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オーケストラ・アンサンブル金沢第282回定期公演M
2010/06/16 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/交響曲第31番ニ長調 K.297「パリ」
2)プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲第2番ト短調op.63
3)(アンコール)バッハ,J.S/無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番ロ短調BWV.1002〜ブーレ
4)ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調 op.63
5)(アンコール)ドヴォルザーク/スラヴ舞曲第8番ト短調op.46-8
●演奏
ヴァシリス・クリストプロス指揮南西ドイツフィルハーモニー交響楽団
庄司紗矢香(ヴァイオリン*2,3)
プレトーク:フロリアン・リイム,岩崎巌

Review by 管理人hs  

今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,「OEKの登場しない定期公演」でした。このパターンは,しばらくなかったのですが,フランツ・リスト室内管弦楽団,京都市交響楽団に次いで3回目となります。国内でこういうことをやっているのは,恐らく,OEKだけでしょう。OEKの演奏は聞けませんが,居ながらにして,いろいろなオーケストラを楽しめる「プロ野球交流戦」と似た発想の,なかなか面白い制度です(代わりにOEKが相手先の定期公演に招いてもらえるともっと面白いのですが)。

今回の公演には,今年の2月に「本当のOEKの定期公演」で指揮したばかりのヴァシリス・クリストプロスさん指揮の南西ドイツ・フィルが,OEKに代わって登場しました。クリストプロスさんについては,2月の公演の時から,素晴らしい指揮者だと思っていたのですが,前半に演奏された古楽奏法を取り入れたモーツァルトの交響曲,後半に演奏された堂々たる力感のあるドヴォルザークの交響曲第8番を聴いて,さらにその感を強くし,オールマイティぶりを実感できました。その間に登場した庄司紗矢香さんも「さすが」といった演奏を聞かせてくれました

最初に演奏された,モーツァルトの交響曲第31番「パリ」は,近年,現代楽器のオーケストラでも標準になりつつある,古楽奏法を取り入れた演奏でした。楽器の配置もコントラバスが下手,ヴァイオリンが左右に分かれる対向配置でした。さらに,この演奏では,ヴァルヴのないホルンやトランペット,バロック・ティンパニを使っていました。

数年前に来日したロジャー・ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団の金沢公演でもそうでしたので,ドイツのオーケストラにとっては,部分的に古楽器を取り入れて古典派の交響曲を演奏するスタイルが定着しつつあるのかもしれません。今回のクリストプロスさんと南西ドイツ・フィルによる日本公演ツァーでは,金沢公演以外では,モーツァルトの後期の交響曲を集中的に演奏するプログラムが組まれました。そういう意味では,彼らのモーツァルトは,現在,彼らがもっとも自身を持っているレパートリーと言えそうです。

演奏からも,その自信が感じられました。オリジナル楽器や古楽奏法を取り入れたノン・ヴィブラート主体の演奏ということで,音の肌触りは,一般的な現代オーケストラの響きとかなり違うのですが,奇をてらった部分はなく,品格の高さのようなものを感じさせてくれました。じっくりと腰の据わった演奏で,堂々とした風格を感じさせてくれました。それでいて,重苦しい部分はありません。あるべきところにバチっとその音がある,という明快さのある演奏でした。

楽章間のバランスもよく,脱力した瑞々しさのある第2楽章,すべての音がくっきりと聞こえて来るような立体感のある第3楽章と各楽章のキャラクターがうまく描き分けられていました。特に第3楽章のクリアな音の絡み合いは見事でした。クリストプロスさんの出身のギリシャといえば,「古典」「哲学」「数学」など,論理的な明快さを連想してしまうのですが,演奏の根底にもこういう合理性があると思いました。

2曲目は,庄司紗矢香さんをソリストに迎えてのプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番でした。庄司さんが金沢で演奏するのは,2008年の第1回目のラ・フォル・ジュルネ金沢でのベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲以来のことです。それ以前にもいしかわミュージック・アカデミーに受講生として参加していたこともありましたので,金沢でもすっかりお馴染みのアーティストと言えます。

今回のプロコフィエフも見事な演奏でした。庄司さんは鮮やかな赤のドレスで登場しましたが,その雰囲気どおりの強さを感じさせてくれました。庄司さんのヴァイオリンには,音自体に逞しさがあります。その小柄な体からは想像できないような,根源的な強さを持っています。全曲を通じて,クリストプロスさん指揮のオーケストラ同様,正攻法による,大変たっぷりとした演奏を聞かせてくれました。

この曲は,20世紀のヴァイオリン協奏曲にしては大変親しみやすいのですが,プロコフィエフらしく,ひんやりとした冷たい表情も持っています。その冷たさがよそよそしく響くのではなく,成熟した落ち着きとなって聞こえてきました。既に古典となった曲を演奏しているような円熟味を感じさせてくれました。

第2楽章の神秘的といっても良いムードも印象的でした。シンプルで落ち着いたヴァイオリンの音の中から,じわじわと色々な色彩が滲み出てくるような味わいがありました。第3楽章は,大変くっきりと力強く演奏されていました。小太鼓,大太鼓,カスタネットなどの演奏も鮮やかでしたが,少々,腰の重いところがあったかもしれません。

今回の公演でもまた,庄司さんは,集中力抜群の気合の入った演奏を聞かせてくれました。この日の音楽堂には,通常の定期公演以上に沢山のお客さんが入っていましたが,今回の演奏で,さらに庄司さんのファンは増えたのではないかと思います。

アンコールでは,バッハの無伴奏パルティータ第1番の中のブーレが演奏されました。1台のヴァイオリンだけで演奏しているとは思えないような豊かな気分を持った演奏で,ヴァイオリンの音が気持ち良くホールに響いていました。

後半は,金沢では意外なほど演奏されない,ドヴォルザークの交響曲第8番が演奏されました。私自身,この曲を実演で聞くのは,1980年代に金沢大学フィルのサマー・コンサートで聞いて以来のことです。最初のモーツァルトの演奏ももちろん素晴らしかったのですが,今回の定期公演のハイライトは,やはりこの曲でした。

オーケストラの編成自体は,それほど大きくなく(例えば,コントラバスは4人でした。この演奏では,弦楽器を中心にOEKの奏者が各パート2名ずつぐらい加わっていましたが,前半のモーツァルトの編成+αという感じでした),威圧的な響きではありませんでしたが,大変気持ち良く鳴っていました。逆に言うと,OEK中心でも数名増強すれば対応可能かも,と思いました。

第1楽章冒頭のチェロの合奏から,表情が大変豊かでした。全曲を通じて,それほど大きなテンポの変化はなかったのですが,この部分以外でも,輝きに満ちたフルート,音が生き生きと飛び出して聞こえてくるクラリネットなど各楽器の演奏に積極性があり,聴き応え十分の音楽が続きました。展開部から再現部に掛けての音の盛り上がりも素晴らしく,コクと彫りの深さを感じさせてくれました。私自身,常に,「実演>CD」と考えていますので,今回,実演でこの曲を聴いて,「何と聴き映えのする曲だろう」と第1楽章を聴いただけで惚れ直しました。

第2楽章は,静かな雰囲気で始まるのですが,途中からシリアスな雰囲気に変わり,じっくりとした濃い音楽になります。ここでも中盤の盛り上がりが素晴らしく,スケールの大きさを感じさせてくれました。

第3楽章の有名なメロディは,甘くスーッと流れるような感じではなく,鋼のような強さを持っていました。強さはあるけれども重過ぎない音楽になっており,このオーケストラらしさが良く出ていたような気がしました。

第4楽章は,まず,大変美しく,力強い音によるトランペットのファンファーレが見事でした。品良く,くっきりと演奏されたチェロによる主題の後,変奏が続きます。ここでもフルートの煌くような存在感のある音が素晴らしく,そのスピード感たっぷりの演奏が起点となって,生き生きとした音楽が有機的に繋がっていきました。それでも音がくっきりと整理されているのが見事です。クライマックスが近づくに連れて,熱気は増すのですが,テンポは煽らず,エネルギーがしっかりと蓄えられていきました。コーダは,貫禄たっぷりの,「お見事!」と声を掛けたくなるような力強さで,ビシっと締めてくれました。

全曲を通じると,やや遅めのテンポでしたが,どの音もエネルギーが満ちていたので弛緩する部分はなく,非常に締まった演奏になっていました。正攻法で堂々と聞かせる,王道を行くような演奏だったと思います。

アンコールでは,スラヴ舞曲の同じく「8番」が演奏されました。演奏者リストに,ここまで登場していなかったOEKの渡邉さんのお名前があったので,「きっと鳴り物が活躍するアンコールがあるだろう(きっとスラヴ舞曲)」と予想していたのですが,やはりそのとおりでした。演奏会が終わった開放感に満ちた,非常に勢いのある音楽でした。

大入りの客席からは,ドヴォルザークの音楽を堪能した聴衆からの熱い拍手が続きました。クリストプロスさんと南西ドイツ・フィルによる日本ツァーは,この公演が千秋楽でしたが,演奏者にとっても,有終の美を飾るような,充実感だっぷりの演奏会だったのではないかと思います。今年になってクリストプロスさんの指揮による演奏会を聴くのは3回目のことですが,今後の活躍に注目したいと思います。

PS.この日のプレコンサートは,南西ドイツ・フィルのメンバーによるモーツァルトのフルート四重奏曲第1番でした。最後の部分だけ聞いたのですが,遠くからでもよく聞こえるフルートの音色が大変印象的でした。

PS.プレトークの方は,南西ドイツ・フィルのジェネラル・マネージャーで元OEKのチェロ奏者だったフロリアン・リイムさんとOEKのジェネラル・マネージャーの岩崎さんによる対談でした。南西ドイツ・フィルのあるコンスタンツについての紹介があったのですが,10万人に満たない人口の少なさに驚きました。世界史に出てくるコンスタンツ公会議で有名なボーデン湖湖畔の都市で,「ほとんどスイス」といってもよい場所にあります。(2010/06/19)

関連写真集
会場前の看板


今回の日本ツァーのパンフレットも配布されました。


今年度の岩城宏之音楽賞は,ルドヴィート・カンタさんが受賞



この日は,クリストプロスさんと庄司紗矢香さんのサイン会が行われました。