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オーケストラ・アンサンブル金沢第287回定期公演M
2010/09/18 石川県立音楽堂コンサートホール
1)メンデルスゾーン/弦楽のための交響曲第10番ロ短調
2)ラヴェル/ピアノ協奏曲ト長調
3)(アンコール)リスト/ラ・カンパネラ
4)武満徹/地平線のドーリア
5)モーツァルト/交響曲第39番変ホ長調K.543
6)(アンコール)モーツァルト/行進曲ニ長調K.335-1
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-6
広瀬悦子(ピアノ*2,3)
プレトーク:響敏也
Review by 管理人hs  

秋の連休の初日,金沢は絶好の行楽日和でした。市内では金沢ジャズ・ストリートというイベントを,文字通り,市内各所の路上で行っているのですが,私の方は,その中を抜け,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演を聞いてきました。

今回の公演は,OEK恒例の9月の全国ツアーの初日でもありました。今年は,メンデルスゾーンの弦楽のための交響曲第10番,ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調,武満徹の作品,モーツァルトの交響曲第39番といった比較的コンパクトな曲を集めたプログラムです。「OEKらしさ」をしっかり聞かせてくれる点で,とてもよく考えられた選曲だと思います。

最初に演奏された,メンデルスゾーンの弦楽のための交響曲第10番は,詳細な事情は分かりませんが,何かの手違いがあり,当初の予定の12番から変更になったものです。これは,メンデルスゾーンの若書きのほとんどすべての曲について言えるのですが,若々しさと適度なドラマとが絶妙にマッチした,名曲と言って良い作品でした。

序奏部は,低弦を中心とした大変深い音で始まりました。このところコントラバス奏者にはマルガリータ・カルチェヴァさんという女性奏者が参加しているのですが,大変実力のある方なのではないかと思います。コントラバス奏者らしからぬ(?)華やかな雰囲気があり,密かに(と秘密にする必要もありませんが)注目している奏者です。

ロ短調という調性のせいもあり,どこかバッハの曲に対するオマージュといった深い雰囲気が感じられます。この点もメンデルスゾーンらしいところです。主部に入っても,ほの暗い雰囲気は続くのですが,大変覚えやすいフレーズが繰り返し出てきて,段々と親しみを感じるようになってきます。この辺もメンデルスゾーンならではです。コンパクトな佳品といった曲なのですが,井上さんが指揮すると,曲全体に膨らみが出てきます。コーダの追い込みの部分でのビシっと決まった流れの良さをはじめ,大変格好の良い曲であり演奏でした。

聞いているうちに,この魅力的な曲は以前にも聞いたことがあることを思い出しました。調べてみると,約1年前のいしかわミュージックアカデミー関連の演奏会で井上さんの指揮で聞いていました。今回のツァー用に「これは行けるぞ」と取り出してきた井上さんの秘密兵器なのかもしれません。

続くラヴェルのピアノ協奏曲ト長調は,OEKが過去何回も演奏してきた曲です。OEKの定期会員には,お馴染みの作品ですが,世の中全体としても,今年公開された,映画版「のだめカンタービレ」の後編で使われたのをきっかけに,通向きの名曲から一般的な名曲にブレイクしつつある作品です。

ソリストは広瀬悦子さんでした。広瀬さんは,今年のラ・フォル・ジュルネ金沢に出演されましたが,その時はしっかりとソロ演奏を聞くことがでしたので(この時は,パスキエさんとのシューマンのヴァイオリン・ソナタだけを聞きました。確かショパンのエチュードを演奏したプログラムもあったはずです。),今回のOEKとの共演は,大変楽しみでした。

この曲は,何といっても冒頭の鞭のパチンという音が印象的です。それを皮切りにおもちゃ箱をひっくり返したような多彩な世界が次々と広がって行きます。この日のOEKの音は,打楽器,管楽器を中心に大変鮮やかで生気がありました(「のだめ」の映画に出てくる極彩色の「アニメーション」などを思い出してしまいました。)。

広瀬さんのピアノは,大変情感豊かでしたが,それが全く臭くなりません。音自体に軽やかさと透明な明るさがあり,思い切りが良いのにしつこさや重苦しさのない演奏でした。私の思い浮かべるフランス音楽のイメージにピッタリでした。ピアノの技術面については分からないのですが,大きく弾むような腕の動きも印象的で,奔放さと粋とが同居しているような自在さを感じました。この日の広瀬さんは水色のドレスを着てこられましたが,そのイメージどおりに汗臭いところのない,爽快なまでに率直さのある演奏だったと思います。

井上指揮OEKの方も広瀬さんに負けないように,かなり奔放に演奏していましたので,ピアノとオーケストラのアンサンブルという点で,ちょっと冷や冷やするようなところがありましたが,逆に言うと,ライブの魅力たっぷりで,大変スリリングなコラボを楽しむことができました。

第1楽章では,楽章後半に出てくるハープの独奏から金星さんのホルンの弱音の高音につながる辺りの繊細な気分も素晴らしかったし,追い込みをかけるようなコーダでのノリの良さも印象的でした。

第2楽章は,ピアノの独擅場といった感じの大変落ち着いた雰囲気のある楽章ですが,広瀬さんのピアノには,むしろ,くっきりとした強さがありました。クールな雰囲気の中に凛としたたたずまいがあり,潔いよい音楽だなぁと感じました。その後,水谷さんのイングリッシュホルンをはじめとした管楽器が次々と絡んできます。この部分は,OEKファンにとっては,お馴染みの奏者による,ソリスティックな大人のやり取りが続く,至福の時間だったと思います。

「ゴジラ」のテーマが聞こえてくる第3楽章もまた大胆な演奏でした。広瀬さんのピアノの弾けるような軽やかさはここでも同様でした。広瀬さんの演奏は,やや飛ばし過ぎかなという部分もありましたが(井上さんも合わせるのに苦労した?),その爽快なスピード感は魅力的で,一気のノリで楽しませてくるような大変生き生きとした演奏になっていました。

盛大な拍手に答え,アンコールとして,ラ・カンパネラが演奏されました。広瀬さんのタッチは,ここでも大変軽やかで,荒っぽく叩きつけるような感じは全くありませんでした。爽やかさと華麗さが同居した演奏で,大変気持ちよく楽しむことができました。

今回の演奏を聴いて,広瀬さんは,数多い日本人の若手ピアニストの中でも独自の地位を築きつつあるように思いました。これからますます,その活動に注目していきたいと思います。

(余談)実は,広瀬さんの演奏については,2001年にたまたま東京に行った時に,オーチャード・ホールでラフマニノフのピアノ協奏曲第3番をを聞いたことがあります(シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団との共演)。この時の印象は既に残っていないのですが(オーチャードホールの響きがいまいちだった記憶のみ残っています),この10年間で大きく成長されたのではないかと思います。

後半最初は,ステージ上の席数が一気に少なくなり,武満徹の地平線のドーリアが演奏されました。この曲もOEKが比較的よく演奏している作品です。ただし,メロディが全然なく非常に前衛的な響きのする作品ということで,今回は,井上さんはあれこれと演奏に工夫を凝らしていました。

この曲は,弦楽合奏で演奏される曲ですが,それをさらに2つのグループに分けるように指示されています。今回ステージ上に登場したのは,そのうちの片方のグループだけでした。「残りは一体どこ?」という疑問を残したまま,客席の照明が非常に暗く落とされ,ステージ上の8人が照らされました。よく見ると,ステージの両袖のドアが開けたままになっていました。私の座席からは見えなかったのですが,この両袖奥の舞台裏にヴァイオリン奏者が3人ずつ居たことが演奏後に分かりました。

そして,演奏直前,何と何とステージ中央奥の「ホリゾント」に当たる部分がすっと左右に開き(観音開きというやつですね),その中からコントラバスの別働舞台が現れました(会場がどよめいていました。完全には見えなかったのですが,3人いたようです)。曲名にある「地平線」から発想して「ホリゾント」部分に配置したのは,とても面白い発想だったと思います(ただし,音量的には,ステージ上に居る時とは違い,どうしても音がかなり遠くなってしまいますので,音の絡み合いという効果は分かりにくくなっていたと思います。一長一短と言えそうです。)。

これは近年の井上さんの傾向のような気がしますが,この曲についてもシアターピースとして聞かせようという意図があったのだと思います。つかみどころのない作品だという点には変わりなかったのですが,コンサートホールを通常と違う形で使うことで,音自体にも何らかの意味が加わり,緊張感漂う静寂のドラマを感じさせてくれました。演奏中,ドアが開けっ放しだったので,能装束を来た役者さんでも登場してくるのかな,と思わせるような幻想的な雰囲気もありました(先日の井上さんによる新作能「大魔神」の見過ぎか?)。

最後のモーツァルトの交響曲第39番は,井上さんがOEKの音楽監督に就任した直後の演奏会でも演奏されたお得意の作品です。8月末の指揮講習会の課題曲にもなっていたとおり,井上さんにとっては,完全に手の内に入った十八番と言えそうです。

第1楽章の序奏部は,近年,古楽奏法の演奏でよく聞かれるような速いテンポで演奏されました。カラヤンやベームの時代の倍速と言って良いと思いますが,すっかり,こちらの方が標準になってしまったようです。この日のティンパニは,お馴染みの菅原淳さんが担当していました。バロック・ティンパニのカラリとした響きが,弦楽器のノン・ヴィブラートの響きと相俟って,秋の高い空を思わせる爽快で祝祭的な気分を作っていました。この部分がビシッと決まっていたのは,やはり菅原さんの力が大きかったのではないかと思います。その上に井上さんの躍動感のある指揮が加わり,力感と同時にダンサブルな軽さを感じさせる序奏部となっていました。

この序奏から主部への転換の部分は,何度聞いても良いですね。モーツァルトの曲の中でも特に好きな部分です。その自然な変化は,井上さんの指揮の雰囲気そのものであり,人間の感情の動きそのものでもあります。主部の方も,基本的にキリっとすっきりとしているのですが,そこには常に暖かな人間味があり,ロマン派音楽に通じるような香りがありました。交響曲らしいダイナミックさやテンションの高さも十分にあり,大変バランスの良い音楽に仕上がっていました。

第2楽章もまた,人間的な感情の動きを強く感じさせてくれる音楽になっていました。井上さんが指揮すると,緩徐楽章にも関わらず,第1楽章以上に明るさと暗さがダイナミックに交錯し,大変聴き応えある音楽になります。頻繁に変わる表情の変化も実に自然で,この楽章には人間のすべての感情が入っているではないか,と思わせるほど豊かな気分になりました。その振幅が,しっかりと古典派交響曲の形式の枠に収まっている点もさすがです。

第3楽章は,先月末の指揮講習会の発表演奏会では,敢えて指揮者なしで演奏された楽章です。井上さんが指揮するとどうなるのか注目していたのですが,とてもまろやかな音楽になっていました。トリオでは,クラリネットの遠藤さんを中心として,大変ニュアンス豊かな演奏を聞かせてくれました。この楽章については,表面上は明るいのに,聞いていて何故か悲しくなってくる,というのが理想だと思っているのですが(これは聞き手の気の持ち様でもあるのですが),まさにそういう感じの演奏でした。

第4楽章は,井上/OEKならではの非常に軽やかな演奏でした。井上さんのキャラクターそのまんまの天衣無縫で茶目っ気たっぷりの演奏でした。それでいて,演奏会の最後らしくカッチリとまとめてくれました。

モーツァルトの交響曲の中では,実は,今現在,この第39番がいちばん好きな作品です。「ジュピター」と40番は,不動の名曲としてすっかり定着してしまっていますが,39番には,どこかまだ定着しきれていないような,不思議な余韻を感じます。それぞれの楽章すべて大好きなのですが,フッと断ち切れるように終わる第4楽章を聞くと,「この世に永遠や完璧というものはないのだ」と儚い気分になります。この曲を初めて聞いた中学生の頃は,この終わり方に物足りなさを感じていたのですが,今は,「完璧の一歩手前だけれども,ふと気づいてみるとものすごい高みまで登っていたんだなぁ」というニュアンスを感じ,妙に納得できます。...といった感じで,ついついこだわりを持って聞いてしまう作品です。今回の演奏を聞いて,もっともモーツァルトらしい曲の一つであることを改めて確信しました。

アンコールでは,行進曲が演奏されました。会場の案内には,調性やケッヘル番号までは記載されていませんでしたが,昨年,マルク・ミンコフスキさんがルーヴル宮音楽隊と石川県立音楽堂で演奏した際,ポストホルン・セレナードの前に演奏した行進曲と同じものでした(セレナードの前後にくっつけて演奏するための行進曲ですね)。

井上さんは,この曲に限らず,もともと行進曲系が大好きなのですが,途中,ヴァイオリンにコルレーニョ奏法が出てくる辺りの所作をはじめとして,大変上機嫌な演奏で,会場全体が明るくなりました。この曲では,交響曲第39番では編成に入っていなかったオーボエ奏者のお二人が演奏前に上手から入ってきた後,その位置で立ったまま演奏されていたのですが,これもOEKファンには大きなプレゼントでした。立って演奏することによりソロパートが大変くっきりと聞こえてきました。

9月後半は,このプログラムを中心に全国各地で演奏会を行います。モーツァルトの39番で締めるのは,やや冒険的なところはありますが,OEKらしさを味わえる作品ばかりです。多くの方に聞いてもらえることを期待したいと思います。(2010/09/20)


金沢ジャズ・ストリート2010&月見光路2010

この時期,金沢市街地は,いろいろなイベントが目白押しです。以下,金沢ジャズ・ストリートと月見光路を中心にご紹介しましょう。


その他,合同学園祭を中央公園で行っていたり,カナザワ映画祭を21世紀美術館などで行っていたり(これはかなりマニアックですが),通常の観光客との相乗効果もあり,市内は大賑わいでした。

まずは尾山神社へ

境内でビッグ・バンド・ジャズ

前田利家像の前で演奏

北國新聞赤羽ホール前です。丁度演奏が終わった後でした。

すぐ近くのビルとビルの谷間では,コンボスタイルのジャズ演奏

やけに狭いなと思ったのですが,ガレージを使っていたようです。

しいのき迎賓館裏の緑地は,月見光路の照明が点在していました。

特設ステージで,ジャズ演奏。風流にススキ風の飾りが飾られていました。

用水に沿って,花をイメージしたライトアップ

かなり大きなオブジェもありました。

オブジェを撮影している人も多数いました。

18:00ちょっと過ぎということで,夕焼け+月見光路。付近一帯を,兼六園側から撮影してみました。この辺の雰囲気は,なかなか私のデジカメでは,うまく伝えられませんねぇ。

兼六園のもう一方の入口紺屋坂側でもジャズイベントを行っていました。

レストランの「兼六城下町」前でディキシーランドスタイルのジャズを演奏中でした。

ここからは翌日(9月19日)の写真です。竪町商店街です。

竪町オーバル(テナント募集中のスペースだと思います)で女性ジャズ・ヴォーカルが歌っていました。

竪町商店街にはあかり来ないのですが,ジャズ効果もあるのか,大変賑わっていました。

香林坊109周辺では,トレードマークの柳の下でジャズ

香林坊109の裏の広場では,見学の大学のビッグバンド・ジャズ

香林坊アトリオ前には,大型の看板が出ていました。

こちらは地元のビッグ・バンドのようでした。

中央公園に行くと,市内の大学の合同学園祭。トレードマークの「サイ(=祭?)」

模擬店などが沢山出ていたようです。

しいのき迎賓館裏のステージです。

このススキのステージでの夕方以降の演奏スケジュールが書かれていました。ジャズ以外の邦楽器の演奏が用意されていました。

石の広場では,ビッグバンドが演奏していました。

芝生ではのんびりと演奏を楽しむ人の姿が見られました。ラ・フォル・ジュルネ金沢の吹奏楽の日を思い出しました。

しいのき迎賓館前にもススキのオブジェ

この日は,市内の道路は渋滞していました。レンタル自転車の方が快適だったと思います(私も自転車で移動していました)。

金沢市役所前のオブジェとジャズストリートの大型立看板

片町商店街のプレーゴのステージ。ここの演奏の合間でした。レストランで食事をしながら楽しめるのでなかなか良さそうな雰囲気でした。 柿木畠商店街のステージ。自転車を止めて,聞いている人が大勢いました。 金沢ジャズストリートのスケジュールの書かれたリーフレットです。市内商店街が総力を挙げて取り組んでいることがよく分かりました。


関連写真集


今回の公演の立看板。もうすぐ音楽堂の邦楽ホールで始まる「金沢おどり」の灯篭も出ていました。


邦楽ホールに向かう通路にも灯篭が並んでいました。


邦楽ホール側の壁面には,「西洋音楽家頌」という新たな展示が飾られていました。加賀友禅作家の二代由水十九(ゆうすいとく)さんのデザインによるCGとのことです。



この日は,広瀬悦子さんと井上道義さんによるサイン会が行われました。


広瀬さんのサインです。色紙になっているのは,ラ・フォル・ジュルネ金沢の時に買った,ルネ・マルタンさんのレーベル(MIRARE)から出ているショパンのバラード+ノクターンのCDです。

井上さんからは何回もサインを頂いているので,既にサインの入っているものを持参し,今回さらにもう一つ付け加えてもらうことにしました。その結果が次のものです。

右側が以前からあったもの,左側が今回加えてもらったものです。何と言うか,デザインにピッタリの収まり具合になってしまいました。世の中でこういうサインを持っているのは私ぐらいでしょう。