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もっとカンタービレ第23回:新作能「大魔神」
2010/09/08 石川県立音楽堂 交流ホール

新作能「大魔神」

●演奏・配役
構成・演出:井上道義
舞・語り:渡邊荀之助,舞:濱田寿法,囃子:望月太喜之丞
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢メンバー
プレトーク:井上道義

(演奏曲目)
伊福部昭/「大魔神」〜No,1-2,17
武満徹/室内協奏曲
モーツァルト/13管楽器のためのセレナード「グラン・パルティータ」〜第6楽章「主題と変奏 アンダンテ」,第3楽章「アダージョ」,終楽章「フィナーレ モルトアレグロ」
Review by 管理人hs  

今回の「もっとカンタービレ」では,井上道義さんの構成・演出による新作能,その名も「大魔神」が上演されました。交流ホールのステージはいつもよりも高く設定されており,上手側にオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の管楽器を中心としたメンバーが座るという形になっていました。

井上さんと能,という組み合わせは意外でしたが,その発想の根本には,プレトークで井上さんが語られたとおり,「謡の部分で何を言っているのかよくわからない。」「衣装は必要以上に豪華でないか?」といった能に対する「素朴な疑問」があったようです。そのことを反映して,能のスタイルをとりつつも,現代人にとっての分かりやすさを追求しようという姿勢が感じられました。伝統的な能からすると,禁じ手だらけの作品で,個人的には,「!?」という部分が沢山あったのですが,こういうチャレンジを行えるのも,このシリーズならではと言えます。

ただし,オーケストラの伴奏で能を舞うことについては,ラ・フォル・ジュルネ金沢の成果もあり,全く違和感を感じませんでした。今後,洗練していけば,金沢の能楽界にとっても大きな刺激になる試み,と感じました。

物語は,井上さんの故岩城宏之OEK前音楽監督に対する思いを描いた,私小説的なものでした。能の種類については,詳しくありませんが,今は亡き人の亡霊が出てきたり,30年以上前の木村かをりさん(岩城さんの奥さん)が出てきたり...と時空を飛び越える夢幻能ということになるようです。それにしても,岩城夫妻が出てくる,能などよく思いついたものです。

上演は,休憩なしで1時間未満の長さだったと思います。最初に出てきたのが伊福部昭さんの映画「大魔神」の音楽というのが意表を付いていていました。これは大変面白いサウンドでした。今回のOEKの編成は,管楽器中心でしたが,さらに電子オルガンとピアノ(井上さん自身が叩いていました)が加わっており,これまでに聞いたことのない異様な音響効果を出していました。

井上さん自身「趣味の悪い音楽」とプレトークで語っていましたが,確かに1960年代の総天然色時代劇とか「巨人の星」などのスポーツ根性ドラマを思わせるどぎつさがありました。趣味の悪さはあったかもしれませんが,個人的には,このサウンドは結構好みでした(能とは別途,伊福部昭特集というのも面白そう)。

この部分では,会場内の照明も赤くなり,「一体,どう展開するのだろう?」と期待したのですが...その後は,急にスケールが小さくなってしまいました。井上さんが,数年前の定期公演でドビュッシーの「おもちゃ箱」を体を張って演じた時と同じように,舞台を転げまわっての熱演だったのですが,セリフ的には,プレトークの説明と似た語り口だったので,饒舌さ,冗長さを感じました。能が始まってからの井上さん自身の語りはもう少し控え目にし,井上さんお得意のマイム風にしても良かったのかもしれません。

井上さんの役柄は,主役を盛り上げるワキ役(”イワキです”という,池辺さん風の洒落を言っていましたが,これは面白かったです)ということで,もう少し抑えてもらった方が良かった気がしました(井上さんの衣装は,真っ黒で目立たなかったのですが)。

その後,「30年前の木村かをり役」を演ずる,渡邊荀之助さん登場しました。井上夫妻の結婚式の仲人が岩城夫妻だったのそうで(舞台奥から「高砂や〜」の謡が聞こえてきたりしました),その時の木村さんという設定でした。ただし,この木村さんの登場が何を意味していたのか,実はよく分かりませんでした。

その後の武満さんの曲の部分では,亡霊の岩城さんが登場し,「あなたはアンサンブル金沢で何をやりたかったのですか?」と岩城さんを問い詰めます。岩城さんの象徴として,シンバルとか木琴とか打楽器を使っていたのは面白かったのですが,やはり,「アンサンブル金沢が...」といったセリフは,妙に生々しいので,見ていて楽しめない部分でした。ただし,こういう点についても意図的だったのかもしれません。

そのうちに,岩城さんが怒り,”大魔神”として別の人物が登場しました(ダイマジンではなく,ダイマシンと読むとのことです)。この部分には,歌舞伎の荒事のような雰囲気があり,濱田寿法さんが「怒る岩城」を迫力たっぷりに演じていました。

この大魔神を恐れた井上さんに対し,岩城さんが一人語りをする部分がその後に続きました。能の語りではなく,現代の言葉・言い回しによる語りを入れていたのが非常に新鮮で,「これは斬新だ」と思いました。ドラマとしては,この辺にクライマックスがあった気がしました。渡邊荀之助さんの声は,貫禄十分で,この部分で,作品がグッと引き締まりました。病床で木琴を叩いていたのが岩城さんの音楽人生の始まりで,最後がOEKでの指揮活動だったわけですが,そのことが凝縮された感動的な部分だったと思います。中では「音楽を皆と分かち合いたい」と言ったセリフが印象に残りました。これが作品のテーマだったのだと思います。

最後,岩城さんに「好きにやれ」と言われた井上さんが,モーツァルトのグランパルティータの中のアダージョを指揮し始めました。暗闇から沸き出てくる,深々とした息遣いの音楽を聴きながら,「結局,井上さんはこの曲を演奏したかったのか」と納得しました。この曲に乗せて,渡邊さんの舞も始まり,音楽と一体になって高みに上っていきました。

「大魔神」という作品は,この曲が終わったところで,おしまいだったのですが,その後,全出演者がステージに登場する,モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」風の明るいエンディングが続きました。ここでは,グランパルティータの中の最終楽章が演奏されましたが,全奏者が立って演奏し,しかも途中で鼓の音が「ポポポポポンッ」と入る楽しいもので,「音楽は音を楽しむもの」という精神が伝わってきました。

ただし,能の後に,華やかなエンディングが付くのは,やはり,賛否両論あったと思います。個人的には,やや違和感を感じました。また,全体を通してみても,雑然とした印象の方が強いところもあり,成功作とは言えなかったと思います。それでも「能を分かりやすく見せたい」という,井上さんの意図には共感できるものがありました。

ただし(今回は,「ただし」ばかりになってしまいますが),井上さんの意図とは別に,今回の作品を見ながら,逆に静かな「普通の能」の方に惹かれてしまいました。言葉は悪いのですが,今回の新作能の試みは,反面教師だったのかもしれません。井上さんの場合,日本の古典芸能の中では,能よりは歌舞伎向きかな,という気がしました。来年9月の「もっとカンタービレ」は,井上さんによる新作歌舞伎というのはいかがでしょうか。(2010/09/10)

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今回の公演のポスター