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いしかわミュージックアカデミー日本海交流コンサートwithOEK
2010/08/26 石川県立音楽堂コンサートホール
1)バルトーク/弦楽のためのディベルティメント〜第1楽章
2)ラヴェル/ツィガーヌ
3)サン=サーンス/序奏とロンド・カプリチオーソop.28
4)サラサーテ/ツィゴイネルワイゼン
5)マウラー/4本のヴァイオリンのための協奏曲交響曲イ短調,op.55
6)モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調,K.218
7)(アンコール)クライスラー/レチタティーヴォとスケルツォ
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*1-6;IMA受講生選抜メンバー*1
正戸里佳*2,クララ=ジュミ・カン*3-4,鈴木愛理*5,青木尚佳*5,松本紘佳*5,インモ・ヤン*5,シン・ヒョンス*6-7(ヴァイオリン)
Review by 管理人hs  

今年のいしかわミュージックアカデミー関連のイベントのトリとなる「日本海交流コンサートwithOEK」を聞いてきました。昨年まではフェスティバルコンサートという名称でしたが,今年は,「日本海」という名称を入れ,韓国と日本の若手ヴァイオリン奏者とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の共演という特徴を強く打ち出していました。

今回登場したのは,次の若手ヴァイオリン奏者の皆さんです。細かく書くとキリがないのですが,次のとおり非常に沢山のコンクールで優秀な成績を収めている皆さんです。

  • シン・ヒョンス:ハノーファー国際コンクール2位,ロン・ティボー国際コンクール1位
  • 正戸里佳:パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクール第3位
  • クララ=ジュミ・カン:ハノーファー国際コンクール2位,仙台国際音楽コンクール1位
  • 鈴木愛理:ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクール2位
  • 青木尚佳:日本音楽コンクール1位
  • インモ・ヤン:クロスターシェーンタール国際ヴァイオリンコンクール第3位
  • 松本紘佳:全日本学生音楽コンクール小学校の部全国大会1位

若く優秀なヴァイオリニストがこれだけ集まる演奏会も珍しいのではないかと思います。

最初にOEKの弦楽セクションとIMAの受講生メンバーとの合同演奏で,バルトークのディヴェルティメントの第1楽章が演奏されました。この曲は,このアカデミーで比較的よく演奏される曲です。例年通り,IMA受講生のレベルの高さをストレートに伝えてくれる演奏で,見事なサウンドを聞かせてくれました。当然のことながら,OEKの単独演奏の場合よりも,音に厚みがあり,残響の豊かな音楽堂コンサートホールは,余裕のあるたっぷりとした響きに包まれました。井上さんの身振りの大きな指揮にもぴたりとつけており,柔軟性のあるしなやかな音楽を楽しませてくれました。ただし,バルトークの音楽の持つ,鬼気迫るような冷たさを期待した人には,少々,ゴージャスすぎる音楽だったかもしれません。

続いて,正戸里佳さんとクララ=ジュミ・カンさんが登場し,ヴァイオリンの技巧的な定番曲の「人気御三家」といっても良い,ツィガーヌ,序奏とロンド・カプリツィオーソ,ツィゴイネル・ワイゼンの3曲が演奏されました。

正戸さんは,数年前にIMAオーケストラによる「四季」の演奏でも聞いたことがありますが(この時は楽章ごとにソロが交代するという趣向でした),やはり,今回のようなツィガーヌのような,近現代の技巧的な作品の方が,聞き映えがします。

冒頭のヴァイオリン・ソロが延々と続く部分は,大変力強い演奏でした。もったいぶったところがなく,ストレートに音楽だけを聞かせてくれる辺り,スマートな若々しさを伝えてくれました。後半になってようやく,オーケストラが入ってきます。この部分では,OEKの演奏の色彩感も魅力的でした。ツィガーヌは,ピアノ伴奏版でもよく演奏されますが,オーケストラ伴奏版だと,さすがラヴェルという印象をより強く感じることができます。正戸さんのヴァイオリンの軽妙さと相まって,キラキラするような音楽を楽しませてくれました。

クララ=ジュミ・カンさんは,残りの2曲を演奏しました。カンさんの演奏は,数日前に交流ホールで聞いたばかりでしたが,コンサートホールでさらにスケールの大きな演奏を聞かせてくれるあたり,ただ者ではないと思いました。カンさんは,かなり大柄な方ということもあり,鮮やかな赤のドレスでステージに登場した瞬間,その場を支配してしまうような堂々たる存在感を持っていました。演奏の方もそのイメージどおり,いやそれ以上の立派なものでした。

音の安定感は,過去の演奏で聞いたとおりです。どんなに難しい部分でもヴァイオリンの音が完全に美しく鳴り響くような,爽快感があるのが驚異的でした。すべてに渡り余裕があるので,冷たい感触はなく,品の良い香りを感じさせてくれるような味もありました。叙情的な部分の弾きぶりも堂に入っており,細部に到るまでしっかりと聞かせてくれました。これまで実演で聞いた両曲の演奏の中でも,特に完成度の高い演奏だったと思います。こういう技巧的な小品については,往年の大家のようなアクの強い演奏の方が楽しめる場合もありますが,そういうことを忘れさせる,「巧い,巧すぎる」という圧倒的な演奏でした。

後半は,マウラーという作曲家による,4本のヴァイオリンのための協奏交響曲という珍しい作品で始まりました。登場したのは,鈴木愛理さん,青木尚佳さん,松本紘佳さん,インモ・ヤンさんの4人のヴァイオリニストでした。

曲名は,協奏交響曲という立派なものですが,それほど規模は大きくなく,3つの部分からなる単一楽章の古典派風のシンプルな作品でした。オーケストラの前に4人のヴァイオリン奏者が並ぶという光景は滅多に見られないもので,どこかオペラの中の四重奏を聴くような,楽しさがありました。

鈴木さん,青木さんが高音部で最初に弾き,ヤンさん,松本さんが低音部でそれに応えるというパターンが多い気がしましたが(間違っていたらすみません),各奏者それぞれにバランス良くソロが振り分けられており,こういう顔見世公演(?)には,なかなか便利な作品だと思いました。4人で演奏するカデンツァ風の部分が特に聞きものだったと思います。

実力十分の4人ということで,競い合うように演奏したり,仲良く重奏したり,華やいだ雰囲気を持った楽しい演奏を聞かせてくれました。演奏後のマナーは,仲良く4人で挨拶し,順番にコンサートマスターと握手し...と見ていてとても初々しく感じました。

演奏会の最後は,昨年のこの演奏会にも登場した,シン・ヒョンスさんの独奏で,モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番が演奏されました。シンさんは,ロン・ティボー国際コンクール1位受賞者で,IMAの出世頭と言っても良い存在です。

シンさんは鮮やかなコバルト・ブルーのドレスで登場しました。この色は,前半のカンさんと対照的でしたが,演奏の方も好対照を成していました(赤と青のコントラストというのは,考えてみると韓国の国旗の色合いですね)。共通するのは,その演奏の完成度の高さです。印象は違ったのですが,そのレベルの高さは,同様に非常に高いと思いました。

シンさんは,大変スリムな方ですが,その雰囲気どおりの細身で芯のある響きが爽快でした。かなり速いテンポを指向しており,OEKを引っ張るぐらいの勢いを感じましたが,荒々しいところはなく,大変洗練された印象を与えてくれました。音楽雑誌の記事の中で,シンさんについて「ファッションモデルを思わせるような...」と書かれているのを読んだ記憶がありますが,演奏についてもそのとおりで,泥臭いところが全くない,一言で言うと「素敵な」演奏でした。

2楽章での柔らかい音も良かったし,次から次へと曲想が変わる第3楽章の表情の豊かさも魅力的でした。前半に技巧的な作品を並べた後,演奏会の最後をモーツァルトの協奏曲で締めるというのは,考えてみると冒険的な曲順でしたが,シンさんのヴァイオリンの魅力がストレートに伝わってくる良い演奏だったと思います。

ただし,唯一気になったのは...シンさんの足の速さ(?)です。演奏後,お辞儀をした後,スーッと袖に引っ込んでいましたが,もう少したっぷりと拍手を受けて欲しいと思いました。井上さんがオーケストラのメンバーを立たせている間に,シンさんがステージからいなくなっていた,という光景もありましたが,この辺はまだ若いかな,と少しホッとしたりしました。

盛大な拍手に応えて,アンコールでクライスラーのレチタティーヴォとスケルツォが演奏されました。クライスラーには珍しいほどの技巧的な作品ですが,クライスラーよりも巧い?と思わせるほど鮮やかな演奏でした。

というわけで,今年のIMAが終わりました。年々いろいろと新しい試みが行われるようになっていますが,しっかりと金沢に定着してきた気がします。演奏の間の井上さんのトークの中で,今後,韓国からの受講者をさらに増やし,ツアー客も増やしたい,といった話題も出てきましたが,今回の公演のタイトルどおり,日本海地域のアカデミーとして発展して行くことを期待したいと思います。

PS.今年のIMA音楽賞ですが,次のとおり公式サイトで発表されていました。
http://ishikawa-ma.jp/news/topics.cgi?action=201008261721

IMAが始まって10年以上になりますが,毎年の受講生の中から選ばれるIMA音楽賞や奨励賞の受賞者の中から国際的なコンクールで優秀な成績を収めるアーティストが続々と出ていますので,このリストは,ある意味,国際コンクールに入賞するための切符を手にした人たちと言えるのかもしれません。この中から,来年のIMAの各種コンサートに出演される方が出てくると思いますが,今後の活躍に期待したいと思います。(2010/08/27)

関連写真集


公演の立看板


アンコールの案内


この日は,国の文化予算増額を要望する署名を行っていました。


ホールの横には,宿舎に向かうマイクロバスが停まっていました。