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オーケストラ・アンサンブル金沢第288回定期公演PH
2010/10/06 石川県立音楽堂コンサートホール
1)シューマン/序曲,スケルツォと終曲,op.52
2)チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調
3)ビゼー/交響曲第1番ハ長調
●演奏
ケン・シェ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)
吉田恭子(ヴァイオリン*2)
プレトーク:飯尾洋一
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK),10月のフィルハーモニー定期公演には,若手指揮者の,ケン・シェさんが登場しました。この方のお名前は,OEKが伴奏する協奏曲のCD録音(2枚あります)で聞いたことはありますが,定期公演に登場するのは今回が初めてです。もちろん実演を聞くのも今回が初めてのことです。

ケン・シェさんのお名前の原綴は,Kenneth Hsiehなのですが,それをさらに短くして,Ken Hsieh(ケン・シェ)と呼ばせています。あまりにも短い名前なので,シェさんというよりは,”ケンシェ”と姓名を一体にして呼ぶ方がかえって分かりやすそうですね。その名のとおり,外見はアジア系なのですが,カナダで生まれ,カナダで勉強した後,日本の桐朋学園や洗足学園で秋山和慶さんなどに師事し,日本をはじめ,世界各地で活躍...というインターナショナルな方です。

今回のプログラムは,短めの管弦楽曲,協奏曲,交響曲というオーソドックスな配列でした。ただし,最初のシューマンの作品は,演奏機会の少ない作品,最後のビゼーの交響曲は,軽めのOEK向きの交響曲ということで,よく考えられた選曲になっていました。

最初に演奏されたシューマンの「序曲,スケルツォと終曲」ですが...何とも芸のないネーミングです。「そのまんま」ですね。プレトークでの飯尾さんの話によると「シンフォニエッタ」という案もあったとのことです。聞いた感じ,緩徐楽章のない3楽章の小さい交響曲という雰囲気でしたので,「なぜシンフォニエッタにしなかったのだろう?」と疑問に思ってしまいました。そうしていれば,この曲の運命も変わり,現在よりももっと聞かれていたのではないかと思います。

「序曲」は,大変しっとりとした響きで始まり,曲全体が大変格好良く滑らかにまとまっていました。この音のまとまりの良さはOEKの美質そのものだと思います。続く「スケルツォ」は,大変キビキビとした音楽で,ソツなくまとまっていました。シューマンの音楽には,結構,粘着質的なところがあるのですが,むしろ,とても気持ちの良い音楽に感じてしまいました。「終曲」は,大変精悍な演奏でした。ケン・シェさんの指揮の動作は大変力強く,いかにも若者らしい音楽になっていました。

全曲を通じて,ややまとまりが良すぎるかな,という部分もありましたが,形がしっかり整った,自信に満ちた音楽だったと思います。初めて実演で聞く曲でしたが,曲の良さをしっかりと伝えてくれる,安心して聞ける演奏でした。

反対に,次に演奏された,チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は,何回も何回も演奏されてきた名曲中の作品です。OEKも神尾真由子さんをはじめ,本当に多くの名手と共演してきました(11月にはいよいよ五嶋みどりさんとの共演です)。

調べてみると,OEKは次のヴァイオリニストと共演しています(我ながらあきれていますが,私は全部聞いていることになります。)。
アナスタシア・チェボタリョーワ/マイケル・ダウス(2回)/庄司紗矢香/神尾真由子/潮田益子/戸田弥生/オレグ・クリサ
その他,OEK以外とでは,諏訪内晶子さんとチョン・ミョンフン指揮フランス国立管弦楽団との共演も聞いています。

今回は,OEKと既に2枚の協奏曲録音を残している吉田恭子さんとの共演でした。赤の鮮やかなドレスで登場した吉田さんは,大変しっかりとした音を聞かせてくれました。が,どうも全曲を通じて,ニュアンスの変化に乏しい演奏に思えました。吉田さんがOEKと残しているこの曲のCD録音同様,ちょっと小粋なポルタメントを所々で入れていたのですが,かえって能面のように無表情の部分が目立ち,物足りなさを感じました。

上述のとおり,この曲については,いろいろな名手による演奏を何回も聞いてきましたので,どうしても求めるレベルが高くなってしまいます。それと8月末に聞いた,いしかわミュージック・アカデミーでの若い奏者たちによる張り詰めたような演奏の印象が強すぎたのかもしれません。今回の吉田さんの演奏も,悪くはなかったのですが...「おお!」と思わせるような演奏の冴えや,演奏の密度の高さ,熱い歌...といった点では,不足していた気がしました。第3楽章なども「普通に巧い」のですが,どこか面白味が感じられませんでした。野球に例えると,生きた球というよりは棒球のように感じられてしまいました。この辺は,超名曲を演奏する難しさ,怖さと言えるのかもしれません。

反対に,ケン・シェさん指揮のOEKの演奏は,”伴奏”の域を超えた大変雄弁なものでした。冒頭からストレートに曲をグイグイと引っ張って行き,展開部の入りの部分や楽章最後のコーダなどでは,ちょっと前のめりになるような,いかにも若々しいダイナミックな音楽を聞かせてくれました。少々暴力的な感じはありましたが,「若者は良いねぇ」と目を細めて(?)聞いてしまいました。

吉田さんの演奏では,第2楽章の,ちょっとくすんだような控え目な表現が良かったと思います。OEKのメンバーとの室内楽といった趣きのある音楽を聞かせてくれました。

後半に演奏されたビゼーの交響曲は,OEKの設立当初から繰り返し演奏してきたOEKファンにとっては,お馴染みの曲です(個人的には,1989年1月の天沼裕子さんのデビュー演奏会での演奏が何と言っても印象的です。)。今回のケン・シェさんの演奏は,「理想的な演奏」と言ってしまってもよいぐらい楽しんで聞くことができました。

まず,第1楽章の最初の1音を聞いて,「これは良い」と思いました。「ジャン」と始まるのですが,この音が本当に短く,心地良く引き締まっていました。ベトつくようなところのない軽い音は,ラテン系の交響曲の気分にぴったりでした。その一方,曲が進むにつれて,ビゼー特有の親しみやすいメロディが次々と湧き上がってきて,いつの間にか大変豊かな音楽になっていました。密度の高さと伸びやかさとが共存した素晴らしい演奏でした。

第2楽章は,まずは,オーボエの水谷さんがたっぷりと聞かせてくれました。はじめはひっそりと始まるのですが,次第に大きく盛り上がって行きます。プリマドンナが,アリアを大きく歌い上げるような気持ち良さがありました。楽章後半では,今度は第1ヴァイオリンが熱く熱く情熱的な歌を聞かせてくれます。楽章を通じて,大変たっぷりとしたテンポで演奏されていたこともあり,スケールの大きさと堂々たる貫禄を持った音楽になっていました。

第3楽章もまた,美しい歌が次々湧き出てくる魅力的な楽章です。ここではしっかりとしたテンポで,どっしりと,しかしキリリと締まった音楽を聞かせてくれました。前後の楽章とのバランスも絶妙で,全曲を引き締める要になっていました。

第4楽章は,限界に近いような速いテンポでしたが,アビゲイル・ヤングさんがリードするOEKの弦楽セクションは,「平然と」「速く」「軽く」名人芸を聞かせてくれました。やはりこの曲はOEKの十八番だと再認識した次第です。全曲を聞き終えて,さらりとした感触がしっかりと残しました。「快演!」としか言いようのない演奏だったと思います。

この日はアンコールは演奏されなかったのですが,これも正解でした。ビゼーの曲の爽やかさのみが演奏後に残り,「よくわかっているな」と感心しました。

ケン・シェさんは,きりっとした顔立ちの,いわゆる「イケメン」指揮者ということで,これから日本での活躍が広まれば,人気も高まってくることでしょう。今回のビゼーもキャラクターにぴったりでしたが,機会があれば,フル編成のオーケストラを指揮するのも聞いてみたいと思います。きっとダイナミックな演奏を聞かせてくれることでしょう。いろいろな面で大変楽しみな指揮者だと思いました。

PS. この日のプレトークは,金沢出身の音楽ライターの飯尾洋一さんが担当されました。音楽界のトレンドに大変詳しい方ですので,これからもOEKの活動のアドバイザーとして,いろいろと協力して頂けるとOEKの活動もさらに活性化されるのではないかと期待しています。

今回の公演についても,早速次のとおりブログに記事が掲載されていました。
http://www.classicajapan.com/wn/2010/10/080115.html

その他,吉田恭子さんのブログにも写真入りの記事が掲載されていました。
http://www.kyokoyoshida.com/kyoko/index.html

(2010/10/08)

関連写真集


今回の公演の立看板

今回は,ケン・シェさんと吉田恭子さんのサイン会がありました。


ケン・シェさんのサイン。「ビゼー,とても良かったです」と話しかけたところ(日本語もお上手でした),嬉しそうに握手をしてくれました。握力の強さが印象的でした。


吉田恭子さんのサイン。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のCDです。広上淳一さん指揮OEKとの共演です。