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第9回北陸新人登竜門コンサート:管打楽器・声楽部門
2010/04/18 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ストラヴィンスキー/交響曲ハ長調
2)ラーション/ホルン・コンチェルティーノ op.45-5
3)マスカーニ/歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」〜“ママも知るとおり”
4)マスネ/歌劇「ウェルテル」〜“手紙の歌”
5)サン=サーンス/歌劇「サムソンとデリラ」〜“あなたの声に心は開く”
6)トマジ/アルト・サクソフォンと管弦楽のための協奏曲
●演奏
笠間芙美(ホルン*2),延命紀瑚(メゾ・ソプラノ*3-5),角口圭都(サクソフォン*6)
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)
Review by 管理人hs  

毎年,4月上旬に行われている北陸地方の新人演奏家発掘のために行われている北陸新人登竜門コンサート。今回は,管打楽器・声楽部門でした。ただし,今回は打楽器の方は登場せず,次の3人の方が登場しました。

  • 延命紀瑚さん(メゾ・ソプラノ,石川県在住)
  • 笠間芙美さん(ホルン,石川県出身)
  • 角口圭都さん(サクソフォン,富山県出身)

例年通り,井上道義さんとオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による「新人演奏家を盛り立てよう」という気分に満ちたステージの中で,3人それぞれの演奏を楽しむことができました。

まず前半ですが,管楽器の曲,声楽曲ともに,それほど長い曲でなかったこともあり,OEK単独で,ストラヴィンスキーの交響曲ハ調が演奏されました。恐らく,OEKが演奏するのは初めての曲だと思います。”新人”にちなんで,OEKの方にも新人の気分を味わってもらおうという意図だったのかもしれません。井上さんは,上着を着ず,白いドレスシャツで指揮されていましたが,こういった小さな”演出”もフレッシュさを盛り上げていたと思います。

新古典主義的な作品で,非常に瑞々しく緻密な演奏でした。CDで予習してから聞いたのですが,実演の方がずっと楽しめる作品でした。「前座」にしては,聞きごたえも,歯ごたえもたっぷりの演奏でした。

第1楽章は,すっきりと澄んだ透明なの音の絡み合いが見事でした。特に水谷さんのオーボエによる第1主題が印象的でした。今回,トロンボーン,テューバを追加し,ホルンを増強していましたが,曲の雰囲気としては,OEKにぴったりの曲だと思いました。

第2楽章はしっとりとした静かなムードになりました。第1楽章以上に室内楽的な雰囲気があり,個々の楽器の音がしっかりとホール全体に染み渡るような美しさがありました。第3楽章は,ストラヴィンスキーらしく原色的な響きを持ったスケルツォですが,重苦しくなることはなく粋な気分がありました。この辺は井上さんの持ち味だと思いました。

第4楽章は,第1楽章を受けるような楽章でした。ミステリアスなファゴット2本による音の対話に続き,スタッカートを中心とした歯切れ良く,デリケートな音楽が続きました。最後は,ふっと力を抜くように,静かに上品に終わるのも印象的でした。

ストラヴィンスキーらしく,ちょっとひねたところがあり,肌触りが冷たいので,誰にでも親しみやすい作品とは言えないと思いますが(演奏後,井上さん自身,「どうでした?外国語を聞いてるようなところがあったでしょうか」と語っていました。確かにそういう感じの部分もありました),その独特の色合いが,妙に後に残るところがあり,ストラヴィンスキーの未知の作品を発見できた喜びを味わうことができました。井上さんは,「バレエ音楽のようでしょ?」ともおっしゃっていましたが,井上/OEKによって非常に生き生きとした音楽として再現されていたことも,「聞かせる」演奏になっていた理由の一つだったと思います。

ちなみに今回のオーケストラのメンバーですが,NHK交響楽団関係者が数名エキストラとして参加されていました。まず,ティンパニ奏者が百瀬和紀さんでした。N響の場合,定期演奏会が全国ネットで放送されますので,お名前は知らなくても,「あっ,あの方だ」とすぐに分かりますね。百瀬さんもそういう方のお一人です。テューバは,多戸幾久三さんでした。お二人とも既に定年になっているはずですが,岩城さん時代(?)のN響を彷彿とさせる懐かしさを感じました。その他,クラリネット奏者には,現役のN響メンバーの山根孝司さんが参加されていました。

さて,後半です。ここからは,新人登竜門コンサートとなりました。最初に登場したのは,金沢出身のホルン奏者の笠間芙美さんでした。このコンサートにホルン奏者が登場するのは,初めてのことですが,このことは,それだけホルンという楽器の演奏が難しいことを意味しているのだと思います。

演奏されたのは,弦楽器とホルンだけによる小協奏曲でした。笠間さんは,フィンランドで勉強中の方で,今回は,ラーションという作曲家の作品が演奏されました。この作曲家も同じ北欧スウェーデン出身の作曲家とのことです。OEKが演奏するのは初めてだと思います。

# 後日,関係者の方から情報提供して頂いたのですが,この演奏が「日本初演」だったとこのとです。

2楽章からなる作品ですが,どこかメランコリックで,落ち着いたムードを持っており,いかにも北欧という気分を持っていました。笠間さんの演奏も大変落ち着いており,すっきりと癖のない美しい音を楽しませてくれました。ホルンといえば,「冷や冷やする(?)」こともある楽器ですが,そういう部分はなく,大変安定した演奏でした。第2楽章はさらに静かな雰囲気になり,白夜的と言っても良いほの暗い気分がありました。第3楽章もしっかりと聞かせてくれました。

というわけで,きっちりとまとまりの良さを感じさせてくれる演奏でした。ただし,そうなると,もっとスリリングでスケールの大きな演奏も期待したくなります。笠間さんは,これまでもOEKにエキストラで参加されていたことがあるようですが,これを契機に,今後,OEKと共演する機会は増えてくると思います。その時は,また違った面を聞かせて欲しいなと思いました。

続いて登場したのは,メゾ・ソプラノの延命紀瑚さんでした。恐らく,延命さんのような例は,この登竜門コンサート史上初めてのケースだと思います。既に歌手としてのキャリアを積まれた方で,年齢的にも新人とは言えないのですが,是非,OEKと共演したいとということで,応募し,見事オーディションを合格されました。

今回は,3曲歌われました。最初に歌われたマスカーニのアリアは,ドラマティックで切実な気分を持っていました。延命さんは,オペラから一場面を切り取ったような形で,オーケストラの演奏が始った後に下手から登場しました。歌唱が立派なだけではなく,その雰囲気がピタリと様になっていました。この辺が,並みの新人とは一味違うと思いました。

ちょっと声量的に弱いかなという部分はありましたが,声に瑞々しさもあり,ニュアンス豊かな表現力も「さすが」と思わせるものでした。2曲目のマスネの曲では,その細やかな表現が聞き物でした。

最後に歌われた,サン=サーンスの「サムソンとデリラ」の中のアリアは,最近では,女子フィギュアの音楽としてもよく使われる曲ですが,かなりゆっくりとしたテンポでじっくりとロマンティックに歌い込まれていました。その分,曲の流れがぎこちなくなっている面はありましたが,「ジャンプよりも表現力で勝負」といった感じの聞き応えがありました。「いかにもフランス音楽」といった感じのキラキラとした色彩感を感じさせてくれるOEKの伴奏も見事でした。

今回の延命さんについては,綾小路きみまろ風に言うと「全国の中高年女性の星」と言えそうです。「新人登竜門」という趣旨とはちょっとずれるところはありますが,「新人」の定義を拡大解釈することで,また新しい潮流が出て来る気がしました。

ちなみにこの延命さんですが,OEKの設立時に大きな力を発揮された,NHK交響楽団の「伝説の(?)ステージマネージャー」延命千之介さんの娘さんとのことです。お名前からして,「そうかな?」と予想していたのですが,演奏後のインタビューでそのことが披露されました。延命さんの父上のエピソードについては,岩城さんのエッセイなどにも登場していますので,不思議な因縁と感慨を感じさせてくれるようなステージとなりました。今回,N響関係者のエキストラが多かったのも何かのお導きだったのかもしれません。

最後に登場した,角口圭都さんによる トマジのアルト・サクソフォンと管弦楽のための協奏曲は,何よりも曲が素晴らしいと思いました。これまでも,登竜門コンサートの管楽器部門では,毎回のようにサクソフォン奏者が登場し,いろいろな協奏曲を聞かせてくれましたが,その中でも特に華やかで聞き映えのする曲だと思いました。角口さんの演奏も大変落ち着いており,安心して聞くことができました。曲の良さをしっかり伝えてくれる,大変気持ちの良い演奏だったと思います。

サクソフォンという楽器は,後発の楽器ということで,もともと楽器の機能自体が優れているのですが,角口さんの音は大変くっきりとしており,曲の姿がしっかり浮かび上がって来ました。第1楽章の最後の方で,ハープの伴奏の上にカデンツァが続く部分がありましたが,この部分が特に格好良く,クールに決まっていました。

第2楽章はさらに変化に富み,ノリの良い音楽が続きました。特に打楽器の活躍が目覚しく,大変聞き映えのする音楽となっていました。小太鼓がしっかりと活躍する辺り,ショスタコーヴィチを健康的にしたような趣きもあり,指揮者の井上さんとしても面白かったのではないかと思います。最後には,「新人」ということを忘れ,曲だけに集中することができました。大変立派な演奏だったと思います。

今回も井上さんが各曲の演奏後に出演者にインタビューをしながら進められましたが,OEKともども新人を盛り上げようという気分が溢れていました。お客さんの入りの方は,それほど良くはなかったのですが,今年もまた,春という季節にぴったりの,気持ちの良い演奏会を楽しむことができました。 (2010/04/22)


ラ・フォル・ジュルネ金沢の公式ガイドブック(無料)の配布もはじまっていました。エリアイベントのプログラムも書かれたチラシも出始めたようです。 音楽堂情報誌「カデンツァ」と「ぶらあぼ」の最新号です。 CDショップで見つけたナントの本家ラ・フォル・ジュルネのCDです。今回のテーマにぴったりの選曲のピアノ曲集で,ピアノは今回,金沢にも来られる,ブリジット・エンゲラーさんです。

関連写真集
公演のポスターです。


音楽堂・JR金沢駅周辺には,次第にラ・フォル・ジュルネ金沢2010の黄色い飾りが増えてきました。 このデザインのポスターは初めて見ました。





JR金沢駅です。


床にも



こんなところにも


なぜか「のだめ」のポスターも掲示されていました。

封切されたばかりの映画「のだめカンタービレ」のポスターでし。金沢駅周辺ではフォーラスの映画館で上映中です。