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ルドヴィート・カンタ ニューイヤーサロンコンサート:スラヴの風にのせて
2010/01/16 石川県立音楽堂交流ホール
1)スメタナ/我が故郷より:2つの二重奏曲
2)マルティヌー/ロッシーニの主題による変奏曲
3)久石譲/雨(La pioggia)
4)ハルヴォルセン/パッサカリア
5)ドヴォルジャーク/ピアノ三重奏曲第4番ホ短調「ドゥムキー」
6)(アンコール)ヘンデル/オラトリオ「マカベウスのユダ」〜見よ,勇者は帰る
7)(アンコール)モンティ/チャールダーシュ
●演奏
ルドヴィート・カンタ(チェロ*2-7),ヘンリ・タタル(ヴァイオリン*1,4-7),鶴見 彩(ピアノ*1-3,5,7)
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の首席チェロ奏者のルドヴィート・カンタさんは,OEKの中でも,もっとも積極的にソロ活動をされている方です。毎年必ずリサイタルを行っていますが,今年は,「ニューイヤーサロンコンサート」と題し,石川県立音楽堂交流ホールで演奏会が行われました。

カンタさんの演奏会は,「カンタさんを囲む会」というファン・クラブ主催ということもあり,いつも演奏会全体に手作り感とアットホームな雰囲気があります。今回は,特にその気分が伝わってきました。交流ホールは,通常のホールよりも,ステージと客席の距離が短い上,今回は,カンタさんと同じスロバキア出身で仙台フィルのヴァイオリン奏者として活躍されているヘンリ・タタルさんを加えての室内楽がプログラムの中心だったこともあり,「見るからに意気投合」という演奏を聞かせてくれました(ヘンリ・タタルさんの奥様は日本人とのことです。その点でもカンタさんと共通していますね。)。

演奏会全体としては,「サロンコンサート」という名前に相応しい,親密な雰囲気があったのですが,プログラミングの方は,非常に意欲的なもので,気楽さだけではなく,充実した気分も味わうことができました。

前半は,ヴァイオリンとピアノ,チェロとピアノ,ヴァイオリンとチェロ,という3通りの組み合わせによって,スメタナ,マルティヌー,ハルヴォルセンといったスラヴ〜北欧の作曲家によるちょっとマイナーな曲を中心に演奏されました。どの曲も大変聞きやすい曲で,「知られざる佳曲」の発掘特集といった趣きもありました。

最初に,タタルさんと,ピアノの鶴見彩さんの共演で,スメタナの「我が故郷より」が演奏されました。まず,タタルさんの少し甘さのある暖かみのある音を聞いた瞬間,カンタさんと共通する雰囲気があるなぁと感じました。初めて聞く曲なのに,どこかで聞いたことがあるような懐かしさを感じたのですが,これはタタルさんの音色によるのかもしれません。2曲目の方は,途中からアップテンポになりました。どちらも故郷に対する秘めた熱さを感じさせてくれるような演奏でした。

2曲目は,カンタさんと鶴見さんのデュオによる,マルティヌーの「ロッシーニの主題による変奏曲」でした。この曲も初めて聞く曲でしたが,こちらの方は,「ロッシーニの主題」の方に聞き覚えがありました。軽快に鼻歌交じりに歌うようなメロディですが,その後に続く変奏もまた,楽しいものでした。マルティヌーといえば,ボヘミア生まれという印象があったので少々意外だったのですが,ジャズにも通じるような軽妙なユーモアと現代性を感じさせてくれました。

続く,久石譲作曲の「雨(La pioggia)」は,「スラブの風」というサブタイトルからは外れる作品でしたが,今回の演奏会での最大の収穫の一つでした。久石さんは,映画やドラマ音楽の作曲家として,現代の日本の作曲家の中で最も人気のある方の1人だと思いますが,カンタさんのために編曲されたこの曲も,その本領を発揮した美しい作品でした。

もともとはチェロ・アンサンブルのための作品とのことですが,その後,カンタさんのために久石さんがチェロとピアノ用に楽譜を書き直してくれた曲とのことです。カンタさんお得意のデリケートな弱音,人の声を思わせるしなやかでちょっとすすり泣くような甘い歌など,カンタさんの魅力を存分に感じさせてくれる曲でした。連続ドラマのテーマ曲などに使えば,大ヒットしそうな感じの曲です(もともと,映画「時雨の記」のテーマ曲なので当然ですが)。是非,カンタさんの演奏のCD化も期待したいと思います。

前半最後は,ノルウェーのハルヴォルセンによるパッサカリアという曲でした。この曲は,ヘンデルのチェンバロ組曲の終楽章による変奏曲で,カンタさんとタタルさんのデュオで演奏されました。北欧と言えば,涼しげな先入観を持ってしまうのですが,どこか熱さを持った演奏で,バロック音楽が新しくリフォームされたような面白さがありました。

チェロの場合,「誰でも知っている曲」と限ってしまうと,かなりレパートリーは限られてしまいますので,これからも,前半で演奏されたような「知られざる佳曲」の発掘と紹介を続けていって欲しいと思います。

後半は,ドヴォルザークのピアノ三重奏曲「ドゥムキー」が演奏されました。カンタさんは,このところ,ピアノ三重奏に力を入れられているようで,去年の3月には,チャイコフスキーのピアノ三重奏曲の大曲「偉大な芸術家の思い出に」をマイケル・ダウスさん,鶴見彩さんと共に演奏しています。今回の「ドゥムキー」は,同じスラブ系のピアノ三重奏ということで,その続編と言えそうです。

この曲はソナタ形式の楽章が無く,ドゥムカというスラヴ系の民謡風の楽章が6つ続く独特の構成を持った作品です。テンポの遅いエレジー風の部分とテンポ・アップする部分が交錯するのですが,特にエレジー風の部分でのたっぷりとした,濃い歌いっぷりが見事でした。カンタさんの音にもタタルさんの音にも,ちょっとくすんだような憂いがあり,曲のイメージにぴったりでした。

テンポの速い部分は,それほどダイレクトに熱くなる感じはなく,余裕を感じさせてくれました。弦楽器のお2人に比べると,鶴見さんのピアノは,比較的おとなしい感じで,演奏全体としても,もう少し,躍動感があっても良いかなとも思ったのですが,ラプソディックな自在さと変化に富んだ演奏は,やはり,曲のイメージに合っていると思いました。

上述のとおり,タタルさんとカンタさんの演奏には,音色的にも表現的にも共通する雰囲気があります。決して派手ではないけれども,「ドゥムキー」のような「お国もの」となると,自然に濃い表現がにじみ出てくるようなところがあります。文字通り「スラヴの風」を感じさせてくれるような演奏だったと思います。

アンコールでは,まず,ヘンデルの「見よ,勇者は帰る」がヴァイオリンとチェロの二重奏で演奏されました(この曲について,何か説明があったのですが...残念ながらよく聞き取れませんでした)。この曲はとても短かったので,もう1曲,モンティのチャールダーシュが演奏されました。

カンタさんがこの曲を演奏するのを何回か聞いたことがあるのですが,今回の演奏もまた楽しい演奏でした。演奏前に「日本人は練習好きデス。スロバキア人は,嫌いデス」(「のだめ」風に書いてみました)とタタルさんが語っていたとおり,この曲については,ほとんど練習なしで演奏していたようで,実にスリリングでした。ピアノの序奏の後も,チェロが出て来るのかヴァイオリンが出て来るのか,打ち合わせをしていなかったようで,ギリギリまで分からなかったのですが,その後もカンタさんとタタルさんがソロ・パートを奪い合う(?)ような感じで進んでいきました。

途中,カンタさんがハーモニクスで高音を演奏する部分では,タタルさんが即興的に口笛でオブリガードを付けていました。これがまた,チェロの音とぴったりのセンスの良さで,お見事でした。洒落っ気と即興性に溢れた演奏で,お客さんは大喜び,というアンコールでした。

このように,今回の演奏会は,タタルさんとカンタさんがすっかり意気投合して伸び伸びと演奏し,鶴見さんがしっかりと締めてくれる,といった雰囲気のある演奏会でした。今後も是非このトリオで活躍をして欲しいと思います。取りあえず,次回は仙台公演でしょうか。その後は,再度,金沢公演に期待したいと思います。

PS.今回の会場アナウンスは,カンタさんの娘さんが担当していたようです。これも微笑ましかったですね。

PS.この日,石川県立音楽堂では,16:00から茂木大輔さん指揮のOEK等によって「のだめカンタービレの音楽会」が行われていました。ほとんどの時間帯がこの公演とダブっていたのですが,こちらもなかなか楽しそうな演奏会だったようですね。

演奏会前,コンサートホール前まで,ちょっと偵察(?)に行って来たのです,「いかにも買いたくなる」ようなグッズを沢山売っていました。次のような感じでした。
コンサートのポスターとラ・フォル・ジュルネ金沢のロゴです。 コンサートホール前の光景です。コンサートホールでは,既に演奏会が始まっており,お客さんはいませんでしたが,沢山のグッズ・本・CDを販売していました。サイン会もあったようです。ホールからは,ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ「春」が聞こえていました。
年末から上演されている映画「のだめカンタービレ最終章前編」のポスターです。 我が家でも映画の方は見て来ました。ミスター・ドーナツのパッケージも「のだめ」バージョンでした。その他,CDショップにあったチラシも「のだめ」だらけでした。
(2010/01/20)

関連写真集

公演のポスターです。井上道義さんが背後から見守っています。


今回は交流ホール上部の窓からのぞき込めたので,「のだめ」コンサートが終わった人たちも眺めていました。


演奏会場の後方のスペースでは,カンタさんの写真展も行っていました。CDジャケットにも使われている写真も展示されていました。技を凝らした,まさにアートという感じの写真ばかりでした。


翌日のエキコン金沢のポスターです。今回は金沢大学合唱団が登場しました。


もてなしドームの屋根です。この屋根雪の不思議な模様も金沢の冬の風物詩になってきました。


この日は,センター試験でした。金沢大学と金沢駅の間に臨時バスが沢山走っていました。


ラ・フォル・ジュルネ金沢のPRも本格化してきました。ショパンのイラストも良いですが,カラフルで軽やかな文字も春らしくて良いですね。