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オーケストラ・アンサンブル金沢第289回定期公演M
2010/10/20 石川県立音楽堂コンサートホール
1)マデルナ/「フィッツウィリアム・ヴァージナルブック」による陽気な音楽
2)武満徹/群島S.:21人の奏者のための
3)ナッセン/操り人形の宮廷のための音楽op.11
4)レスピーギ/ボッティチェッリの3枚の絵
●演奏
オリバー・ナッセン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング),アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*1),水谷元(オーボエ*1)
プレトーク:飯尾洋一
Review by 管理人hs  

10月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のマイスター定期公演の指揮者は,今回が3回目の登場となる,オリバー・ナッセンさんでした。ナッセンさんといえば,大変大柄な方ということで,ステージに登場した瞬間,時節柄,最近金沢市の里山を脅かしている,”あの動物”を思い出してしまいましたが,演奏の方は,荒々しい野生的な世界とは正反対でした。どの曲についても,精密にできた玩具であるとか,大切にしまってある宝物を,大きな手のひらで優しく包み込むように取り扱っているような,繊細さや緻密さがありました。キラキラとした色彩感と緻密さのあるOEKの響きもまたその世界にぴったりで,演奏会全体として別世界を作っているような心地良さがを感じました。

ナッセンさん自身の作品を含め,演奏された曲すべてが20世紀以降の標題音楽。しかもOEKが初めて定期公演で取り上げる曲ばかり。大半のお客さんにとっても,初めて聞く曲ばかり,ということで,聞く前は一体どういう演奏会になるか予想も付かなかったのですが,選曲の方もまた見事でした。全体的に,擬古典的な気分が一貫する中で,武満さんとナッセンさんの作品では,オーケストラの編成を大胆に変更し,シアター・ピースとしての面白さも伝えてくれました。ナッセンさんの「人形の宮廷のための音楽」の中に「パズル」という曲がありましたが,何もかもが計算どおり,きっちりと組み合わさっている,パズルを思わせるプログラムとなっていました。

最初に演奏されたマデルナの作品は,エリザベス王朝時代のヴァージナル(卓上チェンバロのような楽器)のための音楽をオーケストラ用に編曲した作品ということで,イギリスの作曲家兼指揮者としてのナッセンさんにとっては,「心のふるさと」と言って良い作品なのだと思います。今回の公演のうち,武満さんの作品を除く3曲については,20世紀の音楽でありながら実はルネサンスやバロックの音楽が息づいている作品というということで,このマデルナの作品が,演奏会全体のトーンを決めていたようなところがありました。

この日のプログラムは,「協奏曲なし」だったのですが,この曲については,オーボエの水谷さんとコンサート・ミストレスのヤングさんの名前がクレジットされており,見事なソロを聞かせてくれました。5つの短い曲からなる組曲で,エリザベス朝時代に相応しい素朴な味わいもありましたが,マデルナによる編曲ということもあるのか,全曲を通じて大変緻密な音世界を作り上げていました。大柄なナッセンさんが,こういう可愛らしい作品を指揮するのも何とも言えず面白く,どこかリラックスした空気もありました。

楽器の編成の中では,オーボエが4本も入っていたのが独特でした。その中で水谷さんだけが甲高いクリアな音でソリスティックに動いたり,哀愁漂う優しい音を聞かせたり,大活躍でした。ヤングさんのヴァイオリンとのハモリ具合も素晴らしく,思わず幸せな気分にさせてくれる演奏でした。

2曲目は,武満徹の「群島S.」でした。故岩城宏之さんが「晩年の武満さんの音は,ちょっと美しすぎる」などと語っていたことを思い出しますが,その晩年ならではの「タケミツ・トーン」に支配された作品です。もう一つの特徴は,楽器の配置です。タイトルにあるとおり,オーケストラを3つの「島」に分け,ステージ上にかなり離れた状態で並べていました。ちなみにこの「S.」というのは,ストックホルム,シアトル,瀬戸内のイニシャルのSとのことです(最後の「.(ドット)」は何なのでしょうか?)。それに加え,離れ小島的に2本のクラリネットが客席で演奏しました。これを総合すると右の絵のようなことになります。

舞台上下手から時計回りにA(オーボエと弦4部,ハープ,打楽器3),B(ホルン,トランペット,トロンボーン),C(フルート,ファゴット,弦3部,チェレスタ,打楽器),客席後方の両サイド(今回は2階席奥でした)にD,Eとしてクラリネットが1本ずつ配置するという形になります。

「島」という言葉からは,必然的に「海」を連想するのですが,冒頭のハープの音を聞いた瞬間に,ドビュッシーの「海」を思い出してしまいました。チェレスタ,ハープ,打楽器各種が加わっているとおり,キラキラとした波の煌きを思わせる響きも特徴的で,武満版「海」と言っても良い作品だと思いました。

21人編成ということで通常の半分ぐらいの編成でしたが,「群島」の間のスペースを広くとって配置していることもあり,透明な音がホールの隅々にまで広がるような心地良さがありました。それと何よりも,客席に配置されたクラリネットが面白い効果を出していました。背後からクラリネットの音がいきなり聞こえてくると,ちょっとゾクッとしてしまいましたが,響敏也さんの解説のとおり,「3つの群島を見つめる作曲者の視線」と言えるのかもしれません。陶酔的な音楽が続くなかで,ふと我に返るような面白い効果がありました(これはクラリネットの音が結構近かった影響もあるかもしれません)。

ステージ上の3つの群島の方も互いに呼び合うように演奏していましたので,立体的に音が揺れ動く,「5チャンネルのサラウンドシステム」といった面白さがありました。音が色々な方向から聞こえてくる「実演向きの曲(実演でないと楽しめない曲)」「浸るための曲と言えます。曲は全体的に「穏やかな海」という感じでしたが,途中,Bグループの金管楽器がミュートを付けて,カデンツァ風に演奏する部分があり,メリハリを付けていました。

OEKは,先月,井上道義さん指揮で同じ武満さんの「地平線のドーリア」を演奏したばかりです。考えてみると,配置に凝っている点で,この曲も似た趣向です。「ドーリア」の方はかなり前衛的でしたが,OEKとしてみれば,この手の作品は「やり慣れている」と言えそうです。それと,やはりホームグラウンドならではの演奏だったと思います。非常に洗練されたタケミツ・トーンを楽しむことができました。

後半はまず,ナッセンさんの自作の「人形の宮廷の音楽」が演奏されました(響敏也さんの解説によると,「DollではなくPuppetなので「操り人形」と訳す方が良い」とのことです)。この作品は,16世紀のジョン・ロイド(ヘンリー8世の宮廷作曲家)の音楽を題材として作られた組曲ということで,最初に演奏されたマデルナの曲とよく似た発想の曲と言えます。ただし,この曲の方が現代的な響きがしました。

第1曲の「パズルI」は,ハープ,ギターとアルトフルートなどが織りなす,大変魅力的なサウンドで始まりました。この楽器編成は,武満さんの曲などにも通じるものがあり,プログラム的にも一貫性が感じられました。パズルというタイトルの曲は,聞いたことはありませんが,静かで緻密な響きを聴いているうちに,脳内が微妙に活性化されたような気がしました。

第2曲の「おもちゃ屋の音楽」は,打楽器類が活躍する妙にキラキラとした生々しさのある音楽でした。途中,目覚まし時計のような音が入りましたが(一瞬,お客さんの携帯の音かと思ったりしましたが),「オモチャのチャチャチャ」と同様,「朝になっておもちゃ箱に戻っていく」の発想の音楽だったのかもしれません。第3曲の「アンティフォン」は,掛け合いの音楽です。実は,この曲の楽器配置は,これまでに見たことのない不思議なものでした。

オーケストラの弦と管の位置が通常とは正反対。しかも,オーケストラが左右2つに分けられていました。一方が演奏すると,もう片方がそれに答えて別の曲を演奏するという「カトリックの聖歌を歌い交わす形式(響さんの解説による)」となっていました。使われていた音楽も聖歌だったのかもしれませんが,聞いた印象では,2つの全然違う音楽が並行して演奏されているようなところがあり,かなり斬新で大胆な音楽に聞こえました。

第4曲の「パズル2」は,第1曲のエコーを聞くような感じでしたが,最後の曲ということで,途中,大きく盛り上がる部分がありました。煌くような音を出す打楽器を多様しているあたり,ラヴェルの「マ・メール・ロア」の終曲辺りと通じる気分があると感じました。以前,ナッセンさんがOEKに客演した際には,この「マ・メール・ロア」を演奏しましたので,心底,こういうおとぎ話的な世界を愛しているのだな,と感じました。

この曲でもそうでしたが,ナッセンさんは,各曲の最後で,打楽器類の残響の音を十分に響かせた後,音を止める指揮の動作をされていました。残響を非常に大切にする指揮者なのだな,と感じました。

最後に演奏されたレスピーギの作品は,「これはレスピーギのサウンドだな」と思わせる輝くような明るさが随所に出てきて,演奏会全体を気持ちよくまとめてくれました。この曲は,ルネッサンス期に活躍した画家ボッティチェリの3枚の絵からインスピレーションを得て作られた作品で,「春」,「東方三博士の礼拝」,「ヴィーナスの誕生」とそれぞれの絵画に対応する3曲からなっています。

第1曲の「春」は,軽いカラリとしたサウンドが大変気持ちの良い作品でした。特に弦楽器の鮮烈な響きが印象的でした。この「春」をジャケットに使ったヴィヴァルディの「四季」のCDを見たことがありますが,いかにも音楽を喚起するような絵です。レスピーギの音楽には,「映画音楽の元祖」のようなところがありますが,絵+音楽でDVD化しても面白い曲だと思いました。

第2曲の「東方三博士の礼拝」は,ちょっとオリエントな響きのする曲でした。管楽器が緻密に音を積み重ねていく雰囲気は,「3博士」に相応しく,思慮深さを感じさせる音楽となっていました。

第3曲の「ヴィーナスの誕生」は,「春」と並んで有名な作品です。海から生まれるヴィーナスを描いた作品ということで,波を思わせる音の繰り返しが大変心地良く感じました(演奏会後にも余韻が残りました)。終曲らしくユニゾンですっきりと盛り上がっていく辺りも大変新鮮でした。レスピーギの曲には,「古代舞曲  」というOEKにぴったりの曲がありますが,是非この曲についても,レパートリーとして定着させていって欲しいと思います。

今回のプログラムは,演奏時間的にも,曲の印象としてもかなり軽めでしたが,ナッセンさんの好みと意図がしっかりと貫かれていたこともあり,物足りない感じはしませんでした。見事な選曲でした。全体を通じ,ハープ,チェレスタといった楽器の活躍が目立ちましたが,そのことにより,音色面での統一感もありました。OEKの緻密な演奏に所々で金属的な音とが合わさり,どの曲にも精密なおもちゃを思わせるような,ちょっと人工的な感じのする美しさがありました。大柄なナッセンさんの手のひらの上でOEKがもてあそばれているような趣きもありましたが,それがまた,演奏の魅力になっていました。ナッセンさんならではの「音による絵本集」といっても良い世界を楽しめた公演でした。

PS.今回も金沢出身の音楽ライター,飯尾洋一さんによってプレトークが行われました。今回のプログラムは,非常にマニアックだったので,響敏也さんのプログラム解説に加えて,飯尾さんによる説明があり大変役立ちました。

レスピーギの「ボッティチェッリの3枚の絵」の第2曲目の「東方3博士の礼拝」に関して,アニメーションの「エヴァンゲリオン」に出てくるマギというコンピュータの名前がこの「3博士」に由来しているというお話がありました。私には,全く分からない話だったのですが,これまでの響きさんのプレトークにはない話題でしたので,これからの飯尾さんのトークに期待したいと思います。 (2010/10/20)

関連写真集

今回の公演の立看板

今回は,ナッセンさんのサイン会がありました。

日付と場所を大変小さな文字で丁寧に書いていただきました(体格とのミスマッチが大変面白かったです)。

今回は,いつものロビーではなく,何とステージ裏の指揮者室で行われました(やはり,移動されるのが大変なのです)。思わぬバックステージツァーを楽しむことができ,「へぇ,こうなっているのか」と得した気分になりました。

ステージ下手側に指揮者室があり,下のような感じで列をついてサインを頂きました。





音楽堂入口には11月3日に行われるアジア民族音楽フェスティバル看板も出ていました。