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オペラ「耳なし芳一」金沢公演
2010/03/10 石川県立音楽堂邦楽ホール
池辺晋一郎/オペラ「耳なし芳一」
●演奏
池辺晋一郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)
演出:杉理一

芳一:中鉢聡,和尚:志村文彦,寺男与作:安藤常光,その妻おふく:浪川佳代,[平家の亡霊]武士:久保田真澄,ナレーション(声):仲代達矢
奥女中老女:直江学美(ソプラノ),奥女中若女:木村綾子(ソプラノ)
琵琶奏者:半田淳子
合唱:OEK室内オペラ合唱団,OEKエンジェルコーラス

Review by 管理人hs  

実はこの日は,名古屋まで日帰り出張があったのですが,ギリギリ開演時間の19:00までに金沢に戻ることができましたので,そのまま池辺晋一郎作曲のオペラ「耳なし芳一」を観て来ました。ホールに入ってみると...驚くほどの超満席でした。補助席を沢山だしていましたが,どこを見ても一杯で,2階席最後列にようやく一つ空席を見つけることができました。邦楽ホールにこれだけ大勢の人が入ったのを見たのは,ラ・フォル・ジュルネ金沢の一年目以来のような気がします(ただし,この公演では,オーケストラピットとして,前方の座席を撤去していましたので,通常より定員は少なくなっていたと思います)。

「耳なし芳一」は,1982年に池辺晋一郎さんが,NHKの委嘱で書いた2幕からなるオペラ(初演はFM放送で,1993年に舞台初演されています)で,今回が6回目の公演になるとのことです。当時のNHKのディレクター杉理一さんが演出担当,指揮は池辺さんご自身で,ほぼ同じキャストで,金沢市,射水市,横浜市の3箇所で上演されます。邦楽ホールで上演していることからも分かるとおり,オーケストラの編成は,通常のOEKの編成の半分以下ぐらいでしたが,それでも管・弦・打楽器は一通り揃い,チェンバロ,ハープ,トロンボーン,そしてこの作品ならではの琵琶が加わっていたのが,特徴的でした。オーケストラピットには,次のような感じで並んでいました。

         舞       台
--------------------------------------
打楽器          Fl Ob  Hrn Hp
  琵琶 弦楽器  指揮者  Cl  Tb  Cem


OEKは,2008年に邦楽ホールで「あまんじゃくとうりこひめ」を取り上げていますので,,それに連なる「地元アーティストを主体とした邦人作曲家による室内オペラシリーズ」第2弾とも言えます。

原作となっているのは,小泉八雲原作の同名の怪談です。それほど長い話ではないのですが,所々で出て来る幻想的なシーンや,タイトルにもある「耳」のシーンが見所であり,表現する場合のポイントとなります。今回の池辺・杉版「耳なし芳一」では,こういった要素を比較的ストレートに表現していました。ただし,リアリズムを追求するわけではなく(リアルにやってしまうと,非常にグロテスクなものになりますね),その分を音楽で盛り上げていました。

特に主人公・芳一のキャラクターそのものである半田淳子さんによる琵琶の効果が素晴らしく,この作品全体にコントラストと奥行きを加えていました。この作品では,音響効果を考え通常の琵琶ではなくもっと迫力のある表現の可能な薩摩琵琶を使っているのですが,池辺さんとしては,琵琶とオーケストラと声を絡めたかったから,この作品を作曲したのかな,とさえ思いました。

ただし,作品全体としては,アリアが出て来るオーソドックスなオペラというよりは,ドラマに近い部分もありました。オペラ全体の基調を作るような,平家の亡霊の合唱や鬼火が出て来る導入部に続いて,仲代達矢さんの声によるナレーションが始まりました(もちろん,その場に仲代さんがいるわけではなく,音を流していただけです)。この辺はテレビ・ドラマや映画的な作り方と言えます。仲代さんの声は,いかにも「怪談向き」で,雰囲気が一気に重厚になりました。そこにさらに,半田さんによる琵琶が加わることで,さらに気分が盛り上がりました。

物語のストーリーは,「盲目の琵琶法師・芳一が,平家の亡霊に取りつかれ,危うく幽界に誘い込まれそうになる」というお馴染みのものです。ストーリーの途中で,平家の亡霊の居る場所(安徳天皇の墓地)に移動し,そこで平家物語を語るので,劇中劇のような二重構造になっています。途中で異界に紛れ込み,主人公が現実から引き離されてしまう辺り,「浦島太郎」とも形は似ている印象を持ちました。

通常のセリフ的な部分とシュプレヒ・シュティンメ風の部分の2種類を使い分けていましたが,一つのドラマとして全く違和感を感じました。低音の発音がちょっと聞きにくい部分はありましたが,邦楽ホールは,コンサートホールに比べると残響は少なく,演劇向きのホールですので,言葉はよく聞こえました。オーケストラの編成もそれほど大きくなく,オーケストラの音で歌が消されることもありませんでした(2階席の方がかえって声は聞きやすかったのかもしれません)。日本語のオペラを小編成で上演するには,この邦楽ホールは打ってつけです(もちろん提灯をはじめとした和風のデザインもぴったりです)。この和洋折衷の室内オペラというのは,OEKと音楽堂の新しい売りにできるのかもしれません。

このように通常のオペラに出てくるようなアリア的なアリアはなかったのですが,その代わり,ちょっとリリックな気分を持った和風の歌い回しの部分が所々で出てきました。特に芳一役の中鉢さんの声が素晴らしく,大変美しい高音が印象的でした。詳しいことは知らないのですが,清元とか長唄を西洋風にアレンジしたような聞き手の情感をゆさぶるような泣かせる歌となっていました。平家の亡霊たちが喜ぶ(泣く?)のももっとも当然という歌でした。「波の下にも都があります」といった言葉が何回か出てきましたが,これが一種キーワードのようになっていました。

この芳一に平家の亡霊チームと和尚さんチームの両グループが絡んで来るのですが,それぞれが面白い味を出していました。平家の亡霊の方は,非常に重そうな鎧兜を着た武士がズシリズシリと歩みながら登場したり,美しい十二単の着物を着た女性たちが,ステージ上のスクリーンの背後に,音もなくスッと浮き上がったり,怖いほど幻想的な現実離れした美しさをしっかり表現していました。その他,舞台の背景に,月明かりに照らされた夜の海のような光景が現れたり,舞台・照明ともに,シンプルながら鮮やかな効果を上げていました。

一方の和尚さんチームの方は,コミカルな雰囲気を出していました。シリアスなムードばかりが続くのも疲れるので,意図的に変化をつけていたようでした。和尚,寺男,その妻の3人によるアンサンブルを楽しませるような部分もあり,前回の「あまんじゃくとうりこひめ」同様に伝承民話風のテイストも感じました。

歌手の皆さんは,前述の中鉢さんをはじめとして,どの方も立派な歌を聞かせてくれました。その中で寺男の妻役の浪川佳代さんは,以前,石川県登竜門コンサートに出演された方で,歌を聞くのは久しぶりのことでしたが,しっとりとした落ち着きがあって,良いなぁと思いました。

池辺さんの音楽では,やはり,半田さんによる琵琶の部分が印象的でした。武満徹さんのノヴェンバーステップスに出て来るような「ギギギギ...」という感じの音を使ったり,和洋が対決するような緊張感漂う雰囲気を出していました。その他,ハープやチェンバロを使っていたのも印象的でした。特にチェンバロの音は,非常に鮮明に聞こえ,ドラマティックな気分を盛り上げていました。ちょっと黒澤明の映画「用心棒」に通じるような使い方だと思いました。場面のつなぎの部分では,雨の音,虫の声といった効果音を使っていましたが,この辺も演劇的でした。

ドラマのクライマックスは,芳一の全身に般若心経を書く場面以降ですが,3人の小坊主を登場させて,お経を読ませたり,お経をスクリーンに投影したり,リアルに見せるのではなく,象徴的に表現していました。この辺では,お経の繰り返しに迫力があり(黛敏郎さん作品に出てきそうな感じ?),暗い興奮を生んでいました。

その後,平家の亡霊が芳一の両耳を引きちぎる場面になるのですが,ここでもリアルに描くのではなく,照明で大きな耳をステージ上に投影させることで,デフォルメした形で表現していました。この部分では,平家の亡霊たちが綱引きをするように並び,「うんとこしょ」と「大きなかぶ」を引っこ抜くような動作を取ると,大きな耳が赤くなるという演出でしたが,この辺りから段々とコメディタッチになって行きました。

耳を取った後,「出た出た」とか「ネバネバ」とか(言っていたように聞こえましたが),ちょっとブラックユーモア風の雰囲気になっていました。着物を着た亡霊たちが踊る,ということで,見ようによっては,マイケル・ジャクソンの「スリラー」を和風にしたらこういう感じか,というところもありました。その他,「や・つ・ざ・き(八つ裂き)」というのを振りつきで何回も言っていましたが,何かお笑い芸人の一発芸のようで,妙に印象に残っています。

小泉八雲の原作では,「その後,芳一は「耳なし芳一」として有名になり,お金持ちになりました」というような民話風のエンディングになっているのですが,今回のオペラ版では,再度,仲代さんのナレーションが戻ってきて,余韻と重みを感じさせる雰囲気になりました。

そして,いつの間にか,ステージ中央には,中鉢さんに代わって,琵琶の半田さんが座っていました。ここまでは,中鉢さんが琵琶を演奏する所作だけを行い,ピットに入っている半田さんが実際の演奏をするという形だったのですが,最後の最後になって,本物がステージ中央に登場するというのははなかなか面白い演出でした。このお話については,どうやって締めるのかな?と気になっていたのですが(耳を取られて終わりだとちょっと後味が悪い),時代は移り変わっても,芳一は生きているといった,普遍性を感じさせてくれるようなエンディングになっており見事でした。

池辺さんは,本当に数多くの映画音楽,演劇,テレビドラマなどの音楽を手がけられてきました。石川県立音楽堂では,過去,音楽堂完成時に石川県の歴史を題材とした「呼びかわす山河」というオラトリオ,洋楽監督に就任された2004年に新潟県のために作曲したオペラ「てかがみ」を上演していますが,今回の「耳なし芳一」は,「3年間の推敲を重ねた末に完成した力作」(チラシによる)というだけあって,コメディからホラー,西洋と日本,ドラマとオペラ...などいろいろな要素が詰め込まれた,アイデアの総決算のような作品になっていたと思いました。さすが池辺さんという作品だったと思います。,

PS.この作品は,今回は新湊 横浜 3館で公演でしたが,仲代さんつながりで能登演劇堂・OEK共同制作で能登演劇堂でも上演できませんかねぇ。能登演劇堂仕様で,舞台奥から平家の亡霊がゾロゾロ出て来るという演出はどうでしょうか?

PS.それにしても金沢駅から音楽堂へのアクセスの良さにはあきれるほどです。18:50に金沢駅に到着したのですが,傘を開くことなく,余裕で19:00の開演に間に合いました。東京の有楽町駅から東京国際フォーラムまでのアクセスも良いのですが,金沢はそれを上回っていると思います。この「交通至便」というのもLFJKの成功要因の一つだと実感した次第です。 (2010/03/14)

関連写真集

公演のポスターです。


数日前,日本アカデミー賞の発表がありましたが,池辺さんが担当した「剣岳:点の記」が音楽賞を受賞しました。そのポスターが,GOGO松井(色合いが赤くなっています)のポスターと並んで掲示されていました。