻むリズムの上に,エキゾティックな歌を聞かせてくれました。ここでは,お得意のダンスも披露してくれましたが,これも格好良く決まっていました。

次の曲は,チャイコフスキーの「悲愴」交響曲の第2楽章でした。ニューイヤー・コンサートで演奏されるのは,大変珍しい曲です。そもそもOEKぐらいの小編成でこの曲を演奏すること自体滅多にないことだと思います(OEKが演奏するのは2回目だと思いますが,前回はもっと人数を増強していた記憶があります)。そのせいもあるのか,ホルンなどの管楽器と弦楽器の音のバランスにちょっと不自然さ感じましたが,もともと,「5拍子のワルツ」という違和感を際立たせた曲なので,独特の個性と言うこともできそうです。第2楽章については,「悲愴」交響曲の他の楽章よりは,室内楽的な要素が強いので,そういう面でも,OEK向けの選曲だったと思います。

このちょっと悲しげな引っかかりのあるワルツを受けて,最後に対照的な華やかさを持ったカールマンの喜歌劇「チャールダーシュの女王」の中の二重唱が歌われました。今回は,いろいろなオペレッタの中のアリアや二重唱が7曲歌われたのですが,ホリデイさんとソチョさんによって歌だけに留まらない華やかなステージをたっぷり見せてもらったので,オペレッタ全曲を聞いたような充実感を感じました。

アンコールでは,新春恒例のワルツの定番,美しく青きドナウが演奏されました。ホルンがたっぷりと演奏する静かな序奏部でクシャミの音が入ったのはご愛嬌でしたが,やはり「ワルツの王」と言っても良い曲です。ちなみに,今回もコーダの部分は短めの版で演奏されていました。

アンコールの2曲目は,ホリデイさんとソチョさんを交えた「メリー・ウィドウ・ワルツ」でした。こちらの方は,「ワルツの女王」と言っても良いかもしれません。マイケル・ダウスさんのヴァイオリンをはじめとした室内楽風の伴奏との絡み合いなど,華やかな演奏会をしっとりと締めてくれました。その後,ラデツキー行進曲も演奏されるかな,という予想もしていたのですが,今回のように,ワルツで静かに締めるのも粋ですね。

演奏会後,ホリデイさんとソチョさんのサイン会が行われました。ホリディさんは,お客さんに向かって簡単な英語で話しかけまくっていたので,ちょっとした英会話教室のような雰囲気になっていました(ウィーンのイメージがあるので,ちょっと意外なのですが,ホリデイさんはアメリカ人なんですね)。OEKのニューイヤーコンサートは,例年通り全国ツァーとなります。ホリデイさん,ソチョさん,井上さんが絡み合う,楽しいステージの連続となることでしょう。

PS. この日は,お客さんに対して,茶房たろうさんから「特製どら焼き」のプレゼントがありました。このアイデアは素晴らしかったですね。贈る方からすると効果的な宣伝になるし,贈られる方は単純に嬉しいし,演奏会の雰囲気も盛り上がるし....「全部ハッピーのウィン・ウィン企画」には今後も期待したいと思います。

個人的には,アンコ系統が大好きなので,「OEKきんつば」辺りにも期待しています。「オーケストラ・アンサンブル金鍔」というネーミングでどうでしょうか?
帰り際に,着物を着たレシェプショニストの皆さんからもらいました。 OEKのいう文字とト音記号が入っています。 食べるのはもったいなかったのですが,しっかり頂きました。餡に工夫がしてある,非常に美味しいどら焼きでした。
(参考) 茶房たろうのサイト

(2010/01/09)

関連写真集

公演の立看と門松です。


入口の正月飾り。遠くに写っているのは...


井上道義さんでした。等身大よりも一回り大きい像でした。.音楽堂名物として玄関に置いておいても面白いかもしれないですね。


柱には,凧などの正月飾りが沢山飾られていました。


こちらもおなじみのOEK団員,事務局等の皆さんによる寄せ書きの立看です。..


今年は,ヤンキースからエンジェルスに移籍することになった松井秀喜選手へのメッセージの寄せ書きコーナーもありました。


ラ・フォル・ジュルネ金沢2010のポスターもいよいよ完成しました。カラフルな文字のデザインは,佐藤可士和さんによるものです。


音楽堂の廊下にあったOEKの写真です。いつの間にか,新しいものに代わっていました。半分絵のようなちょっと不思議な感じの写真です。

*サイン会もありました。

メラニー・ホリデイさんのサインです。


ズリンコ・ソチョさんのサインです。ソチョさんの声のように光り輝いています。