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オーケストラ・アンサンブル金沢第281回定期公演PH
2010/05/25 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/交響曲第38番ニ長調K.504「プラハ」
2)ベートーヴェン/交響曲第8番ヘ長調 Op.93
3)グローフェ/組曲「グランドキャニオン」
4)(アンコール)スーザ/行進曲「星条旗よ永遠なれ」
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1,3-4;兵庫県立芸術文化センター管弦楽団(コンサートマスター:岩谷祐之)*2-4
プレトーク:加古隆,響敏也
Review by 管理人hs  
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)恒例の合同公演,今回は,兵庫県立芸術文化センター管弦楽団(兵庫PACオケ)との共演でした。兵庫PACオケは,世界各地からオーディションで選ばれた若手演奏家の集団で,半数は外国人とのことです。芸術監督の佐渡裕さんの下,近年積極的な演奏活動を行っています。

外国人奏者が多い点に加え,地域に密着した活動を行っている点,コアのメンバーはそれほど多くなく,エキストラ奏者が多い点(曲の編成に応じて変わるのでしょうか?)などOEKと共通する性格を持つオーケストラですので,今回の合同公演は「なるほど」と思わせるものでした。これまでの合同公演は,OEKよりも老舗のプロオーケストラとの「一期一会のお祭り」的な共演でしたが,兵庫PACオーケストラとの共演については,「今後,もっと深い結びつきも可能かも」と思わせるところがありました。

今回の公演ですが,前半,各オーケストラが単独でモーツァルトとベートーヴェンの交響曲を演奏した後,後半,合同で,グローフェの「グランドキャニオン」が演奏されました。

まず最初,OEKによってモーツァルトの交響曲第38番「プラハ」が演奏されました。井上道義さんがOEKの音楽監督に就任後,モーツァルトの後期の交響曲を順に取り上げてきました。今回の「プラハ」で後期6大交響曲は完結したことになります。基本的に大変率直でストレートな演奏なのですが,ところどころ陰影を感じさせるようなニュアンスの変化がしっかりと付けられているのが,このコンビならではです。序奏部をはじめとして,重苦しさや大げさなところはなく,全体として心地よく引き締まった演奏となっているのも,いつもどおりでした。

この日のティンパニは,お馴染みの菅原淳さんで,バロック・ティンパニを使っていたようです。弦楽器の配置は,コントラバスが上手に来る対向配置で,下手側から第1ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,第2ヴァイオリンの順に並んでいました。弦楽器の奏法は,部分的にノンビブラート奏法を取り入れており,アビゲイル・ヤングさんのリードするヴァイオリンの透明感が際立っていました。また,第2主題でのしっとりと落ち着いた気分と好対照を成していました。この部分では,ファゴットの音も特によく聞こえてきました。その憂いを持った音色が特に印象的でした。

第2楽章も,弦楽器のノン・ヴィブラートのすっきりした表情が特徴的でした。テンポも速目で,一般的な緩徐楽章のイメージというよりは,どこか優雅な舞曲を思わせる部分がありました。この上品な繊細さを持った表現が大変新鮮でした。第3楽章は,明るく爽快な楽章ですが,ものすごく速いテンポというわけではなく,生き生きした表情の豊かさと同時に,終楽章に相応しい,立派さを感じさせてくれました。さすが,井上/OEKというモーツァルトだったと思います。

2曲目では,兵庫PACオーケストラが登場し,同じく井上道義さん指揮で,ベートーヴェンの交響曲第8番が演奏されました。この曲は,OEKの演奏で何回も聞いてきた曲ですので,かえって兵庫PACオケの特徴がよく分かった気がします。

兵庫PACオケの方が,OEKよりも若いメンバーが多いこともあり,第1楽章の冒頭から,大変音が生々しく,キレが良いように感じました。これは単なる「慣れ」の問題とも言えるのですが,その分,音の美感やしなやかさの面では,石川県立音楽堂をホームグラウンドとし,音響を熟知しているOEKの方が,魅力的かなと感じました。兵庫PACオケの方は,「のだめ」に出てくるR☆Sオケ的な,ちょっとこなれていない部分はあるけれども,エネルギーに満ちた演奏を聞かせてくれるオーケストラだな,と思いました。

第2楽章は,もともとシンプルな音楽ですが,どこか表情が硬く,やや単調な感じがしました。第3楽章も,どこかギクシャクしているかな,と感じました。井上さんは,この辺の楽章では,いつもは流れるような音楽を聞かせてくれるのですが,十分にドライブ仕切れていない気がしました。

反対に第4楽章は,このオーケストラの特質にぴったりだったと思います。堅めの音で,全曲をキレ良く爽快に締めてくれたティンパニを中心として(プラハと同じバロック・ティンパニを使っていました),大変キビキビとした音楽を聞かせてくれました。

このように前半では,両オーケストラの個性の違いがかなり鮮明にわかり面白かったのですが,今回の定期公演のハイライトは,何と言っても後半の「グランド・キャニオン」でした。

この曲は,「山道にて」をはじめとして,CDではよく聞かれる曲ですが,実演で全曲演奏されるのは,滅多にないと思います。私自身,生演奏で聞くのは,今回が初めてでしたが,良い意味で期待を裏切られました。正統派クラシック音楽から外れる,「色物」的な音楽かと思っていたのですが,「こんなにわかりやすく,楽しめる曲だったのか!」と作曲者のグローフェを見直してしまいました。

これは両オーケストラの持つしっかりとした音の魅力によると思いますが,グローフェの音楽自体,どの部分を取っても鮮明で,言葉で書くと陳腐になりますが,まさに「全編,音による映画」といった趣きのある曲でした。ストーリー性のあるスケールの大きさを持った音楽を得意とする井上さんには,ぴったりの曲だと思いました。

テンポは全般にゆったりとしており,ゴージャスでデラックスで総天然色といった感じのゆったりとした気分がありました。それでいて,非常に解像度が高く,ハイビジョンのテレビでグランドキャニオンをじっくりと眺めるような趣きがありました。

第1曲の「日の出」は,ティンパニの弱音の上に,弦楽器の高音が乗り,さらにトランペットの弱音が重なり...という感じで始まるのですが,生で聞くとそのサウンドを聞くだけで,嬉しくなりました。ツボにはまった!という感じです。音楽の構成は大変分かりやすく,段々と日が高くなるに連れて,壮大なクレッシェンドを豪快に聞かせるスケールの大きさがありました。第2曲の「赤い砂漠」は,対照的に静かな音楽なのですが,ここでも楽器の使い方が素晴らしく,どこかSF映画を見るような,面白さがありました。

第3曲の「山道を行く」は,大変有名な曲です。個人的には,あの「パッカ,パッカ..」という独特のリズムの刻みを一体どういう楽器で演奏するのだろう,と非常に楽しみにしていました。このリズムですが,最後列の打楽器奏者が,お椀のようなもの(椰子の実?)を両手に持ち,木の台のようなものの上で「カッポ,カッポ...」と左右交互に手を動かしながら,律儀に音を出していました。見るからに「がんばって,馬の足をやっています」という感じの動作で奮闘しており,山道を登るしんどさが,リアルに伝わって来ました。今の時代,シンセサイザーなどでも作れる音なのかもしれませんが,「こういう効果音は,人間が作るから面白いんだ」と再認識しました。

序奏部では,独奏ヴァイオンのカデンツァが入ります。今回は,OEKのアビゲイル・ヤングさんが,千両役者のような貫禄を持った堂々たる演奏を聞かせてくれました。ちなみに,この「グランド・キャニオン」の演奏では,各パートともOEKの奏者が首席奏者を担当していたようです。木管楽器では,ピッコロ,バス・クラリネット,イングリッシュホルン,コントラ・ファゴットなども加わっていたと思いますが,両オーケストラが合わさると,丁度四管編成になるので,この点でも「合同演奏のお相手」としてぴったりのオーケストラだと思いました。

[山道を行く」は,このようにのんびりとした微笑ましいムードが漂い,大変リラックスして楽しむことができました。最後の方に出てくる,オルゴールの音を彷彿とさせる,チェレスタ独奏も大変印象的でした。華やかな部分とのコントラストが素晴らしく,分かっていても,何やら「ジーン」と来てしまいました。

第4曲の「日没」もまた,グローフェならではのオーケストレーションを楽しむことができました。4本のホルンによる,掛け合いのようなファンファーレで始まった後,何とも喩えようのない,キラキラとした光沢があるような不思議なサウンドになります。その後の厚いカンタービレも聴き応えたっぷりでした。

そして,終曲の「豪雨」になります。クラシック音楽の中には,「嵐」を描いた曲は沢山ありますが,その中でも,もっともリアルな音楽なのではないかと思います。前半は,前曲から続く,安らかな音楽なのですが,チェロ独奏(これはカンタさんではなく,兵庫PACオケの方が担当していました)の辺りから不穏な空気になり,いかにも嵐の前兆という気分になります。この「いかにも」という雰囲気がたまりません。見事なチェロでした。

ピアノが「キラリッ」という感じのパッセージを演奏した後,ティンパニが「ドロドロドロ」という感じの強打を始め,リアルな豪雨シーンとなります。そのうちに,「ウィンドマシーン」も加わりました。打楽器の最後列に見慣れぬ大きな装置があったので,「きっとウィンドマシーンだろう」「どういう音が出るのだろう?」と思いながら,出番を待っていたのですが,やはり予想どおりでした。

ただし,音の方は楽器の大きさの割にはそれほど目立たず,レバーをグルグルと回すとスクリーンのようなものが「ヒュルヒュルヒュル...」と音を立てて回りだし,荒々しいというよりは,侘しげな音を出していました。この楽器の演奏も4曲目で「パッカ,パッカ」のリズムを刻んでいた打楽器奏者が担当していましたが,今回の奏者の中でいちばん注目を集めていたのではないかと思います。

さらに嵐が進行すると,ついには「瞬電か?停電か?」と思わせるように,ステージ上の照明が落とされ,スポットライトだけになりました。この演出は,井上さんの指示によるものだと思いますが,音による稲妻の効果をさらにリアルなものにしていました。グローフェのこの曲以外だと「やりすぎ」と感じたかもしれませんが,井上さんが指揮する,この曲に関しては,「ぴったり」と感じました。その後,嵐が過ぎ去り,普通の気候に戻って,潔く「ジャン!」と終わりましたが,生で聞く(見る)と本当に面白い曲だ,よく出来た曲だと実感できました。お客さんも大喜びでした。

そして,アンコールです。もしかしたら兵庫PACオケの音楽監督の佐渡さんの好みのような気もしますが,グローフェの曲を受けるのにぴったりのスーザの行進曲「星条旗よ永遠なれ」が演奏されました。赤い野球帽(Aのマークがあったか見えなかったのですが,松井秀喜選手の属するエンジェルスの帽子だったと思います)をかぶった井上さんが登場すると,「何かあるな」とは思ったのですが,「我らがミッキー」の本領発揮のパフォーマンスの連続となりました。上着を脱ぐとミッキーのシャツ,指揮台の裏に隠してあった星条旗を取り出し,左右に大きく振り,会場からは大きな手拍子...

その他,この日の公演では,開演前や休憩時間中にステージ上に「定期公演の曲目紹介」「OEKの次の公演の宣伝」のスライドを流すなど,いろいろな新しい試みがなされていました。これは,ラ・フォル・ジュルネ金沢からずっと続いていることなのですが,井上道義さんのOEKと金沢の聴衆に対する熱意にすっかり打たれました。

OEKファンとしては,

こうなったらミッキーの好きにやらせよう!何をやってもしっかり応援しますよ!(多分)

と言ってあげたい気分になりました。これだけやってくれる音楽監督は他にいないのではないかと思います。

兵庫PACオケは,上述のとおりOEKと共通する性格を持っているので,OEKの合同公演のお相手にはぴったりです。とりあえず,兵庫PACオケとOEKとの共演も第2弾を期待したいと思います(今度は佐渡さんに振っていただいて,アルプス交響曲(ウィンドマシーンが出てくるのでひらめいたのですが)というのはどうでしょうか?)。

今回の合同公演は,両オーケストラにとっても有意義だったと思います。今後もこの関係を継続し,合同公演を定期化したり,チクルス化したり,合同でCD録音を行うとか,いろいろと面白い試みができそうな気がしました。そういう期待を持たせてくれるような公演でした。

PS.今回のプレトークは,9月のOEKの定期公演で新作が初演される加古隆さんでした。これまで,「コンポーザー・イン・レジデンス」と呼ばれていたものが,今回から「コンポーザー・オブ・ザ・イヤー」という名称に変更になるとのことですが(やはり,井上さんからすれば,「金沢に住んでいないのに「レジデンス」と呼ぶのは変」と違和感を感じていたのでしょう),こういった点も含め,今回の公演をきっかけに,「井上流」がさらに強くなってきた気がします。

加古さんのトークも面白いものでした。プレトークというよりは,新作の予告のような感じでしたが,加古さんのライフスタイルの一端を知ることができ,親近感を持つことができました。ちなみに新作のタイトルは,「ヴァーミリオン・スケープ(朱の風景)」だそうです。加古さんが金沢のイメージカラーとして感じるのが朱色(ヴァーミリオン)とのことで,こういうタイトルにしたそうです。

私の方は,そういえば,北陸鉄道のバスの色は朱色だなぁと思いながら話を聞いていました。どういう作品になるのが,楽しみにしたいと思います。 (2010/05/28)

関連写真集
公演の立て看板です。

まだ「赤じゅうたん」も残っていました。


ラ・フォル・ジュルネ金沢の写真集も飾られています。


2回目となる,井上道義さんによる指揮講習会の案内です。


もてなしドームでは,百万石まつりのタペストリーが飾られていました。この空間もすっかりPR用としてお馴染みになりました。