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オーケストラ・アンサンブル金沢 室内オペラシリーズ オペラ「注文の多い料理店」・「河童譚」
2010/07/23 石川県立音楽堂邦楽ホール
1)石桁真礼生(浅井暁子編曲)/オペラ「河童譚」(福島県の民話より)
●演奏
宮嶋秀郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(室内オペラシリーズ特別編成)
お花:稲垣絢子(ソプラノ),おっ母さん:直江学美(ソプラノ),与作:与儀巧(テノール),河童河太朗:安藤常光(バリトン)

2)宮澤賢治原作/朗読と音楽「セロ弾きのゴーシュ」
●演奏
青木裕子(朗読),大澤明(チェロ),渡邉昭夫(打楽器)

3)萩京子/オペラ「注文の多い料理店」
●演奏
宮嶋秀郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(室内オペラシリーズ特別編成)
紳士A:与儀巧(テノール), 紳士B:大川博(バリトン)
語り手(山猫1):朝倉あづさ(ソプラノ), 語り手(山猫2):長澤幸乃(ソプラノ),語り手(山猫3):安藤明根(メゾ・ソプラノ)

公演監督・演出:安藤常光
Review by 管理人hs  

石川県立音楽堂邦楽ホールでは,小編成のオーケストラと邦楽ホールの設備を生かし,2008年度以降,林光さんの「あまんじゃくとうりこひめ」,池辺晋一郎さんの「耳なし芳一」と「室内オペラ」を時々上演してきました。この室内オペラシリーズの特徴は,日本語作品を取り上げている点と,地元の声楽家が出演する点です。小規模とはいえ,美術,舞台,衣装など音楽以外の地元のアーティストとのつながりを強め,総合芸術としての求心力が感じられるのも,このシリーズならではです。

今回も日本の童話や民話を題材とした作品が上演されました。上演されたのは宮澤賢治の童話「注文の多い料理店」と民話を題材にした「河童譚(かっぱたん)」の2作品です。それに加え,宮澤賢治の「セロ弾きのゴーシュ」が音楽付きで朗読されました。この日は夏休みに入ったばかりの金曜の夜ということで,会場は子供連れのお客さんが目立ちましたが,その雰囲気どおりリラックスして楽しむことができました。

前半最初に上演された「河童譚」は,幕が開いた直後の雰囲気が,NHK教育テレビの公開収録といった感じでした。音楽の雰囲気も,少々レトロでのどかな感じでしたので,大人が見るには,少々子供っぽ過ぎて恥ずかしいかも...という部分がありましたが,その分を大胆な衣装で補っていました。村の若者と娘がディラン&キャサリン風(?)に変身していました。

テノールの与儀さんは,地元在住ではありませんが,室内オペラシリーズ以外でも,たびたび金沢でのオペラ公演に登場されているおなじみの歌手です。非常に明るく通る声は,民話にぴったりでした。相手役の稲垣さんの声は少々地味な感じがあったのですが,メイド服(!)がぴったりで,ヒロインにぴったりの愛らしさがしっかりと伝わってきました。

おっ母さん役の直江さんも,すっかりお馴染みの方です。昨年の夏に観た金沢ジュニアオペラスクールの「終わらない夏の王国」でもお母さん役を演じられていたので,すっかりお母さん役が当たり役になられたようです。今回も暖かい雰囲気を作っていました。

そして,今回のオペラ公演全体の監督も務めている安藤常光さんが,河童役で登場しました。こちらも頭に皿があるようなリアルな河童ではなく,どちらかと言うと忌野清志郎風で,機転が効いて,いたずら好きの憎めないキャラクターをしっかりと表現していました。

「河童譚」は,非常に短い作品で,公演全体の中では前座的な位置づけでしたが,全体のテンポ感やキャストの動作がとても軽快だったので,会場全体の空気を緩めてくれました。この「コスプレ民話路線」は,見ている方も演じている方も癖になるかもしれません。

幕が下りた後,続いて,宮澤賢治原作の「セロ弾きのゴーシュ」が元NHKアナウンサーの青木裕子さんによって朗読されました。この作品には,チェロを演奏する場面が出てきますので,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の大澤さんがゴーシュ役として要所要所で実際に演奏をするという趣向になっていました。その他,打楽器の渡邉さんも参加していました。

朗読+実演という”マルチメディア朗読”という形式は,この作品には特にピッタリだったと思いました。まず青木さんの朗読そのものが素晴らしく,安心して物語の世界に入ることができました。声に落ち着きとメリハリがあり,語り手の存在を越えて,物語の世界だけがしっかりと伝わってきました。物語中には,ゴーシュ以外に猫などの動物が出てきたりしますが,その声色の使い方が面白く,勝手に「これはドラえもん的だなぁ」などとイメージを広げながら聞いていました。

この語りに大澤さんのチェロと渡邉さんの打楽器が加わり,さらにイメージが広がりました。声と音だけですべてを表現する点で,ラジオ・ドラマなどに通じる面白さを感じました。

大澤さんは,原作どおり「第6交響曲(原作には,はっきりと書かれていませんが,ベートーヴェンの「田園」交響曲ですね)を練習するという設定で,最終楽章の一部を演奏しました。その他,「インドの虎狩り」という謎の曲(賢治による空想の作品だと思います)が,この作品には出てきます。大澤さんが演奏した曲は,恐らく何か別の曲の転用だと思いますが,「いかにも虎狩り」という感じの激しい曲調でした。

今回の朗読+演奏ですが,クラシック音楽で言うと,シューベルトの歌曲「魔王」あたりに通じる面白さがありました。室内オペラ・シリーズの”付け合せ”にはぴったりだと思いました。

後半は,今回の公演のメインプログラム「注文の多い料理店」が上演されました。原作の登場人物は,山中に紛れ込んだ紳士2名なのですが,それに加え,ナレーション役の山猫3名(匹?)が加わっていたのが面白く,オペラ的だと思いました。3人の女声が主役の男性を森の中の屋敷に導いていくあたり,モーツァルトの「魔笛」を思わせるところがあり,「食べに行ったのに,食べられてしまう」という少々シュールでブラックな雰囲気と併せ,大人が見ても楽しめる作品に仕上がっていました。

山猫役の3人の女声と「不思議な料理店」にどんどんはまり込んでいく2人の男声のアンサンブルが何よりも楽しいものでした。山猫の方は,前半の「河童譚」同様,衣装とメイクに凝っており,ミュージカル「キャッツ」(本物は見たことはありませんが)を思わせるような,斬新な格好良さがありました。

山猫役は,朝倉あづささん,長澤幸乃さん,安藤明根さんの3人の地元の女声歌手でした。室内オペラ・シリーズに限らず,OEKと音楽堂の存在によって,「メサイア」,ラ・フォル・ジュルネ,など地元歌手の活躍の場が広がっていますが,それを繰り返し見ているうちに,お客さんの方にもお馴染みになりつつある歌手が増えてきています。こういう「お馴染みの歌手,贔屓の歌手」が出てきている点が地元密着型オペラのいちばんの面白さだと思います。

男声2人の方は,テノールの与儀巧さんとバリトンの大川博さんの組み合わせによる,いわゆる凸凹コンビでした。1人の人物のモノローグではなく,2人の対話になることで,物語の流れが自然になり,少々常識的で信じやすい性質だけれども好奇心は旺盛というキャラクターがテンポ良く伝わってきました。

セットは,シンプルに森の中の雰囲気を伝えるものでした。舞台の天井から扉を含めた小道具類を吊り下げることで,場面転換を非常にスムーズにしていたのも良かったと思います。

萩さんによる音楽は,大変親しみやすく,多彩でした。OEKは各パート1名のこじんまりとした特別編成でした。金管楽器が入らない分,響きがとても柔らかで童話的ムードによく合っていました。特に木管楽器4人による柔らかい音が作品全体を柔らかく包み込んでおり,時々コミカルな気分を作っていました。

木管楽器の皆さんは,鍵盤付きハーモニカ(いわゆるピアニカ)を持ち替えで演奏しており,時々独特のファンファーレのような音を聞かせてくれました。優しくノスタルジックな音色が面白い効果を出していました(この楽器は,「のだめカンタービレ」にも出てきますが,なかなか「使える」楽器ですね。)。

ちなみに今回のOEKのメンバーは,次のとおりでした。
ヴァイオリン:松井直,江原千絵,ヴィオラ:石黒靖典,チェロ:大澤明,コントラバス:今野淳,フルート:上石薫,オーボエ:加納律子,クラリネット:遠藤文江,ファゴット:柳浦慎史,打楽器:渡邉昭夫,渡辺壮

扉が出てくるオペラといえば,バルトークの「青ひげ公の城」があります。きちんと観たことはないのですが,扉を一つずつ開けていくミステリアスな展開のオペラです。今回の「注文の多い料理店」についても,「ホラー」とまでは行かないにしても,牧歌的な雰囲気が,扉を開けていくごとに次第に「ちょっと変?」という怖さに変わっていきます。そのクライマックスで,暗闇の中に赤く浮かぶ”扉の向こうの2つの目”が出てきました(話は飛びますが,大昔に見たテレビ・アニメ「ガッチャマン」に出てくる悪役ベルクカッツェ(何と何と訳すと”山猫”です)などを思い出してしまいました)。この部分の鮮やかさが,今回のオペラのクライマックスでした。音楽と照明と演技が一体となり,見事な効果を上げていました。

扉を開けるたびにドラマに引き込まれていった子供たちにとっては,「夢に出てきそう」な場面だったと思います。ただし,その後は,シリアスさを引きずらず,2人の紳士が,絵に描いたようにガタガタ震えたり,「8時だヨ全員集合」的な分かりやすい笑いに変わって行きました。

オペラの終結部は言葉による説明になっており,やや物足りなさを感じました。「犬が出てきて,猫が退散」という展開は,原作に忠実だったのですが,もう少しケレン味を入れて,オペラ的なスペクタクルな華やかさがあってもよかったかな,と感じました。

今回の公演は,宮澤賢治の原作のイメージを歪めることなく,しかし,オペラ的にインスピレーションを広げてくれる,とても良い仕上がりだったと思います。何よりも,わかりやすい内容と親しみやすい日本語によって,誰でも楽しめるオペラになっていたのが良かったですね。

この室内オペラシリーズによって,地元の歌手が生き生きと活躍する場が広がっているのは,とても良いことだと思います。今回からは,「オーケストラ・アンサンブル金沢 室内オペラシリーズ」というシリーズ名がはっきりと表記されるようになりました。このシリーズの続編に,これからも注目して行きたいと思います。(2010/07/19)

関連写真集
公演のポスター


金沢美大の方が作成したオブジェが展示されていました(この写真は26日に撮影したものです)


(参考)
iPadの中の「注文の多い料理店」