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竹澤恭子&江口玲チャリティコンサート
2010/02/02 会場=石川県立音楽堂邦楽ホール
ブラームス/F.A.E.ソナタ〜スケルツォ ハ短調
ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調 op.100
サン=サーンス/ハバネラ op.83
ドヴォルザーク(クライスラー編曲)/スラヴォニック・ファンタジー
バルトーク/ルーマニア民俗舞曲
ワーグナー/ロマンツァ
サラサーテ/チゴイネルワイゼン
(アンコール)ブラームス/ハンガリー舞曲第1番
●演奏
竹澤恭子(ヴァイオリン),江口玲(ピアノ)
Review by 管理人hs  

「オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)福祉コンサート実施支援」という副題のついたチャリティコンサートが行われたので聞いてきました。恐らく,今回が初めての試みだと思います。具体的に,どういう支援がされるのかは,分かりませんが,演奏会の収益の全てを「知的及び身体的な障害を持った方々に可能な限り良好な鑑賞環境を提供する「福祉コンサート」のために使う」とのことです。

この演奏会に登場したのは,ヴァイオリンの竹澤恭子さんとピアノの江口玲さんでした。竹澤さんが金沢で演奏会を行うのは,久しぶりのことです。今回は,開演前に座席指定券と引き換える形だったのですが,その結果,かなり前の方の座席が当たりました。竹澤さんの気迫と生音がダイレクトに伝わって来るような場所で,滅多にない貴重な経験をすることができました。何よりも,演奏に掛ける集中力のすごさに圧倒されました。

この日は,CD録音も行っていました(邦楽ホールでレコーディングを行うのは初めて?)。どういう形で発売されるのか分かりませんが,竹澤さんの演奏には,こじんまりとまとめようとする雰囲気は皆無で,どの曲についても思い切りの良い表現の連続でした。江口さんのピアノも見事でした。何もよりも音がまろやかで美しく,竹澤さんの濃い表現を暖かく受け止めていました。

今回は,途中休憩なしという変則的な構成で,前半がブラームス,後半が民族的な小品集という配列になっていました。最初のF.A.E.ソナタの中のスケルツォは,時間的に手頃で,演奏効果も上がるので,意外に実演でよく演奏される作品です。邦楽ホールは,残響がもともと少ないので,弦楽器の音があまり美しく響かないという短所はあるのですが,今回はかなり前の座席で聞いたこともあり,その音のキレの良さに圧倒されました。「演奏=運動神経なんだなぁ」と改めて実感しました。

続くブラームスのヴァイオリン・ソナタ第2番でも,譜面を睨みつけるように演奏する竹澤さんの集中力と気迫が伝わってきました。譜面を見ながらの演奏というのは,ソリストの場合珍しいのかもしれませんが,その姿には,巨匠風の風格が漂っていました。

第1楽章は,江口さんの,何とも気持ちよく響くマイルドなピアノの音に続いて竹澤さんの音が入ってきます。気迫を内に秘めたような濃さを持った演奏で,その表現の徹底ぶりが,清々しさとなって伝わって来るような演奏でした。第2楽章は叙情的な部分とスケルツォ風の部分が交互に出て来ます。F.A.E.ソナタ同様,気分の切り替えが鮮やかでした。ヴィブラートをたっぷり掛けた熱いカンタービレも印象的でした。

第3楽章は,冒頭から低音の魅力が全開でした。ゆったりとスケール感たっぷりにヴァイオリンの音を響かせ,ロマン派音楽の世界に浸らせてくれました。曲の最後の部分では,そっと静かに楽器を置くように,ディミヌエンドしており,味わい深さと名残惜しさを感じさせてくれるような演奏となっていました。

全曲を通じて,竹澤さんのヴァイオリンの大きく呼吸をするような濃い表現が印象的でしたが,後半に演奏された「派手目の曲」に比べるとソナタとしての凝集力もあり,”やりすぎ”になっていないのが,さすがだと思いました。常に全体を暖かく包み込んでくれるような江口さんのピアノが,しっかりと曲をまとめていた部分もあると感じました。

この曲の後,休憩は入らず,”サプライズ・ゲスト”として,井上道義さんと今回の公演の協賛団体と言っても良い日本音楽財団の塩見和子さんが登場し,楽しいトークが始まりました。プレトークというのは,よくありますが,ミッドトーク(?)というのは,珍しいケースです。実質このトークの時間が休憩時間になっており,丁度良い気分転換になりました。

後半は,サン=サーンスのハバネラを皮切りに,民族色の漂う曲が次々と演奏されました。前半同様,譜面台を置いての演奏でしたが,後半では,ほとんど譜面を見ずに演奏しており,より演奏の柄も大きくなっていた気がしました。竹澤さんは,大体,ステージの向かって右側(上手)を向いて演奏していましたが(横顔をお客さんの方に見せる形),物理的に楽器を体の正面に持ってきて,お客さんの方を向くと,途端に音の響きが豊かになりました。かなり激しく身体を動かして,力強い演奏を聞かせてくれましたが,曲の表現としても振幅が大きく,どの曲も自在に揺れ動くようは表情の豊かさを持っていました。

サン=サーンスのハバネラは,序奏とロンド・カプリチオーソほど演奏頻度は高くありませんが,大変魅力的な曲です。竹澤さんの演奏には,妖艶さを感じさせるエキゾティックな雰囲気があり,大変聞き応えがありました。スラヴォニック・ファンタジーは,ドヴォルザークのいくつかの作品を,クライスラーがメドレー風に編曲したものです。最初の「母が教えてくれた歌」をはじめ,どこかで聞いたことのあるメロディの連続で,ドヴォルザークのメロディメーカーぶりを楽しむことができました。竹澤さんの演奏には,どこか演歌っぽい雰囲気もありますので(決して悪い意味ではありません),こういう民族色豊かな曲にもピタリとはまります。

続くバルトークのルーマニア民俗舞曲も,”聞かせる演奏”でした。この曲も民謡のメドレー風で,ゆっくりした曲から始まって,段々とテンポの速い曲になるという構成も共通していました。短い曲の連続なのですが,それぞれの部分がしっかりと描き分けられており,次は何が出て来るのだろう,とワクワクさせてくれるような演奏となっていました。

次のワーグナーのロマンツァは,滅多に聞くことのできない作品だと思います。オペラの作曲家のイメージのあるワーグナーにこういう曲があったとは知りませんでしたが,静かな気分の中に熱いロマンをたたえたような曲で,聞き応えがありました。

最後は,おなじみのツィゴイネルワイゼンで締められました。過去,何回か実演で聞いたことのある曲ですがが,これまで聞いた演奏の中でも,もっともインパクトの強い演奏でした。「こうでなくては」という名演でした。どの音にもしっかりと血が通っており,最初から最後まで生命力に溢れていました。これまでの曲同様,情感たっぷりの演歌風の部分と,切れ味鋭く激しい音を聞かせる部分の振幅も大きく,スケールの大きさを感じさせてくれました。江口さんのピアノも,この振幅の大きさにピタリと合わせていました。竹澤さんの演奏を引き立て,華麗に盛り上げていました。起伏は非常に大きいのに,全曲を通じて,全く荒れた感じがせず,自信たっぷりに当たり前のように演奏していたのもさすがです。「お見事!」という演奏でした。

アンコールでは,ブラームスのハンガリー舞曲第1番が演奏されましたが,考えてみると,前半と後半を融合するような「これしかない」という選曲でした。竹澤さんの特徴である中低音の魅力に加え,ちょっと崩したような音を入れるなど,余裕たっぷりの演奏でした。

このところ,ヴァイオリン・リサイタルといえば,いしかわミュージック・アカデミーなどでの若手演奏家の演奏を聞く機会が多かったのですが,今回の竹澤さんの演奏を聞いて,やはり貫禄が違う,と思いました。もちろん,若手の演奏も魅力はあるのですが,竹澤さんのステージから伝わって来る存在感は,他では得がたいものです。有無を言わさぬ,迫力のあるヴァイオリンを堪能できた演奏会でした。

PS.今回の演奏会の主催は,石川県音楽振興事事業団でしたが,特別協力が,日本音楽財団ということで,会場ロビーにはヴァイオリン製作に関するパネル展示があったり,アーティストに貸与しているヴァイオリンについての立派なパンフレットを配布したり,財団のPRという面もありました。雰囲気としては,12月に行われた「ミステリアス・メンデルスゾーン」とちょっと似ていたかもしれません(こちらもフェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ基金日本支部という財団との共催でした)。そういえば,ソナタの各楽章ごとに拍手が入っていたのも同様でした。もしかしたら,同じようなお客さんが入っていたのかもしれません。

PS.演奏会途中の”ミッド・トーク”に登場した,塩見和子さんと井上道義さんは,旧知の間柄のようで,井上さんは,「道義さん」とファーストネームで呼ばれていました。井上さんの方からも「ストラディバリを20台ほどOEKに貸してもらって,演奏会をやりませんか?」などと大胆な提案をされていましたが,「金沢」という言葉には,「金が潤沢にある」という語感があるので(?),意外に金沢にぴったりの贅沢企画だと思います。「オーケストラ・アンサンブル贅沢」とか「オーケストラ・アンサンブル金持」とか実現しないですかねぇ?

参考サイト:日本音楽財団

(2010/02/04)

関連写真集
公演のポスターです。左側は座席指定の案内です。


2月の公演についての縦書きの看板です。


この日の公演のプログラムと日本音楽財団の活動についてのパンフレットです。高額なヴァイオリンについてのカタログのような立派なものでした。


先日表彰された,地域創造大賞の盾と表彰状が邦楽ホールに向かう途中の廊下に展示されていました。