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ベルリン・フィル首席クラリネット奏者 ヴェンツェル・フックスと仲間たち
2010/07/15 石川県立音楽堂邦楽ホール
1)クンマー/フルート,クラリネット,ピアノのためのコンチェルティーノ
2)プーランク/クラリネットとピアノのためのソナタ
3)(アンコール)マンガーニ/Pagina d'album
4)ダンツィ/木管五重奏曲(作品番号不明)
5)(アンコール)イベール/3つの小品〜第1楽章
6)モーツァルト/クラリネット五重奏曲イ長調,K.581
7)(アンコール)ウェーバー/クラリネット五重奏曲〜第3楽章
●演奏
ヴェンツェル・フックス(クラリネット)
今永靖子(フルート*1,4,5),鶴見彩(ピアノ*1-3),中根庸介(オーボエ*4,5),吉本康(ファゴット*4,5),金星眞(ホルン*4,5),山野祐子,藤原朋代(ヴァイオリン*6,7),ヤノシュ・フェイエリヴァリ(ヴィオラ*6,7),ソンジュン・キム(チェロ*6,7)
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)との共演でもお馴染みの,ベルリン・フィルの首席クラリネット奏者ヴェンツェル・フックスさんを中心とした室内楽の演奏会を聴いてきました。演奏された曲は,奥様の今永靖子さん(金沢市出身の方です)のフルート,鶴見彩さんのピアノとの共演によるクンマーのコンチェルティーノ,プーランクのクラリネット・ソナタ,ダンツィの木管五重奏曲,そして,最後にモーツァルトのクラリネット五重奏曲と非常に変化に富んだ構成になっていました。すべての曲にフックスさんが参加し,それぞれで違った役割を果たしていましたので,クラリネットという楽器のいろいろな魅力を楽しむことができました。

最初に演奏されたクンマーの作品は初めて聴く曲でした。古典的な雰囲気のある単一楽章の曲で,2つの楽器がアット・ホームな対話をしながら,変奏曲風に楽しげに進んでいきました。この演奏で素晴らしかったのは,フルートとクラリネットの音のハモリ方でした。音のバランスがとても良く,一つの楽器のように気持ちよく音が溶け合っていました。「さすがご夫妻」という演奏でした。

次のプーランクのクラリネット・ソナタでは,フックスさんのクラリネットの魅力を堪能できました。フックスさんのクラリネットの音は,基本的にとてもまろやかで深みがあります。どの部分も,上等の羊羹のような滑らかさがありました。語り口も巧みで,標題のない普通のソナタにも関わらず,変化に富んだドラマを見るように楽しむことができました。

その表現力の豊かさは,弱音で特に感じられました。悲しげな気分のある第2楽章の冒頭部では,ピアノの蓋の中にベルを向けながら,絶妙の弱音を聞かせてくれましたが,会場全体が魔法に掛けられてしまったような見事な演奏でした。弱くなるほど内容が豊かになり,迫力が増すのは,フックスさんの演奏の特徴だと思います。第3楽章では,近代のフランス音楽ならではの闊達さを聞かせてくれました。

その後,アンコールが演奏されました。この日は,大変サービスがよく,2曲目以降の曲の後にはすべてアンコールが演奏されました。ここで演奏された Pagina d'album はちょっとポップスっぽい感じのある親しみやすい曲でした。初めて聴く曲でしたが,ここでもリラックスしたムードと語り口の上手さを実感できました。

ダンツィの木管五重奏曲は,下手からフルート,オーボエ,ファゴット,ホルン,クラリネットの順に並び,ちょっと朴訥な雰囲気のある暖かい音楽を聞かせてくれました。この曲に登場した奏者では,OEKの奏者は金星さんだけということで,「顔なじみ」というよりは,お互いに「はじめまして」という組み合わせだったと思います。そういう点で,丁々発止という感じはしなかったのですが,後半の3,4楽章になると,曲想の点からもよりリラックスした感じになり,「仲間内の音楽」という気分が出ていました。

# 今回のプログラムは恐ろしく”手抜き”で各曲の調性や作品番号が書かれていませんでした。曲目解説がないのは仕方がないかもしれませんが,ダンツィの木管五重奏曲については,これだけだと曲を特定できないので(日頃聴きなれないジャンルなので),今回のプログラムは,かなり不親切に感じました。

同じ編成によるアンコールでは,さらに色彩的で生き生きとした気分のあるイベールの作品が演奏されました。金星さんのホルンが独特の奏法で活躍し,とても面白い効果を出していました。

プログラムの後半では,モーツァルトのクラリネット五重奏曲が演奏されました。フックスさんの演奏で,この曲を聴くのは,2回目のことですが(前回は,OEKメンバーとのCD録音直後でした),前回同様,見事な演奏を聞かせてくれました。テンポはそれほど遅くなかったと思いますが,音自体に深みがあるので,非常に落ち着きのある音楽に感じされました。

それとプーランクのソナタの時同様に,何段階にも分かれている,弱音のデリケートさが見事でした。特に第2楽章では,弱音にじっと耳をすましているうちに,曲の深さに引き込まれるような凄味がありました。その他のメンバーの演奏は,雑というわけではないのですが,フックスさんの音から感じられる緻密さに比べると,少々大味に感じられるようなところもありました。

アンコールでは,ウェーバーのクラリネット五重奏曲の中のスケルツォ風の楽章が演奏されました。以前もこの曲をアンコールで聴いた記憶があるのですが,アンコールにぴったりの軽妙さとユーモアのある演奏でした。個人的には,モーツァルトのクラリネット五重奏曲はよく演奏されるので,ウェーバーの全曲も一度聞いてみたいものだ,と思いました。

今回の演奏会は,シーズン・オフを利用した”里帰り公演”という感じだったと思います。多彩でアットホームな演奏を聴きながら,フックスさんとって,金沢は第2の故郷になりつつあるのかなと感じました。今後も,新たな「仲間たち」との公演に期待したいと思います。(2010/07/16)

音楽堂内は,「ふれあい伝統芸能ランド」の垂れ幕だらけでした。 邦楽ホールに向かう通路も宣伝だらけです。

関連写真集
公演のポスター


邦楽ホールの入口の様子


アンコール曲の掲示



終演後,フックスさんと今永さんのサイン会が行われました。

フックスさんのサインです。モーツァルトのクラリネット協奏曲のCDです。


今永さんにはプログラムの表紙にもらいました


この演奏会は,石川県吹奏楽連盟が後援していた関係で,吹奏楽部と思われる女子高校生が団体で大勢聴きに来ていました。サイン会も若い人で賑わっていました。