OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢第275回定期公演M
2009/01/24 石川県立音楽堂コンサートホール
バッハ,J.S./ミサ曲ロ短調,BWV232
●演奏
ヘルムート・リリング指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
独唱:佐竹由美(ソプラノ),沓沢ひとみ(ソプラノ),永島陽子(アルト),鈴木准(テノール),浦野智行(バス)
合唱:オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団(合唱指揮:佐々木正利)
プレトーク:響敏也

Review by 管理人hs  

1月後半から2月頃にかけて,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演で,ミサ曲などの声楽入りの宗教音楽が演奏されるのが恒例になりつつあります。佐々木正利さんがOEK合唱団の指導をされるようになってからは,特にバッハの宗教音楽を重点的に取り上げてきました。今年は,その総決算のような形でバッハのミサ曲ロ短調が演奏されました。

OEKとOEK合唱団は,2005年のマタイ受難曲,2007年のヨハネ受難曲とバッハの大作に取り組んできましたので,これでバッハの宗教曲については一区切り付いた形になります。マタイ,ヨハネに比べると演奏時間的には少し短いのですが,演奏会全部を使ってたっぷり2時間,今回もまた,大変聞き応えのある音楽を聞かせてくれました(私の記憶の限りでは,金沢で全曲演奏されるのは,初めてかもしれませんがお分かりの方がいらっしゃいましたらお知らせください。)。

今回の公演で,これまでと違うのが指揮者です。過去の受難曲の演奏では,ペーター・シュライヤーさんが指揮をされましたが,今回はバッハのカンタータ全集を録音するなど,宗教音楽の権威と言っても良い,ヘルムート・リリングさんが登場しました。リリングさんが,OEKを指揮されるのは,今回が初めてだと思います。OEK団員も同様だと思いますが,金沢在住の合唱ファン,バッハ・ファンにとっては,待望の登場と言えます。

マタイ,ヨハネの時も同様,今回もまた,OEK合唱団の歌が見事でした。正確に言うと,今回も「OEK合唱団+佐々木先生が指導されている東北地方の合唱団の有志」という混成チームでしたが,第1曲キリエの冒頭部から身が引き締まるような充実感のある声を聞かせてくれました。まさに「鍛えられた声」という感じの強さと透明感があり,練習の成果が存分に出ていたと感じました。特に男声部の輝きのある声が立派で,全曲の各所に出て来る音楽的なクライマックスを中心に,感動と確信に満ちた音楽の連続となっていました。

キリエには,全曲の序曲を思われるような重みがありました。リリングさんの作る音楽には,さらさらと流れるところはなく,一音一音に染み渡るような美しさがありました。合唱に続いて,水谷さんのオーボエ・ダ・モーレのソロが出てきました。この音にもホールに染み渡るような美しさがあり,「これがバッハだ!」という気分になりました。OEKは,特に古楽奏法を採用していなかったと思いますが,弦楽器の響きには,ヴィブラートはほとんど掛かっておらず,非常にすっきりとしていました。合唱の方にも,強さと同時に透明感がありましたので,全体として「金沢の冬」に相応しい(?),雪の結晶を思わせるような,ひんやりとした美しさがありました。

この日の楽器の配置ですが,次のとおりでした。弦楽器の配置が対向配置でなかったのが少々意外でしたが,ティンパニはバロックティンパニを使っていたようです。
  
           合唱団

       Fl    Ob   Fg
  Timp   Vn2   Va    Cb Hrn
Tp   Vn1    指揮者  Vc  Org
                 S S A T B


第2部のグロリアになると,舞台下手のトランペットが加わり,一気に祝祭的なムードになりました。テンポも軽やかなものになり,若々しささえ感じました。トランペットは,本来は3本なのですが,今回は1人アシスタントがいたようで,4人態勢でした。グロリアから曲の最後まで,オーケストラが盛り上がるたびにトランペットの超高音が続出していましたので,「結構,辛そう」と思いながら聞いてしまいました。お隣のティンパニと一体になっての盛り上げ役ということで,今回の演奏会での合唱団と並ぶ功労者だったと思います。ご苦労様でした。

ミサ曲で「楽しめる」という表現は変なのかもしれませんが,このグロリアでは,OEKの奏者たちと声楽のソリストによる二重協奏曲的な部分と,聞き応えのある合唱曲とが交互に出てきて,大変楽しめました。リリングさんの指揮もその辺を意識したもので,ソロの時に,OEKのソリストたちを立たせて演奏させるなど,”見せる演奏”になっていました。

今回の独唱者ですが,女声と男声とでタイプがかなり違うような気がしました。キリエの2曲目のソプラノ2名による二重唱は,ピタリと寄り添うようなまとまりの良さがあったのですが,グロリアの途中に出て来るテノールとソプラノの二重唱では,テノールの鈴木准さんの声が軽やか過ぎて,ちょっとバランスが悪い気がしました。バスの浦野智行さんの声も,同様に惚れ惚れするような滑らかさと軽やかさを持っていましたので,調べてみると,男声お二方は,バッハ・コレギウム・ジャパンのメンバーでした。どちらが良いというわけではないのですが,傾向が揃っている方がより聞き映えがしたのではないかと思いました。

OEKのソリストでは,第6曲の「我ら主を称えまつる」でのアビゲイル・ヤングさんの演奏が見事でした。ノンヴィブラートによるすっきりした演奏なのですが,非常に速いテンポでぐいぐいと演奏しており,大変迫力がありました。その他,上石さんのフルート,水谷さんのオーボエ・ダモーレなど,いろいろな奏者が順番に立ち上がって,ビッグ・バンド・ジャズのようにソロを取る様子を見るのは,OEKファンには特に,楽しかったのではないかと思います。

ホルンの難しいソロが出て来る第11曲「すなわち御身のみが聖」も聞き応えがありました。今回はコンスタンチン・ティモキンさんが演奏されていました。本来は,コルノ・ダ・カッチャという,現代のホルンとは別の楽器のためのパートということで,演奏するのは大変そうでしたが,全曲中でこの曲だけにしかホルンは出てきませんでしたので,良いアクセントになっていました。この曲では,ホルンのお隣にいたコントラバスや,そのまたお隣にいたファゴットなどの通奏低音の楽器もソリストのように活躍していました。出ずっぱりのようなトランペットを含め,グロリアだけでも,ほとんど全楽器に見せ場があったことになります。そういう意味でも,よく出来た曲だなと思いました。

グロリアのエンディングは,合唱の各パートが飛び出してくるように迫ってくる大変生きの良い演奏でした。リリングさんは,既に70代後半のはずですが,その若々しい音楽作りには感服しました。多彩な音楽の連続だったのですが,それがバラバラになるのではなく,一つの曲としての流れの良さを感じさせてくれたのも見事だと思いました。

プレトークの時,「前半の後,拍手を入れても良い」というアナウンスがありましたが,「なるほどその方が良いかな」と思う前半でした。

後半は,この曲の核といってもよい,クレド(ニケア信経)で始まります。最初の曲は,ちょっと古風な響きがするのが,逆に新鮮な曲です。OEK合唱団の声はスーッっとすっきりと澄んでおり,曲想にぴったりでした。その後は,オーケストラと合唱とソリストががっちりと一体となった,熱気のある音楽が続きますが,その核となる「我らのため十字架につけられ」は,対照的に神秘的な音楽となっていました。一瞬,フルートの音でドキリとする部分があったのですが,弱音の合唱のハーモニーが絶妙で,バッハの音楽の真髄に迫るような音楽となっていました。

続く「されど蘇りたまえり」とのコントラストも鮮烈でした。ここでも合唱の反応が素晴らしく,管弦楽組曲を思わせるようなトランペットの高音と共に,もう一つ別のクライマックスを作っていました。

クレドの中のソロでは,「命の主なる聖霊をも信ず」での浦野さんのバスが特に印象的でした。低音なのに不思議な透明感があり,大変格調の高い歌だと思いました。クレドの最後の曲での大きな盛り上がりも見事でした。まだまだクレッシェンドできるぞ,という感じの合唱団の余裕のある歌が特に印象的でした。

その後,あまり間を置かず,一気に畳み掛けるようにサンクトゥスに繋げていました。この辺に,リリングさんの情熱を感じました。最初の部分はたっぷりとした感じでしたが,後半一気にキビキビとした三拍子になる辺りにも若々しさを感じました。続くホザンナ,ベネディクトゥスなど,終盤に行くほど若々しく力感に満ちた音楽となり,ミサ曲全体のクライマックスを築いていたように思えました。

この部分では,上石さんのフルートのオブリガート付きのテノールのアリア「祝せられたまえ」,弦楽合奏のオブリガート付きのアルトのアリア「神の子羊」の両方ともが感動的でした。テノールの鈴木准さんの声は,本当に軽やかで,よく通ります。まだ若い方ということで,今後,活躍の場をさらに広げていくことでしょう。

アルトの永島陽子さんの声にも染みとおるような美しさがあり,”大トリ”の直前の曲に相応しい聞き応えがありました。この曲では,ヤングさんを中心としたヴァイオリン・パートの透明感のある響きも聞きものでした。

そして,最後の「我らに平安を」です。エンディングに相応しい,大きな盛り上がりを作っていましたが,どこか,じんわりと暖かな気分にさせてくれるような気分もあり,ミサ曲というのは,やっぱり祈りの音楽なのだということを実感させてくれました。

今回,ロ短調ミサを生で初めて聞いたのですが,改めて良い曲だと実感しました。実のところ,バッハの音楽はどちらかというと苦手だったのですが,この曲については,印象が変わりました(ロ短調という調性のイメージがあり,レクイエム的な暗さのある曲という先入観を持っていました)。いろいろな曲想の曲があり,演奏時間的にも「恐ろしく長い」というほどでもなかったので,オーケストラの定期公演で聞くのに丁度良いと感じました。

今回の演奏を聞きながら,「キリエ=序曲」「グロリア=協奏曲」「クレド以下=構成感のある大交響曲」という印象を持ったので,結構,コンサートホール向きの宗教曲なのではないかと感じました。数年に一度は,モーツァルトのレクイエム並みに定期公演で聞いてみたいものです。リリングさんとOEKは,この公演の次の週,仙台と盛岡でもロ短調ミサを演奏します。こちらにはOEK合唱団は登場しませんが,恐らく,今回同様,充実した音楽を聞かせてくれることでしょう。

PS. 「バッハは一区切り」と書きましたが,バッハの声楽曲の大曲では,クリスマス・オラトリオというのが残っていますね。せっかくなので,この曲も聞いてみたいものです。バッハ以外だとどういう方向に行くのでしょうか?来年の予定を予想するのもまた,楽しみです。
(2010/01/26)

関連写真集

公演の立盾看です。



終演後,リリングさんのサイン会が行われました。私は,自宅から持参した,リリングさん指揮のロ短調ミサのCDの解説の表紙にサインを頂きました。

このCDは,ヘンスラーから出ているバッハ全集の一部なのですが,何と我が家にはこの全集が揃っています。10年ほど前,何かの音楽雑誌の懸賞に当たったのですが(結構,クジ運が強いのです),まだほとんど聞いていません。何枚あるか分からないぐらい大量にあるります(200枚ぐらいありそう)。

というわけで,バッハのCDは,その後,ほとんど購入していない状態です。

このCDの演奏ですが,1999年に行われたものです。今回,よくよく演奏者名を調べてみると,ホルン奏者として,現在ベルリン・フィルに所属しているラデク・バボラクが参加していました。そういう意味でも貴重な録音かもしれません。声楽陣も非常に充実しています。