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パリ・ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団金沢公演
2010/10/31 石川県立音楽堂コンサートホール
1)バーンスタイン(グランドマン編曲)/ミュージカル「キャンディード」序曲
2)ハチャトゥリアン(ドンデイヌ編曲)/バレエ音楽「ガイーヌ」〜剣の舞
3)ハチャトゥリアン(ゴア編曲)/バレエ音楽「ガイーヌ」〜レズギンカ
4)ハチャトゥリアン(ゴア編曲)/バレエ音楽「仮面舞踏会」〜ワルツ
5)レスピーギ(デュポン編曲)/交響詩「ローマの松」
6)プランケット(ラウスキ編曲)/サンブル・エ・ムーズ連隊行進曲
7)ガンヌ/ロレーヌ行進曲
8)ラヴェル(デュポン編曲)/ボレロ
9)(アンコール)リムスキー・コルサコフ/熊蜂の飛行
10)(アンコール)ビゼー/歌劇「カルメン」第1幕への前奏曲
11)(アンコール)ロータ/映画「8  1/2」のテーマ
●演奏
フランソワ・ブーランジェ指揮ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団
Review by 管理人hs  

全日本吹奏楽コンクール高校の部が,東京の普門館で行われたこの日,金沢では,パリの名門,ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団の演奏が行われました。この吹奏楽団は,「レピュブリケーヌ」という舌を噛みそうな印象的な単語が入っていたお陰で,私自身,中学生の頃から名前を知っていた団体です。今回は,非常に良心的な価格設定だったこともあり,吹奏楽部に入っている子供を連れ,家族揃って聞いてきました。開演1時間前に,ゆったりとした気分で音楽堂に行ってみたのですが...1階の通路はラ・フォル・ジュルネ状態になっていました。今回,SABのランク指定はあったのですが,どのランクも自由席だったので,こういうことになったようです(S席ぐらいは指定席の方が良かったかもしれません)。

演奏は,期待どおりでした。フランスの吹奏楽団らしさ一杯の大変明るいサウンドを満喫できました。吹奏楽の世界も国際化が進んでいると思いますが,まだまだ”フランスの管楽器”には独特の魅力があると感じました。

最初に演奏されたキャンディード序曲は,いつも聞いている演奏とは,どこかニュアンスが違いました。例えば,アメリカのバンドだと,第1曲目ということで,冒頭の音などは華やかなファンファーレになるのですが,ギャルドの演奏は,少々拍子抜けするぐらいに穏やかに始まりました。全体的に軽快に闊歩する気分があり,言ってみれば,「パリのアメリカ人風キャンディード」という演奏でした。中間部の歌わせ方は,フル編成のオーケストラを思わせるものでした。ギャルド吹奏楽団のフランス語の正式名称には,Orchestre d'Harmonie de le Garde Republicaine とオーケストラという名前になっているのですが,その通り,クラリネットが中心となって弦楽器のカンタービレを思わせるような滑らかさと厚みのある音を聞かせてくれました。

続くハチャトゥリアンでも,荒々しさの対極にある演奏を聞かせてくれました。「剣の舞」「レズギンカ」と言えば,打楽器や金管楽器が炸裂する見世物的な音楽(悪い意味ではありません)という印象を持っていたので,肩透かしを喰ってしまいました。冒頭から何事もないように淡々と進む「剣の舞」というのは,やはり,「ギャルド風」と言うしかないと思います。その点,少々物足りなさはあったのですが,その柔らかさは,独特の個性とも言えると思います。

ここ数年は,「浅田真央の曲」としてすっかり有名になった,「仮面舞踏会」のワルツも同様でしたが,こちらの方は少し編成が大きくなっており,柔らかくふんわりと泡立てたクリームを思わせるような優雅さがありました。こういう粋な「おフランス」という感じ(?)の演奏は,なかなか聞けないと思います

前半は,レスピーギの「ローマの松」で締められました。この曲の最終楽章の「アッピア街道の松」は,大きなクレッシェンドが聞きもので,吹奏楽コンクールの定番曲としても有名な曲です。私自身にとっては,吹奏楽版を生で聞くのは今回が初めてだったのですが,本当に見事な演奏でした。

最初の「ボルゲーゼ荘の松」での目の覚めるようなキラキラとしたサウンド,「カタコンブ付近の松」での深いけれども重苦しくならない透明感,「ジャニコロの松」での木管楽器群の冴え。ここまでで既に聞き応え十分でしたが,最後の「アッピア街道の松」でこれらを,総括するように伸び伸びとした響きを聞かせてくれました。今回は,石川県立音楽堂の施設を生かし,パイプオルガンも編成に加わっていましたが,オルガンの重低音をベースに,ピラミッド上に音が積み重なるような充実感がありました。暴力的な音量で圧倒するのではなく,美しいハーモニーをホール一杯にしっかりと響かせる,音楽的な演奏になっていました。

終結部で,大太鼓奏者が,バシっと一撃を決めた後(ベテラン奏者が力強い音を聞かせていたのが実に良かった!),最後の和音が「ワー」と長く伸ばされて終わるのですが,この部分のこれぞオルガン・サウンドと言っても良い,まとまりの良い音が忘れられません。

このまとまりの良さは随所で聞くことができました。第2曲では,オルガンステージに待機していたトランペット奏者によるソロが入りましたが,十分に歌っていながらもあくまでも控え目,突出し過ぎることはありませんでした。クラリネット,サックスなども,非常に美しい音をソリスティックに聞かせてくれる部分がありましたが,音色に統一感があり,目立ち過ぎるところはありませんでした。

純粋な演奏面以外にも,第3曲ではナイチンゲールの鳴き声だけが残る中,会場の照明をドンドン落としていくという視覚的な演出も加えていました(「小夜啼鳥」ということで,その雰囲気通り,「夜に啼く鳥」なんですね。)。こういう演出は,下手をすると,演奏を安っぽくしてしまう恐れもあるのですが,非常にたっぷりと夜の静寂を感じさせてくれるような演出でしたので,効果満点でした。この日は,中学・高校の吹奏楽部の生徒も大勢聞きにきていましたが,こういう「見せ方,聞かせ方」は,大変参考になったのではないかと思います。センス抜群の聞かせ上手な演奏だったと思います。

後半は,まず,フランスの行進曲が2曲演奏されました。日本では,アメリカ系,ドイツ系の行進曲が演奏される機会の方が多いので,フランスの吹奏楽団によるフランスの行進曲の演奏は,大変貴重だったと思います。ただし,どちらの曲も聞いたことのある作品でした。元々,ギャルドは軍楽隊ということで,行進曲演奏はお家芸だと思います。どちらの曲も,実にすっきりとした軽やかな演奏を聞かせてくれました。

行進曲については,スネア・ドラムが何と言っても”肝”だと思います。この2曲についても,ベテランの打楽器奏者に注目してしまいました。「松」で大太鼓を担当していた奏者が,この曲では,自信たっぷりにスネア・ドラムを演奏し,実に良い雰囲気を出していたのが印象的でした。

さて,演奏会の「本割」の最後は,おなじみ「ボレロ」です。管弦楽を吹奏楽に編曲したものということで,冗長になるかなとも思ったのですが,そういう所はなく,各ソロ楽器が,しっかりと自己主張しながら,しかし全体としてみると,とてもまとまりの良い見事な演奏を聞かせてくれました。全体的に快適なテンポ設定で,スムーズに曲が進んでいきました。

管楽器だけによる演奏ということで,音色の透明感が特に際立っていたのが特徴的でした。オーケストラ版だと,演奏後半で満を持して第1ヴァイオリンが入ってくる部分が印象的なのですが,吹奏楽版だとトランペットが高らかに入ってくる部分が,実に格好良く決まっていました。

この曲もまた,スネアドラムが大変重要です。ある意味,指揮者よりも重要かもしれませんが,この演奏では,指揮者の真正面に陣取っていました。前半は,音量がとても小さく,手の動きも小さいので,「一体どこで演奏しているだろう?」という感じでしたが,中盤を過ぎた辺りで,どこに座っているのか気づくことが出来ました(ちなみに終盤になると,さらにもう1人スネア・ドラムが加わっていました。)。次から次へと出てくる各楽器のソロも楽しめました。有名なトロンボーンのソロは,一瞬,ドキっとしたのですが,すぐに立ち直り,大変明るく滑らかな演奏を聞かせてくれました。演奏後,ソロを取った楽器を次々と立たせていましたが,その最後がトロンボーンで,特に大きな拍手を受けていました。

フランソワ・ブーランジェさんの指揮は,これまでの曲同様,奇を衒ったようなところはなく,ここぞという見せ場で,ギュッと引き締めるような見事な指揮ぶりでした。曲の最後の部分では,ここでも例のベテラン打楽器奏者が,右手に吊るしシンバル,左手で大太鼓を力強く叩いており,ドラを叩く奏者と一体になって,曲のクライマックスを作っていました。それにしても,「この2人」は,スネア・ドラムに比べると,圧倒的に出番が少ないですね。5発ぐらいしか仕事はなかったと思います(ついつい,映画「のだめカンタービレ」での大崩壊などを思い出してしまいましたが...)。

さて,アンコールですが,予想どおり(後半の演奏時間が短かったこともあり),3曲も演奏されました。まず,ギャルドのアンコールの定番といっても良い「熊蜂の飛行」が演奏されました。ギャルドの楽器の配置は,通常のオーケストラとほぼ同じなのですが,その中の第1ヴァイオリンに当たるのがクラリネット・パートです。この曲では,その名人芸のデモンストレーションとなっていました。楽器配置としては,そのクラリネット・パート以外の通常のクラリネットの場所にも,ソロのクラリネットが居るのが面白いところです(今回,このソロのクラリネットの場所にオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演への客演でも同じみのシルヴィ・ユーさん(OEKの元コンポーザー・イン・レジデンスで,ギャルドの前楽長だったロジェ・ブトリーさんの奥様です)がいらっしゃいました。)。テューバなども2つに分かれていたように見えました。

アンコールの2曲目は,フランスのオーケストラのアンコール・ピースの定番である,カルメン前奏曲が演奏されました。これまでの曲同様に,全く大げさなところのない演奏でしたが,ここでもクラリネット・パートが弦楽器のように響き,フル・オーケストラを聞くような充実感がありました。

アンコール3曲目は,ニーノ・ロータ作曲の映画「8 1/2」の音楽でした。この曲については,終演後の館内掲示を見て初めて曲名が分かったのですが,何とも粋な,ラテンの気分に溢れた楽しめる作品でした。「ちょっと哀愁が漂うあたり,大道芸の音楽のようだ。大道芸といえばフェデリコ・フェリーニの「道」かな?ニーノ・ロータの音楽?」などと連想しながら聞いていたのですが,作曲者名については当たったことになります。

この「8 1/2」という作品は,難解そうな映画だったのできちんと見たことはないのですが,音楽の方は大変親しみやすく,曲の最後の部分で,いきなりテンポアップして,気持ちよく華やかに終わるというアンコールにぴったりの楽しい作りになっていました。是非,機会があれば,もう一度聞いてみたい曲です(既にギャルドの定番アンコールかもしれませんが)。

今回の公演は,「ローマの松」「ボレロ」を核として,聞き映えのする名曲ばかりをずらりと並べ,誰が聞いても大変楽しめる内容となっていました。ビシっと決まった制服も格好良く,この演奏会で初めて,クラシック音楽を聞いた若い人たちにも,強い印象を与えてくれたのではないかと思います。どの曲も大変安定した熟練の演奏で,「熱演」といった汗臭い表現が全く相応しくない,プロの演奏の連続でした。今回の公演パンフレットには,1961年のギャルド初来日時の「伝説の名演」の思い出が綴られていましたが,この日の石川県立音楽堂での公演も,大勢詰め掛けていた若い人たちにとっては「新しい伝説」の始まりとなったことでしょう。

PS.それにしてもこの日は,制服を着た中高校生の姿が目立ちました。今年の全日本吹奏楽コンクールでは,各部門に石川県代表が出場したのですが(これだけで結構すごいと思います),近年,着実に石川県の吹奏楽人気が高まっていることを実感しました。ラ・フォル・ジュルネ金沢もその一因なのかもしれませんね。
(2010/11/03)

関連写真集


今回の公演のポスター


右側がランクごとの座席を示す平面図です。3階は全部B席でした。我が家はA席でした。


開演1時間前の音楽堂内です。チケットボックスよりも邦楽ホール側まで列が延びていました。アジア民族音楽フェスティバルに備えて赤じゅうたんが敷いてありましたので,ますます,ラ・フォル・ジュルネ風でした。こうやって待つのも,何かワクワクする気分が出てくるので,悪くはなかったですね。


アンコールの曲の案内板です(「カルメン序曲」というのは少々変?)


プログラムまたはCD購入者向けにサイン会が行われました。私は,500円のプログラムを買って,その中にブーランジェさんのサインを頂きました。途中から,飛び入りで,クラリネットのシルヴィー・ユーさんも参加されたので,右側にユーさんのサインも頂きました。


今回購入したプログラムの表紙です。これぐらいのコンパクトな大きさが良いですね。下にあるのが,無料配布されたプログラムとチケットです。