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オーケストラ・アンサンブル金沢特別公演
2010/11/03 石川県立音楽堂コンサートホール
1)チャイコフスキー/バレエ音楽「眠りの森の美女」〜ワルツ,アダージョ,パノラマ
2)チャイコフスキー/バレエ音楽「くるみ割り人形」〜こんぺい糖の精の踊り
3)チャイコフスキー/バレエ音楽「白鳥の湖」〜チャールダーシュ,情景
4)チャイコフスキー/バレエ音楽「くるみ割り人形」〜花のワルツ
5)チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調,op.35
6)(アンコール)ショーソン/詩曲(ポエム)
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)
五嶋みどり(ヴァイオリン*5,6)
Review by 管理人hs  

アジア民族音楽祭の後,今度は石川県立音楽堂のコンサートホールに移り,五嶋みどりさんと井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による特別演奏会を聴いてきました。この感覚は,ラ・フォル・ジュルネそのものですね。ハオチェン・チャンさんの時も大変良くお客さんは入っていましたが,コンサートホールには,それを上回るお客さんが入っていました。チケットは完売とのことでした。

みどりさんがオーケストラと共演するのを聞くのは,2回目のことです。前回は,富山のオーバードホールで,マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団との共演でシベリウスのヴァイオリン協奏曲を聞いたのですが,今回もその時同様,弱音を主体とした演奏で,ピンと緊張感が張り詰めたような独特の演奏を聞かせてくれました。もはや,テクニックを誇示するという次元ではなく,自分の思う音楽だけをやるという大家の演奏だったと思います。みどりさんは,演奏中ほとんどうつむき加減で,所々で身体を激しく動かしながら演奏していました。曲に没入するよる迫力が凄まじく,井上さんとOEKは,それにピタリと付けていました。

みどりさんのヴァイオリンは,音量的にはそれほど大きくないのですが,曲の見せ場になると,さらに音量を絞り込み,満員のお客さんをそれに集中させるようなところがありました。もともと,チャイコフスキーのこの曲は,とてもうまく出来ており,弱音主体でもヴァイオリンの音が埋もれませんので,みどりさんとOEKならではの,室内楽的チャイコフスキーという演奏になっていました。

このように,ヴァイオリンの音をたっぷり聞かせ,オーケストラを派手に鳴らす...といった曲作りとは対照的な演奏でしたので,曲のスケール感という点で,やや物足りない面はあったのですが(今回は,2階の最後列という音が届きにくい席だったこともあると思います。この列しか残っていなかったのです...),逆に研ぎ澄まされた真剣勝負の集中力の凄さを実感できました。特にカデンツァでの集中力が素晴らしく,じっくりとしたテンポで哲学的といっても良い独自の世界を聞かせてくれました。その後,フルートが出てきて,再現部になるのですが,この音が何とも言えず優しく,気分をほぐしてくれました。

井上さんとOEKのサポートは,こういう部分を初め,共感に満ちたものでした。第1楽章の終結部は,賑々しく終わりますので,よく拍手が入る箇所なのですが,今回の演奏は,かなり控えめに演奏しており,「うん,第1楽章の終わりだな」という程度でした。この辺もよく計算されていると思いました。お陰で,第1楽章だけで緊張感が分断されることなく,3つの楽章を通じて,集中力が持続していたと思います。

第2楽章は,みどりさん,OEK共々,ゆっくりと深く沈潜していくような音楽を聞かせてくれました。これだけじっくりと聞かせてくれる演奏は少ないと思います。みどりさんのオーラが,クラリネット,フルート...へと広がっていくようで,さすが世界的に活躍するアーティストだと実感しました。第3楽章は,大変キレ良く,小気味良い演奏でした。ここでも外面的な派手さや甘さは抑え,曲の核心に切れ込むような集中力を感じました。

盛大な拍手に応え,アンコール曲が演奏されましたが(井上さんによると「文化の日」にちなんでの特別サービスとのことでした),これが驚きのアンコール曲でした。何と演奏時間が15分はかかるショーソンの詩曲がオーケストラ伴奏版で演奏されました。これは,アンコールというよりは,追加の1曲と言った方が良いと思います。

チャイコフスキーの演奏でも実感できた通り,みどりさんは,繊細で純度の高い音楽への指向が強いので,この曲は,「本当に演奏したい曲」だったのではないかと思います。曲が進むにつれて,次第に淡い夢の世界に入り込み,最後のトリルの部分で完全に別世界に入ってしまったような演奏を聞かせてくれました。

ただし,やはり演奏会のアンコールとしてはやはり重かったかもしれません。それと,この曲を聞くには,心の準備がいるかなと思いました。

前半は,チャイコフスキーのバレエ音楽集が演奏されました。こちらの方も非常によく考えられた演奏で,後から考えると,みどりさんのヴァイオリンの雰囲気にもピタリと合っていました。OEKは,弦楽器数名,ホルン2名,トロンボーン3名,テューバ1名,ハープ1名,チェレスタ1名を増強していましたが,大音量で圧倒するという演奏ではなく,じっくりと物語の世界を丹念に描くような室内オーケストラらしい演奏だったと思います。

最初に演奏された,「眠りの森の美女」のワルツから,非常にじっくりとしたテンポで聞かせてくれました。音自体は重苦しくはないのですが,大変濃厚な気分がありました。みどりさんのヴァイオリンにも共通するような,ぐっと抑制したような表現も新鮮で,大人向けメルヘンといったスタンスで演奏されていたような気がしました。

こういう「小曲集」のプログラムの場合,「全部まとめて拍手」か「1曲ごとに拍手」か迷うことがあるのですが,1曲目の後,井上さん自らが客席の方を向いて,拍手を促してくれました。指揮者のポリシーがパッと分かったので,これは,とても良かったと思います。

続く,同じく「眠りの森の美女」の「アダージョ」もじっくりとした演奏でした。通称「ローズ・アダージョ」と呼ばれる曲で,プリマドンナが爪先立ったまま,次々とバラを受け取る第1幕の見せ場です(書いているうちに見たくなってきました。このシーンは,本当に良いですねぇ)。徐々にエネルギーが蓄えられ,最後に一気に発散される,カロリーたっぷりの演奏でした。

同じバレエの「パノラマ」の後は,「くるみ割り人形」の中の「こんぺい糖の精の踊り」が演奏されました。この曲もまたよく出来た曲です。今回は,松井晃子さんがチェレスタを担当されていましたが,「甘くて怖いメルヘン」という気分を伝えるような,「聞かせる演奏」になっていました。チェレスタに続く,バス・クラリネットの味も最高でした。

続いて「白鳥の湖」のコーナーになり,井上さんの統率力抜群の「チャールダーシュ」,バレエの代名詞の「情景」が演奏されました。「情景」では,水谷さんのしっとりとしたオーボエをはじめとして,ロマンティックな気分に満ちていました。スケール感たっぷりの演奏でした。

前半のトリは,「くるみ割り人形」の「花のワルツ」でした。この曲も各奏者の活躍が目立ちました。最初の方のハープのカデンツァは,「いつもより長い?」と思わせるほど,たっぷりと華麗に聞かせてくれました。その後は,ホルン,クラリネット...とこれしかない,という大船に乗った感じで流れていきました。井上さんの指揮には,「どうみてもワルツ向き」というしなやかさがありますので,自然に流れていくだけで,幸福感を感じました。

というようなわけで,前半のバレエ音楽集は,絶品でした。各曲ごとに活躍した奏者を立たせることで,ちょっとしたガラ・コンサート的な華やかさを感じることもできました。後半に登場する,みどりさんを待ち受ける会場の雰囲気を盛り上げてくれたと思います。

さて,終演後ですが,何とサイン会が行われました。みどりさんがサイン会をすれば,ものすごい列になるのは間違いない...と思ったのですが,やはりその通りで,かつてない程の長い列が出来ていました。私のところにサインの番が回ってきたときには,既にみどりさんは自分の方から立ち上がっており,にこやかな表情でお客さんと握手をしてサインをしてまわっていました。この光景を見ながら,皇室の方が園遊会か何かで一般の人々と交流を行っている風景と似ているなぁと感じました。そういった点に含め,みどりさんは,他に比較する人がいないような,ヴァイオリニストになったと実感した演奏会でした。
(2010/11/06)

関連写真集

公演のポスターです。「完売」となっていますが,その後,追加で立見席などが発売されたようです。

終演後,サイン会が行われました。

パンフレットのプロフィールのページに井上さんとみどりさんのサインを頂きました。



サインを待つ,長い行列ができていました。