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オーケストラ・アンサンブル金沢第291回定期公演PH
2010/11/19 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/「コリオラン」序曲op.62
2)ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.61
3)ベートーヴェン/交響曲第2番ニ長調op.36
●演奏
ギュンター・ピヒラー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),リディア・バイチ(ヴァイオリン*2)
Review by 管理人hs  

今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,ギュンター・ピヒラーさん指揮による,オール・ベートーヴェン・プログラムでした。ピヒラーさん指揮の OEKは,いつ聴いても集中度が高く,聴いていて,思わず背筋が伸びてしまうのですが,今日のベートーヴェンも,その本領発揮といった演奏会でした。

まず,今回のプログラムを見て思い出すのは,ラ・フォル・ジュルネ金沢の最初の年のことです。交響曲第2番とコリオラン序曲は,記念すべきオープニング・コンサートで演奏されました。ヴァイオリン協奏曲の方も超満員の熱い雰囲気の会場で,庄司紗矢香さんの見事な演奏を聴いたことを思い出します。金沢の音楽ファンにとっては,「ラ・フォル・ジュルネ金沢2008の思い出」といった演奏会だったかもしれません(ちなみにこの日の会場も,例の500円のスターライト席の効果もあり,良くお客さんは入っていたようです。)。

最初の「コリオラン」序曲は,石川県立音楽堂コンサートホールの長い残響を計算し,たっぷりとオーケストラの響きを味わわせてくれる落ち着いた演奏でしたが,それぞれの音自体は,キリッと引き締まっており,弛緩する部分がありませんでした。反対に,途中で出てくる,しっとりと歌わせるような部分では大変しみじみとした味わいがありました。特にファゴットの音がとてもよく聞こえてきました。「この曲に,こういう部分があったんだ」と思わず聞き入ってしまいました。

各フレーズの最初の音のアタックが非常に強く,「ちょっと力が入り過ぎかな?」と思ったり,「エンディングの弱音の部分は,ちょっと神経質過ぎかな?」と思ったりしたのですが,大変聴き応えのある演奏だったと思いました。

ちなみに,この日の弦楽器の配置ですが,対向配置ではなく,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが下手側に並んでいました。ベートーヴェンの曲を,この配置で聴くのは,久しぶりの気がします。ちなみに,ピヒラーさん指揮OEKのベートーヴェンの「田園」と第8番のCDのジャケットの写真を見ると,やはり,今回同様の配置でした。ピヒラーさんは,アルバン・ベルク四重奏団の第1ヴァイオリンとして長年活躍されてきましたが,室内楽の配置の延長としてオーケストラを捉えているのかなと感じました。弦楽器奏者にとっては,この配置の方が演奏しやすいのではないかと思います。

さて,次は,ヴァイオリン協奏曲です。ここで,この日のもう1人の主役のリディア・バイチさんが,大人の装いといった趣きのある黒のドレスで登場しました。バイチさんは,国内盤CDはまだ発売されていないのですが,OEKの定期公演に登場するのは2回目,海外公演でも共演したことがありますので,OEKとは馴染みの奏者と言えます。サンクトペテルブルク生まれの方ですが,その後,オーストリアに移住し,ウィーンを中心に活躍されている方なので,ピヒラーさんとは旧知の間柄かもしれません。

今回の演奏ですが,冒頭のティンパニの基本動機から,速目のテンポ設定で,全曲を通じて,一本筋が通ったような厳しさが感じられる演奏でした。それでいて単調になることはなく,木管楽器の音色をはじめとして,ニュアンスの変化も豊かでした。

バイチさんのヴァイオリンは,くっきりとした明瞭さとバランスの良さがあり,ピヒラー指揮OEKの作る音楽と方向性が一致していると思いました。ストレートな率直さのある演奏で,神経質になり過ぎたり,甘くなり過ぎたりすることのない,どちらかというと”クールビューティ”といった雰囲気のある演奏でした(バイチさんの視覚的な印象もあると思いますが...)。展開部などで出てくる,愁いを感じさせる表情も魅力的でした。楽章終盤に向けて,どんどん音楽のノリが良くなり,演奏の風格も増していくようなライブならではの迫力もありました。

カデンツァは,定番のクライスラーのものではなく,ちょっと現代的で技巧的な雰囲気のある,初めて聴くものでした。終演後のサイン会の時に,バイチさん自身にお尋ねしたところ,ご自身の作によるものとのことでした。このチャレンジングなカデンツァも聞き物でした。

第2楽章は,両端楽章と対照的に,内省的で室内楽を思わせるような世界になりました。オーケストラとの落ち着いた対話が聞き物でしたが,時折,陶酔的な雰囲気になるのが魅力的でした。そのまま別の世界に行ってしまいそう...何とか踏みとどまって,またこちらの世界に戻ってきたな...といった揺らぎと静かなドラマを感じさせてくれました。

第3楽章は,大変軽快な演奏でした。第1楽章の雰囲気が戻ってきて,ビートに乗って一気に駆け抜けるような推進力のある演奏でした。終結部付近では,唸りを上げて,バリバリと弾きまくるような鮮やかな弾きっぷりを聞かせてくれました。いかにも協奏曲らしい,華やかさの中,堂々と締めてくれました。

前述のとおり,曲全体に一本筋が通っており,ヴァイオリンとオーケストラとのバランスもとても良かったので,交響曲を思わせるようなまとまりの良さと聴き応えがありました。
見事なベートーヴェンだったと思います。

最後に演奏された,交響曲第2番も,最初から最後までずっとテンションの高さが維持されており,キビキビというよりは,ビシビシという音が聞こえてくるような,引き締まった演奏でした。

第1楽章の序奏部は,曲全体の”種”が全部ここに詰め込まれているような,意味深さを持っていました。ヴァイオリン協奏曲の第1楽章序奏部での水谷さんのオーボエもそうだったのですが,この部分では,加納さんのオーボエが響きの核になっており,とても暖かく,膨らみのある響きを作っていました。

その後,主部に入ると,一気にテンポアップして,いかにもピヒラーさんらしく,短く刈り込まれた音でビシッビシッと畳み込んでくるような音楽になります。この日は,ティンパニ(トーマス・オーケーリーさんでした)とトランペットが隣り合っていたこともあり,その両者が一体となっての強烈なアクセントも効果抜群でした。

この部分を聴きながら,ラ・フォル・ジュルネ金沢の1年目の時,井上道義さんが,スフォルツァンドのイメージをパネルに描いていたのを思い出しました。やりすぎとは全く聞こえず,「これが必然」という感じで,緻密に積み上げられた音がスピード感たっぷりに流れて行きました。楽章最後の高らかに出てくるトランペットのファンファーレも爽快に響いていました。

第2楽章は,”天国的な気分のある緩徐楽章”といわれていますが,今回は比較的速目のテンポで演奏されました。ただし,サラリと流すのではなく,十分な熱さを持っていました。音楽の持つエネルギーがしっかり持続し,中間部をはじめとして,大きなドラマをしっかりと感じさせてくれました。ちょっとホルンの音が苦しげに感じる部分はあったのですが,前楽章との対照的でありながら,統一感も持っているという見事な演奏でした。

第3楽章は,再度,第1楽章に通じるピリッとした気分に戻りました。トリオに入る前にちょっと間を置くのは,いつものピヒラーさんどおりでした。第4楽章の最初の部分は,聞くといつも,「ピリッと」感じるのですが,今回のピヒラーさんの指揮ぶりは,さらに辛口で,言ってみればベートーヴェンのピリカラ風炒めといった趣きがありました。この楽章もテンポが速く,前のめりの勢いがありました。ビシビシ決まるアクセントのパンチ力が,第1楽章よりもさらにパワーアップしていたと思います。

今回の演奏では,この曲の持つ,独特のユーモアのような部分は後退し,聴きようによっては,少々,イラついているようにも聴こえたのですが,何よりも,曲全体としての統一感が素晴らしく,4つの楽章を全く退屈することなく,一気に聴き通すことができました。ピヒラーさんの本領発揮という演奏でした。

この日の選曲は,コリオランとヴァイオリン協奏曲は,作品番号がお隣同士,交響曲第2番とヴァイオリン協奏曲は同じニ長調ということで,プログラム全体としても,大変,まとまりの良いものでした。アンコールもなし(今後,定期公演については,この方針で行くのかもしれません。個人的にはその方が良いと思っています)ということで,純粋にベートーヴェンの音楽の世界だけに浸ることが出来きました。

さて,早いもので,これで今年のOEKの主要公演が終わってしまいました。12月の公演では「メサイア」「くるみ割り人形」「カウントダウン」など「季節もの」が並んでいます。個人的には,特に「くるみ割り人形」のファンタジーの世界を(上の方の席ですが)しっかり楽しんでみたいと思います。

PS. 今日も演奏会の後,サイン会がありました。上述のとおり,バイチさんの弾いたカデンツァが聴きなれないものだったので,”Whose cadenza did you play?"と思い切って英語で尋ねてみたところ,"mine"とのことでした。思わず,"Very good!"などと自然に相づちが出てしまったのですが,このOEK恒例のサイン会は,度胸試しの英会話の練習にも使えますね。正しい疑問文だったかは疑問ですが,ちょっとでも通じると嬉しいものです。



音楽堂のまわりのイルミネーション各種
12月も近づき,日が短くなってくると,繁華街にはイルミネーションが増えてきます。音楽堂周辺も奇麗な照明が増えてきました。私のデジカメだとうまく撮影できませんが,いくつかご紹介しましょう。
ホテル日航前

通りの向こうから撮影 こちらはANAホテル前
ホテル日航の中のツリー。ANAホテルの中にもありましたがそちらは未撮影 これはイルミネーションと無関係ですが...蟹解禁のポスター

(2010/11/21)

関連写真集


公演の立看板です。


この日は同じ時間帯,交流ホールで,金澤攝さんの「ピアノ・エチュード大観」シリーズの第3回も行っていました。


会場では,「ラ・フォル・ジュルネ金沢2011」のPR用年賀はがきも販売(予約?)していました。私は別途入手済みです。


音楽堂前の「音叉」にイルミネーションが付けてありました。


螺旋階段から撮影。こうやってみると,金沢名物「雪つり」の一種のようにも見えます。


ロビーの方に目をやると,プレコンサート中。この日は,モーツアルトの弦楽四重奏曲などを演奏していました。

この日もサイン会がありました。

おなじみピヒラーさんのサイン


リディア・バイチさんのサイン


心なしか,いつもよりも撮影している方が多かったようです。