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アジア民族音楽フェスティバル:ハオチェン・チャン ピアノ・リサイタル
2010/11/03 石川県立音楽堂邦楽ホール
ショパン/24の前奏曲
ヒナステラ/ピアノ・ソナタ第1番op.22
(アンコール)ショパン/ノクターン第20番嬰ハ短調遺作
●演奏
ハオチェン・チャン(ピアノ)
Review by 管理人hs  

文化の日のこの日,午前中に一つ用件を済ませた後,午後から石川県立音楽堂で行われた中国の若手ピアニスト,ハオチェン・チャンさんのリサイタルを聞いてきました。このリサイタルは,音楽堂でこの日行っていたアジア民族音楽フェスティバルの中のプログラムの一つとして行われたものです。

チャンさんの名前は,今回初めて聞いたのですが,「昨年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで辻井伸行さんと優勝を分け合ったピアニスト」という紹介に釣られて聴きに行くことにしました。同様に思った人が多かったようで,会場は満席でした。

アジア民族音楽フェスティバル自体,ラ・フォル・ジュルネ金沢のように「短めの演奏会」をハシゴするスタイルなのですが,チャンさんが演奏した曲の方も今年のラ・フォル・ジュルネ金沢を思い出させるショパンの24の前奏曲がメインプログラムでした。チャンさんのピアノは,非常に素直で,ラ・フォル・ジュルネ金沢の最終日に聞いたエル・バシャさんの演奏の時のような,背筋がピンとなるような凄さはなかったのですが,何よりもテクニックが素晴らしい上に,いかにも自然な曲の流れが素晴らしく,非常に気持ちよく24曲を聞きとおすことができました。

第1曲の冒頭から,安心して身を任せられるような落ち着きがありました。すべてがバランス良く,しなかやかで品の良い高級感が漂っていました。この曲集は,長調と短調が交互に出てくるのですが,第1曲と対照的な気分を持った第2曲のしっとりとした演奏を聞いただけで,チャンさんのピアノの完成度の高さを実感できました。

前半の曲は,どちらかというと抑え気味で,ショパンの葬儀に使われた第4曲なども,淡々とした感じでしたが,物足りないところはなく,淡々とした中に切ない情感が滲んでいるようでした。第7曲の”胃腸”調の曲は,非常に軽やかで,CMで使われているイメージどおりの「消化に良い」演奏でした。要所要所で出てくる,激しい曲調の曲でも冷たい印象を与えるところはなく,和音の響きが常に美しいのが素晴らしいと思いました。

有名な「雨だれ」は,文字通り,”瑞々しい”演奏で,自然に詩情が溢れて来るようでした。中間部での,粘り過ぎないけれども,非常にたっぷりとした歌も魅力的でした。直後に続く第16曲の目覚しいタッチとのコントラストも鮮やかでした。技巧に余裕があるせいか,全く粗っぽくならないのが見事です。その後に続く,第17曲は,個人的に大好きな曲です。ここでも前曲との対比が素晴らしく,大変魅力的に響いていました。,

曲集の終盤では,ドラマティックな気分が徐々に盛り上がっていきます。ここでも,全く作為的ではない,自然な運動性とメリハリの効いた演奏が見事でしたが,最後の第24番辺りになると,「ちょっと薄味かな?」と贅沢なことを感じました。この部分では,もう少しヒロイックで大げさな表現の方が様になる気がしました。

演奏会の後半では,アルゼンチンの作曲家,ヒナステラのピアノ・ソナタ第1番が演奏されました。この曲を聞くのは,CD・実演を通じて初めてのことでしたが,大変面白い曲でした。第1楽章から,ラテン系というよりは,バルトークやプロコフィエフのピアノ曲を思わせるようなリズムの面白さがありました。非常にノリの良い演奏で,ジャズピアノを聴くような生きの良さがありました。

第2楽章は,弱音主体のテンポの速い曲で,ちょっと不思議というか不気味な曲想でした。第3楽章は,ドビュッシーのピアノ曲を思わせるような,しっとりとした味わいがあり,全曲を大変聴き応えのあるものにしていました。第4楽章は,再度活発な楽章となりました。ここでは,スポーツ的な打鍵のキレの良さが素晴らしく,見事な高揚感を作っていました。

演奏前は,全く注目していなかった曲だったのですが,ショパンの時とは全く違った打楽器的な面白さを聞かせてくれました。それでも冷たい感じを与えないあたりに,チェンさんの「筋の良さ」のようなものを感じました。

アンコールでは,ショパンの関係のリサイタルでの定番となりつつある,遺作のノクターンが演奏されました。サラリとまとめた演奏で,瑞々しさた自然に感じられました。まさに今,旬のピアニストと実感しました。

演奏後は,「やすらぎ広場」付近で,筝の演奏を聴きながら,JO-HOUSEのジャワ・カレーを食べました。クラシック音楽を聞いた後,筝曲を聞きながら,ジャズ喫茶のカレーを食べるというのは,何とも言えないミスマッチでしたが,これがこの音楽祭の面白さですね。昨年よりは規模が縮小されたようですが,「日本海の真ん中」に突き出ている石川県ならではの音楽祭ということで,来年にも期待したいと思います。
筝の合奏をやっていました。 その隣でカレー JO-HOUSEのカード


アジア民族音楽フェスティバルの写真集
その他,あれこれ関連写真を撮影してきましたので,ご紹介しましょう。
JR金沢駅コンコースでは,ラ・フォル・ジュルネ金沢の時同様,特設ステージが設置されていました。 音楽堂玄関ホール付近には,店が数件出ていました。 今回は,この辺では飲食しませんでした。
交流ホールでは,コリア伝統芸音集団「風花」の皆さんのパフォーマンス中 いろいろな,アジア料理を楽しめたようです。 やすらぎ広場前。この時は三味線の合奏をしていました。その横では,チャイなどを出していました。
タイムスケジュール。一日,ゆったりと楽しめる構成になっていました。 これは多分「日本元気劇場専属劇団員HIROZ」のパフォーマンスだと思います。 五嶋みどりさんの公演後,交流ホールでは,日本の歌が歌われていたようです。

(2010/11/06)

関連写真集


音楽堂前。飲食用のテーブルと椅子も出ていました。


玄関の看板


プログラム


交流ホール前の案内看板


邦楽ホールへ向かう通路には赤じゅうたん


フェスティバル全体のリーフレットとハオチェン・チャンさんのリサイタルのリーフレットとチケットの半券


「CD購入者にはサイン会」という言葉に釣られて,サインを頂いてきました。少々ぼやけていますが,銀色のペンで書いてもらいました。

このCDですが,昨年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールのライブ録音のセレクションで,ショパンの24の前奏曲も収録されています。受賞者への副賞のようです。ハルモニアムンディからリリースされています(通常のCDケースの上にコンクールの時の写真のカバーがもう一枚付いていました。)。

間近で見るチャンさんですが,まだ20歳(多分。辻井さんよりも1年年下です)ということで,まだまだ子供っぽい感じも残していました。

これからどう成長し,変貌していくのか見守りたいと思います。