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もっとカンタービレ第20回:鼓春日和 AKIO WATANABE×SOLA
2010/04/13 石川県立音楽堂 交流ホール
1)ベック/ティンパニのためのソナタ
2)デュパン/小太鼓とピアノのための小曲集アルバム第1番から
3)テーリヒェン/ティンパニとオーケストラのための協奏曲
4)ゴメス/レインボウズ
5)ハーディ/打楽器五重奏のための「赤の大地」
6)ピアソラ/「鼓動」〜第1,2,4,5番
7)アンコール曲(曲目不明)
●演奏
渡邉昭夫(ティンパニ*1,3;打楽器*2,5-7),平松智子*4-7,橋本理恵*4-7,横山亜希子*4-7,石井利樹*3-4,6-7,長屋綾乃*3,5-7,伊藤拓也*6-7)(以上打楽器)
中沖いくこ(ピアノ*2-3,6-7)
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)室内楽シリーズ「もっとカンタービレ」の2010年度最初の公演は,OEK打楽器奏者の渡邉昭夫さんを中心とした打楽器アンサンブルによる「鼓春日和」と題した演奏会でした。これまでこのシリーズでは,OEKのメンバーが複数人登場していたのですが,今回は,渡邉さん以外はすべて地元を中心に活躍している打楽器奏者ということで,これまでとは少し違う雰囲気がありました。少なくとも出演者8人中1人だけがOEKメンバーというのは初めてのケースだと思います。そのこともあり,これまで聞いたことのない曲が並んだ,オリジナリティ溢れるプログラムとなりました。

前半は,渡邉さんのソロが中心でした。

最初に演奏されたベックの曲は,ティンパニのみで演奏されました。3つの楽章からなる曲で,通常のソナタのように,急−緩−急という形式を取っていたと思います。荘重な雰囲気のある第1楽章,ジャズ的な軽さのある第2楽章,グリッサンド奏法が面白い第3楽章と性格が描き分けられていたのに加え,ティンパニの胴体を叩いたり,何と手でティンパニの皮を叩いたり,あらゆる技法を駆使した曲となっていました。渡邉さんの叩くティンパニの音といえば,金聖響さん指揮による「英雄」のCD録音を思い出しますが,この演奏もまた大変力強い演奏で,第1曲目から「全開!」という感じでした(演奏後のトークの時に息が上がっていたのも当然)

この日は,視覚面でも凝っており,ステージ奥の大型モニターにティンパニを叩く様子が大写しになっていました。通常の角度だけではなく,真上からティンパニを映したような映像もあったり,なかなか斬新なパフォーマンスになっていました。

次のデュパンの曲は,渡邉さんの小太鼓と中沖さんのピアノによる演奏でした。短い6つの曲からなる組曲でしたが,どの曲の雰囲気も粋な感じで,新古典主義的と言っても良いような軽妙さがありました。何よりも,渡邉さんの叩く小太鼓の”ザーッ”という感じの粒立ちの良いロールの音が心地よく響いていました。ちなみに,この演奏では,曲によって音の高さの違う小太鼓を2種類使い分けていました。

3曲目のテーリヒェンの曲は,ティンパニ協奏曲をピアノ伴奏で演奏したものでした(ピアノとティンパニ以外にも2人打楽器奏者が加わっていました)。テーリヒェンと言えば,ベルリン・フィルの往年の名ティンパニ奏者です(ちなみに1,2曲目に演奏されたベックとデュパンもまたオーケストラの中の打楽器奏者とのことです)。恐らく,ティンパニの機能を知り尽くしている方なのだと思います。大変聞き応えのある作品でした。

1曲目のベックの作品では,ティンパニの太鼓は4つ使っていましたが(ティンパニというのは,複数形なので,ティンパンが4つというのでしょうか?),この曲では5つになっていました。そのこともあり,さらにメロディアスになっていた気がしました。特に印象的だったのは,ミステリアスなムードを持った第2楽章でした。ドイツのティンパニといった感じの,深さのある表現力をしっかり味わうことができました。

この曲では,大太鼓やシンバルなどティンパニ以外の打楽器も演奏に加わっていましたが,第3楽章の最後の部分では,それらが力強く炸裂しており,打楽器の威力を存分に味わうことができました。

後半は,打楽器アンサンブルの曲が3曲演奏されました。今回の8人のメンバーですが,SOLAというグループのようです(プログラム・リーフレットには,各メンバーの紹介はあったのですが,グループ全体についての説明は書いてありませんでした。渡邉さんもその一員なのだと思います。)。前半のティンパニが中心の曲については,立派な雰囲気が漂う反面,少々肩が凝る部分がありましたが,後半の打楽器アンサンブルの曲については,鍵盤打楽器も沢山登場してきたこともあり,より色彩的で親しみやすい音楽になっていたと思います。この構成も良かったと思います。

後半最初のレインボウズは,聖書を題材とした作品で,3つの楽章から成っていました。シロフォン,マリンバ(1つの楽器を2人で演奏),ヴィブラフォンのアンサンブルで演奏され,同じような音形が繰り返され,積み重ねられながら,虹のように微妙に色合いを変えていくミニマルミュージック風の面白さがありました。この日は,会場の照明やフラワーアレンジメントにも工夫がされていたのですが,その色に合わせるかのように,各奏者の衣装も虹色になっており,視覚的にも楽しむことができました。各楽器の音の溶け合いも気持ちよく,いつまでも浸っていたいと思いました。

ハーディの「赤の大地」では,虹色から一転して,照明や衣装の方も赤い雰囲気になりました。こちらは太鼓を5人の奏者が硬質のバチで叩きまくるといった爽快さのある作品でした。純粋にリズムだけの世界ということで,和太鼓に通じる,ちょっと原始的で根源的な迫力を感じました。能登半島の輪島に御陣乗太鼓という伝統芸能がありますが,そういう世界とオーバーラップする,日本人の血(?)を呼び覚まさせられるような音楽でした。

最後に演奏されたピアソラの「鼓動」は,映画のための音楽とのことです。今回は5曲セット中のうちの4曲が演奏されました。ピアソラが映画音楽を書いていたことは知りませんでしたが,ピアソラ節が詰め込まれた聞き応えのある曲でした。オリジナルの編成かどうかは分からなかったのですが,特に鍵盤系打楽器によるしっとりとした,ちょっとセンチメンタルな気分は,ここまでの他の曲にないものでした。ムチの「パチン!」という音が随所に入っていましたが,他の楽器の音と重なり合うと独特の鮮やかさが出て,目が覚めるようでした。曲の最後の部分では,渡邉さんの演奏するドラムのテンポが一気に上がり,ヒートアップして終わりました。

ちなみに,この日4月13日は渡邉さんの誕生日だったそうで,曲の合間に紹介がされていました。アンコールの曲名は分からなかったのですが,それに応えるように,渡邉さんのヴィブラフォンとピアノによって,少し甘いムードのあるポップス系の曲が静かに演奏されました。次第に他の楽器も加わっていきましたが,「渡邉昭夫と仲間たち」という演奏会を締めるのにぴったりの選曲だったと思います。

今回は,ティンパニ独奏,鍵盤打楽器のアンサンブル,皮膜楽器だけの5重奏,...と編成・配置がかなり換わりましたので,配置転換中にトークが入ったのですが(フラワーアレンジメント担当(ピアソラの大ファンとのことです)の工藤文雄さんの「生花のポイントは,天地人...」といった話はもう少しじっくりと聞いてみたかったですね),それも楽しいもので,「音楽はメロディがなくても楽しめる」ことを実感できました。

今年度の「もっとカンタービレ」シリーズのプログラムですが,昨年度同様に変化に富んでいます。OEK側から見れば「何をやってもお客さんはついてくる」と実感し,お客さん側から見れば「次はどういう企画が出て来るだろう」という期待が常にあるのではないかと思います。すっかり定着してきたようです。6回6000円券というお得な券の力もあると思いますが,常に期待を持たせてくれるような企画力とOEK団員を間近に見られることが何と言っても魅力的なのだと思います。

ラインナップの中では,8月のコンサートに神尾真由子さんが登場したり,9月のコンサートでは井上道義さんのプロデュースによる「新作能」などに特に注目しています。
 (2010/04/17)

関連写真集


公演のポスターです。


こちらはシリーズ全体のポスターです。


ラ・フォル・ジュルネ金沢2010のフラッグもどんどん増えています。


もてなしドームの下の水辺にはライトアップされたプログラムが登場していました。売り切れ公演もいくつか出てきているようです。