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オーケストラ・アンサンブル金沢第280回定期公演ファンタジー・シリーズ
2010/05/14 石川県立音楽堂コンサートホール
1)一柳慧/交響曲第7番「イシカワ・パラフレーズ:岩城宏之の追憶に」
2)ガーシュウィン/ラプソディ・イン・ブルー
3)一柳慧/オペラ「愛の白夜」〜ワルツ
4)一柳慧/ピアノ協奏曲第4番「JAZZ」
5)(アンコール)山下洋輔のピアノを中心とした即興演奏
●演奏
藤岡幸夫指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
山下洋輔(ピアノ*2,4-5)
Review by 管理人hs  
「ラ・フォル・ジュルネ金沢(LFJK)」明け(3年目ともなると,ほとんど「季語」のようなものですね)最初のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,ジャズ・ピアニスト山下洋輔さんをゲストに招いてのファンタジー公演でした。山下さんがOEKの定期公演に登場するのは2回目です。前回は,「伝説の...」と言っても良いラプソディ・イン・ブルーを聞かせてもらいましたが,今回はこのラプソディに加え,一柳慧さんのピアノ協奏曲を含む3曲が演奏されました,

今回は,の一柳慧+ガーシュインという,ちょっと他に例のないような独創的なプログラムでしたが,一柳さんの作品自体にジャズの感性が生きていましたので,見事にマッチしていました。山下さんと一柳さんにも,「前衛的な感性」という点で共通する部分があります。ただし,お二方とも大ベテランということで,今回の公演については,前衛性よりは「ピアノとジャズを肴に皆で楽しめるライブにしよう」という感じのサービス精神の旺盛さを感じました。ジャズならではの即興性に加え,オーケストラとの掛け合いも面白く,演奏会全体として,大変スリリングで楽しいものになりました。

まず前半,既にOEKによるCD録音もある一柳さんの交響曲第7番「イシカワ・パラフレーズ」が演奏されました。井上道義指揮による2008年1月の初演時の演奏に比べると,既に古典になっているようなまとまりの良さを感じました。管楽器の特殊奏法が続出する最初の部分,石川県の民謡風のメロディが続く部分,カンタさんのチェロ独奏が活躍する部分など各部分のメリハリが効いているので,聞いていて全く退屈しませんでした。最後の部分での打楽器が活躍する大きな盛り上がりも,文字通りシンフォニックでした。

続く,ガーシュインのラプソディ・イン・ブルーは,前回聞いた時のような「なんじゃこりゃ」という破壊的な雰囲気は薄まり,ジャズならではの即興性をオーケストラと一緒になって楽しむようなゆとりを感じました。もちろん,山下さんはいつもどおりの山下さんで,ヒジを使ったり,もの凄い高速で,鍵盤上を高音から低音まで動き回ったり,要所要所で,「ピアノ炎上!」というスタイルを聞かせてくれましたが,その中にどこか余裕があると感じました。

その一方,以前からずっと同じスタイルを続けているのは,本当に凄いことだと思います。いつもどおりチョッキを着て,軽快な足取りでステージに登場する姿を見ると,本当に若々しいなぁと見ているこちらの方まで元気が出ます。

山下さんによるアドリブ風のカデンツァは,3箇所ぐらいあったと思いますが,段々と”弾け具合”が大きくなり,最後に”大炎上”するような感じでした。藤岡幸夫さん指揮のOEKは,冒頭の遠藤さんのクラリネット独奏をはじめとして,たっぷりと余裕を持って聞かせてくれました。いつもの純粋なクラシック音楽の演奏のときとは一味違った,遊び心もあり,山下さんの演奏と気持ちよく溶け合っていました。

恐らく,山下さん自身,いろいろなオーケストラとの共演を積み重ねており,「クラシック慣れ」して来ているのだと思います。このことは悪いことではなく,聴きながら,「山下さんのピアノも完成の域に達したなぁ」などと感じてしまいました。

後半はまず,一柳さんによるオペラ「愛の白夜」の中からワルツが演奏されました。「一柳さんもこういう甘い雰囲気の作品を書くんだ」と思わせるほど,少々意外なほど分かりやすい作品でした。かなり長いピアノ独奏で始まった後(松井晃子さんがピアノを担当していました),ハチャトゥリアンとかショスタコーヴィチを思わせるような分かりやすいワルツになります。その響きの中に独特の色彩感があるのが一柳さんらしいところです。演奏時間もそれほど長くなかったので,井上/OEKのアンコールピースにも丁度良い曲ではないかと思いました。

後半のメインで演奏された,一柳さんのピアノ協奏曲第4番「JAZZ」は,2009年に横浜開港150年記念で書かれた作品で,標題どおり,ジャズの要素を取り入れています。ジャズの要素を取り入れたピアノ協奏曲としては,ガーシュインのピアノ協奏曲ト調(今年のバンクーバー冬季五輪でキム・ヨナ選手が使った曲)がありますが,それをさらに前衛的にし,山下さんの即興性を加え,全体をシンフォニックにまとめた,という感じの作品でした。

ピアノのセッティングの間に指揮者の藤岡さんが語られていたとおり,「横浜開港のイメージで言うと,黒船がやってくるような感じ」で曲は始まりました。曲は2つの楽章で構成されているとのことでしたが,耳で聞いただけでは区別はできず,多彩な要素を盛り込みながら大きく盛り上がって行きました。

途中,古き良き時代の少々レトロな感じのスイングする主題が出てきました。これが非常に印象的で,私の頭の中には,何故か笠置シズ子さん(古い!)が軽やかに楽しげに踊る,という奇妙な映像が沸いてきてしまい,「いいねぇ」と一人でリラックスしてしまいました。ただし,この主題ですが,その後もたびたび再現してきて,そのたびに笠置シズ子が出てくるので困ってしまいました。「文明開化発祥の地・横浜」のイメージを表現するテーマだったのかもしれません。

途中,山下さんのピアノが例によって「炎上」するのですが,どこまでが山下さんのアドリブで,どこまでが一柳さんの作品なのか判別できないところがありました。初演も藤岡さんと山下さんの共演だったこともあり,一柳さんだけの作品というよりは,山下さんと藤岡さんの感性も盛り込まれた,コラボレーション的な作品と言えそうです。手の内に入った自在さとその上に大きく盛り上がるダイナミックさが大変面白い作品でした。

曲の最後の部分では,同じ音型が繰り返されながら,次第に凶暴に盛り上がっていきました。この手法は,最初に演奏された「イシカワ・パラフレーズ」でも使われていましたので,一柳さんの得意技と言えそうです。終結部で,は打楽器の活躍がすさまじく,キラキラとした音の饗宴という感じになりました。このようなエネルギーに満ちた音楽を作り,再現できる「一柳×山下コンビ」の若々しさには感服しました。藤岡/OEKのサポートのノリの良さの基盤にもその若さへの尊敬の念があったのではないかと思います。

演奏後,盛大な拍手が続き,アンコールが演奏されました。これもまた楽しいものでした。最初,山下さんがいろいろな曲をさり気なく盛り込みながら即興的にソロで軽快に演奏した後,途中,一柳さんの「JAZZ」のテーマが出てきて,オーケストラが加わりました。その後,また山下さんが「スワニー川」などを交えて即興演奏を続けた後,最後にオーケストラが,全奏で「ジャーン」と盛大に鳴らしておしまいとなりました。

終演後のサイン会の時に藤岡さんに尋ねてみたところ,この最後の音はハ長調のドミソの和音と決めておいて,オーケストラが一斉に自由に演奏したとのことです。この音を聞いた瞬間,クレージー・キャッツ(古い!)とかが出てきそうな昔のバラエティ番組の中で使われるコミカルな壮大さのある効果音みたいだな,と感じました。音が自由に動き回る感じがまさに「JAZZ!」でした。藤岡さんの上述のトークの中で,ピアノ協奏曲「JAZZ」の最後の音もハ長調の和音だと紹介していたのですが,アンコールでもそのことを踏まえていたんだな,と後で納得した次第です。

この日のお客さんですが,LFJK期間中にPRしていた,「定期会員おためし3000円パック」の効果があったようで,会場は満席に近い入りでした。どことなく,会場の雰囲気も演奏の内容も,LFJKのお祭り気分の余韻が持続しているような定期公演でした。 (2010/05/15)

関連写真集
公演の立て看板です。


正面にはまだラ・フォル・ジュルネ金沢の看板が残っていました。


館内には赤じゅうたんも


この日はサイン会がありました。右側が藤岡幸夫さんのサイン,右が山下洋輔さんのサイン


一柳慧さんのサイン


サイン会の長い列が外からも見えました。