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ミッキーの未来の指揮者たち:第2回井上道義による指揮者講習会優秀者によるリレーコンサート
2010/08/30 石川県立音楽堂
1)ドヴォルザーク/交響曲第8番ト短調op.88〜第1楽章
2)ドヴォルザーク/交響曲第8番ト短調op.88〜第3楽章
3)ドヴォルザーク/交響曲第8番ト短調op.88〜第1楽章
4)ドヴォルザーク/交響曲第8番ト短調op.88〜第3楽章
5)モーツァルト/交響曲第39番変ホ長調K.543〜第1楽章
6)モーツァルト/交響曲第39番変ホ長調K.543〜第2楽章
7)モーツァルト/交響曲第39番変ホ長調K.543〜第3楽章
8)モーツァルト/交響曲第39番変ホ長調K.543〜第4楽章
9)モーツァルト/交響曲第39番変ホ長調K.543〜第4楽章
●演奏
鈴木衛*1;小林大輔*2;石崎真弥奈*3;松川智哉*4指揮
金沢大学フィルハーモニー管弦楽団*1-4
スティーブン・シャレット*5;高山美佳*6;水戸博之*8;沖澤のどか*9
オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*5-9 
7は指揮者なしによる演奏
トーク:井上道義,広上淳一
Review by 管理人hs  

昨年から,突如(?),指揮を教えることに目覚めた井上道義さんによる指揮者講習会が今年も8月末に石川県立音楽堂で行われました。その最終日,優秀者によるリレーコンサートが音楽堂コンサートホールで行われたので聞いて来ました。この講習会は,昨年に続いて2回目ですが,次のような点で,パワーアップしました。

  • 昨年のモデルオーケストラは,金沢大学フィルだけだったが,今年は,さらにオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)といしかわミュージックアカデミー(IMA)の受講生オーケストラが加わったこと
  • 優秀者によるリレーコンサートが音楽堂の交流ホールからコンサートホールに変わったこと

井上道義さんから直々に熱い指導を受けられる点は同様ですが,指揮者を目指す人にとってのインセンティブがさらに大きくなったといえます。そのこともあり,受講生は昨年の31名から52名(そのうち47名が受講)に増えました。

ただし,47名のうち途中で失踪した人が3名あったということで(ミッキーさんは,「消えるなら一言断ってから消えて欲しかった」とおっしゃっていましたが),相当厳しい講習会だったことが予想されます。

モデル・オーケストラとして,OEKとIMA受講生オーケストラが加わったことは恵まれているように見えますが,受講生にとっては,どれも一筋縄では行かない3種類のオーケストラを相手にすることになり,かなり大変だったのではないかと思います(金大フィル:演奏技術的には,プロ・オーケストラのような訳にはいかないアマチュア・オーケストラ,OEK:指揮者がいなくても高水準の演奏が可能なオーケストラ,IMA:ソリストを目指す若手弦楽奏者ばかりを集めた,韓国人中心(日本語が通じない,英語で指示)のオーケストラ)。逆にいうと,英語力の必要性を含め,非常に実践的でタメになる講習会だったと言えます。

さて,今回のリレーコンサートですが,8人の受講生が登場しました。前半の4人は,金沢大学フィルを指揮して,ドヴォルザークの交響曲第8番(1または3楽章)を演奏,後半の4人は,OEKを指揮してモーツァルトの交響曲第39番(1,2または4楽章)を演奏しました。モーツァルトの第3楽章は,敢えて指揮者なしによる演奏とする辺り,いかにも井上さんらしいところです。

前半のドヴォルザークは,金沢大学フィルが6月のサマー・コンサートで取り上げたばかりの作品です。前半4人受講生の指揮ぶりですが,後半の4人に比べると,違いがより鮮明に出ていました。これは,受講生の個性というよりは,オーケストラと曲の違いによるような気がします。オーケストラがアマチュアオーケストラである方が,指揮によって印象が変わりやすい。編成の大きい曲の方が違いが拡張されやすい。といったことが言えそうです。

最初に登場した鈴木衛さん指揮による演奏は,各楽器の音がくっきりと聞こえて,曲のクライマックスを豪快に作っていたのが印象的でした。ただし,管楽器などの鳴らし方が野放図な感じで,ややバランスが悪いところもあるかな,と感じました。金大フィルの演奏の方も,最初の演奏ということもあるのか,やや安定感に欠けるところがありました。

小林大輔さんは,第3楽章を指揮しましたが,曲の滑らかさや勢いを出すのは,なかなか難しいんだな,と感じました。第1楽章に比べると,曲の起伏自体が少ないこともあり,やや淡白な感じがしました。

続く石崎真弥奈さん指揮による演奏は,大変音のまとまりの良い演奏でした。金大フィルの方もエンジンが掛かってきたのか,音の陰影を感じさせてくれる,彫りの深い演奏を聞かせてくれました。

前半最後に登場した,松川智哉さんは,井上さんによると,講習を通じて,大きな成長を見せた方とのことです(講師としてはとても嬉しい!)。ただし,ちょっと楽章全体としては,「やや緩いかな」と感じました。

前半のドヴォルザークを聞いた印象では,意外にを第3楽章を指揮し,演奏するのが難しそうな印象を持ちました。後半のモーツァルトの方は,こうやって比較して聞くと(金大フィルには申し訳ないのですが),OEKのレベルの高さが際立っていました。どの演奏も立派な演奏の連続でした。逆に言うと,指揮者の個性というよりは,OEKの特徴が鮮明に表れていた気もします。それでも,その上に各受講生の味付けや独特のテンションが加わっているのが面白いところでした。

後半最初に登場したスティーブン・シャレットさんの指揮は,見るからに優雅でした。弦楽器のヴィブラートを控え目にした音の透明感もさすがOEKでした。それほど遅いテンポではありませんでしたが,伸びやかさと同時に安定感があるのが素晴らしいと思いました。OEKの音の美しさを歪めずに引き出し,その上にあっさりと醤油で味付けをしたような心憎いばかりの演奏だったと思います。

第2楽章を指揮した高山美佳さんによる演奏は,緩徐楽章にも関わらず,出てくる音からエネルギーを感じました。私の感覚としては,ややテンポが速い気がしたのですが,高山さんらしさをしっかり表現していたと思いました。中間部の深刻な表情も聴き応えがありました。

第3楽章は,井上さんによる「嫌がらせ(?)」でO,EKのみによる演奏となりました。OEKの演奏は,指揮者がいる時以上にビシッとまとまった演奏で,特にモーツァルトのようなシンプルな楽譜の曲については,指揮者は不要?と思わせるほどでした。ただし,ビシっと揃いすぎるのもまた物足りないかなと,ちょっと贅沢なことを思ったりしました。

反対にトリオの方は,クラリネットの遠藤さんや,ホルンの金星さんらが,伸び伸びとソリスティックに活躍しており,いつもにも増して表情が豊かな気がしました。改めて,OEKのモーツァルトのレベルの高さを実感させてくれる演奏でした。

第3楽章が指揮者なしだったので,第4楽章の方は,2回演奏されました。水戸博之さんは,昨年も「優秀者」に選ばれた方ということで,さすがと思わせる緻密な演奏を聞かせてくれました。3楽章が指揮者なしだったこともあるのか,水戸さんが最初に指揮棒を振った瞬間,火花が散るような緊迫感を感じました。これが指揮者の存在意義なのかもしれません。

最後に登場した沖澤のどかさんは,水戸さんと全く同じ部分を続けて指揮したことになります。これは大変やりにくかったと思いますが,OEKから弾むような爽やかな高揚感を引き出していたのが印象的でした。単純に見えても,やはり指揮者によって曲が変わるのだということをしっかりと伝えてくれました。

今回の演奏会は,井上道義さんによる楽しいトークをはさみながら進行しましたが,もう一人「相棒」として,講習会のアシスタントを担当した広上淳一さんも登場しました。井上さんの方が辛口・攻撃的で,広上さんのトークは,それを穏やかに中和するような感じがあり,とても良いコンビネーションでした。井上さんがピンクのTシャツを着た広上さんに向かって「おい相棒」とか「そこのピンクの人」と呼びかけたり,何とも楽しい凸凹コンビぶりで会場を盛り上げてくれました。

受講生については,2年連続という方が多かったのが興味深い点でした。昨年よほど強いインパクトを受けたのか,よほど悔しかったのかのどちらかでしょう。演奏後には,優秀者としてOEKまたは金大フィルを指揮をしたことを証明する「証(あかし)」を渡す授与式が行われましたが,受講生の間に共に数日間に渡りミッキーと戦った同志としての一体感が生まれているような印象を持ちました。

授与式の後,「受講生,全員ステージに上がって来い」というミッキーの掛け声の下,客席から続々と受講生が集まって来るのを眺めながら。「何か良いムードなだなぁ」と思いました。この講習会は来年も開催されると思いますが,独特の熱さを持った金沢ならではのイベントに成長しつつあるようです。(2010/09/01)

関連写真集


指揮講習会のポスター


公演のポスター


今回の演奏会に登場した人の名前が掲示されていました。


講習会のスナップ写真がカフェコンチェルトに飾ってありました。