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オーケストラ・アンサンブル金沢第285回定期公演F
2010/07/18 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ミヨー/世界の創造
2)ヒンメル/小雨降る径
3)アーウィン/奥様お手をどうぞ
4)シャンソンメドレー(パリの空の下,聞かせてよ愛の言葉を,枯葉)
5)スモール/ボン・ボヤージュ
6)ロドリゲス/ラ・クンパルシータ
7)フィリベルト/カミニート
8)ブレル(三輪明宏訳詞)/涙
9)ピアソラ/リベルタンゴ
10)ブレル/涙
11)デュモン/水に流して
12)フランソワ&ルヴォー/マイ・ウェイ
13)ピアソラ/オブリビオン
14)モノー/愛の賛歌
15)(アンコール)宇井あきら(なかにし礼作詞)/今日でお別れ
16)(アンコール)ロバートソン(なかにし礼作詞)/知りたくないの
●演奏
鈴木織衛指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)
啼鵬(バンドネオン),木須康一(ピアノ)
菅原洋一*2-3,6-7,12,14-16,奥田晶子*4-5,8,10,14,16(歌)
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2009〜2010年のシーズン最後の定期演奏会は,菅原洋一さんと奥田晶子さんをゲストに招いてのファンタジー公演でした。今回は,「パリで出逢う:タンゴ,シャンソン 愛の響き」というサブタイトルどおり,タンゴとシャンソンを中心とした「大人向け」の音楽の数々が演奏されました。

この日の主役は,何といっても菅原洋一さんだったと思いますが,それに先立ち,序曲がわりにミヨーの「世界の創造」が演奏されました。この曲が定期演奏会で演奏されるのは,本当に久しぶりのことで,指揮者の鈴木織衛さんが語られていたとおり,天沼裕子さんが指揮した1990年4月の第1回定期演奏会以来だと思います。

まず,筒井裕朗さんのサックスに先導されて,「天地創造」を思わせるような混沌とした音楽が始まりました。弦楽器が少ないのに,サクソフォーンやトロンボーンが加わる独特の編成&サウンドで,次第に文明開化自体のパリの喧騒といった感じになっていくのが面白かったのですが,この日演奏されたタンゴ&シャンソンとはかなり毛色が違う感じでした。「パリ」つながりの連想は感じたのですが,少々収まりの悪い序曲に思えました。

続いて菅原さんが登場しました。私にとって,菅原さんは父親の世代にあたります(指揮者の鈴木さんとのトークの中で判明したのですが,今年,喜寿とのことです。)。失礼ながら,現役の歌手というよりは,「今日でお別れ」で有名な懐かしの歌謡曲の歌手というイメージを持っていました。が,この日の歌を聞いて「日本を代表する現役のポピュラー音楽歌手だ」と認識を新たにしました。全く無理も無駄もない発声から,いかにも親しみやすく豊かな声が広がり,会場の空気をゆったりとした気分に変えてくれました。声を張り上げなくてもしっかりと味が伝わるのは,音楽大学卒業という声楽的な基礎とその後の鍛錬にもよるのだと思います。歌い続けることの素晴らしさを伝えてくれるような,ベテラン歌手ならではの歌唱だったと思います。

まず,コンチネンタルタンゴの名曲2曲が歌われました。特に「奥様お手をどうぞ」の方は大変懐かしく感じました。実は,私が音楽を聞き始めた最初期の音楽がタンゴでした。父が,「奥様お手をどうぞ」を含むタンゴの名曲を集めたカセットテープを繰り返し繰り返し聴いていたことをを思い出します。指揮者の鈴木織衛さんとのトークの中で,菅原さんがタンゴ歌手としてデビューした話題が出てきましたが,この世代の人たち(昭和一ケタ世代,故岩城宏之さんもそうですね)にとって,タンゴは非常に影響力の大きい音楽だったと言えそうです。

続いてもう一人のゲストのシャンソン歌手の奥田晶子さんが登場しました。奥田さんも歌手生活25年を越えるベテラン歌手です。ただし,私自身はお名前を聞くのが今回が初めてでした(すみません)。鈴木さんとのトークでは,下積み時代の話題も出てきましたが,今は無きシャンソン喫茶「銀巴里」のオーディションに何度もチャンレンジして合格した後,各種シャンソン・コンクール等で入賞するなど,シャンソン歌手として活躍が広げられている方です。

演奏会の前までは,「チラシには結構大きく名前が出ているけれども?」などと知名度の高い菅原さんとのバランスが気になったのですが,その歌を聞いて,自身の無知を恥じることになりました。奥田さんの歌声は,非常に気風がよく,スカーンとストレートに歌の気分が伝わってきました。惚れ惚れする歌でした。

シャンソン独特の「語り歌い」のような部分のドラマも聴き応えがありました。一見,強がりを言っているようだけれども,実は心の中では不安に思っているのでは?とか人生の一場面を鮮やかに切り取ったような面白さを感じました。私自身,そんなに人生経験は豊かではありませんが,やはり,シャンソンは,「いい大人向け」の音楽だなと実感しました。本格的なシャンソンを実演で聴くのは,以前,ファンタジー公演に登場したクミコさん以来です(ただし,クミコさんは純粋なシャンソン歌手とはちょっと違うかもしれません)。その時同様に,言葉が本当によく伝わって来るなぁと感心しました。もちろんフランス語は分からないのですが,言葉を伝えようとする迫力自体はとてもよく感じられるのです。

前半では,お馴染みのシャンソンメドレー(鈴木織衛さんが語っていたとおり,シャンソンには「〜の下」という曲が多いですね)の後,ボン・ボヤージュという曲が歌われました。三輪明宏さんの詞の曲とのことでしたが,芯のある凛とした声を聴いているうちに(恐らく,悲惨な状況を歌った曲もあったと思いますが),前向きな気分になりました。

今回は,菅原さんがタンゴ担当,奥田さんがシャンソン担当という分担でしたが,後半はさらに,「もう一人の主役」の啼鵬さんのバンドネオンも加わりました。前半では隠し味的に(ただし,タンゴには無くてはならない味ですね)参加していたのですが,後半では,ソロ楽器としてステージ前方に登場し,ピアソラの曲が2曲を演奏しました。

啼鵬さんのバンドネオン演奏を聞くのは,今年の2月の「もっとカンタービレ」以来,今年2回目です。専用の台の上に片足を乗せ,さらにその上にバンドネオンを置いて演奏する姿は,大変格好良いものでした。スピード感溢れる,リベルタンゴを始め,颯爽とした演奏を聞かせてくれました。

後半も菅原さんのタンゴで始まりましたが,今度はアルゼンチンタンゴでした。啼鵬さんと鈴木さんのトークによると,アルゼンチンタンゴの方が鋭い感じ,コンチネンタルタンゴは優雅な感じとのことでしたが,菅原さんの歌は,非常に優雅なアルゼンチンタンゴだったと思います。

奥田さんは,「涙」「水に流して」の2曲を歌いました。「水に流して」は,ロッカバラード風の曲で,文字通り,瑞々しさを感じさせてくれました。今回,奥田さんは,シャンソンばかりを聞かせてくれましたが,例えば,啼鵬さんのバンドネオンと組んでミルバが歌ったようなピアソラの曲を歌ってもぴったり来ると思いました。それだけドラマを感じさせてくれる歌でした。

菅原さんが独唱で最後に歌ったのは,スタンダード・ナンバー「マイ・ウェイ」でした。布施明さんのように大きく歌い上げても様になる曲ですが,菅原さんの歌は,そういうドラマ性を廃した非常に穏やかなものでした。「人生の終わり」を暗示したような歌詞は,ちょっとドキリとしましたが,温かみを持ちながらも,淡々と流すような歌いぶりからは,現在の菅原さんならではの説得力を感じました。

演奏会の最後は,菅原さんと奥田さんのお二人で,「愛の賛歌」が歌われました。この曲を男性歌手が歌うことは少ない気がしますが,菅原さんの声が入ることで,とてもマイルドな雰囲気になり,演奏会全体が,暖かな幸福感に満たされて締められました。この日演奏された曲は,すべて啼鵬さんがオーケストレーションされたとのことですが,どの曲も,菅原さん,奥田さん,OEKの組み合わせに最適化されており,演奏会全体を通じた雰囲気をとてもまとまりの良いものにしていました。

アンコールでは,菅原さんの代名詞である「今日でお別れ」と「知りたくないの」が歌われました(後者の方は奥田さんとのデュオでした)。どちらの曲の雰囲気も,ここまで歌われてきたタンゴやシャンソンと全く違和感なく繋がっているのも素晴らしいと思いました。最近,政治の世界では,「発言にブレがある」という言葉がよく出てきますが,さしずめ菅原さんなどは,「半世紀に渡りブレのない稀有な歌手」と言えるのではないかと思います。そういう意味では,OEKの定期公演に相応しい,「クラシック音楽」といっても良い演奏会だったと思います。

PS.今回もまた,鈴木織衛さんと出演者のトークが楽しかったのですが,今回はちょっと意外な展開になりました。まず,奥田さんが鈴木さんに尋ねるような形で,「ちびまるこちゃん」の原作者のさくらももこさんと鈴木さんとが小学校時代の同級生であることが判明しました。さらに,鈴木さんは,「お金持ちのお坊ちゃま」で,「花輪君」のモデルだろうという風に話が進んでいきました。さくらももこさんのエッセイなどに鈴木さんが登場しないか,注目してみたいと思います。

ちなみに,鈴木織衛さんですが,今回から「専任指揮者」という肩書きになっています。
来シーズンでは,12月の「くるみ割り人形」公演をに期待したいと思います。(2010/07/19)

関連写真集
公演の立看板


この日は,サイン会が行われました(菅原さんは来られませんでしたが)。

奥田さんのサイン


バンドネオンの啼鵬さんのサイン


ピアノの木須康一さん(左)と指揮の鈴木織衛さんのサイン


エキコン金沢の予告の立看がありました。