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もっとカンタービレ第18回:南米音楽 クラシックの彩りとタンゴの鼓動
2010/02/19 石川県立音楽堂交流ホール
1)ホワイト/キューバの女
2)フィリベルト(啼鵬編曲)/カミニート
3)ビジョルド(啼鵬編曲)/エル・チョクロ
4)ヴィラ=ロボス/木管五重奏曲
5)ピアソラ(啼鵬編曲)/エスクァロ
6)ピアソラ(啼鵬編曲)/「タンゴの歴史」〜「カフェ1930」「ナイトクラブ1960」「現代のコンサート」
7)ピアソラ/ファイブ・タンゴ・センセーションズ〜「眠り」「不安」「恐怖」
8)(アンコール)ロドリゲス/ラ・クンパルシータ
●演奏
啼鵬(バンドネオン*2-3,5-8;トーク)高田元太郎(ギター*1-3,5-6),原田智子(ヴァイオリン*1-3,5-6)
木ノ脇道元(フルート*4),加納律子(オーボエ*4),遠藤文江(クラリネット*4),柳浦慎史(ファゴット*4),金星眞(ホルン*4),ルドヴィート・カンタ(チェロ*6-8),坂本久仁雄,原三千代(ヴァイオリン*7-8),古宮山由里(ヴィオラ*7-8)
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)室内楽シリーズ「もっとカンタービレ」の第18回は,「南米音楽:クラシックの彩とタンゴの鼓動」と題して,タンゴを中心とした南米音楽特集となりました。このシリーズは,「OEKメンバー・プロデュース」ということで,選曲,演奏者の選定,演出,進行などをすべてOEKメンバーが担当しています。以前は,一つの演奏会の中で多種多様な曲が演奏されることが多かったのですが,今回は「南米の音楽」という枠がしっかりと決まっており,大変まとまりの良い内容となっていました。

今回は,タンゴの演奏が核ということで,ゲスト奏者としてバンドネオンの啼鵬さんとギターの高田元太郎さんが参加していました。特に啼鵬さんの方はトークも担当し,この公演全体の要になっていました。

最初の曲は,原田さんのヴァイオリンと高田さんのギターの二重奏による「キューバの女」でした。会場の交流ホールは,あまり音が響かないホールですが,今回のようなラテン系の曲の場合,むしろ,その乾いた感じがぴったりといった気がしました。ヴァイオリンとギターの二重奏を聞くのは初めてのことでしたが,お二人の演奏には,非常に親密な空気がありました。原田さんのヴァイオリンの音には,静かにしっかりとお客さんに語り掛けるような落ち着きがあり,集中しながらもリラックスして楽しむことができました。曲の後半のいかにもラテン系といった感じの激しい部分との対比も鮮やかでした。

続いて,バンドネオンの啼鵬さんが加わり,トリオでタンゴの名曲が2曲演奏されました。タンゴを室内楽で演奏する場合,コントラバスが入ることが多いのかなと思っていたのですが,3人編成のタンゴもとても良いと思いました。バンドネオンとギターが一体となって刻む基本リズムは,「速すぎず,遅すぎず」「音は解け合っているがメリハリ・キッチリ」という感じで,このままずっと浸っていたくなるような,癖になりそうな気持ち良さがありました。何よりも押し付けがましいところがない,軽快さが魅力でした。

実は,バンドネオンをこれだけ間近で聞いたのは初めてだったのですが,不思議な魅力を持った楽器だと思いました。楽器というよりは,機械に近い部分もあり,情熱的だけれども,ちょっと醒めているような二面性があります。昔の小学校にあったようなオルガンの響きを思わせる,どこか素朴であどけなく,限りなく純粋な表情があったかと思えば,次の瞬間には俗っぽくなったり,光の当て方によって表情が変わる面のような性格を持っていると思いました。啼鵬さんの演奏自体にもそういう雰囲気があるような気がしました。啼鵬さんのバンドネオンは,とても立ち上がりの良いクリアな音で最初の一音だけでお客さんを集中させるような魅力を持っていました。

啼鵬さんと高田さんは,相川麻里子さんというヴァイオリン奏者を加えて,トリアングロというトリオを作っています。今回は,相川さんの代わりに原田さんが加わった形になります。原田さんのヴァイオリンは,第1曲同様に落ち着いていると同時に大変こなれたもので,常設トリオのような息の合った演奏を聞かせてくれました(この公演の数日前の「午後の音楽散歩」でも共演されていたので,すっかり意気投合していたのではないかと思います。)。途中で打楽器のように楽器を叩いたり,ギギギというヴァイオリンの音を加えたり,タンゴ的な気分満載でした。

次のヴィラ=ロボズの木管五重奏曲は,今回のプログラムの中では,唯一,クラシック系の作品でしたが,「南米の作曲家」という点でつながりがあります。この曲の演奏前に,オーボエの加納さんによって,ゲストのフルート奏者として木ノ脇道元さんを招いた経緯の説明があった後,曲の聞き所についての木ノ脇さんのトークが入りました。

それほど長い曲ではないのですが(楽章の区分はなかったのですが,聞いた印象では急−緩−急のような3つの部分から成っている感じでした),非常に密度の高い曲で,後半で演奏するピアソラにつながるような濃密なドラマ性を含んだ難曲とのことです。

実際,聞いた感じでも密度の高さを感じました。不気味な低音から始まった後,各楽器がバラバラに時に絡まりあいながら活躍するような,かなり前衛的な作品でした。芯のある強さを感じさせる木ノ脇さんのフルート,高音の超絶的な動きが印象的だった金星さんのホルン(本来はイングリッシュホルンで演奏するパートとのことでした)をはじめ,ホールの中を,滅多に聞けない,ちょっととんがったような音の世界に変えていました。特に曲の最後の部分の音が非常に強烈でした。「これが南米の日差しかな」と思わせるインパクトの強さがありました。

後半は,アストル・ピアソラの世界ということで,啼鵬さんのバンドネオンを中心とした演奏となりました。最初のエスクァロは,ギドン・クレーメルが演奏したピアソラ・アルバムにも入っている曲ですね。「鮫」のイメージどおりのスピード感がありましたが,やはり,高田さんのギターが加わると音がまろやかな感じになり,気持ちよく泳ぐ鮫という感じでした。

その後,前半に登場した木ノ脇さんと啼鵬さんによる「ピアソラ談義」のコーナーになりました。次に演奏する「タンゴの歴史」のオリジナル版で使われているフルートの話など,とても面白い内容でしたが。なお,このお二方は大学時代の先輩・後輩ということで,旧知の間柄,金沢で再会してビックリということだったようです。木ノ脇さん,高田さん,啼鵬さんは,”といぼっくす”というユニットに参加しているそうで,機会があれば,是非,この交流ホール辺りで演奏を聞いてみたいものです(「といぼっくすのCDを持って来るのを忘れました!(痛恨)」と啼鵬さんは語っていました。代わって宣伝すると「Garbage Collection」というCDとのことです。)。

次の「タンゴの歴史」は,前述のどおりオリジナルはフルートとギターの二重奏ですが,今回はヴァイオリン,バンドネオン,チェロ,ギターという編成で演奏されました。今回の公演のためにアレンジされたものかは不明ですが,弦楽器中心の編成だったせいもあり,時々出て来る”いかにもピアソラ”的な泣かせるメロディの叙情性が曲のムードぴったりでした。特に「カフェ1930」での繊細でたっぷりとした音の動きが”古い時代”のムードにマッチしていました。「現代のコンサート」は,スピード感はあったのですが,個人的にはやはりタンゴは古い方が良いかな,と感じました。現在からすると,時代は一巡し,「レトロな方がモダン」なのではないかという気もしました。

今回は,編曲版で演奏されたのですが,木ノ脇さんという素晴らしいフルート奏者がゲストで来られていましたので,オリジナル版でも演奏して聞き比べをしても面白かったのではないかと思いました。また,今回は全4曲中の第1曲「酒場1900」だけは演奏されなかったのですが,こちらにつもて,せっかくの機会だったので聞いてみたかったところです。

演奏会の最後は,ピアソラの最晩年の作品「ファイブ・タンゴ・センセーションズ」の抜粋でした。ピアソラの最晩年の作品で,ピアソラ自身のバンドネオンとクロノス・クワルテット(弦楽四重奏)のために書かれた五重奏曲です。「眠り」「不安」「恐怖」というちょっと暗めのタイトルの作品ばかりが演奏されたこともあり,これまでのタンゴよりはかなり重厚な気分がありました。それと弦楽四重奏が出て来ると,やはり,本格的なクラシック音楽を聞いた気分になります。最後の「恐怖」という作品は,フーガ的な技法で書かれているのですが,ピアソラ自身,最晩年にこういう作品を書いたということは,どこか象徴的な意味もあるように感じました。そういう意味でも,演奏会を締めるのにぴったりの曲でした。

この日のステージは,各曲ごとの照明にも凝っており,通常のクラシックの演奏会とはかなり違った雰囲気になっていました。「ファイブ・タンゴ・センセーションズ」では,真っ暗な状態から啼鵬さんだけにスポットライトが当たり,段々と他のメンバーにも光が当たっていく形になっていましたが,音の積み重なりとシンクロしており,非常に効果的でした。今回は,このシリーズとしては珍しくアンコールがあったのですが,そこで演奏されたラ・クンパルシータでの真っ赤と黒が交錯するような雰囲気も大変インパクトがありました。

この日は,工藤文雄さん(プログラム・リーフレットのプロフィールによると,”熱狂的ピアソラファン”とのことです)の生花がステージ奥に展示されていたのですが,これもちょっとした舞台装置のようになっており,気分を盛り上げてくれました。

もともと自由な発想で作られることの多かった「もっとカンタービレ」シリーズですが,昨年の「ミッキー・プレゼンツ「月に憑かれたピエロ」」辺りから,さらに一段階熱の入れ方が大きくなってきた気がします。今回のタンゴのようなクロスオーバー路線も良いな,と実感できた演奏会でした。

PS.今回は,いつもと違いかなり前の方の座席で聞いてみました。各奏者の表情や息遣いも感じることができ,いつも以上にライブ感に浸ることができました。特に今回のようなアコースティック・ギターの入る演奏会にはぴったりだと思いました。

PS.啼鵬さんですが,須川展也さんとOEKが共演した「エストレリータ」というCDの中に収録されている曲の編曲を行っています。印象的な名前なので,記憶に残っていました。プロフィールによると,啼鵬さんは,ピアノ,ヴァイオリン,サックス,ヴィオラなども演奏されるということで,大変な才能の持ち主です。「啼鵬の”ひとりオーケストラ”リサイタルという企画などできないでしょうか。期待しています。

(参考ページ)
啼鵬さんのサイト  http://members3.jcom.home.ne.jp/3113924401/takumi-studio/
高田元太郎さんのサイト  http://homepage3.nifty.com/~takahome/guitar/top/top.html

このお二人が参加している「といぼっくす」というユニットですが,「Acoustic YMO」というCDも作っているようです。YMOの音楽をアコースティックで演奏するというのは,とても面白そうです

といぼっくすのサイト http://toy-box.jp/top.html

(2010/02/20)

関連写真集

公演のポスターです。


会場の雰囲気です。ステージを取り囲むように椅子が並べられていました。


公演のプログラム・リーフレットです。今回は,いつもと少し違う形になっていました。


この時期恒例の雛人形が玄関に飾られていました。


演奏後,啼鵬さんと高田元太郎さんによるサイン会が行われました。バンドネオンとギターの作る音がすっかり気に入ったので,会場で売っていたCDを購入し,サインをしていただきました。左が高田さんで右が啼鵬さんのものです。