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金沢21世紀美術館友の会スペシャルコンサート2010
SUMMER CONCERTANTE: シューマンからメシアンへ
2010/07/10日 金沢21世紀美術館 シアター21
1)サティ/右や左に見えるもの:眼鏡なしで
2)ストラヴィンスキー/デュオ コンチェルタンテ
3)ラヴェル/ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ト長調
4)シューマン/ヴァイオリン・ソナタ第1番イ短調op.105
5)メシアン/主題と変奏
6)ラヴェル/チガーヌ
7)(アンコール)武満徹/雨の樹素描II
8)(アンコール)ハインドソン/人生の歌
●演奏
吉本奈津子(ヴァイオリン*1-6,8),木村かおり(ピアノ*1-7)
Review by 管理人hs  

金沢21世紀美術館で行われた「SUMMER CONCERTANTE:シューマンからメシアンへ」と題された演奏会を聴いてきました。この演奏会は,金沢21世紀美術館の友の会メンバーならば,500円で聞けるお得なものでしたが,演奏会の内容の方も金沢出身のヴァイオリニスト吉本奈津子さんと現代ピアノ曲のスペシャリスト木村かをりさんががっぷり四つに組んだ聴き応えのあるものでした。

会場のシアター21は音楽用ホールではなく,残響が全然ありません。特にヴァイオリン奏者にとっては演奏しにくかったと思うのですが,吉本さんの演奏は大変正確で,かえって近現代の曲の面白さがくっきりと伝わってきた気がしました。サティ,ストラヴィンスキー,ラヴェル,シューマン,メシアンとどれも一筋縄では行かないような作曲家の作品ばかりが並んでいましたが,間近で聴いたこともあり迫力満点でした。現代アートの美術館で聴くのにぴったりの,豪華と言っても良い内容だったと思います。

最初にサティの曲が演奏されました。サティのピアノ独奏曲以外を聞く機会はあまり大きくないのですが,例によって変わったタイトルの曲でした。曲自体,少々捉えどころがないところがありましたが,吉本さんのヴァイオリンの音が非常に繊細かつ生々しく聞こえたこともあり,お二人による”コンチェルタンテ”の世界にしっかり入り込むことできました。

このホールは音響的にはあまり良くないのですが,床も壁も真っ黒な密室なので,演奏には集中できます。慣れてくると,独特の心地良さが出てくるホールだと思いました。

2曲目のストラヴィンスキーの作品名には,この演奏会のタイトルにもなっている”コンチェルタンテ”という言葉が入っています。演奏後のトークによると,この言葉については,「2つの楽器が溶け合うというよりは,全くバラバラに動くイメージ。ただし,それでいてバランスが取れている」という意図で演奏したとのことでした。サティの曲に続いて,ちょっと無機的で非感傷的な気分で始まるのですが,その独立的な音の動きが,面白く感じられました。中では第4楽章のジーグが,非常に技巧的で聴き応えたっぷりでした。最終楽章は,一転して情緒的な音楽になりました。ここまで非感傷的な音楽が続いていたので,この部分を聴いて,ホッとしました。

前半最後に演奏された,ラヴェルのヴァイオリン・ソナタは,過去何回か実演でも聞いたことのある作品ですが,今回の演奏された曲の中でも特に充実していたと思います。第2楽章は,気迫たっぷりのピツィカートに続いて,非常に濃厚なブルースを聞かせてくれました。間近で聴く,吉本さんのヴァイオリンの音は非常に生々しく,鬼気迫るものを感じました。一気に演奏された第3楽章も見事でした。吉本さんは,毎回とても完成度の高い演奏を聞かせてくれます。このホールで全く粗が目立たないというのは,本当に素晴らしいと思いました。

後半は,シューマンのヴァイオリン・ソナタ第1番で始まりました。この曲だけは,ロマン派の作品ということでやや異質だったのですが,シューマン晩年のどこか文学的な香りを持った作品ということで,今回演奏された,やや謎めいたところのある曲の数々との取り合わせは良かったと思います。

ただし,演奏の方は,弾むようなリズム感が心地良く,若々しい推進力を感じさせてくれました。この曲については,シューマンの精神の病と関連づけて,「晦渋な作品」として聞かれることもありますが,吉本さんの演奏からは,前向きなエネルギーが感じられ,むしろ,とても分かりやすい作品に思えました。聴いていて,妙に波長が合いました(これは私の方の心境の変化かもしれませんが...危険?)。

次のメシアンの「主題と変奏」は,演奏される機会が滅多にない作品です。メシアンのスペシャリスト,木村かをりさんならではの選曲と言えます。途中,木村さんが,吉本さんのヴァイオリンに寄り添うように,力強く,独特の輝きを持った和音をしっかりと聞かせる部分がありました。暗闇に光がスッと差し込んでくるような,ちょっと宗教的な高揚感があり,大変印象的でした。

演奏会の最後は,ラヴェルのツィガーヌで締められました。この曲もまた,間近で聴くと大変迫力があります。曲の前半,かなり長く無伴奏ヴァイオリンによるシリアスな演奏が続いた後,ピアノ伴奏がスルスルスルと入ってきます。木村さんのピアノが加わると,音の色彩感が増し,音がふんわりと膨らんで行くのが面白いところです。このホールだと,ヴァイオリンの音がかなり強く響くので,ピアノの音がちょうど良い緩衝材になっていたと思いました。

アンコールは2曲演奏されました。ここまで二重奏が続いたこともあり,アンコールは,お二人による独奏となりました。最初に木村かをりさんのピアノ独奏で演奏された,武満徹の雨の樹素描IIは,メシアンを追悼して書いた作品とのことです。恐らく,木村さんのお得意の曲なのでしょう。木村さんのピアノの音を聞くだけで,別世界が浮き上がってきました。

アンコール2曲目は,吉本さんのヴァイオリン独奏で,現代のオーストラリアの作曲家ハインドソンの作品が演奏されました。現代オーストラリアの作曲家の作品については,吉本さん自身,オーストラリアのアデレード交響楽団のコンサートマスターを務めていることもあり,積極的に取り上げているようです。今回演奏された「人生の歌」という作品は,非常に繊細な高音とグリッサンドが特徴的でした。吉本さんのトークによると,大病から回復したハインドソン自身の心境を歌った作品ということで,とても感動的に響いていました。

この演奏会は,友の会員の入場料500円という特典に加え,休憩時間にドリンクのサービスもありました。何よりも,紙コップではなくグラスに入ったシャンパンが出たのには感激しました。まさにスペシャルなイベントでした。

直接的には美術とは関係のない演奏会でしたが,選曲が素晴らしかったこともあり(それと,やはり美術館の中で聴いているという場所の魅力も大きいと思います),聴いているうちに,自然に現代アートを楽しんでみたくなるようなイマジネーションの広がりを感じました。そうい意味で,今回の演奏会は,美術館側にとっても演奏者側にとっても有意義だったと思います。21世紀美術館を舞台として,現代曲の得意な木村かをりさんが若手アーティストと組む形で,シリーズ化しても面白いのではないかと思いました。(2010/07/12)

現在,「ヤン・ファーブル×舟越桂:新たなる精神の形」という展覧会が開催中です。 展覧会のポスターです。左がヤン・ファーブルの作品,右が舟越桂の作品です。舟越さんの方は,本の装丁などにもよく使われています。, 金色のバスタブに入っている男性のオブジェは,無料ゾーンから見えるヤン・ファーブルの作品です。ちなみに美術館の屋上にいる,「雲を測る男」もヤン・ファーブル氏の作品です。


関連写真集
公演のポスター


アンコール曲の掲示



会場で,吉本さんのCDを販売していたので買ってみました。"The Metallic violins"と題されたCDで,オーストラリアの作曲家によるヴァイオリン二重奏曲を集めたものです。


終演後サイン会が行われました。
です。


高関健さんのサインです。持参した,NAXOSのCDのジャケットに頂きました。