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オーケストラ・アンサンブル金沢第283回定期公演PH
2010/06/28 石川県立音楽堂コンサートホール
1)グラス/ピアノと弦楽オーケストラのためのチロル協奏曲
2)ハイドン/交響曲 第83番ト短調「めんどり」
3)アダムズ/シェイカー・ループス
4)(アンコール)エルガー/弦楽のためのセレナード〜第1楽章
●演奏
ラルフ・ゴトーニ(ピアノ*2)指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
プレトーク:ラルフ・ゴトーニ,響敏也,トロイ・グーキンズ(通訳)
Review by 管理人hs  

フィンランドの指揮者・ピアニスト,ラルフ・ゴトーニさん指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演を聞いてきました。ゴトーニさんがOEKに客演するのは,2008年4月の定期公演以来2度目のことですが,今回の公演を聞いて,OEKとの相性の良さを再認識しました。

今回のOEKの編成はティンパニ,トランペット,クラリネットなしの弦楽器主体。プログラムはハイドンと現代音楽,ということで「渋すぎ?」と演奏会前は予想していたのですが,その心配を裏切る,大変楽しめる演奏会となりました。

演奏の順番ですが,開演直前に管楽器にトラブルがあったとのことで1曲目と2曲目の曲順が反対になり,グラス:チロル協奏曲→ハイドン:交響曲第83番「めんどり」 →アダムズ:シェイカー・ループスという順に演奏されました。結果的に,ハイドンの交響曲をミニマル・ミュージックが挟む形になり,「この並びの方が座りが良いかもしれない」と感じました。両端の曲のOEKの編成が弦楽器だけだったので視覚的に見てもシンメトリカルでした。

最初に演奏されたチロル協奏曲は,前回に登場した定期公演に続いて,ゴトーニさんによるピアノ弾き振りとなりました。作曲者のフィリップ・グラスの名前は,いろいろなところで聞いたことはありますが,私自身,オーケストラの演奏会で聴くのは今回が初めてのことです。グラスは,現代音楽の中でもミニマル・ミュージックの傾向を持つ作曲家ということで,同じ音型の繰り返しが非常に多いのが特徴です。それが退屈ではなく,詩的な気分につながっていたのが何よりも素晴らしいと思いました。

音楽の感触としても,難解さは無く,リチャード・クレイダーマン...とまでは言いませんが,心地良さを持った親しげなメロディと新鮮なハーモニーに包み込まれました。この気持ち良さは,「チロル」というタイトルに相応しいのですが,かといって甘くロマンティックな気分とも違います。覚めたところのあるクールさと親しみやすさが合わさった独特の魅力を発散していました。ゴトーニさんのピアノもOEKの弦もその気分どおりでした。

曲は「急−緩−急」の3楽章構成で,聴いた印象としてもバロック音楽から古典派音楽を思わせるような様式感がありました。同じ音型が緻密に繰り返される清潔で鮮烈な部分と,メロディアスな心地良さが合体し,「これが現代の音楽の一つの典型かもしれない」と思わせるような説得力がありました。音が細かく刻まれても熱くなり過ぎない音楽でしたが,最終楽章では,少しジャズの気分を漂わせた高揚感もあり,協奏曲的な華やかさもありました。とてもよくまとまった作品だと思いました。

続いて,ハイドンの交響曲第83番「めんどり」が演奏されました。この曲の実演は,定期公演ではないのですが,故岩城宏之さん指揮で一度聴いたことがあります(石川県学生オーケストラとOEKの合同公演による「びっくり大編成はいどん」という企画でした(懐かしい)。ただし,この曲については,OEK単独による演奏でした。)。

この曲は,ト短調で始まるので,冒頭部では鮮烈な印象を与えるのですが,その後は段々と上機嫌になり,暗い印象は与えません。ゴトーニさんとOEKの作る音楽には,精緻さと同時に,何とも言えぬ余裕と微笑みがあり,聞き映えがしました。第1楽章の途中で,ニックネームの由来になっている「めんどり」を描写したような印象的なリズムがオーボエなどに出てくるのですが(今回は加納さんが担当でした),そのデリケートで優しいユーモアをもった表情も絶品でした。

第2楽章も,「どこか,雌鳥」という軽妙な感じの雰囲気で始まるのですが,次第に優雅で上品な雰囲気になっていきます。うっとりとさせるような陶酔感が漂ったかと思うと突如,鮮烈なシリアスな空気に変わったり,「さすがハイドン」という音楽になっていました。

第3楽章は,上品な華やかさに溢れたメヌエットです。こういった楽章で,岡本さんのフルートが控えめに聞こえてくると「いかにもハイドン」という気分になります。ハイドンの交響曲でのフルートというのは,無くてはならないスパイスですね。第4楽章には,軽やかに流れる上品さがありました。

ゴトーニさんとOEKのハイドンには,どこを取っても優雅に洗練されていました。大げさな身振りはなかったのですが,しっかりと,しかも,軽やかに聞かせてくれる「お見事!」という演奏でした。一見クールだけれども,理に適った落ち着きが親しみやすさにもなっている素晴らしい演奏だったと思います。

今シーズンから来シーズンにかけて,OEKはハイドンの交響曲をかなり沢山演奏しますが,こういう演奏を聴くと,「交響曲は,やっぱりハイドンが基本」と実感します。このところ,ボーっとしていると,無性にハイドンの交響曲を聞きたくなることがあるのですが,これもOEKの定期公演の効果なのかもしれません。

最後に演奏されたジョン・アダムズのシェイカー・ブルーもまた,最初に演奏されたグラスの曲同様に同じ音型の繰り返しが多い曲でした。響敏也さんのプログラム解説によると,「ポスト・ミニマル世代」の作曲家ということで,グラスの曲と感触は違い,メロディがほとんどない分,より現代的な雰囲気がありました。

解説によると4つの部分から成るということですが,楽章に分かれているわけではなく,テンポや表情が部分ごとに変化していくという構成じでした。弦楽器だけによる曲ということで,重苦しい威圧感よりは,爽やかな陶酔感を感じさせてくれました。これは,ヤングさんがリードするOEKの弦楽セクションの持ち味だと思います。特にヴァイオリン奏者は同じようなリズムパターンを延々と繰り返しており,本当に大変そうでしたが,その積み重ねから滲み出てくる美しさには,滅多に聴けない心地良さがあり,すっかり感動してしまいました。

途中,カンタさんのチェロ独奏が入ったり,鳥の鳴き声を思わせるような繊細な美しさを持った部分になったり(吉松隆さんの「朱鷺によせる哀歌」のようなイメージ?),単純に繰り返すだけではなく,曲想の変化も楽しむことができました。最後の方では,ピアソラのタンゴを思わせるようなダイナミックな盛り上がりがあったり,演奏会のトリに相応しい,重みもありました。

曲全体を通じて,延々と繰り返しが続き,それが次第に陶酔的に響く,不思議なムードを持っていましたが,考えてみると,人生そのものと似ている気もしました。自宅のオーディオ装置でじっと聴くのは,少々辛いものがある気がしますが,コンサートホールでミニマル・ミュージックに浸るのは,一種,癒し効果があるような気がします。時にはこういうプログラムも悪くないと思いました。

アンコールでは,エルガーの弦楽のためのセレナードの中の第1楽章が演奏されました。どっしりとしたほの暗い重みと,彫りの深さのある演奏で,ゴトーニさんは,やはり北欧の指揮者なんだなと思い出させてくれました。

この日のプログラムは,通常の演奏会では中心になることの多いロマン派時代のドラマティックな音楽をすっぽりと抜いて,ハイドンとミニマル・ミュージックを組み合わせた形でした。ラ・フォル・ジュルネ以来,ロマン派音楽を聞き過ぎかな,という面も無きしもあらずでしたので,大変,耳に新鮮に響いた演奏会でした。

OEKの定期公演には,井上音楽監督以外に,実力派の常連指揮者が繰り返し登場することが多いのですが,今回の公演で,ゴトーニさんは,そういった「常連さん」の仲間入りをしたと思います。この日も,ライブCD録音を行っていましたが,注目の1枚となることでしょう。(2010/06/30)

関連写真集
会場前の看板


この日はサイン会が行われました。

ゴトーニさんには,OEKを指揮したCDのジャケットに頂きました(黒マジックで書いてもらったので,分かりにくいのですが)


コンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんとトロイ・グーキンズさんのサインです。