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オーケストラ・アンサンブル金沢第278回定期公演M
2010/03/21 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ヘンデル/合奏協奏曲第12番ロ短調op.6-12
2)タルティーニ/トランペット協奏曲 ニ長調
3)アウエルバッハ/フラジャイル・ソリテュード:弦楽四重奏とオーケストラのための
4)ハイドン/トランペット協奏曲変ホ長調,Hob.Ze-1
5)グルダ/チェロとブラス・オーケストラのための協奏曲
6)(アンコール)小曽根真,ルドヴィート・カンタ,ルベン・シメオによる即興演奏
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-5
アビゲイル・ヤング,江原千絵(ヴァイオリン*1,3),デルフィー・ティソ(ヴィオラ*3),ルドヴィート・カンタ(チェロ*1,3),大澤明(チェロ*1),ルベン・シメオ(トランペット*2,4,6),小曽根真(ピアノ*6)
プレトーク:響敏也
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の3月の定期公演は,数年前の「おもちゃ箱」以来,井上道義さんのアイデアをダイレクトに表現したようなプログラムになるのが恒例になっています。今年もまた,大胆な内容となりました。

まず,演奏された曲が協奏曲的な作品ばかりでした。最近,OEKと共演したCDが発売されたばかりの若手トランペット奏者のルベン・シメオさんの独奏によるトランペット協奏曲2曲,合奏協奏曲風の作品が2曲,そして,最後にグルダのチェロ協奏曲が演奏されました。「協奏曲で終わるプログラム」というのは,過去にも何回かありましたが,「協奏曲ばかり」となると,初めてのことかもしれません。

そして,何と言っても最後に演奏されたグルダのチェロ協奏曲です。この曲は1年前の「もっとカンタービレ」シリーズで演奏されましたが,今回再度選曲されたのは,この快作(怪作)を今度は定期会員の皆さんにも楽しんでもらいましょうという,という井上さんとカンタさんのたくらみだったのではないかと思います。

最初に演奏されたヘンデルの合奏協奏曲は,弦楽メンバーのみによる演奏でした。定期公演で,演奏されるのは初めてのことだと思いますが(私自身,聞くのは初めてでした),ロ短調ということもあり,冒頭の響きから,鮮烈で,非常に良い曲だと思いました。楽器の配列は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが左右に分かれる対向配置で,第1ヴァイオリンのヤングさん,第2ヴァイオリンの江原さん,チェロの大澤さんがソリストも務めていました。独奏のパートをはじめ,ほぼノンヴィブラートで演奏していたと思います。

バロック音楽を演奏するには大きめの編成だったと思いますが,キリリと締まっていると同時に,ズシリと迫ってくる迫力もあり,オーケストラの定期公演の第1曲目として相応しい選曲だと感じました。中間の緩徐楽章の親しみやすさ,後半の楽章のミステリアスでしかもダンサブルな感じなど,やはり井上さんが指揮をすることにより,演奏の柄が大きくなり,魅力がアップしていると思いました。ヘンデルの合奏協奏曲集は,名作と言われていますが,その割に取り上げられる機会の少ない作品です。今後,ハイドンの交響曲などと同様,OEKにコツコツと取り上げていって欲しいジャンルです。

続いて,お待ちかねのゲスト,ルベン・シメオさんが登場しました。スペイン出身のまだ十代のトランペット奏者ですが,黒のスーツ,白いシャツ,鮮やかな赤のネクタイという衣装からしてビシっと決まっており(Avexから発売された新譜CDのジャケットの色合いとしっかりコーディネートされています),ステージに現れると同時に,「期待の新星登場」という気分が会場に広がりました。演奏も期待どおりでした。それ以上だったかもしれません。

まず,出て来る音に全く無理がなく,凛とした明るい音が,空気そのものという感じでホール全体に広がっていました。どんなパッセージも軽々と演奏し,黄砂が吹き荒れていた金沢の空に青空を取り戻してくれるような,爽やかさがありました。シメオさんの音は,くっきりとしているけれども,冷たい感じはせず,全体としてとても柔らかな感触があるのが何よりも魅力的でした。第2楽章のしっとりとした弱音も素晴らしく,ずっと浸っていたくなるような気持ち良さを持っていました。速いパッセージの出て来る第3楽章では,スマートでキレの良い技巧もしっかり聞かせてくれました。OEKの演奏にも,シメオさんにインスパイアされたような晴れ晴れとした気分がありました。

続いて演奏されたアウエルバッハの作品は,最初に演奏されたヘンデルの合奏協奏曲にしっかり呼応していました。アウエルバッハさんは,数年前,OEKのコンポーザー・イン・レジデンスだった方で,OEKも彼女の作品を何曲か演奏してきました。今回演奏された「シャドウ・ボックス」は,2008年の作品で,弦楽四重奏と管弦楽のための合奏協奏曲的な作品です。ソリストに当たる4人の弦楽メンバーがステージ中央に立ち,その回りを少しスペースを空けて,オーケストラが取り囲む形になっていました。

楽器編成は,やや小さめで,打楽器やトランペットは入っていませんでした。刺激的な音が少ない分,バス・クラリネット,コントラファゴットといった楽器を加えることで(はっきり分からなかったのですが,アルト・フルート,イングリッシュホルンなども使っていたかもしれません。また,チェレスタが加わっていました。),木管楽器を中心として微妙な音色の綾を作っているようでした。

全体の雰囲気も静かな部分が多かったのですが,それほど晦渋な響きはなく,耳に染み入るような詩的で静かな雰囲気を持っていました。弦楽四重奏が近景,オーケストラが遠景という感じになっており(武満徹の作品にもこういう発想の曲があった気がします),微妙な陰影であるとか奥行きを作っていました。ただし,全曲を通じて「ヌメーっ」とした感じの響きが延々と続いていましたので,かなり長く感じました。

その中で,時折出て来る,コントラ・ファゴットなどの威力のある音がアクセントになっていました。曲全体のミステリアスなムードをさらに盛り上げていました。途中,激しい感情がユニゾンで表出されるような部分もあり,曲の構成としては,シンメトリカルだったと思います。

響敏也さんによるプログラム・ノートには,「「ひとりの孤独」と「みんなのなかの孤独」が滲みながら共鳴する音楽」と書かれていましたが,聞き終わって,なるほどそのとおりの作品だったかなと実感した次第です。アウエルバッハさんの作品については,思い切り文学的な気分に浸って聞くのが良いようです。

後半は,再度ルベン・シメオさんが登場し,トランペット協奏曲の定番,ハイドンのトランペット協奏曲が演奏されました(響敏也さんによるプレトークの中で,この曲がハイドンの最晩年の作品であることが紹介されましたが,少々意外でした。言われてみると,シンプルさの中に澄み切った境地のようなものが感じられる作品です。)。

シメオさんの演奏ですが,前半同様,安心して身をゆだねることのできました。ここでも大変気持ちの良い音楽を聞かせてくれました。ただし,楽器を変えていたかもしれません。前半のタルティーニは高音が中心でしたが,後半のハイドンの方は,より落ち着きのある響きを聞かせてくれました。

特に印象的だったのが第2楽章でした。音量を抑え,少しくぐもったような暗い音を使っていました。これが絶品でした。井上さん指揮OEKによる,揺れるようなシチリア舞曲風の伴奏の上で,夢のような時間を作ってくれました。最終楽章は対照的に颯爽とした演奏でしたが,全く慌てる部分はなく,古典派協奏曲としてのまとまりの良さを感じさせてくれました。

カデンツァでは輝かしく新鮮な音楽を聞かせてくれました。ただし,CDとは違うものでした(多分)。CD版のカデンツァは,いななくような超高音が出て来る大胆なもので,面白かったのですが,バランス的には,今回の演奏の方が趣味は良かったと思いました。

演奏後,盛大が拍手が続きました。井上道義さんも,曲が終わると同時にシメオさんの方に手を差し出し「この若者,凄いです!」という感じでアピールをしていました。前半の曲の後では「後半にも曲があるので...」という感じで,比較的あっさり拍手は鳴り止みましたが,今回は,「何としてもアンコールを引き出してやろう」という熱気がありました。

シメオさんは,1度目に袖に引っ込んだ後,一旦楽器を置いてきたのですが,次に出てきた時には,再度楽器を手にしていました。「これはアンコールか?」という気分が盛り上がったのですが...結局,ここではアンコールなしでした。その後,次の曲のための舞台設定の時間を利用して井上さんの「場つなぎ」のトークがあり,「すみません。後で何かやります」とフォローされていましたが,ちょっと紛らわしかったですね。この辺のステージマナーについては,まだ若いかなという気がしました。

さて,ステージの設定が終わった後,本日のメイン・プログラムであるグルダのチェロ協奏曲が演奏されました。この曲が演奏されるのは,上述のとおり,1年前ぶりのことですが,オーケストラの定期公演の中で演奏するには,なかなか勇気のいる作品です。

カンタさんのチェロについては,PAを使って音量を増幅していましたので,言ってみれば「エレキ・チェロ」といった感じになります(その他,編成に加わっていた太田真佐代さんのギターもPAを使っていました)。演奏する際のノイズなども強調されてしまうので,演奏の美感は多少なくなっていましたが,反面「何でもあり」のグルダの曲に相応しいワイルドさがありました。

曲は5つの楽章になっていますが,特に両端楽章のインパクトが強烈です。井上さんは,「嫌いな人がいたら,ごめんなさい」とあらかじめ謝っていましたが,初めて聞く人は第1楽章を聞いて相当驚いたと思います。

第1楽章は,今となってはちょっと懐かしい「緩さ」のあるロックのリズムで始まりました。ステージ中央奥には,ドラムセット,その隣にコントラバス,前方にギターがあり,8ビートのリズムを「ズンズンチャカ,ズンズンチャカ,」と刻みます。その上に,ブラス・セクションとカンタさんのチェロが乗っかってくるのですが,この部分では,ステージの照明が赤に変わり,ステージ上の天井にいつの間にか設置されていたミラーボールがグルグル回り始めました。響敏也さんがプログラム・ノートに書いていたとおり「ブルーライト・ヨコハマ」がヒットしていた時代(1960年代ぐらい)の,ディスコというよりは「ゴーゴー」という感じのノリの曲です。時代とズレている分,恥ずかしさはあるのですが,「なかなかイカスじゃん(使い慣れない言葉を使ってしまった)」などと,実のところ結構気持ち良く感じてしまうのも隠しようのない事実です。

この部分の後,取ってつけたように,モーツァルトの曲に出て来そうな優雅な音楽に変わります。この人を喰ったつなぎ方も最高です。この部分では,照明は普通に戻り,ミラーボールも消えます。伴奏のギターの音が軽やかに聞こえ,ロックの部分と正反対の爽やかな気分に包まれました。

これが数回繰り返されます。2つの様式が強引に組み合わされていることにより,「この音楽は洒落なんですよ」とグルダさんが喜んでいるように思えてしまいます。それがまた楽しい作品です。ちなみに編成は次のとおりでした。

  Drum   Cb
  Tp2 Hrn2 Tb Tuba
  Fl  Cl2  Ob2 Fg
              G
    Vc  指揮者

#この曲のタイトルの「チェロとブラス・オーケストラのための協奏曲」ですが,オーケストラには,このように木管楽器も含まれていますので,必ずしもブラス・オーケストラというわけではないのですが,原題自体,こうなっているようです。

第2楽章では,照明が爽やかな緑に変わり,ホルン,クラリネット,オーボエが活躍する穏やかな牧歌になりました。カンタさんのチェロもとても暖かなものでした。第3楽章は無伴奏チェロ独奏によるカデンツァです。照明が落とされ,カンタさんだけにスポットが当たり,一転して前衛的な激しさを持った音楽に変わりました。響さんの解説によると,通常のチェロの奏法を無視し,エレキギターを模した奏法とのことでしたが,パロディっぽい曲が続くなかで,この部分だけはシリアスな気分があり,全曲の核となっていました。

第4楽章では鈴の音が入るなど,再度のどかな気分になった後,第5楽章は,再度,お祭り騒ぎになりました。この楽章では,黄色っぽい照明を使っていましたが,これはビールのイメージだったと思います。庶民的なビア・ホールでバンドが演奏するような賑やかな行進曲になり,軽快なギター伴奏の上に,超絶技巧を駆使したチェロの速いパッセージが延々と続きました。途中,ホルンをはじめとした管楽器が一斉にベルアップしていましたが,これもまた気分を盛り上げていました。

ここでもギターの軽快な伴奏が気持ちよかったのですが,その上にスリリングな大道芸を見るようなスピード感溢れるカンタさんのチェロの名人芸が続きました。最後の方は,「天国と地獄」序曲のような盛り上がりを作っており,一足早く「熱狂の日」という感じになっていました。カンタさんと井上さんが仕掛け,それをOEKが一体となって盛り上げるような大変楽しいエンディングだったと思います。

お客さんと演奏者の一体感という点では,昨年の交流ホールでの演奏が上回っていたと思いますが,コンサートホールで聞く方が,音に開放感があり,その分,伸び伸びとしたスケールの大きさがあったと思います。井上さんが心配したほど,うるさく感じる部分もなく(これがエレキのベースだとうるさかったかもしれません),ロックのリズムと優雅なメヌエットが見事に調和していました。何でもありの楽しいステージでしたが,それをしっかりまとめていたのが,カンタさんの気迫であり,井上さんの前向きなサービス精神だったと思います。

盛大な拍手に応え,アンコール曲が演奏されましたが,ここで,先ほど予告されていたシメオさんに加え,もう1人驚きのスペシャル・ゲストが登場しました。3月23日と24日の東京公演,名古屋公演でOEKと共演するジャズ・ピアニストの小曽根真さんが,何と客席から登場しました。どこまで事前打ち合わせがあったのか分かりませんが,カンタさん,シメオさん,小曽根さんによる即席トリオによる即興演奏が行われました。

「さて何をやろうか?」と小曽根さんがつぶやいた後,即興演奏が始まりました。即興演奏に慣れている小曽根さんがまず,ソロでテーマをスラスラと演奏し始め,カンタさんとシメオさんが,それにフレーズを加えるという構成になっていましたが,なかなかスリリングな聞きものになっていました。

小曽根さんが演奏するテーマは,東京と名古屋で演奏するショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番のメロディに基づいていました。一方,カンタさんの方にはどこかグルダの曲の延長のようなところがあるのが面白いところでした。ショスタコーヴィチの曲ももともと冗談っぽい曲なので,ジャズ風に変奏するのにぴったりでした。演奏の最後の方では,途中まで大人しく聞いていた井上さんによる謎のダンスも加わり,「芸術はハプニングだ!」という不思議なムードで盛り上がっていきました。本当に,井上さんの登場する演奏会では何が起こるかわかりません。

今回は,協奏的作品ばかりを集めた変則的なプログラムでしたが,これは,井上さんがOEK団員の一人一人をソリストとして扱っていることの表れだったと思います。40人編成のOEKだからこそ可能な演奏会とも言えます。近年,OEKの個々のメンバーの顔が見えるような室内楽公演やソロ活動がますます増えていますが,その集大成だったと思います。

こういうオーケストラの団員のソロ活動については,東京のような大都会だと演奏会の数が多すぎて埋没しがちです。逆説的ですが,金沢ぐらいの規模の都市だからこそ,成り立つのではないかと思います(これはOEKfanの演奏会レビューが実証していると思います。金沢の場合,アマチュア団体からプロのオーケストラまで,満遍なく演奏会を楽しむことができますが,東京だと積極的に行きたい公演を自分で選択できる反面,行きたくても物理的に行けない公演が多数出て来ると思います。)。

OEKほど個々の団員の顔がその定期会員に知られているオーケストラは少ないでしょう。室内オーケストラについては,どうしてもレパートリー面での制限がありますがが,「どの団員でもソリストになる可能性がある」という点で,OEKは,非常に面白い形で進化しているな,と実感できた公演でした。

PS.上述の「場つなぎ」の時間を利用して,井上さんがいろいろと印象的なことを語っていました。今回は団員がソリストになる演奏会だったが,団員や裏方の職員だけではなく,お客さんの一人一人もソリストのように関わっている,とおっしゃられていました。つい最近,OEKの創設時から多大な支援を行ってきた,川北篤さんがお亡くなりになったそうですが,定期会員だった川北さんがいつも座っていた席を,今後,「川北シート」と名付けて,その功績を称えたいとのことです。川北さんのお名前は,OEK以外の音楽活動でもお聞きしたことがありますが(例えば,金沢大学フィルの定期公演のプログラムにも,毎回必ず「川北病院」の広告が入っていました),素晴らしいアイデアだと思います。メジャー・リーグの歴史ある球場などにありそうな良い話だと思います。
(2010/03/22)

関連写真集

演奏会の立看です。


この日はテレビの収録を行っていました。ホールの外には,大阪の朝日放送の車が停車していました。それ以外に,CD録音も行っていました。恐らく,トランペット協奏曲2曲はテレビ収録,合奏協奏曲2曲はCD録音だったと思います。グルダの協奏曲は?これはどちらも欲しいところです。


玄関には,早くも武者人形が出ていました。


JR金沢駅前のもてなしドームには,いよいよラ・フォル・ジュルネ金沢2010の大型タペストリーが吊り下げられていました。


こちらは,JR金沢駅のコンコースです。


音楽堂の中にも,ラ・フォル・ジュルネ恒例の青島広志さんによるイラストが飾られ始めていました。ショパンの伝記のようです。


これはショパン?



今回はサイン会が行われました。


シメオさんのサインです。OEKとの新譜CDのジャケットにサインを頂きました。


こちらはカンタさんのサインです。

カンタさん,シメオさんともに日本人にもいそうなお名前ですね(どちらも姓ではなく名の方ですが)。