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La Musica The 8th Concert
2010/02/21 石川県立音楽堂コンサートホール
1)マンティヤルヴィ/エル・ハンボ(El Hambo)
2)バーンスタイン/戯曲「ひばり:ジャンヌ・ダルクの生涯」からの合唱曲(「春の歌」「裁判所の歌」「兵士の歌」)
3)マンティヤルヴィ/偽ヨイク(Pseudo-Yoik)
4)信長貴富/混声合唱とピアノのための「新しい歌」
5)オルバン/挿入歌として(Mint mellekdal)
6)コダーイ/夕べの歌(Esti dal)
7)バルドシュ/セゲドの町から(Szeged felol)
8)オルバン/ミサ曲第1番
9)(アンコール)ダニエル=ルシュール/雅歌(le cantique des cantiques )〜第7曲Epithalame
10)(アンコール)信長貴富/無伴奏合唱小品集「雲は雲のままに流れ」〜それじゃ
11)(アンコール)ニルソン/映画「歓びを歌にのせて」〜ガブリエラの歌
●演奏
ラヂッチ・エヴァ*1-3,5-8,11;大谷研二*4,9,10指揮
合唱:声楽アンサンブル ラ・ムジカ*1-8,11;合唱団MIWO*4,8-10
ラヂッチ・エヴァ(ソプラノ*11),鶴見彩(ピアノ*4,8,11)
岡本えり子(フルート*8),田中宏(オーボエ*8),今野淳(コントラバス*8),渡邉昭夫,長屋綾乃(パーカッション*8)
Review by 管理人hs  

声楽アンサンブル ラ・ムジカの第8回演奏会を聞いてきました。この合唱団の演奏を聞くのは,久しぶりのことだったのですが,今回は,岐阜県から賛助出演した合唱団MIWOとの合同演奏を含め,相変わらず本格的で多彩な合唱曲の数々を楽しませてくれました。会場は石川県立音楽堂コンサートホールということで,過去のコンサートよりも大きなホールでしたが,しっかりと言葉が聞こえ(もちろん,外国語の曲の意味は分かりませんが),すっきりとした明るい歌声が,気持ち良くホール内に響いていました。さすが,2008年の全日本合唱コンクール全国大会で金賞を受賞した実力のある団体だと思いました。

今回,何よりも良かったのは選曲でした。プログラムの中心は,後半最後に演奏されたオルバンのミサ曲第1番でしたが,その他にア・カペラによるフィンランドやハンガリーの作品,バーンスタインの作品,信長貴富さんの混声合唱曲などが取り上げられました。考えてみると,20世紀の後半に書かれた曲ばかりということで,現代の合唱音楽の魅力を多面的に聞かせてくれる非常に意欲的なプログラムだったと言えます。

指揮者のラヂッチ・エヴァさんの指揮姿は,常に背筋がピンと伸びており,しかもとても優雅です。今回は,現代曲や民族音楽的な曲が中心でしたが,どの曲も前向きで,演奏会が,とても品が良くまとまっていたのは,やはりエヴァさんの力かなと感じました。

プログラムを見た感じでは,一見(横文字の表記が多かったので)難解な曲ばかりなのかな,と思ったのですが,そういう部分は全くなく,最初のア・カペラ・ステージから手振り・足踏み・手拍子・振り付けをふんだんに盛り込んだ,楽しい音楽が続きました。

最初のマンティヤルヴィの曲は,ア・カペラによる口三味線風の曲で,シンクロナイズド・スイミングを思わせるような,とても鮮やかで楽しい振り付けが付いており,開演直後の緊張感をうまくほぐしてくれました。技術的にも大変難しい曲だと思いますが,それを感じさせないような余裕があり,クリアで軽やかな印象を与えてくれました。

次のバーンスタインの曲は,劇の付随音楽から3曲を抜粋したもので,やはり手拍子が入るなど,軽いユーモアを交えていました。第1ステージでは,合唱団の中に,所々,違う衣装を着た方が居たのですが(赤いチョッキの方は還暦?とか思って見ていたのですが),ソロを担当する方が,ちょっと目立った服を着ていたようでした。

この作品ですが,シェイクスピア時代の音楽を思わせるところがありました(想像で書いているのですが)。その気分が現代的な感覚とあわさり,独特のムードを作っていました。2曲目の「裁判所の歌」では,ソプラノとテノールのソロが入りましたが,さすがバーンスタイン,どこかミュージカルを思わせる雰囲気もありました。3曲目の「兵士の歌」では,下手側に太鼓を持った人が現れ,太鼓を叩きながら,そのまま抜けていくというパフォーマンス入りでした。さり気なく人を喰ったようなユーモアのあるステージでした。

「偽ヨイク」は,ちょっと鼻にかかったような独特の発声法で歌われました。モンゴルのホーミー辺りを思わせる謎めいた感じがあるなぁ,と思って聞いていたら,途中から魔女の衣装に着替えた人が登場してきました。

第1部は,このように余興的な雰囲気を交えながら,声の多彩さや面白さを伝えてくれるステージになっていました。

続くステージは,賛助出演の合唱団MIWOとの合同演奏となり,信長貴長さんの「新しい歌」という混声合唱のための組曲が歌われました。この曲は,客演の大谷研二さんが指揮し,鶴見彩さんのピアノ伴奏が加わりました。2つの優れた合唱団の共演ということで,音の厚みが倍増しました。5人の詩人による5つの曲からなる曲集なのですが,どの曲も大変分かりやすく,素直に「いいなぁ」と感動できるような曲ばかりでした。

最初の「新しい歌」は,曲集全体のタイトルと同じということで,全体のテーマ曲のような作品でした。スイングのリズムに合わせて,手拍子をするような曲想で,ちょっとポップなゴスペル風の気分がありました。この雰囲気は,曲集の他の作品にも共通していましたが,自然に熱く高揚していくあたり,第1曲に相応しい華やかさがありました。

第2曲「うたを うたう とき」は,ア・カペラの曲で,一転して,内省的な雰囲気になりました。実は,指揮者の大谷さんですが,驚いたことに今回,杖をついて登場されました。演奏前のトークによると,数年前に交通事故にあって以来,「指揮をする分には,全く問題ないが,ちょっと痛々しい感じになってしまいました」とのことです。そのこともあり,この曲の歌詞が,非常に心に染みました。

まど・みちおさんによる詩で,「うたを うたう とき わたしは からだを ぬぎすてます...こころ ひとつに なって かるがる とんでいくのです」といった歌詞です。指揮をされている大谷さんも歌っている合唱団の皆さんも,強く共感しながら歌っていたのではないかと思います。

第3曲「きみ歌えよ」は,谷川俊太郎作詩で,カーペンターズの曲を思わせるような親しみやすさがありました。第4曲「鎮魂歌へのリクエスト」は,ブルース風の曲で,途中で口笛が入るなど(指揮者の大谷さんが吹いていた?),ちょっと気取ったようなセンチメンタルな気分があるのが魅力的でした。最後の「詩人の最後の歌」は,アンデルセンの詩による,「死」をテーマにした曲で,曲が進むにつれて,内面からどんどんスケールが広がっていくような大きさを感じさせてくれる曲でした。

このように,各曲ともテーマが大きく,前向きで根源的な強さを感じさせてくれる曲ばかりでしたので,若い人たちがストレートに歌って,ストレートに思いを伝えるのにぴったりの作品だと思いました。信長さんの作品は,最近大変人気が高いとのことですが,その理由も分かる気がしました。校内の合唱コンクールなどにもぴったりな「新しい定番曲」といえそうです。

後半は,再度ラヂッチ・エヴァさん指揮のラ・ムジカ単独の演奏となり,彼女の母国のハンガリーの音楽が演奏されました。まず,ア・カペラでハンガリー語(?マジャール語というのでしょうか?)の曲が3曲演奏されました。さらりとした感触のあるオルバンの曲に続いて,コダーイの「夕べの歌」が歌われました。冷えた夜の空気が心に染みるような曲で,静かな祈りを感じさせてくれました。

バルドシュの「セゲドの町から」は,4つの部分からなり,暗い雰囲気が次第に明るい輝きへと変わっていくような曲でした。途中軽妙な雰囲気になる部分も印象的でしたが,最後の方の生き生きとした力強さが大変聞き応えがありました。

最後にオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のメンバーを中心とした小編成のアンサンブル及び合唱団MIWOとの共演で,オルバンのミサ曲第1番が演奏されました。エヴァさんのトークによると,今回の演奏が「恐らく,日本初演だろう」とのことでした。

日本では,ほとんど演奏されることのない作品だと思いますが,大変面白い曲でした。ミサ曲について「面白い」というのは変なのですが,打楽器やコントラバスを加えた楽器の使い方が大変新鮮で,すごい曲を発掘してくれたなぁと嬉しくなりました。ラテン語の歌詞による通常のキリエ,グロリア,クレド,サンクトゥス,ベネディクトス,アニュスデイのフォーマットによる作品ですが,全く退屈する部分はなく,しかも,所々,深い余韻を残すような美しさがありました。

ア・カペラで歌われたキリエは,どこか東洋的で,シリアスでありながら親しみ深い表情を持っていました。途中,同じ言葉がオスティナートのように延々と繰り返されるのも面白いと思いました。

グロリアには,楽器が加わったこともあり,どこか”劇伴”を思わせるような軽快さがありました。続くクレドは,ミサ曲の肝となる部分です(1月に聞いた,バッハのロ短調ミサ曲でもそう実感しました)。途中,受難を描写するような不気味に低音が続く部分があったのが印象的でしたが,全体としては,とても親しみやすい曲だったと思います。

サンクトゥスは,輝きのあるリズミカルな曲で,大変生き生きとしていました。ベネディクトゥスは,ア・カペラによるしみじみとした曲でした。途中,合唱団の真ん中のソプラノとテノールのお二人によるソロが入りましたが,どこか,ミュージカルの主役2人によるデュオといった趣きもありました。

最後のアニュス・デイの編成ですが,プログラムの解説の中に「ダブルコーラス」と書かれていました。合唱団を2つに分け,これまでの5曲と違った配置にする必要があったようで,曲の開始前のインターバルで,大幅な「席替え」をしていました。こういうケースは珍しいと思います。「ミゼレーレ」と歌う部分での,合唱のたゆたうような表情が効果的でした。コントラバスが心臓の鼓動のようなリズムを聞かせる部分も印象的でした。曲の最後を締めくくるように,アンティークシンバルのチーンという音が入りましたが...仏教のお経などを連想してしまいました(この音は,ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」にも出てきますね。)。

ラ・ムジカは,これまでもOEKメンバーと共演して,いろいろな合唱曲を演奏してきましたが,今回のような,ピアノや打楽器が入るような小編成のアンサンブルと合唱の組み合わせというのも面白いと思いました。オルバンの他のミサ曲がどういうものか知りませんが,第1番は,かなり聞きやすい曲でしたので,その他作品についても聞いてみたいと思いました。

アンコールでは,合唱団MIWOが2曲,ラ・ムジカが1曲歌いました。MIWOが2曲目に歌った「それじゃ」という曲は,そのとおり,「それじゃ」という歌詞で終わる曲で,とても洒落ていました。最後に歌われた「ガブリエラの歌」は,映画「歓びを歌にのせて」で使われている曲とのことです。この映画は見たことはないのですが,調べてみると,合唱を題材にした作品で,この「ガブリエラの歌」も大ヒットしたとのことです。

今回は,映画のサウンドトラック盤同様,ソプラノ独唱で歌われました。ソロを歌ったのは,もちろんエヴァさんです(日本語で歌っていました)。最初低音で静かに歌い始めた後,次第に大きく盛り上がり,感動の波が広がっていくような曲でした。何よりも曲の盛り上がりとともにエヴァさんから発散されるオーラもホール全体に広がっていくのが素晴らしいと思いました。

紅白歌合戦で和田アキ子が歌を歌う時にバックコーラスが付くことがありますが,この演奏を聞きながら,ちょっとその雰囲気にも似ているなと思いました。もちろん声質は違いますが,ソウルフルな歌でした。それと,指揮者がソロを歌い,それを合唱で支えるという光景も新鮮でした。お互いの信頼関係を反映しているうようでした。

合唱曲については,OEKとの共演でミサ曲などの宗教曲を聞くことが多いのですが,今回のように新しいレパートリーをどんどん聞かせてくれるような,合唱団単独の演奏会を聞くのも良いものだなぁと感じました。聞く側のレパートリーもぐっと広がった気がします。そういう点で,いつも質の高い音楽を聞かせてくれるラ・ムジカの活動には今後も注目していきたいと思います。

PS. この日は当日券で入ったのですが,予想以上に沢山の方が聞きに来ていました。ただし,開場前は,入口付近が「ムタムタ」になっており,エスカレータを昇ってみると,人がいっぱいという,ちょっと危険な状態になっていました。今回の場合,入場待ちの列を仕切る人が必要だったかもしれません。

(2010/02/25)

関連写真集

公演のプログラムとチラシとチケットです。


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