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オーケストラ・アンサンブル金沢第276回定期公演PH
2010/02/25 石川県立音楽堂コンサートホール
1)スカルコッタス/弦楽のための5つのギリシャ舞曲
2)モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調 K.219「トルコ風」
3)(アンコール)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番〜サラバンド
4)シューベルト/交響曲第3番ニ長調 D.200
5)(アンコール)ロッシーニ/歌劇「絹のはしご」序曲
●演奏
ヴァシリス・クリストプーロス指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:マルロ・イウラート)*1-2,4-5
漆原朝子(ヴァイオリン*2,3)
プレトーク:響敏也
Review by 管理人hs K史さんの感想 

2月末のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演には,ヴァシリス・クリストプーロスという,”いかにもギリシャ”というお名前の指揮者が登場しました。OEKを指揮するのは今回が初めてのことです。それだけではなく,今回が日本デビュー公演になります。

その名前の印象もあるのかもしれませんが,ギリシャ彫刻を思わせるような,古典的な明快さと彫りの深さを併せ持った音楽を聞かせてくれました。どこを取っても完璧な造形美,という感じの音楽作りで,若き巨匠といったスケールの大きさも持っていました。演奏会のメインの曲が,シューベルトの交響曲第3番というのは,やや軽めかとも思ったのですが,終わってみれば,「お見事」という感じの聞き応えをしっかり感じることができました。

クリストプーロスさんは,ヨーロッパ各地の歌劇場で活躍する一方,2005年にはドイツにある南西ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任されるなど,着実に指揮者としてのステータスを確固たるものにしている方です。今年の6月には,この南西ドイツ・フィルと共に再来日し,「OEKの定期公演(合同演奏ではありません)」に登場します。違うオーケストラを指揮するとはいえ,これだけ短いインターバルで初登場の指揮者が定期公演に2回登場するというのは異例のことです。それだけ,「この指揮者はすごい」という自信が招聘側としてはあったのだと思います。今回の定期公演は,「先物買いの大ヒット」と言える公演だったと思います。

まず最初に,スカルコッタスの弦楽のための5つのギリシャ舞曲という珍しい曲が演奏されました。この作曲者の名前自体,今回聞くのが初めてでしたが,「ギリシャ人指揮者によるギリシャの作曲家の作品」ということで,初登場のご挨拶がわりのような選曲と言えます。

スカルコッタス(こちらも哲学者とか数学者のような”いかにもギリシャ”というお名前ですね)は,20世紀前半に活躍した作曲家で,当時の最先端だった12音技法を使った曲も作っていますが,今回演奏された曲は,新古典主義的な分かりやすさを持った明快な作品でした。ギリシャ風の5つの舞曲からなる作品で,どの曲もちょっとエキゾティックな雰囲気を持ったメロディが魅力的でした。エネスコのルーマニア狂詩曲辺りとちょっと似た雰囲気があるなと思って聞いていたのですが,考えてみれば,お隣のような国ですね。

弦楽合奏による演奏でしたが,音自体に彫りの深さが感じられました。カラっとした明るさとメランコリックな気分とが同居しており,地中海の強い日差しを受けてできる影の濃さを思わせるようなコントラストの強さを持った音楽だった思います。音だけでなはく,各曲のキャラクターにもメリハリが効いており,コンパクトな交響曲を思わせるバランスの良さがありました。民族舞曲を素材にした作品ということで,激しいリズムを感じさせる部分もありましたが,クリストプーロスさんの作る音楽には,熱狂するような部分はなく,あくまでもくっきりとした明快さがありました。それが逆に凄味となって感じられました。

続いて,ヴァイオリンの漆原朝子さんが登場し,モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番が演奏されました。こちらは「トルコ風」ということで,「音で巡る東地中海ツァー」という意図の選曲だったのかもしれません。

漆原さんがOEKの定期公演に登場するのは,10年ぶりぐらいのことです。石川県立音楽堂に登場するのは,今回が初めてだと思います。大変若い頃から,お姉さんの漆原啓子さんと競うように活躍されていましたので,既に長いキャリアをお持ちの方ですが,奇をてらったところのない,真っ直ぐな音楽は,以前から変わらないと思います。今回,漆原さんは白いドレスで登場されましたが,その雰囲気どおり,音の純度が高く,その美しさだけが聞き手の耳に染み込んでくるようでした。その結果,曲の形がくっきりと浮き上がり,古典派の曲をしっかり聞いたという印象が残りました。

クリストプーロスさん指揮OEKの演奏も見事でした。第1楽章のオーケストラのみによる序奏部から,キリッとした大変密度の高い音を聞かせてくれました。装飾音の演奏法に特徴があり,この楽章で何回も出て来る「タラララ,ラ・ラ・ラ」というフレーズを「トゥルーララ,ラ・ラ・ラ」という感じで演奏していました。全体的な表情はすっきりしているのですが,細かい強弱のニュアンスが付けられており,序奏部分だけでも聞き応えがありました。

序奏の後,満を持して漆原さんのヴァイオリンが登場しますが,まず,その落ち着いた間の取り方に品の良さを感じました。漆原さんの音は,上述のとおり,大変すっきりしており,清潔感があったのですが,とても美しいヴィブラートが掛かっており,冷たい感じはしませんでした。大げさな身振りは全くなく,余分なものも付いていないけれども,味わい深さや,ちょっとした遊びや余裕のある音楽となっていました。なお,カデンツァは,一般的によく使われているもの(ヨアヒムのもの?)でした。

第2楽章は,さらりとした速目のテンポで始まりました。漆原さんのヴァイオリンにも第1楽章同様の美しさがありましたが,楽章が進むにつれて,どこか濃密さを増していく辺りに面白さを感じました。弦楽器に”トルコ風”のコルレーニョ奏法(胴体を叩く奏法)が出て来る第3楽章には,いくらかケレン味があるのですが,それも大げさすぎることはありませんでした。この部分については,ちょっと地味かなという気もしましたが,曲全体を品良くまとめた大人の音楽になっていたと思います。

アンコールに応え,バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータの中の1つの楽章が演奏されました。ヴァイオリン奏者がアンコールで,”無伴奏”を取り上げる機会は非常に多いのですが,どういう楽章を選ぶかで,その方の個性が分かる気がします。漆原さんは,ゆっくりとしたテンポのサラバンドを選びました。技巧を見せることよりも音楽で安らぎを感じてもらいたいという気持ちが強いのだと思います。無駄な力が入っておらず,しみじみとした情感がホールに漂うような,素晴らしく上質な音楽でした。

後半は,シューベルトの交響曲第3番が演奏されました。この曲がメインのプログラムになるのは,やはり室内オーケストラならではです(今回の定期公演では管楽器の増員はなく,正真正銘のOEKの編成でした)。OEKが演奏するのにもっとも相応しい交響曲と言えると思います。

第1楽章は,古楽奏法を思わせる,すっきりとした序奏で始まりました。ティンパニはバロックティンパニを使っており,大変軽やかな透明な響きに耳が洗われました。楽器の配置は,下手側から第1ヴァイオリン,チェロ,ヴィオラ,第2ヴァイオリンと並び,下手奥にコントラバスが来る古典的な対向配置を取っていました。

主部に入るとさらに力強さが加わりました。シューベルトらしく,非常に流れの良い曲なのですが,それが流れすぎず,がっちりとした構築感を感じさせてくれました。他の曲でもそうでしたが,クリストプーロスさんの作る音楽には,引き締まっていると同時に,常に地に足が着いたような安定感があり,音楽全体のバランス最適化されています。その安定感があるからこそ,木藤さんのクラリネットによる第1主題,加納さんのオーボエによる第2主題などが美しく,楽しげに花開いていたのではないかと思います。最初に演奏されたスカルコッタスでもそうでしたが,音楽に常に陰影が感じされるのも素晴らしいと思いました。

第2楽章も軽快で楽しい音楽です。ここでもクラリネットなどの木管楽器が演奏するフレーズが美しくくっきりと歌われており,幸せな気持ちにさせてくれました。ベートーヴェン風のスケルツォの第3楽章では,レントラー風になる中間部とのコントラストが鮮やかでした。

第4楽章は軽快なタランテラですが,ここでも音楽がしっかりとコントロールされており,暴走することはありません。音楽に明確さがあり,すみずみまでしっかり彫琢され,光が当たっているような,美しさがありました。今回のコンサートマスターはマウロ・イウラートさんというイタリア出身(日本国内を中心に活躍されているようです)の方でしたが,そのせいもあるのか大変明快な音楽になっていたと思います。指揮者が,オーケストラをしっかりドライブしている感じがよく伝わって来るような充実した演奏でした。

アンコールでは,ロッシーニの歌劇「絹のはしご」序曲が演奏されました。実は響敏也さんによるプレトークの中で「2月29日はロッシーニの誕生日です」といった話題が出てきたのですが,このアンコール曲は,この誕生日を意識しての選曲だったのかもしれません。シューベルト同様,大変緻密で明晰な演奏でした。オーボエの加納さんのソロも大変美しいものでした。

クリストプーロスさんは,弦楽器の引き締まった響きを中心に,各曲でOEKから美しい音をしっかりと引き出してくれていました。恐らく,今後大きな注目を集める指揮者になることでしょう。今回の公演は,全曲レコーディングを行っていましたが,演奏会全体としての曲のバランスも良かったので,クリストプーロスさんを日本に紹介するための絶好のCDに仕上がりそうです。クリストプーロスさんは,2月28日の石川県学生オーケストラとOEKとの合同公演にも指揮者として登場しますが,こちらでのラフマニノフの交響曲第2番も注目の演奏になりそうです。
(2010/02/27)



Review by K史さん
 

はじめまして、私は東京在住なのですが、今回は敬愛する漆原朝子さんの演奏を聴きに金沢まで来てしまいました。

恥ずかしながら今回の演目「トルコ風」を聴くのは全くの初めてでしたので、変な先入観を持たずに聴くことが出来ました。しかし、そのせいかもの凄い衝撃を受けることに…それは序奏後のヴァイオリンソロの出だしの一音。今まで私が生で聴いた音の中で一番美しいものでした。漆原さんの弓が弦に触れたときの微細な音が自然に拡がってホールに解き放たれる様子の素晴らしさは言葉にすることはできません。美しいという言葉も適切かどうかも分かりません、純度が高いと言った方がいいのかもしれません。時間にすればほんの一秒程度だと思いますが極めて濃密な時間でした。漆原さんの演奏はどちらかと言うと上手につけられたお燗酒のようにジワリと染み入ってくるような印象があったのですが、冷静に振り返ってみるとこの一音の様子はジワリと染み入る漆原さんの音楽の要素が凝縮された一秒間であったわけでして、これからは線(節)だけでなく点(音)にも注目していこうと思いを新たにしています。

冒頭のインパクトがあまりも強烈だったので、その後の印象が霞んでしまってあまりよく覚えていないのですが、漆原さんらしい優雅で落ち着きのある演奏だったように思います。ご本人が以前に語っていた「重心」と「奥行き」も上手く体現できていたのではないでしょうか。ただアンコールのバッハはちょっとだけ「重心」がずれたように感じられた箇所もありましたが、協奏曲を弾き終えた後のことを思えば極めて些細なことです。なんと言っても最初のあの一音は今回私が北陸で過ごした時間のハイライトです。どちらかと言うと協奏曲よりは室内楽での漆原さんを好む私ではありますが、今回のモーツァルトは本当に素晴らしく金沢まで来て本当によかったと思えるものでした。

漆原さんのことばかりになってしまいましたが、金沢で晴らしい時間を過ごさせてもらいましたので一言寄せさせていただきます。
(2010/03/07)

関連写真集

公演の立看板です。


この日は,カフェ・コンチェルトで,ラ・フォル・ジュルネ金沢2010の記者発表がありました。


特に募金お願いのアナウンスはありませんでしたが,ラ・フォル・ジュルネ金沢を継続的に実施するための応援募金のお知らせが出ていました。こういう財政状況・経済状況では,こういう取り組みも必要かもしれないですね。



この日はサイン会が行われました。


指揮者のクリストプーロスさんのサインです。ヴァシリスなのにBとなっていますので,これはギリシャ語なのだと思います。クリスト...の方も「X...」となっています。


漆原朝子さんのサインです。アルファベットと漢字が併記されています。


ゲストコンサートマスターのマルロ・イウラートさんとおなじみのトロイ・グーキインズさんのサインです。