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オーケストラ・アンサンブル金沢第284回定期公演PH
2010/07/09 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ワイル/交響曲第2番
2)バーンスタイン/セレナード
3)ハイドン/交響曲第90番ハ長調Hob.I-90
4)(アンコール)ハイドン/交響曲第90番ハ長調Hob.I-90〜第4楽章終結部
●演奏
高関健指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),渡辺玲子(ヴァイオリン*2)
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,前回のラルフ・ゴトーニさん指揮の”ハイドンとミニマル・ミュージック”公演に続き,今回もまた,渋いプログラムとなりました。プログラミングは,久しぶりにOEKの定期公演に登場した高関健さんの発案によるものと思いますが,ワイルで始まり,バーンスタインのセレナード(実はヴァイオリン協奏曲),そして最後に,それほど知られていないハイドンの交響曲第90番で締める,という大胆と言っても良い選曲でした。

実は,この交響曲には,最終楽章に「知る人ぞ知る」ハイドンならではの仕掛けがあるのですが,一見,ハプニングなど起こりそうにもない,ちょっとマニアックで地味目の選曲だったこともあり,お客さんの多くは,「してやられた!」という感じでした。高関さんの作戦は大成功だったといえます。

最初に演奏されたワイルの交響曲第2番は,特にマニアックな作品でした。多分,OEKが演奏するのは初めてだと思います。プログラムの解説には「ハイドン的」と書いてありましたが,それほど屈託のないものではなく,ほの暗い雰囲気に包まれていました。高関さんらしく,緻密な音の積み重ねが素晴らしく,かっちりと締まった音楽を聞かせてくれました。序奏部からクラリネットやトランペットのソロなどが出てきましたが,曲全体に渡り,各楽器がソリスティックに活躍するのも聴きものでした。

第3楽章の快速のロンドでは,管楽器各パート2名ずつがペアになって動いており,主役が次々切り替わっていくドラマを見る面白さがありました。特にピッコロ2名(フルートのお二方が持ち替えていました)の重奏というのは,滅多に聴けないものだと思います。

第2楽章は,葬送行進曲風のたっぷりとした楽章でした。この楽章については,劇音楽の作曲家としてのワイルの個性が出ているようで,映画音楽風のたっぷりとしたムードがありました。この楽章でも各楽器の独奏が楽しめました。カンタさんのチェロに続いて,トロンボーンのソロがありましたが,これがかなり長いもので,演奏後(女性のエキストラ奏者でした)大きな拍手を受けていました。

第3楽章の終結部は,ヒッチコックが出てきそうな行進曲でしたが,だんだんと疾走感が出てくる辺り,ちょっとショスタコーヴィチに通じる部分もある感じでした。高関さんの指揮はいつもメリハリが効いて気持ち良いのですが,この部分もビシっと締めてくれました。

2曲目のバーンスタインのセレナードは,OEKが比較的よく演奏している作品です。今回は,高関さん同様,OEKとは久しぶりの共演となる渡辺玲子さんが独奏でした。曲の冒頭部のソロから,集中力抜群で変化に富んだ曲想を一気に聞かせてくれました。

この曲は,ミュージカル作曲家としてのバーンスタインの曲とは違い,シリアスな要素が強いのですが,渡辺さんのヴァイオリンは,音の引き出し・表現の引き出しが豊富で,全く退屈しませんでした。曲の冒頭の艶やかで,夢を見るようなロマンティックな気分に始まり,スケルツォ風の激しさを経て,心に直接語りかけてくるような親密な響きへとつながりました。

渡辺さんの演奏を聴くと,どの部分についても根源的な力強さや密度の高さを感じます。その一方で,全曲を通じてのバランス感も良く,聴いていて安心感も感じます。十数年ぶりに聴く渡辺さんの演奏は,その誠実な演奏スタイルにさらに磨きがかかり,さらにスケールの大きな演奏家に成長されたと思います。私にとっては,以前から「信頼度No1」と言っても良いヴァイオリニストだったのですが,そのことを再認識できました。

OEKの演奏の方も聴き応えがありました。打楽器が6人も入り,弦楽器の作るしなやかさに硬質なくさびを打ち込むような独特の色彩感を楽しませてくれました。終楽章は,ジャズ風の要素が加わり,テンポを揺らしながら独特の盛り上がりを見せます。この部分での高関さんの自信に満ちた指揮ぶりも素晴らしく,オーケストラが自在にうねっていました。この終楽章を聴くと,今は亡き岩城宏之さんの指揮姿を思い出します。個人的には,そのちょっと緩い感じの崩し方が懐かしくもあるのですが,高関さんによる,鮮やかな仕切りもまた聴いていて気持ちの良いものでした。

後半は,ハイドンの交響曲第90番だけが演奏されました。上述のとおりこの曲で締めるのは意外ではあるのですが,例の仕掛けがありますので,やはりトリとなるのはこの曲しかないでしょう。「告別」交響曲もそうですが,ハイドンの交響曲が後半に演奏される時は,終楽章の仕掛けに要注意と言えます。

第1楽章から第3楽章までは,いつもながらのハイドンの後期の交響曲です。ただし,これが全く退屈ではなく,毎回聞くたびに楽しめてしまうのが,面白いところです。前回の定期公演で83番「めんどり」を聴いたばかりなのですが,まず,そのパターンに嵌(はま)ることに心地良さを感じます。その一方,新しいパターンを見つけたりするのも楽しかったりします。そういうこともあり,このところ,私にとって,ハイドンの交響曲を実演で聞く時間がいちばん楽しい時間になってしまいました。ベートーヴェンやモーツァルトの交響曲を繰り返し聞くのも良いのですが,宝探しのようにハイドンの交響曲を聞くのは,また別の面白さがあります。

第1楽章は「タタタタタタ」というキビキビとした音の積み重ねが印象的でした。こういうパターンが律儀に繰り返されるのを聴くと,きっちりとした職人技を見るような安心感を感じます。高関さんの作る音楽にも,こういう職人技に通じるプロフェッショナルな味わいがあり,シンプルながらもしっかりと磨かれた仕上げの美しさがありました。それだからこそ,楽章の最後の方に出てくる,ほっと一息いれるようにテンポの落とす部分の味わい深さが増していました。

この曲でもワイルの交響曲同様,管楽器のソロの活躍が目立ちました。オーボエの水谷さん,フルートの岡本さんの音が特に印象的でしたが,繰り返しを行った後,2回目に出てきたときには,アドリブっぽい音の使い方をしていました。こういう”自然な遊び”が楽しめるのも,古典派交響曲ならではです。

第2楽章では,のんびりと脱力したムードとほの暗いムードとが交錯します。そこから出てくる味わい深さは,いかにもハイドン的でした。第3楽章は,ダイナミックかつ優雅なメヌエットが,いかにも高関さんらしく,ビシッと決まっていました。トリオの部分では,水谷さんのオーボエが大活躍でした。「魅惑のオーボエ」という感じの瑞々しさがありました。

最終楽章は,まず,「何も仕掛けはないですよ」という感じで,細かい音が気持ちよく続きました。テンポは速すぎず,来るべき仕掛けの部分を虎視眈々と狙っているようでした。

最初の主題が再現し,「さぁこれでおしまいだ」という感じで,高関さんが大きな動作で音楽の流れを止めます。もちろんお客さんは拍手を入れますが...一呼吸置いて,高関さんがお客さんの方をちらりと見て,「ノー,ノー,ノー,まだ続きます」という動作を見せ,再度音楽は始まりました。私は,この展開は予想していたのですが,それにしても人を喰った音楽です。「音楽も見た目が9割」ということでしょうか。

この「一旦終わると見せかけて,「まだ続きます」というフェイント」ですが,何ともう1回ありました。2回目のエンディングになった時,私自身「2回目はないだろう?今度は終わるかな?」と迷ったのですが,またまたフェイントでした。高関さんが「まだまだ」という動作を見せ,さらに音楽は続きました。

お客さんはその度に「してやられた」という感じになり,のどかな笑いとざわめきが会場に起こりました。3度目のエンディングでは,お客さんの方も「3杯目はそっと出し」という感じで,恐る恐る拍手していましたが,高関さんとOEKにとっては,「うまく行った」と大喜びだったことでしょう。この曲にタイトルを付けるとすれば,「3度目の正直」といったところでしょうか。ただし,そうなるとネタバレになるので,やはり,なるべく地味目に見えるようにニックネームなしの方が良いのかもしれません。

今回の公演は,全曲レコーディングを行っていましたが,私の方は,こうなったらCDに自分の拍手を刻み込んでやろうと思い,みずから騙されて盛大に拍手をしてみました。過去,この曲のライブ録音のCDがあるのかどうか知りませんが,この日の録音が発売されたら是非聞いてみたいと思います。

交響曲第90番を実演で聴くのは,久しぶりのことです。たまに聴くから良い作品ですが,曲全体としてもとても健康的で親しみやすく,さすがハイドンという逸品だと思いました。ジョークを仕掛けることで,音楽自体に自然に微笑みが漂っていたのが何よりも良かったと思います。

これで,2009〜2010年のOEKの定期公演シリーズは(ファンタジー公演を除くと)おしまいです。シーズンの締めに相応しく「一見地味だけれども,終わってみると堪能できました」というOEKらしい公演になったと思います。

PS.この日のアンコールですが,何と何と,またまた,ハイドンの交響曲第90番の終結部でした。見ようによっては,最後の拍手の間ずっと休符が続いており,まだ音楽が終わっていなかったとも解釈できます。こうなってくるとこの曲のニックネームは「疑心暗鬼」でしょうか?(2010/07/11)

関連写真集
会場前の立看



この日はサイン会が行われました。渡辺玲子さんのサインです。


高関健さんのサインです。持参した,NAXOSのCDのジャケットに頂きました。