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生誕200年シューマンの夕べ:ロベルト&クララ・シューマン愛のうた
2010月11月27日(土) 19:00〜 金沢市アートホール
1)シューマン/ミルテの花op.25〜献呈,くるみの木,ズライカの歌
2)シューマン/子供のための歌のアルバムop.79〜眠りの精,もう春だ
3)クララ・シューマン/愛の春op.12〜彼は風雨の中をやって来た,私が美しいから愛して下さるのなら,なぜ他の人に尋ねようとするの
から
4)クララ・シューマン/6つの歌曲op.13〜私は暗い夢の中にいた,私はあなたの瞳の中に,静かな蓮の花
5)シューマン/子供の情景op.15
6)シューマン/女の愛と生涯op.42
7)(アンコール)シューマン/リーダークライスop.39〜間奏曲
8)(アンコール)シューマン/子供の情景op.15〜トロイメライ
●出演
朝倉あづさ(ソプラノ*1-4,6-7),澤田和美(ピアノ)
Review by 管理人hs  

今年は,「ショパン生誕200年」のアニバーサリーイヤーです。が,実は,「シューマン生誕200年」でもありました(もう過去形にしていますが...)。もともと,金沢でシューマンの曲が演奏会で演奏される機会は多くありませんが,それにしても扱いの差は大きかったですね。「シューマンさんに申し訳ないな」と思っていたところ,地元のソプラノ歌手,朝倉あづささんが同じく地元のピアニストの澤田和美さんと「女の愛と生涯」などのシューマンの作品を取り上げる演奏会のチラシを見かけたので,聴きに行くことにしました。

シューマンの交響曲,管弦楽曲,ピアノ曲,室内楽曲は,ラ・フォル・ジュルネ金沢2010でも取り上げられてれていましたが,声楽曲は「流浪の民」(ただし,邦楽版)ぐらいしか演奏されていなかった気がします。私自身,シューマンの歌曲集を生で聴くのは,今回がほとんど初めてのことです。

プログラムは,前半,シューマンの歌曲集「ミルテの花」「子供のための歌のアルバム」から数曲抜粋で演奏された後,シューマンの妻のクララの歌曲が演奏されました。「ミルテの花」「子供のための歌のアルバム」ともに,短い曲が沢山集まった歌曲集で,全曲を通じてのストーリーはないので,今回のように抜粋して演奏されることが多いようです。

「ミルテの花」は,シューマンが結婚の前夜にクララにプレゼントしたという,「いかにもシューマン」なエピソードを持った作品集です。「献呈」と「くるみの木」は,特に有名な曲で,タイトルは知らなくても聞いたことがあるといった曲だと思います。朝倉さんの歌は,相変わらず瑞々しく,軽やかでした。その素直な歌を聴きながら,歌曲というよりは,ドイツ民謡を聴いているような親しみやすさを感じました。

3曲の中で「ズライカの歌」というのは,初めて聴く曲でしたが(シューベルトにも同じタイトルの曲がありますね。ゲーテ作詩の曲です。),しっかりとコントロールが行き届いており,ほのかにロマンの香りが漂っていました。とても気持ちの良い歌でした。

「子供のための歌のアルバム」の方もまた,親しみやすい曲でした。タイトルからすると「子供が歌うための曲」のようですが,凛とした朝倉さんの声で聴くと,母親とか先生が子供に歌って聞かせるような気分があると思いました。「眠りの精」は,ブラームスにも同じタイトルの曲がありますが,原タイトルは,”Sandmann”ということで,「砂男」ということになります。「砂の精」というタイトルで呼ばれることもありますが,「砂を目の中に投げ込んで,強制的に目を開けられなくする」となると結構過激かもしれません(余談でした)。

その後,ピアノの澤田和美さんによって,プログラムについての充実した内容のトークが入った後,クララ・シューマンの曲が演奏されました。

クララの曲の方は,もちろん,聴くのは今回が初めてでしたが,夫のローベルト・シューマンの曲と通じる「時代の空気」「家族の雰囲気」のようなものを感じました。今では滅多に聴かれない作品ですが,大いに再評価されても良い曲だと感じました。昨年金沢で行われたメンデルスゾーン・フェスティバルのシンポジウムでも話題になっていましたが,ドイツの音楽史の中で,やはり様々な差別が伝統的にあり,抜け落ちている部分がかなりあるのではないかと思います。そういう意味で,クララであるとかメンデルスゾーンのお姉さんのファニーといった女性作曲家の作品の発掘と再評価にどなたか挑戦してくれないものかな,と思いました。

それにしても,朝倉さんの声は見事でした。最初の曲から可憐と言っても良い軽やかな,声を聞かせてくれましたが,曲が進むにつれて声にさらに膨らみが出てきて,ホール全体に声が響いていました。

後半は,今度は朝倉さんのトークがありました。その後,澤田さんのピアノ独奏で,「子供の情景」の全曲が演奏されました。アンコールなどで,トロイメライだけが演奏されることはよくありますが,実演で全曲が演奏されるのは,意外に珍しいかもしれません。

澤田さんの演奏は,甘くなり過ぎずに,大人の視線で子供たちのいる情景を,さらりと振り返ったような演奏でした。時折,回顧するように,じっと立ち止まるようなところが印象的でした。後から考えると,「女の愛と生涯」との取り合わせもピッタリでした。

最後に演奏された「女の愛と生涯」は,本当に素晴らしい演奏でした。今回は,この曲を目当てに聴きに来たのですが,期待どおりの演奏でした。演奏前,「この曲を歌うのは,20代,30代,40代,○○代...と4回目。今回は,違った解釈で歌ってみます」と朝倉さんは語っていましたが,そのことが分かった気がしました。朝倉さんの人生経験が反映された歌だったと思います。

間違っているかもしれませんが,「夫の死」を歌った終曲の時点から,回顧するようなスタイルで歌っていたように思えました。第1曲から第7曲までは,悲しみや甘さを抑えて,じっくりと過去の楽しかった時間を振り返り,第8曲で非常にリアルな歌を聞かせてくれました。朝倉さんといえば,12月恒例の北陸聖歌合唱団のメサイア公演での透明感のある軽い歌声でお馴染みですが,中低音での表現力も素晴らしいと思いました(そういえば,この曲は,メゾ・ソプラノで歌われることもありますね)。第4曲の「婚約指輪」の歌などは,抑えても抑えきれないような幸福感が伝わってきて,明るい曲にも関わらず,グッっと来てしまいました。

最後の曲では,演劇的といっても良いような,「凄い歌」を聞かせてくれました。ドイツ語なので,ストレートに意味を感じることはできなかったのですが,情感がしっかりとこもった,声を潜めて気持ちを吐露するような歌からは,1人の女性の人生の断面がしっかりと伝わってきました。

この暗い部分が終わった後,ピアノだけによる,長い後奏が続きます。ここで第1曲のメロディが回想されるのですが,この構成が泣かせます。「余韻を感じさせる」という言葉は,まさにこういう部分のためにあると思いました。悲しみに浸るヒロインを慰めると同時に,緊張していた聴衆の気持ちも解放し,音楽全体に大きなまとまりを作ってくれました。

考えてみると,歌曲の演奏会に行くのは,久しぶりのことでした。ストーリー性のある曲だったので,今回は,その内容を頭に入れてから聴いたのですが,やはり,特にドイツ・リートの場合,音楽的な美しさに加え,歌詞の内容をどう表現するのかを味わうのがポイントであり,面白さであると感じました。いずれにしても,今回の「女の愛と生涯」は,私にとって,特に忘れられない演奏になりました。

アンコールでは,さらに気分を解放するかのように「間奏曲」が瑞々しく歌われ,澤田さんのピアノ独奏によるトロイメライで締められました。

繰り返しになってしまいますが,朝倉さんの歌は,いつ聴いても安心して聴くことができます。来年のラ・フォル・ジュルネ金沢のテーマは,シューベルトということで,ドイツ・リートを聴く機会が増えそうですが,朝倉さんの歌でまた,いろいろな曲を聞いてみたいものです。個人的には,朝倉さんの歌でシューベルトの「岩の上の羊飼い」を聴いてきみたいな,と思っています。 (2010/11/28)

関連写真集


公演のチラシです。


ポルテ入口もクリスマス仕様でした。


吹き抜け部分にツリーがありました。


建物の前のイルミネーション